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◆ 君が全てだった頃2


【彼らは、底知れぬ所の使いを王にいただいており、その名をヘブライ語ではアバドンと言い、ギリシア語ではアポルオンと言う。】
(The Apocalypse 9-11)

 ――――― もう、いやだ。 『食わせてもらったよ。』
 こんなこと、もう、いやだ。 『ジャイロの心臓をな。』
 帰りたい。お前がいた世界に。二度と戻らない幸せの中に、お前のいた世界に帰りたい。
 ・・・・ジャイロ。

 腕が、捩れてる。 足が捻れてる。 動かない。
 顔に、何か乾いた物がこびり付いてる。血だ。
 何だか、息が苦しい。
 こんなことが、・・・・・前にもあったっけ。
 本当に、この世界にこんなことが、こんな恐ろしいことがあるのかと。
 どうして、あんなことが平気でできるのだろうと。
 あの超人。何と名乗っていただろう。
 『私は、元dMpに所属していたんですよ――― ご存知でしょうね?貴方方はdMpと戦うために派遣されたのですから。』
 奴は笑った。形の良い唇だと思った。
 『でも、全くお話になりませんね―――― 日本に駐屯する新世代正義超人は、皆この程度の実力なのですか?』
 奴は、今度は肩を揺すって笑った。
 そうだ。チェックメイト。奴はそう名乗った。礼儀正しく、美しい・・・・そして、恐ろしい悪行超人。
 奴は、超人委員会から偵察に派遣されてきた委員を、俺の目の前で、生きたまま引き裂いた。

 思い出したくない。あんなこと。
 あれが、人のあげる声なんだろうか。
 ・・・・最初のうちは、泣き声、悲鳴、まだ人の出す声だった。
 俺は、目の前にいたのに、何もできなかった。
 『今自分がどんな滑稽な様子か。わかっていますか?貴方は。』動けない俺に、チェックメイトはそう語りかけてきた。
 『本当に、面白いですよ。コワイ、のですか? 無様ですね。そんな余計な感情があるばかりにね。』
 奴は面白半分に、いや、もしかしたら何も思わずに、俺の刀を俺の体に突き立てた。
 薄く、笑いを貼り付けたような顔で、苦痛にのたうつ俺を見下ろしていた。

 チェックメイトに呼び出されたという二期生たちに助け出され、俺は高松市の超人病院に担ぎ込まれた。
 夜、眠れなかった。目を閉じると、あの虐殺の光景が瞼の裏に焼き付いていて。血塗れの光景。さっきまで、生きて呼吸をしていた人の
 体が、ただの物に変わって。
 『これでね。招待状を作ろうと思うんですよ。奇を衒うのは感心できたことではないでしょうが・・・目立つ物の方が効果があるでしょう。
 そう思われませんか?』チェックメイトは、返り血を浴びた白い顔を俺に向けて言った。微かに笑っていた。千切り取られた腕を持って、
 平気な顔でそう言った。この世のものと思えない風景。それよりもっと恐ろしかったのは、そんな血塗れの無情な行為をしている超人が、
 それでも美しく見えたことだ。
 どうしてなんだろう。

 ・・・・血に塗れた光景。あの夜。沖縄のあの夜も、
 (あの夜?)
 違う。ジャイロ。お前は忙しい体なのに、高松市の超人病院まで駆けつけてくれた。
 あの時。病室のドアを開けた、お前の息があがっているのが解かった。『・・・・ナムル!』
 ベッドの上の俺を見て、拳を握り締めていたお前。『ちくしょう・・・・!』俺を凝視しながら、ベッドの側に跪いて、
 『ちくしょう・・・ちくしょうっ・・・!』そう繰り返していたお前。
 点滴を受けていた腕の先、横たえられた俺の手に重ねられた、お前の手。
 『すまねぇ・・・・すぐ来てやれなくてよ・・・・お前がこんな思いをしてるってのに』俺の手をそっと包んだお前の手。
 温かかった。熱かった。
 『もしお前が・・・・お前が殺されちまったりしたら・・・・・』血の熱さが、直接感じ取れる。
 『畜生・・・・日本を守る意味なんかねぇってのに・・・!』

