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◆ 明日への贈り物1


【思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。
そして、その数字は666である。】(The Apocalypse 13-18)

『痛いよぉ』両手で庇った上に容赦なく落ちてきた杖の打撃。
『止めてよ、パパぁ』血塗れになって哀願するしかない子供。
ああ。
ありゃぁ、昔の俺か。

今だったら言える。
親父はつまらない男だった、とな。
毎日飽きもしないで、何故俺はあの男に勝てないんだと喚き散らしていた。
そりゃてめぇがそういう負け犬だからだろ。
まぁ今なら、ツラの真ん前でそう言ってやれる。
会いたいとはこれっぽっちも思わんが。
どういう親でもガキには、そいつの所にしか居場所はない。
だからあの頃は泣きながら訴える他無かった。
『パパは僕が可愛くないの』
笑える話だな。一目瞭然のことだってのに。
だが親父には一つ感謝してる。
俺の身体に、真実を叩き込んでくれたんだからな。
世界には、
虐げる者と虐げられる者。その二種類しかいない。

今目の前にいる、正義超人のボウヤたち。
確か一ヶ月ほど前、(あの申し出の翌日だ)俺が殺した獲物の1人・ジャイロの仲間たち。
しかし、正義超人の中に"呪殺者"がいるたぁ。"アポロン"マンねぇ。ちっと驚いた。
まぁ、"呪殺"そのものの起源はかなり古いと聞く。それこそ超人たちが、正義だの悪行だのに別れる遥か以前から受け継がれていたそうだ。
俺同様、一族代々伝えられたものとするなら、別に驚くには当たらんか。

それはそうと。どうでるのかね。ボウヤたち。
同じ"深淵"に住まうもの・・・それも雑魚を久々に見て。
コイツが唸り声をあげてるのが、はっきりと"わかる"。
よしよし。場合によっちゃ、ここにいる全員がお前の獲物だ。

仲間の腕の中で、壊れた人形のようになってる今回の標的。ナムルも、いっそコイツに食わせるか?
まぁやむを得んか。少し惜しいけどな。
ああいう可愛い奴を直接殺れないってのは。

殺し屋ボーン・コールドは、咥えている葉巻の紫煙を透かして3人の超人の少年達を見る。
両者の間で耳障りな唸り声をあげている、羽と巨大な蠍の尾を持つ怪物・"蝗"を気に留めている様子はまるでない。
「行け!」アポロンマンが鋭く声を発した。
反応し、甲高い奇声を発して"蝗"はその場からボーンに飛び掛る。
ボーンは肩の黒いショールに手を掛けた。

黒いショールが流れ、靡く。空気を切り裂くような鋭い音と共に、怪物の姿があっけなく両断され黒い霞のような形状に変化し
崩れ落ちる。その向こうで、ボーン・コールドはニヤリと笑みを浮かべていた。
唇を噛み締めるアポロンマン。再び地面に手をつく。彼の左右から、奇声と共に"蝗"が二匹飛び出してきた。アポロンマンは、
ゴージャスマンとナムルの前に突き立てている剣に右手を触れる。一族に伝えられる、ヒュペリオンの名を持つ聖剣。
「来い!」その声に"蝗"たちはアポロンマンの右腕目掛けて巻きついた。その姿がみるみる禍々しい形の鞭に変化する。
「スコーピオン・ウィップ!」ボーン目掛けて襲い掛かったそれは、再び靡く黒のショールに阻まれ巻き取られた。
そのままアポロンマンはぐいと引き寄せられる。「何度やっても同じだ。」ボーンはそう悔しげな表情を滲ませている少年に呟くと、
腹部目掛けて折り曲げた膝を叩き込む。咄嗟に左腕で腹部をガードしたものの、ショールと共に右腕の鞭も剥ぎ取られ、
さらに頭部目掛けて蹴りが放たれた。吹き飛ばされるアポロンマン。「!」ナムルを抱えたゴージャスマンが身を乗り出す。
「・・・アポロン!」呻くナムル。
「シューティング・アロー!」ボーンは腰の後ろに下げた武器を抜き取り、アポロンマンに照準を合わせた。

