改訂版 授かりもの2(ある晴れた昼下がり 上) 今日の東京都内はひどい渋滞だった。 タクシーなんかに乗っていたら、ほんの少しの距離を移動するのにも延々と時間がかかってしまう。 バッファローマンは、成田空港から都心への交通手段にタクシーを選んでしまった事を、いまさらながら猛烈に後悔した。 タクシーはいったん信号につかまると、赤と青が三回変わってもピクリとも動けず、そのくせ料金メーターはガンガン上がってゆき、 タクシーの隣をバイクがひらひらすり抜けて行くのを見るたびに、せっかちなバッファローマンの血圧も、苛立ちのあまり どんどん上昇してゆく。 年のせいかここのところ高血圧気味だというのに、脳の血管がプチッといってしまいそうなこの状況は非常にヤバイ。 おまけに車内はバッファローマンにとってはとんでもなく窮屈だ。 背が高い上に角まで生やしているバッファローマンが乗るには、セダン車の車高は低すぎて、ロングホーンで車の天井を 突き破らないよう気を使ったら、どうしても前のめりの姿勢を取らざるを得なくなってしまう。 しかしいくらバッファローマンが、俺はセダン(特に日本車)は嫌いだと喚いても、レンタカーならともかく、 オープンカー仕様のタクシーなんかおいそれと存在するわけがない。かといってバスや電車といった公共の乗り物に バッファローマンが乗ったら、きっと子どもが泣き出すし、年寄りはひきつけをおこすだろう。それに普通の人の三倍は 運賃を払ってやらないと交通会社も元がとれまい。 いずれにしても世間さまに迷惑をかける。 バッファローマンはそう判断して仕方なくタクシーに乗っているのだが、うっかりバッファローマンを乗せてしまった不運な 運転手は、たった一人で多大な迷惑をこうむっている。 ある意味ヤクザより嫌な客バッファローマンは、運転席と助手席のシートの間に顔を突き出し、前の座席の背もたれの上に 顎を乗っけるという、はたから見ていると格好悪く、本人的には腰が痛くなる座り方をしている。 そんな座り方をされたら、運転手は後ろを確認しようにも、ルームミラーがバッファローマンの恐い顔に遮られて全く 使えなくなっているので、ものすごく迷惑だ。 これは運転一筋三十余年、無事故無違反が自慢の運転手にとって、車とは安全に乗るものだというポリシーに反する、 あってはならない状態だった。 そして人一倍どころか、人の三十倍はスタイルを気にする男バッファローマンにとっても、車とはカッコ良く乗るものだという ポリシーに反する、あってはならない醜態だった。それなのに、車の後部座席にぎっしり詰まっているこの姿を、同じく渋滞で 動けずに、隣の車線に止まっている車の中のヒマな連中が、驚愕の表情でジロジロと見てくるので、耐えがたい精神的苦痛を 味わいまくっている。 ついにバッファローマンは辛抱たまらなくなって、タクシーが車道のど真ん中に停車中にもかかわらず、ここで降ろせと 運転手に無茶を言って強引に降りた。 バッファローマンの目的地であるTWTホテルはすでに目と鼻の先にあるのだ。ノロノロ運転のタクシーに乗っているぐらいなら、 歩いた方がはるかに早く着く。 窮屈な車内からやっと開放されたバッファローマンは、大きく伸びを一つしてから、ゆうゆうと停車中の車の群れを通り抜け、 目前にそびえている高層ホテルを目指して歩きだした。 TWTホテルには十日前からブロッケン師弟が逗留している。 バッファローマンは彼ら・・・といっても主に師匠に会う為に、わざわざ来日したのだ。 (ブロッケンの頼み事はいつも急だ!) あの白面野郎め。 たった一本の電話で、自分をスペインからわざわざ東京に呼びつけたブロッケンJrのすました顔を思い出すにつけ、 バッファローマンの腑は煮えくり返る。 せっかくヘラクレスファクトリーの雑務から開放されて、自宅でくつろぎきっていたのに、ブロッケンJrのせいで無駄金 使って遠出して、嫌な思いをしてタクシーに乗って、さらにタクシーを降りた後も、昼休みのビジネスマンでごった返す 東京の街を窮屈な思いをしながら歩いているのだ。 