 頬を、髪を流れ落ちていく涙。あとから、あとから湧き出てくる。
 涙を止められないって、本当にあることなんだ。
 俺が泣いているのに気付いて、握り締めていた手を緩めたお前。『あ、悪い・・・・痛かったか?』
 泣きながら、俺は首を振った。
 『ホントに良かった・・・・生きててくれてよ。』メットとマスクの下で、心底安心したようにお前は息を吐いた。
 『早く治せよ。防衛のことなら心配すんな。俺が纏めて引き受けといてやる。』そう言って立ち上がり・・・お前は続けた。
 『けど、今回のことでわかったよ。てぇか思い知らされた。俺は日本より、お前を守りたいんだ。』
 お前は、嬉しくてまだ泣き続けている俺の涙を指で拭ってくれた。『もう泣くなって。な。』

 俺が生まれてきた理由。
 そして生き続ける理由を見つけたと、あの時思った。
 いや、わかったんだ。
 お前と一緒に生きる。その為に生まれてきたんだと。

 血塗れの光景。超人なら嫌というほど見ることになる。慣れなくてはならんことじゃ、委員長は俺を呼び出して「訓戒」を与えた時
 そう言っていた。(『友人を殺されて悔しいのはわかるがのぅ・・・』)
 だとしても、(沖縄のあの夜も、)大量の血に濡れた光景の中を(あの夜?)これから生きていかなくてはならないとしても、
 お前と一緒なら、俺の人生の中にお前がいるのなら、俺は耐えて行ける。

 お前と一緒なら。 (アノ夜?)
 『ああ、戻ってきたか。』 誰の声だろう。
 『連れて帰って、弔ってやりな。』・・・あれは何だろう。ジャイロ?
 嘘だ。そんなこと嘘だよな。
 俺が不甲斐無いから、また悪行超人に勝てなかったから、だからお前は俺の代わりに防衛任務を引き受けてくれているんだ。
 ごめんな。いつも迷惑ばっかりかけて。
 ・・・・早く、この怪我を治さなくちゃ。 『・・・・やっぱり死にたかったのかね? お前さん。』

 ジャイロ・・・・。
 『・・・・だが、ナムルは絶対に殺させない!』・・・・誰の声?
 『お前を殺す事になっても、ナムルは僕が守る!』

 ・・・・ジャイロ!
 ほら、やっぱり嘘だったんだ。あんなこと。
 あの血塗れの千切れた肉塊がお前だなんて、そんなことある筈ないものな。
 俺、お前にずっと言いたかったことがあるんだ。
 あの時お前は、日本よりも俺を守りたいって言ってくれた。
 俺の方も、ちゃんと言わなくちゃ。お前に。
 お前が好きだって。大好きだって。これからずっと、一緒に生きようって。
 今度こそ、お前に、ちゃんと言わなくちゃ。ジャイロ。

 黒尽くめの、すらりとしながら肉付きのよい身体をした男が、傷痕のようにも見える唇をニヤリとした笑いに歪めて立っていた。
 その前に立つ超人。青空のような色の、所々癖のある長髪。日焼けした体。どことなく古代的なスタイル。
 涙に霞んでいた視界が明確になった時、ナムルが見た光景の中にはその二人がいた。

 「・・・・ジャ・・・イロ・・・・」消え入りそうな呟きに、ゴージャスマンは腕に抱えた、傷ついたナムルに目を移す。涙に曇った虚ろな瞳が
 宙を彷徨い、前方に向けられた。
 「・・・・アポロン・・・マン・・・・」ポツリと呟いた彼の瞳から、涙が一筋流れ落ちていった。

 「大人しく退散してくれそうにねぇ雰囲気だな。」黒尽くめの男、ボーン・コールドはどことなく面白がっているような口調で言った。
 身構えているアポロンマン。
 「・・・・だめ・・・駄目、だ・・・・そいつに・・・先に仕掛けたら・・・・」ゴージャスマンの腕に抱えられているナムルが、僅かに身動ぎする。
 折れた手足の痛みに顔を歪めた。「・・・アポロン・・・!」
 その声を聞き付けたアポロンマンは、構えたまま二人の所まで後退する。手にした剣を、ゴージャスマンの目の前の、
 倉庫の床に突き立てた。顔をあげたゴージャスマンに彼は言う。
 「ゴージャス。この剣から先には、絶対に出ないでくれ。」ボーン・コールドに再度目を向け続ける。
 「命の保証はできないから、絶対に動かないでくれよ。頼む。」 「?」たじろぐゴージャスマン。
 両手を胸の前に組み、ボーンを睨みつけるアポロンマン。
 「お前はジャイロの仇だ。この場で殺す事になっても、僕は後悔しない。」
 薄笑いを浮かべているボーンの表情はまるで変わらない。