・・・・(このままだと殺される。)そう思って、8歳の時親父の元から逃げ出した。行く当てもなく金もなく、うろつき回った挙句
市場で食い物を盗もうとしてふん捕まえられた。
その時俺を助けたのは1人の老婆だった。俺を見て驚いた顔を見せた。『どうしてお前がこんな所で?』
逃げ出そうとした。親父に報せられて連れ戻される、真っ先にその考えが浮かんだから。『ボーン・・・一体どうしたんじゃ、
この傷は?』ま、そりゃイヤでも目につくだろうな。親父につけられた顔面のこの傷は。
『パパには言わないで』無駄なことなのに、思わず顔を隠していた。『お願い、お婆ちゃんパパには報せないで・・・・!』
そう言う俺を見て、バァさんは俺を宥め家まで連れて行った。その後13歳の時そこを出て行くまで、バァさんは親父には何も
報せなかった。ポツリと言っていたことがある。
『あやつが自分で間違いに気付くまで、放っておくしかないんじゃ。』
親父の母親の姉。つまり俺にとって大伯母にあたる彼女は、当時超人界一流の祈祷師として知られていた。大伯母の家で俺は、
"呪殺者"と"BEAST・666"の存在を知った。

放たれたシューティング・アローはアポロンマンの右腕を掠めた。鮮血が吹き出し飛び散る。「が・・・・」
腕を抑えてアポロンマンは蹲った。シューティング・アローを手元に戻し、ショールをかけ直したボーンは、
「素人のボウヤが身の程知らねぇマネをするなよ。」悠然と声をかける。チラリと視線を、ナムルを抱えるゴージャスマンに向けた。
「お前さんの方はどうするね?」 「くそっ・・・」ナムルを抱く腕に力を込めるゴージャスマン。ボーンは足を二人に向け
踏み出そうとする。「待て!」アポロンマンの声に顔を向けるボーン。血に濡れた腕を抑えて立ち上がり、アポロンマンはボーンを
睨みつける。
「それ以上痛い目見たいのかい? もう止めときな。」ボーンはアポロンマンを見て言う。「"呪殺者"としての力量も格闘能力も、
俺の方が上だってのはわかったろ。勝ち目のない戦いは避けた方が長生きできるぜ。」ニヤリと笑うボーンに、「黙れ」
アポロンマンは語気を強めた。「ナムルは僕が守ってみせる。」
ボーンは笑みを貼り付けたまま、肩を竦める仕草をとる。「もう少し痛い目にあわんと解からねぇらしいな。」その言葉に、
ゴージャスマンに抱えられたナムルは目を見張った。「ア、ポロン、」身を捩り、痛みに竦み上がる。
「もう、もういい、俺のことは、」目に浮かぶ必死の色。
アポロンマンはナムルを見て微笑を浮かべた。
「危ない!」ゴージャスマンの叫び。ボーン・コールドはアポロンマンの目前まで走り込んで来ていた。「ヒョハァーッ!」
奇声と共に唸りを上げて放たれる拳。それをアポロンマンは左手で制し、痛みを押して右手を構える。
「ヘリオス・スラッシャー!」ボーンの額を掠める手刀。何故か一瞬光を放ったその手が直に触れてはいなかったにも関らず、
ボーンの額に切り傷が走った。「チッ」僅かによろめくボーン・コールド。
ゴージャスマンはその時、目の前に突き立てられたアポロンマンの剣が一瞬光を放ったのを見た。
(これは・・・)視線を移すと額の傷から流血したボーンが、その血を手で拭いニヤリと笑ったのが見えた。

ヘリオス・スラッシャーを放ち終わった右手が捕まれる。「く!」黒い皮手袋に包まれた手が離れた時、まるで手錠のように
アポロンマンの手首に血の輪が付けられていた。続いて伸びた指が、血の輪を縦方向に横切る印を血で印す。
「"召喚"は封じたぜ。アポロンマン。」次の瞬間、ボーンは熊手のように曲げた指4本を、シューティング・アローに裂かれた傷に
突き入れた。