それよりなにより嫌なら断れば済むはずなのに、トウの立ったお姫さまに猫なで声でお願いされて、ほいほい出てきてしまった 自分に無茶苦茶腹が立つ。 お前が忙しいのは分かってるが どうしても相談したい事がある 他に頼める奴はいないし お願いだよ バッファローマン 嫌なら別にいいんだぜ? 昨日から何度もバッファローマンは、不毛だと思いながらも、会話の中でブロッケンJrが自分を絡め取るために使った言葉を 頭の中で繰返している。 若い頃ならともかく、今は相手のやり口を熟知しているはずなのに、気がつけば見事に引っかかっていたのだ。 事務的に用件を切り出して相手の出方を窺って、甘えてすかして泣きついて最後の最後に突き放す。 (いつもの手口だ畜生!) 分かっていても、幾つになっても、ブロッケンJrには騙される。 昨日の電話の時だって、深刻な感じの声で話していたが、どうせまた演技だ。自分からは見えていないのをいい事に、 ブロッケンJrは笑って舌をだしていたに違いないとバッファローマンは思う。 (結局俺はあいつに甘いんだな) いい年になっても、弟子を持っても、レジェンドなどと呼ばれるようになっても、ブロッケンJrはブロッケンJrだ。 若い頃から性格は全然変わっていない。 タチの悪い男だと思いはするが、そんなブロッケンJrが好きな自分はもっと始末に終えない。 しばらく足を止めて空を仰ぎ、バッファローマンはため息をついた。 立ち止まったついでに周囲を見渡すと、東京の街は悪行超人の侵攻を受けたとは思えないほど平穏だった。 大通りに軒を連ねる様々な店で、人々は買い物を楽しんでいる。 ああ平和だな、と感慨に浸っているバッファローマンの、推定視力25・0はあるクリアにしてワイドな視界に偶然入ってきた 一軒のオープンカフェで、二人の超人がのんきにお茶を飲んでいた。 ごつい体を悪目立ちするコスチュームで包んだ姿を、通行人の好奇の視線に晒されていながら二人は全く気にしている様子がない。 自分が有名人だという自覚が全く感じられない二人は、ジェイドとスカーフェイスだった。 二人してふざけているのだろうか、スカーフェイスはでかい体を丸めて、ストローの袋で作ったゲジゲジにストローで水を 垂らして、伸びていく様子をじっと眺めているし、ジェイドはコーヒーカップの中身を、すごい勢いでスプーンを高速回転 させてかき混ぜ続けている。 その姿を見て、思わず目尻を下げるバッファローマンだが、近づいて行くにつれて、当の二人の会話が弾んでいないどころか、 ほぼ無言のようだと分かったので、声を掛けようか掛けまいか思案した。 じっくり見ていると、まるでお見合いの後に急に二人切りにされた男女のように、二人の間はぎこちない。 (喧嘩でもしたか?) バッファローマンは余計な詮索をしてみたが、他人の恋路に口出しするなんて野暮だと思い直してすぐにやめた。 くだらない作業に没頭している二人をバッファローマンは観察する。 まだ若造のくせに態度のでかいスカーフェイスがわりと悠然と構えているのに対して、ジェイドの方はまるっきり落ち着きが なく、ゲジゲジに飽きたスカーフェイスがいくら話しかけても、ジェイドはスプーンの高速回転を止めずに、うんだの、 ああだのと、生返事を繰返している。 オープンカフェの前にさしかかり、そんな二人の様子を間近に目撃したにもかかわらず、所詮は他人事なので、ま、若いうちは 色々あるさ、と知らん顔を決め込んで、バッファローマンは結局挨拶もせずに二人を無視したが、ジェイドとスカーフェイスの 二人も、自分達のすぐそばをバッファローマンが通りかかった事に、完璧に気がつかなかったのでお互い様だった。 暦の上ではもうとっくに冬なのにもかかわらず、陽光がさんさんと降り注いでいる今日の東京は異常気性だとかで気温が高い。 おかげですっかりお荷物となってしまったコートを抱えスーツケースをぶら下げて、バッファローマンはTWTホテル目指して 足を早めた。 to be continued |