 「サマンズ・オブ・ローカスト!」アポロンマンは両手を倉庫の床に突く。
 周辺一帯に、耳障りな羽音の如き音がざわめき広がって行った。「な・・・何だ?」とゴージャスマン。
 全く表情を変えないボーン・コールド。異様なざわめきの中で、彼は葉巻を取り出して、ライターで火を点けた。アポロンマンに目を向ける。
 倉庫内に響き渡る奇声。ゴージャスマンは、アポロンマンの立つ床の前面から、"何か"が飛び出してきたのを見た。

 一瞬、俺は特撮映画でも見ているのかとゴージャスマンは思う。その"何か"は異様な姿をしていた。
 人の顔と長髪、腕、額には冠のようなものを、胸部には金属製らしき胸当てを付けている。だが明らかに人間ではない。鋭い牙が並ぶ口、
 背には羽、そして巨大な蠍の尻尾を持っていた。耳障りな羽ばたきの音、尻尾が動く度に、神経を逆撫でするような音が辺りに響く。
 「な・・・な・・・何なんだ、これは・・・!」そう言って絶句するゴージャスマン。
 「イナゴ、だな。」煙を吹かしながらボーン・コールドが言った。一瞬、アポロンマンの顔色が変わる。
 「イ・・・・イナゴ!? そのモンスターの何処が昆虫だと言うんだ!」思わずゴージャスマンは怒鳴っていた。「ゴージャスマン。
 あんた確かアメリカの出身だったな? だったら聖書くらい読んだことあるだろ。」とボーン。「聖書? ・・・・・ヨハネ黙示録か!」
 「そう。あれによると、世界の終末に第五の天使が喇叭を鳴らすと星が落下してきて、できた穴から出現するのが、あんたの言った
 とおり化け物にしか見えねぇ蝗の群れらしい。その蝗を従えてる王の名前が、ヘブライ語でアバドン、ギリシア語ではアポルオン・・・。
 一説によると、太陽神アポロンのもう一つの姿。」ニヤリと笑みが浮かぶ。
 「アポロンマン、か。なるほど。しかし、正義超人で同類に会ったのは初めてだな。」

 「同類、だと・・・・! じゃあ、まさかお前も、」アポロンマンは愕然と言葉をかける。
 確認するまでもない。こいつは、これが"蝗"だということを知っていた。
 「あぁ。」吠え狂う化け物に見据えられながら全く動じる事なく、ボーン・コールドは言った。「俺もあんたと同じ、"呪殺者"だ。」
 葉巻を燻らせながら言葉を続ける。「あんたが召喚できるのは、イナゴが一匹だけかね? だったら俺には勝てねぇな。」
 ククク・・・・低い笑いが、その口から漏れてきた。
 「お二人さんに最後通告だ。今すぐナムルを置いて、ここから出ていきな。さもなきゃ身の安全は保証できんぜ。俺は基本的に無駄な
 殺しはせん主義だが、不可抗力じゃ仕方ねぇからな。」 
 (あの時もそうだったが。)・・・あの3人の超人の1人は、触れてはならぬものに触れてしまったのだ。 
 アポロンマンは、唇を噛み締める。

 「さ・・・さっきから、何を訳のわからんことを言っているんだ、貴様!」堪り兼ねてゴージャスマンが叫んだ。 
 「"呪殺者"だの、黙示録だの・・・・あんなものは単なる伝説だろう!」 「柔軟性に欠ける考え方だねぇ。確かにヨハネ黙示録は"幻視"を
 記録したものということになってるから、幻覚系の草でもキメただろう奴の戯言ですますこともできるが。」
 どことなく楽しげなボーンの言葉。
 「こういう考えはどうだ? すなわちあれは、古代超人たちの活動を目撃した人間の記録だった、と。」
 「なに!?」 「かつて初代キン肉マンは、全宇宙超人タッグトーナメントで、最も神に近き者と自称した完璧超人の創設者と戦う
 ハメになった。古代超人界最強の超人と言われたネプチューン・キングだ。そいつは、地球そのもののエネルギーの利用法を
 知っていた。それは地球のエネルギーでありながら、何故かアポロン・パワーと呼ばれ・・・・」アポロンマンにチラリと目を移す。
 「エネルギーの取り込み口は、アポロン・ウィンドウと呼ばれた。このアポロンは太陽の神のことでなく、"底知れぬ所の使い"つまり
 深淵の天使アポルオンを指していたんだ。」 「く・・・・!」アポロンマンは、悔しげに声を絞り出す。
 「多分あんたは、"呪殺者"の資格を得たからアポロンの名を得たんだろうな。だがその名は、所詮は使いっ走りを示す名に過ぎん。
 あんたは俺には勝てん。何故なら、俺が召喚し使いこなせるのは、深淵そのものだからだ。」煙を吐き出しながら、ボーンは目前で
 唸っている怪物・・・"蝗"を見た。