「うあああああああぁ!!」アポロンマンの絶叫が響き渡る。身を乗り出すゴージャスマンは、腕の中で跳ね起きようとする
ナムルを押し留めた。「アポロン!!」一杯に見開かれた瞳。
ボーンの指がめり込んだ傷口から新たに溢れ出す鮮血。
その血があの沖縄の夜の、真っ赤な光景を呼び戻す。
血塗れの地面に投げ出された、世界で最も大切な人の身体が瞼の裏に甦る。
(嫌だ、もう、嫌だ、これ以上誰も)全身の激痛と、負けない程の引き裂かれる心の痛み。
どうして、どうして俺は何もできないんだ、あの時も、今も。
叫びが呻き声に変わるのを目前に見ながら、ボーン・コールドは冷めた調子で言った。
「俺の気分次第で、この腕引き千切ることもできるぜ。」
脂汗の滲む少年の表情を見るとも無く見る。「ナムルのことは、もう諦めなよ。」
その時ボーン・コールドは、アポロンマンの顔に不敵な笑みが浮かんだのを見た。

怪訝に思う間もなく、アポロンマンの手が電光石火の如くに伸びて、左肩の魔方陣に置かれる。その中央に、アポロンマンの指は
自身の血で模様を描き出した。
「小僧」ボーンの表情に、僅かな変化が表れる。「"転移"を使うつもりか?」冷めた瞳に浮かぶ侮蔑。
「どこまでも身の程知らねぇんだな。"コイツ"はお前のようなガキの手に負えるシロモノじゃねぇんだよ。」血に濡れた4本の、
皮手袋の中の指がグイと動かされた。
「ぐあぅっ」激痛に顔を歪めるアポロンマン。「"コイツ"がお前に乗り移ったら・・・・」常の冷笑がボーンの顔に再び浮かんだ。
「その途端に、お前の精神は食い破られる。」
「どう、かな」苦痛に耐えつつ、唇から漏れ出す言葉。「お前の、魔方陣が、表している封印の獣の数字は・・・・666だろう。」
ボーンは少年の目を見た。
それから、肩の魔方陣の中央に描かれた血文字に視線を移す。アルファベットのPに似た曲線を持つ模様が表しているのは、
"太陽の精霊・ソラト"。太陽の精霊は、すなわち太陽神の化身。それを認めたボーンの脳裏に、祈祷師だった大伯母の言葉が甦る。
"あれは、『封印の獣』を従わせる道具なんじゃ・・・・"

"呪殺者"の役割とは、その並外れた精神力で魔獣たちを従わせ、特定の聖域・聖遺物を守護すること。侵す者には魔獣による凄惨な
死が与えられるため、彼らは呪殺者と呼ばれる。魔獣達の中でも最高峰の力を持つものは『封印の獣』と呼ばれ、『封印の獣』を
使役できる"呪殺者"は、最高峰の実力の持ち主に限られていた。
『最高峰の呪殺者には、超人が多いんじゃ。』ボーン・コールドの大伯母は、幼い彼の疑問に答えた。彼女の家の蔵に封印されて
いた魔方陣について、少年が質問した時に。
『かつて封印の獣を含む魔獣たちの実態を調査し、名前を付け、分類し体系づけたのは人間の呪殺者たちじゃった。じゃが封印の
獣を従わせることは、人間の呪殺者には困難じゃった・・・封印の獣の力が大きすぎたんじゃ。それ故、従わせるのは超人の仕事に
なったんじゃよ。』
大伯母はそう語った。"呪殺者"の体系が最も効率よく整えられたのは地球という惑星だ、とも。"呪殺者"に必要な魔獣関連の知識を
吸収し、さらに従える術を身に付けた超人達は、人間達が崇める神々の名をもって呼ばれることが多かった。時代が下ると、自ら
神々の名を名乗る者も多くなった。そう言った超人の1人に、完璧超人という概念を唱え、弟子を集めて一大勢力を成した
ネプチューン・キングがいた。キングは地球の内なるパワーを調査する目的で度々海に潜ったため、海を治める神・ネプチューンの
名で呼ばれるようになったと言う。
『"呪殺者"って、強いの? おばあちゃん。』重ねて問う少年に老婆は言った。『そうじゃなぁ。"呪殺者"自体が強いと言うより、
強くなければ"呪殺者"は務まらんのじゃ。何より、心が強くなければな。』
少年は、蔵の中に設えられた祭壇に封印されている魔方陣の刻まれた円盤に見入った。
強くなければ、"呪殺者"にはなれない。強くなければ。
強くなりたい。僕はもう、パパの所でずっと泣いてた、弱虫のままではいたくない。
『・・・・おばあちゃん。あの円盤で、どんな"封印の獣"を従えられるの?』
『教えてやるわけにはいかんよ、ボーン。危険なことだからの。』老婆はそう穏やかに、だが有無を言わさぬ口調で答えた。