 「ハッタリを・・・・!」歯噛みして吐き捨てながらも、アポロンマンは内心恐れを感じ始める。
 (奴の言葉が本当なら、ローカストの召喚だけでは僕には勝ち目がない。)チラリと後ろを見る。ゴージャスマンに抱えられている、
 傷ついたナムル。(・・・・どうすれば、ナムルを守ることができるんだ。)
 「"呪殺者"ならわかるだろ。深淵の力がどういうものか。ましてや、コイツはつい最近1人食ったばかりで味を占めてるからな。
 どう考えても碌な結果にならんぜ。」余裕の表情でボーン・コールドは言う。
 その声に顔を向けるアポロンマン。「お前・・・"呪殺"を使って誰かを殺したのか・・・・!」
 「俺は仕事で"呪殺"を使ったことはねぇよ。」とボーン。
 「うっかり深淵の力に触れちまった、運のねぇ奴がいたってだけのことだ。・・・・そういや、そいつの代理でこなさなくちゃならねぇ
 試合があったっけな。前の奴も負けて順番も回ってくるこったし、さっさとこの仕事を済まさねぇと。」爬虫類のような、人の感情を
 感じさせない目が、アポロンマンの後ろのナムルを嘗めた。
 戸惑いを見せるアポロンマン。「一体、どういうことだそれは・・・・。」
 ゴージャスマンが、突き立てられた剣に触れぬよう身を乗り出す。「さっき、代理で戦う、と言ったな。それはノーリスペクトのことか?
 お前がノーリスペクトの#3なんじゃないのか!?」
 ボーン・コールドは二人に目を移す。「5年前、キン肉星の兵士を合計650人惨殺し、収監されたノーリスペクトの3人の内訳は
 こうだ。203人を殺した"串刺し"のフォーク・ザ・ジャイアント、290人を殺した"顔剥ぎ"の鬼畜ハンゾウ、そして157人を
 殺した"人食い"のビビセクター・ジョウ。3人目は、キン肉万太郎の"火事場のクソ力修練"に付き合わされるため日本に降り立って、
 すぐ死んだよ。」
 二人はその言葉に目を見張った。

 「"ビビセクター"とは生体解剖者を意味する。俺は鬼畜ハンゾウとは面識があったが、後の二人は噂でしか聞いたこたぁない。
 ビビセクター・ジョウってのは対戦相手を食い千切って追放された超人レスラーで、その後無差別に人を食い千切り歩き、
 ノーリスペクトのメンバーになったんだそうだ。殺す事よりも相手を食い千切る方に夢中になってたんで、3人中兵士を殺した数が
 一番少なくなった。」
 ボーン・コールドは笑った。 「う・・・・。」アポロンマンは思わず口を抑え、ゴージャスマンは拳を握る。

 ――――3人のノーリスペクトは、キン肉星の護送用宇宙船に乗せられて地球の日本に降り立った。彼らには巨大な鉄球と探知機の
 着いた、手枷と足枷が嵌められていた。対戦場所と時間は好きに指定してよい。準備はキン肉星評議会と、地球の超人委員会が担当する。
 彼らはそう申し渡されていた。
 「やってられっかぁ!んな七面倒くせぇ真似なぞ!」ノーリスペクト#3、ビビセクター・ジョウはがなり散らした。
 「折角娑婆に出られたんだ。キン肉星の小僧相手の戦いなんざうっちゃって、さっさとズラかった方が利口ってもんだろう!」
 後ろの仲間二人を振り返る。「やってできんこともないだろうが、キン肉万太郎1人殺せば、我々は大手を振って娑婆に出られるんだ。
 少し辛抱せい、ジョウ。」ノーリスペクト#2、鬼面をつけた忍術超人・鬼畜ハンゾウが声をかける。グロロロ・・・。低い不気味な
 笑い声。「ハンゾウよ、俺様は他人に指図や命令をされるのが大嫌ぇだが、ジョウは我慢が何より耐え難ぇという奴だからな。
 こりゃあ今晩中に、血の雨降らせるかもしれねぇぜ。」フォークリフトの化身であるノーリスペクト#1、フォーク・ザ・ジャイアントが言った。
 その時3人は只ならぬ気配を感じた。悲鳴こそ聞こえなかったが、これは断末魔の気配。それまでの人生を屍で飾り、血で彩ってきた
 彼らには馴染み深い気配。

 その気配を探り当てて彼らが見たものは、1人の直立した超人の頭部に別の超人の脚部が馬乗りになっている光景だった。馬乗りに
 なっている側は腕で、相手の脚部を押さえつけているらしい。乗られている側の顔には苦悶の表情が浮かび上がっているが、
 足に押さえつけられ呻き声しか漏れ出していなかった。
 「3D・クラッシュ!」力が入ったのが解かったと同時に、生贄となることを決定付けられた超人の胴体部が裂けた。夜の中で黒々と
 飛び散る大量の血、内臓、剥き出しになった白い骨。
 馬乗りになっていた黒尽くめの超人が離れ、犠牲者は自分の内側を撒き散らしながら崩れ落ちた。

 殺害者である黒尽くめの超人は、着地して3人の見物人を見た。感情の篭もらない瞳。
 「仕事の現場見られたのは初めてだな。」彼は、葉巻を取り出してマッチで火を点ける。
 「見たとこ悪行超人のようだが・・・面白ぇ飾りつけて歩いてんだなぁ、あんた達。」
 「お主・・・もしかすると、ボーン・コールドか?」ハンゾウが葉巻を吹かせる男に声をかけた。
 「ボーン・コールド? ってぇとあの噂に聞く"正義超人殺し"の?」とフォーク。
 「あ〜・・・ お前さん、"顔剥ぎ"のハンゾウか? 久しぶりだな。5年前、超人監獄に収監されたと聞いてたが。仮出所かい?」
 ボーンが薄笑いを浮かべる。
 「まぁそのような所だ。ところでそれは・・・。」ハンゾウは、チラリと惨殺された超人を見やる。
 「俺の今回の賞金首。」さらりと答えるボーン。「相変らず的確な仕事のようだな。」とハンゾウ。
 「ハンゾウ、こいつお前の知り合いか?」フォークが訊ねる。「うむ・・・。」ハンゾウの声。「拙は腕の立ちそうな超人共を打ち負かして
 顔を剥し続けていたが、腕を見込まれて裏の世界から殺しの依頼を受けたことも度々あった。こやつとはその時に、何度か顔を合わせた
 ことがある。」
 「あんたは獲物を選ぶことはしてなかったが・・・・」葉巻を指で摘みながら言うボーン。「俺は獲物は正義超人と決めてる。」
 彼はフォークを見る。「殺してもらいたい奴がいたら、いつでも依頼しな。」
 「フン! 殺し屋に頼むヒマがあったら自分で殺ってる!」鮫のように、歯を剥き出しにしてフォークは笑った。
 「なるほどな。」ボーンが煙を噴き出した時。唸り声が響いた。

 フォーク、ハンゾウ、ボーンの3人が見ると。じっとボーンを睨みつけていたビビセクター・ジョウが、唸りながらボーンが殺害した
 超人の遺骸に向って踏み出していた。頭部を足で踏み拉くと、地面に巻かれた内臓を掴み上げる。獣のような呻きが起きた。
 「・・・・我慢できねぇ!!」
 内臓を投げ出し、血塗れになった手を凝視しながら再度ジョウは言う。「我慢できねぇ!血と臓物の匂い!! 5年だぞ、5年!! 
 5年もの間、俺はこの匂いから、この感触から遠ざけられてたんだ!!」
 突如、ジョウは振り向いた。「おい、てめぇ・・・・ボーン・コールドとか言ったな・・・ 俺が牢の中で毎日痛めつけられていた間、
 てめぇは好きなだけこの匂いを嗅ぎ続けてたってのかぁ!?」
 一歩、ボーンに向けて踏み出す。「許せねぇな・・・俺も好きなだけこの匂いを嗅いでいたかったってのによ・・・。」その顔に、狂気じみた
 笑みが浮かぶ。牙のような歯が剥き出しになった。「嗅がせろよ、・・・てめぇの血の匂い!」指を組んで鳴らす。
 「いいガタイしてやがんじゃねぇか。食い千切ってやりたくなってきたぜ、久々によ!」
 全く何の感情も表さず、冷めた目でそう言うジョウを見るボーン・コールド。「・・・またストレートな奴だな。」 
 「おい、よさぬかジョウ!」ハンゾウが鋭く声をかける。「なんだぁ?鬼畜ハンゾウともあろう者が、昔の馴染みだからって他人を
 庇うなんて真似をするのかぁ?」冗談めかした口調だが、ハンゾウを見る目に凶暴な色が宿っていた。「そうではない、こやつはお主の
 敵う相手では、」
 次の瞬間、ジョウはボーン・コールドに飛び掛っていた。