少年は、その場では食い下がらずに大人しく引き下がった。その後、大伯母の隙を見て、屋敷内の書物を漁り、"呪殺者"の知識を
得た。そして13歳を迎えたある夜、大伯母の眠る隙に祭壇の封印を解き、円盤を盗んで出奔した。それ以来、大伯母には会って
いない。
魔方陣で召喚された封印の獣は、少年を主の器と認めた。現世での、封印の獣の依代となることを承諾した時、少年は初めて獣の
呼び名を知った。

(最高峰の魔獣の一つである"666"を知ってる、か。)ボーンは口を開く。「・・・お前さん、先祖が完璧超人だったのかね。」
「僕の一族は、代々正義超人だ。完璧の名の下に、他人を虐げる超人だった者はいない。」声を絞り出すアポロンマン。
「お前はさっき、僕の名の"アポロン"は使い走りの名だと言ったが、」僅かな嘲笑が唇に浮かんだ。
「大きな間違いだ。その名には、僕の一族が代々秘してきた別の意味があるんだ。」 少年を見るボーン。

アポロンマンが、"呪殺者"の修行を積んでいた幼い日。彼の父は息子に語った。
「アポロン。一つ覚えておけ。神様というのは、人間や超人に全てを与える存在だ。」父を見る少年。
「全て、つまり、良いことも悪いことも、だ。お前にその名をくれた、アポロンの神もだよ。」
明るい太陽として、人々に光と温かさを与え、芸術を守護し医術を司る神・アポロンは。
同時に、人々に冷酷に死を与える神でもあった。その神聖なる武器である銀の弓が引き絞られた時、疫病が猛威を振るい、
沢山の人が命を落とす。疫病を広める禍の僕は"蝗(ローカスト)"と呼ばれた。
またアポロンは、不吉な予言を司る神でもあった。大地の深淵(クトン)から発せられる予言を読み取り、情け容赦のない運命を
告げる。アポロンは、深淵(クトン)からの予言を妨げていた大蛇・ピュトンを倒したと伝えられているが、実の所、ピュトンとは
アポロンの闇の側面を表す姿であり、深淵(クトン)そのものの化身であった。またの名を、"破壊者"を意味するアポルオンとも
呼ばれる。
「全てのものが、二つの側面を持つ。良いものの裏には悪いものが、悪いものの裏には良いものがあるんだ。"呪殺者"はその両方を
見据えて、バランスを取らなければならない。魔獣の恐ろしさを知った上で、それがただ悪であると決め付けてはいけない。
だが、善だと思い込んでもいけない。」
怯えた目になった幼いアポロンマンに、父は続けた。「怖いかい?だが父さんは、お前ならきっとできると信じている。お前は闇に
飲まれる事も、光に焼き尽くされる事もないと、信じているからな。」
小さなアポロンマンは縋るような目で父を見ながら、その腕をギュッと掴んでいた。

「ほぉ。なるほどな。しかし、この状態だとどっちが早いかね。お前の腕が落ちるのと、俺が"BEAST・666"を奪われて
食われるのと。試してみるか?」とボーン・コールド。
「・・・僕は、腕一本ですんでも・・・お前は、そうはいかないだろう・・・"呪殺者"が魔獣を奪われることは、死を意味するんだからな・・・。」
「確かにな。だが、お前さんが無事でいられるという保証はどこにもないぜ。」 「そんな心配はいらないさ。僕は、
"アポロン"なんだ。」一瞬、アポロンマンはゴージャスマンと彼の抱えたナムルに視線を向ける。(今のうちに、早く。)

その視線の意味を察してゴージャスマンが反応したのと、ボーンが反応したのはほぼ同時だった。
「アポロン、」弱々しく呟くナムル。その時、破られた倉庫のシャッターから、どかどかと多人数の入り込む物音が響いて来た。
全員が、そちらに目を向ける。
「大人しくしろ!超人警察だ!」指揮者らしい先頭の男が怒鳴った。ボーンは、彼らに顔を向けているアポロンマンを突き放す。
「うぁっ」血に濡れた手を振るとボーンは、その手を左肩の魔方陣に持って行き、血文字を新たな血で掻き消した。