 ひらりと舞うボーンは、次の瞬間ジョウの肩の上に飛び乗っていた。たじろいでボーンを捕えようとするジョウが凄まじい声で吠えた。
 ボーンはジョウの肩から舞い降りる。その背後で、ジョウが両耳を抑え、吠えながらのた打ち回っていた。ボーンは両手に持っていた
 何かを投げ出す。
 フォークとハンゾウは、間近に落ちてきた2つの物体を見る。半円形のもの・・・・どうやらジョウの両耳だった。内心驚愕を覚える
 ハンゾウ。千切り取られた耳そのものにではない。数知れぬ超人たちを、原形も止めぬ姿に変えてきたのだから、そのくらいのことでは
 驚かない。
 彼が驚いたのは、悪の中の悪と恐れられるノーリスペクトのメンバーであるジョウが、ボーンの前では完全な赤子に過ぎないという
 事実だった。(奴は以前よりも、腕をあげておる・・・・。)
 ハンゾウは、のたうつジョウを平然と見ているボーン・コールドに目を向ける。
 「もう止めときな。」ジョウに声をかけるボーン。グオオォ・・・・。ヒュウヒュウという息の間から呻きを漏らしていたジョウは、
 「貴様ぁ・・・・ブチ殺してやる!!」血走った目をボーンに向けた。「食い千切ってやるゥ!!」もがれた両耳から血を流しながら
 立ち上がり、ボーンに突進するジョウ。
 「よせい! よさんか、ジョウ!」ハンゾウの制止する声。ジョウはボーンの左肩に掴み掛かった。

 ハンゾウとフォークは、突如発生した眩い光に腕で目を庇う。次の瞬間、夜の闇とは異質な、異様な暗黒に周囲が満たされ、二人は
 何か獣の唸り声・・・としか形容のしようがない音を聞いた。
 目の慣れた頃、二人の目の前には腕が転がっていた。見覚えのある、ジョウの腕だった。

 フォークは腕を認めると、ボーンを見てから周囲を見渡す。「ハ、ハンゾウ・・・ジョウの奴はどこへ消えたんだ?」ハンゾウは
 ボーン・コールドを凝視した。全く平静な様子でボーンは立っている。葉巻を吹かせたままで。彼は左肩の、魔方陣が刻まれた
 肩パットを軽く掃った。寄り添っている爬虫類のような指。ボーンは二人の方へ歩み寄って来る。
 「この世に残ったのは、耳2つと腕1本だけか。」二人の脇をすり抜け言う。「運がなかったな。」
 (まさか・・・・。)"呪殺"。その言葉がハンゾウの脳裏を過った。
 (恐ろしい奴よ。)鬼畜と恐れられるハンゾウは、いつの間にか冷たい汗を滲ませている自分を自覚していた。

 「・・・まぁ、運がなかっただけのことだ。」ボーン・コールドは言った。
 「だがお前さんらの場合は、自分の意志で回避できる選択の余地って奴が残されてる。」アポロンマンとゴージャスマンを見て、
 ニヤリと笑みを浮かべる。二人の前で耳障りな音を立て唸っている怪物、"蝗"には目もくれずに。
 「回避した方がお利口さんだと思うがねぇ。」ボーンは一歩踏み出した。
 思わず後ずさるアポロンマン。その時彼は、故郷ギリシアにいる父親の言葉を思い出していた。
 (父さん・・・・。)心の中で交錯する。正義超人としての誇り。一族に伝えられた宿命。守りたい存在。
 大切な存在を奪われ、自分自身もこの上ない傷を受けたナムル。
 (僕は、逃げるわけにはいかない。)アポロンマンは目をあげる。
 (いざとなれば・・・・禁じ手を使うほかはない!)目の前には、彼らにとって死の使者と化している超人が笑みを浮かべて立っていた。


                 To be continued 「明日への贈り物」