踏み込んで来た超人警官たちに、半分立ち上がりボーン・コールドを指差しながらゴージャスマンは叫んだ。「早く、あの男を
捕縛してくれ!ジャイロを殺害した犯人だ!」
数人がボーンとアポロンマンの方へ向い、数人がゴージャスマンとナムルの所にやって来る。二人の前に仁王立ちになった
超人警官が言った。「ヘラクレス・ファクトリー第一期卒業生ナムル。12人の悪行超人殺害の容疑で、君を逮捕する。」
その声に、ナムルはのろのろと顔をあげ、表情の消えた顔で警官を見た。 「な!? おい、そんなことを言っている場合じゃ
ないだろう! すぐそこに殺人者がいるのに!」 「ゴージャスマン。君とアポロンマンは合流場所に現れなかったね。その件に
ついては、委員会に報告させてもらったよ。」警官はすげなく答える。
一方、ボーンの方へ歩んで行った警官達の先頭の、指揮者らしき超人警官はボーンに声をかけた。
「ノーリスペクト#3、ボーン・コールド!#2ハンゾウが敗北したのは知っているだろう。キン肉万太郎の負傷が癒えれば
お前の試合だ。開催場所を決定して待機していろ!」
冷めた目で警官たちを見ていたボーンは、僅かに肩を竦める。「わざわざ伝言かね。ご苦労様なことだねぇ。」
「ど・・・・どういうことなんだ、これは!試合どころじゃないだろう、そいつはジャイロを殺した犯人なんだぞ!今だって、
ナムルとアポロンマンがそいつに重傷を負わされたというのに!」
「まぁ、そうがなりなさんなよ。」ボーン・コールドは警官たちに抗議するゴージャスマンに言いながら、葉巻とライターを
取り出し火を点けた。ふぅ、と煙を吐き出しながら、超人警官たちに目を移す。「あのジィさんによると、あんた方超人警察は
俺の件について結構証拠を固めてるそうだが・・・・」ニヤリと笑みが浮かぶ。「はらわた煮えくりかえってんじゃないかね?」
ボーンの前に立つ警官が、一瞬僅かに顔を顰めた。
ボーンは、負傷した腕を抑えながら、悔しげな表情を彼に向けるアポロンマンを見る。
「なかなか楽しませてもらったぜ、アポロンマン。じゃあな。」「待て!」立ち上がって駆け寄ろうとするアポロンマンを、
警官の1人が押し留めた。「あの男に危害を加えることは許されんぞ!」警官の手を、アポロンマンは振り払い、睨みつける。
「・・・おい!何故あんた達は、殺人者を黙って見過ごそうとするんだ!」ゴージャスマンが怒鳴った。
「大人の事情ってヤツだ。察してやりな、ボウヤ。今俺に手を出せば、危ないのはこの連中の首なんだから。」 
「何だと・・・・?」ボーンを見るゴージャスマン。 「俺がいなくなって、一番困るのはキン肉星のお偉方だ。当然、下っ端が
余計な真似をせんように睨みを利かせてんだよ。」ククク・・・。葉巻を咥えたまま、ボーンは低く笑いを漏らす。

ノーリスペクトの3人が地球に降り立ち、偶然にボーン・コールドと出会い、うちの1人ビビセクター・ジョウが死んだその夜の
うちに、ボーン・コールドは銃を携帯したキン肉族の兵士たちによって身柄を拘束された。宇宙船内に連行された彼を待っていたのは、
1人の小柄な老人だった。
キン肉星の有力部族の一つ・シュラスコ族の長老ミンチと老人は名乗った。
だがボーンは、名乗られるまでもなく、その老人を知っていた。

・・・・最近、わりとイヤってほど見てる。このジジィの面は。
何せ、58人もの依頼者が突き出した写真が全部この顔だったからな。
キン肉星と言うのは、たかだか1300万程度の人口しかない田舎惑星だが、代々優秀な正義超人を輩出していると聞く。
現大王の祖父に当たるキン肉タツノリが惑星に散らばる部族を統一し大王となり、その息子キン肉真弓は、宇宙怪獣やら徒党を
組んだ悪辣な超人やらを武者修行で倒して名をあげ、その息子で現大王であるキン肉スグルは、若い頃地球に相次いで現れた凶悪な
超人を悉く撃破しその名を全宇宙に轟かせた。今は王子であるキン肉万太郎とかいう小僧が、親父の後を継ぐべく地球で修行中とか。
そして代々、日に影に戦士であるキン肉族をサポートし続けたのがシュラスコ族。矮躯だが、ずば抜けた頭脳を持つ超人を多く
輩出しているらしい。
このジジィはそのシュラスコ族の長老格。58人もの悪行超人に煙たがられた理由は、奴らの活動を制限する政策を、キン肉族を
通じて地球の超人界に打ち立てようとしているからだそうだ。
dMp壊滅後も、なおも数多く残る資金集めのルート。それを殲滅しようというハラらしい。人間の経済活動と結びついているものも
多いから、"内政干渉"とか何とかで、そうあっさりとはいかないだろうけどな。だが目障りな、確実に障害となる存在だ。
排除してくれというのはよくわかる。
似たような理由で、俺に持ち込まれた大量の依頼。こっちは102人。防衛超人として地球の日本に駐屯しているガキ、
キン肉万太郎の抹殺依頼だ。
その親父・初代キン肉マンのように、悪行超人にとってさらに具体的に脅威となる存在。万太郎はdMpのメンバーたちを打ち破り、
正義超人入れ替え戦を制し、確実に親父と同じ道を歩んでいる。
奴が、完全に父親と同じ存在になる前に。始末してくれ。あんたならできる筈だ。依頼者達はそう言った。

その万太郎と、もう一人、日本侵入の邪魔になるからとの理由で依頼された駐屯超人ジャイロの殺害。こいつらは地球にいる。
ミンチだけはキン肉星にいるから、こりゃあ出張かね。と思っていたら、獲物がいきなり目の前に現れた。さて、俺は今手錠を
かけられているが・・・どうするかねぇ。

長老ミンチは、側に控えていたギアラという超人に指図して、一つのランタンを持って来させた。超人の潜在能力を量るための
装置だと言う。
「それの取っ手を掴んで、念じてみなされ。」好々爺然とした長老ミンチは言う。ボーンはランタンの取っ手を持ち、
言われたように念を込める。
筒型のランタンの中に、みるみる氷柱が生え出し、槍のようにそそり立った。
「合格じゃな。」長老ミンチは言った。

「ノーリスペクト#3は、腕一本しか残っていなかったそうじゃのう。」好々爺然とした態度を崩さず、長老ミンチは
ボーン・コールドに語りかける。「この見事な氷柱を見ても・・・・お主は相当な力量の悪行超人のようじゃ。」 
「で。それがどうしたって言うんだい。」ボーンは冷めた視線で老人を見ている。
「お主が殺したノーリスペクト#3は、キン肉星の王子・万太郎殿の対戦相手となる予定じゃった。」
「ほう。」 「お主が代理で、万太郎殿の対戦相手になってもらえんものかの?」 「俺は格闘家ってわけじゃないんだがね。」
手錠を嵌められたままのボーンは、胸を探ろうとしてミンチに視線を向ける。
「ここ、禁煙かい?良ければ煙草吸わせて貰いたいんだがねぇ。」ほっほっほ、と老人は笑い、背後に控えるギアラに言った。
「こちらから押収した煙草をお持ちしなさい。」「ですが、ミンチ様、」言いかけたギアラを制するミンチ。「わかりました。」
彼は部屋を出て行った。

・・・ジジィの話を要約するとこうだ。ハンゾウたちノーリスペクトは、キン肉万太郎の練習相手として仮出獄を許された。万太郎は
キン肉族が代々受け継ぐとかいう強大な潜在能力・火事場のクソ力を習得するために、強大な悪行超人3人と戦わなければ
ならんらしい。1人欠けても修練は成功しない。俺はとんだ番狂わせだったというわけだ。
「俺は衆目に姿をさらすのは好きじゃあない。それを圧してどんなメリットがあるってんだい?」
ジジィは、如何にも人が良さげに笑いながら言った。「ほっほっ・・・それは、殺し屋が衆目にさらされるわけにはいくまいのぅ。」
俺はジジィを見た。「超人警察は優秀じゃぞ。お主の仕業とされる数々の超人殺害について、着々と証拠を固めておる。
正義超人たちの安全のためには、このままお主の身柄を引き渡すのが一番じゃなぁ。」ジジィは俺の顔を見る。
「ノーリスペクトたちにも・・・今は二人じゃが・・・万太郎殿に勝利した暁には恩赦を与えると約束してある。誰か1人でも勝てば
全員を釈放。直接万太郎殿を倒した者には、加えて望みの物を取らせる。お主にもそれは適用される。考えてみてくれんかのう。」
「二者択一ってわけかい。」超人警察に引き渡されるか、万太郎の対戦相手になるか。ジジィの思う壺にはまると思うと不愉快だが、
無論後者だ。選択の余地はない、二重の意味でな。
願ってもねえじゃねぇか。獲物が向こうから飛び込んできた。後はこのジジィだが。
「わかったよ。で、その修練の責任者はお前さんかい。」「直接には、王族を含むキン肉評議会が主催者じゃが、ワシが権限を
委託されておる。試合全てにもワシが立ち会う。」よし。ならこのジジィも地球に滞在するわけだ。手間が省けたってもんだ。
「長老さん。今の話、書面にしてくれんかね。俺は口約束は一切信用しないことにしてるんでね。」ジジィはまた笑った。
それから書類が作成された。
それが何を意味するかも知らずに。

「俺にノーリスペクト#3として戦うよう求めたのはそのジジィ、キン肉星シュラスコ族の長老ミンチだ。ジジィは宇宙船から
俺を出す前に、修練の日まで護衛ってぇか、監視をつけると言ったが、そういうのを撒くのはお手のもんだ。」葉巻を吹かしながら
ボーンは言う。「あ〜、あの翌日だったな・・・沖縄に行ったのは。」
ゴージャスマンに抱えられていたナムルの、呆けたような瞳に色が戻った。剥き出さんばかりに、見開かれる目。それじゃあ。
もしもその時、こいつが超人警察に引き渡されていたら。
ジャイロは。
ジャイロは今でも、笑っていたかもしれないのに。あの目。俺が大好きだった、綺麗な目が。
あの腕が、あの胸が、あの声が、あの仕草が。今でも。今でも俺の隣に、
あったかもしれないのに。
『あんまり待たすなよ。』だから、俺は急いだんだ。走ったら、炭酸飲料は噴き出してしまう。落ち着くまで俺の分のウーロン茶を
飲んでもらえばいいかな。『ジャイロ!悪いな、待たせて、』
俺が見たのは、血の海の中のあいつの首だった。
あんな光景を、見なくてすんだかもしれないのに
「そうだ。対戦場所は沖縄にするかね。沖縄といやぁ、首里城が有名だな・・・一度、ゆっくり見てみるか。」
とボーン・コールド。拳を握り締めて立つアポロンマン、焦燥に胸を焼かれながらナムルを抱えているゴージャスマン、そして
超人警官たち。彼らは、獣の吠え声のような、異様な音が響き渡るのを聞いた。

ゴージャスマンは、思わず身を強張らせた。ナムルは、転がるようにその腕を抜け出す。左腕で、辛うじて身体を支え、そのまま
左手を地面につき、身体全体を引き摺る。吠える獣の如き呻きが、その喉から絶え間なく漏れ出て来る。全員が、凍りついたように
その場に留まり、這いずってボーン・コールドへと向って行くナムルを凝視している。
ボーンは1人、悠然とナムルを見ていた。半分ほど燃えつきている葉巻を投げ出し、ブーツで踏み潰す。
ナムルはボーンの前まで辿り着き、その膝に左手の指を立てる。「う、あぁ、うおああぁあっぁぁ」
獣の声が絞り出され、ナムルは上体を伸ばそうとして、折れた足に引き戻され蹲る。左手はボーンの膝にかかったままだった。
「うぉおあぁぁぁ・・・・」顎があげられ、黒い髪がばらりと揺れる。剥き出された両の目から、血の帯が流れ落ちていた。

「ナムル」アポロンマンの口から、それ以上の言葉は出てこなかった。言葉は胸の中で、凍り付いていた。

ボーン・コールドの目には何の色も浮かばない。ただその傷痕のような、唇が極度に薄い口が弓形にあがった。黒の皮手袋に
包まれた右手が動き、ナムルに向って伸びる。
「!」反射的に身構え、飛び出そうとするアポロンマンとゴージャスマン。
ボーンの指が曲げられ、伸ばされた人差し指だけがナムルの頬に触れた。
「泣かない、泣かない。」
あやすような軽い口調で言うと、ボーンはぴたぴたと指でナムルの頬を軽く叩く。

「貴様ぁ!」アポロンマンは飛び出した。繰り出した拳を、ボーンは難なく受け止める。冷笑を浮かべた瞳が、怒りに燃えた
アポロンマンの瞳とぶつかった。ボーンはナムルに目を移す。
「沖縄での用がすんだら、」アポロンマンの手を振り落とす。「迎えに来るぜ。」
ボーン・コールドは踵を返し、そのまま倉庫を出て行った。がくんと崩れ落ちたナムルに駆け寄り、支えるアポロンマン。
「早く」唇を噛み締めつつ、超人警官たちに目を向ける。「早く、救急車を!」

その一週間後。
ミートが携帯しているノートパソコンの情報で、"ノーリスペクト#3"が沖縄を試合開催地と決定したことを知った万太郎達は
沖縄にやって来た。対ハンゾウ戦で負った傷が大分癒えた万太郎は、居酒屋風料理店にテリー・ザ・キッド、ミート、ミンチらを
誘い、食事やカラオケを楽しんでいた。
扉が開かれ、男が1人入店してくる。店内の客たちは、夏の沖縄で黒いターバンやマントを身に付けた、浅黒い肌の長身の男を、
怪訝な目で追っていた。
「お前さんが、キン肉万太郎かい。」その声に、万太郎は顔をあげて男を見る。
「誰?あんた。」「俺は、ボーン・コールド。ノーリスペクト#3だ。」「へ?」きょとんと万太郎は男を見る。
「じゃあ、あんたが僕の次の対戦相手?暑っ苦しいカッコしてんだね・・・。」 「趣味なもんでね。ま、精々お手柔らかに頼むぜ、
王子様。」 「わざわざそんなことを言いに来たの?暇な奴だなぁ。」
「これでも結構忙しいんだよ、俺ぁ。あ〜、そうでもないかね。ここ1ヶ月ほど仕事してねぇし。」
「なんだ、やっぱただの暇人なんじゃないか。仕事って、お前何やってんの?」「正義超人の首を取ること。」
万太郎とキッド、ミートらの動きが止まる。
「1ヶ月くらい前、お前さんらの仲間のジャイロってのが死んだだろ。あいつの首もいだのは俺。」
「何だと?」とテリー・ザ・キッド。向かい席にいた長老ミンチの表情がみるみる強張っていった。
「・・・・頭おかしいんじゃないの、こいつ。」警戒と怯えが混じる声で、万太郎は隣席のキッドに言う。「至って正気だがね。
正義超人専門の殺し屋が俺の仕事だ。で、ジャイロに続く獲物はキン肉万太郎、お前と」爬虫類のような瞳が、万太郎達の
向かい席を滑って行く。「シュラスコ族の長老ミンチ。お前だ。」
「ええっ!?」ミートの驚愕の声。「俺と一緒に来てもらおうか、長老さん。」ボーン・コールドは腕を伸ばすと、万太郎達が
反応するより先にミンチを掴み上げ、腕で首を捕らえる。右手には既に、シューティング・アローが握られていた。
「ミンチ様!」ミートの声、立ち上がるキッドと万太郎。「万太郎。お前との試合場は、沖縄らしく首里城に用意することにした。
逃げずに来いよ。俺も楽しみにしてんだぜ・・・この仕事を始めて長いが、公開処刑ってのは初めてだからなぁ。」ガラス玉の如く、
感情を見せない瞳が万太郎を捕らえる。
「このジジィは預かっとくぜ。」 「待て!!」キッドたちの怒号を後ろに、ボーンは店から走り出た。
「わかったかい、長老さん。」ボーンは捕えたミンチに、シューティング・アローを突きつけながら言った。
「あんた、大事な王子様と自分の死刑執行書にサインしたんだよ。」
あの時と違って、長老ミンチの顔には欠片の笑みも浮かんではいない。
ボーンは、声を押し殺すようにして笑い出した。
                                          続劇