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◆ MagicalDrug in the obscene night

「面白い薬、持ってきたぜ」
 その夜、マルスは珍しくも上機嫌で俺の部屋のドアを開いた。
 手には、すでに封を切られたワインの瓶と――やや大きめに見えるが、何もとりたてて特徴のない、白い錠剤。
「面白い薬って……」
 もう深夜で――当然のように、俺は鉄仮面もとってぐっすりと眠りについていたところだ。
 枕元に置くのが習慣になっている時計をとって、見る。
「……こんな、夜中に……」
 苦情など告げたところで、この男が態度を直すわけではないことを知りつつ、それでも俺は低い声で言わずにはいられなかった。
 明日も早朝から訓練があるのだし、そのことはマルスだってよくわかっているはずなのだから。
 不機嫌をあらわにするそんな俺の様子にも構わず、マルスは堂々と俺のベッドに座り、ワインを小卓の上に置いた。
「いいから飲めよ。死魔王のヤツが調合した新作だぜ?」
 錠剤をひとつ、俺の手に渡しながら囁く。
 刻印も何もない、白い錠剤――。
 俺は手の中のそれを、つくづくと眺めた。
 ……ドラッグ――……
 マリファナ煙草あたりなら、俺もここに来る前にやっていたことがある。
 割と簡単に手に入って――そもそも超人の体質が薬物類にも強いこともあって
 ――それほどの陶酔はなかったが、それなりに……良かった。
 流血の快楽を知って、背中に蜘蛛の巣のタトゥーを刻むようになり――薬物以上の楽しさに、そんな経験のことなど
  すっかり忘れていたが――。
 久々に手にしたドラッグは、俺にそんな記憶を自然に呼び起こした。
 ……dMpが資金源に非合法のドラッグを作って流しているという噂は聞いていたが……
 これは、どんな質のものなのだろう――。
 多少の不安はあるが、興味がない、とは言いきれない体だ。
 俺は錠剤を見つめつつ、マルスに尋ねた。
「……副作用はないんだろうな? 習慣性とか」
「そこまでの作用はないはずだぜ? こいつは単なるセックスドラッグの類だろうからな。でねェと――……」
 ちょっとマルスが不機嫌に顔をしかめて見せた。
「――危なくて、俺になんか渡せねェとか言ってやがったけどな」
 ちょっとした意識の拡大剤――その程度のものか、と、俺は判断した。
「考えるこたァねェだろ? 俺も一緒に飲むんだしな」
 俺が逡巡しているとでも思ったのだろう。
 そう言うと、マルスは俺に見せつけるように手の中の錠剤を含み――グラスに少しだけ酒をついで、喉を通した。
 その同じグラスに、今度はなみなみと酒をついで俺に渡す。
「……」
 無言で俺はその錠剤を口に含むと――ぐっとその酒をあおった。
 酒とまじって、あのマリファナの甘ったるい芝のような青い香りがしたような
 ――気がした。
 空になるグラス。
「いい飲みっぷりじゃねェか」
 マルスは笑い、さらにもう一杯、と瓶を傾ける。
 もちろん俺は飲んで――もういい、と、グラスを置いた。
「……どれくらいで効いてくる?」
「さァな。死魔王の野郎は、すぐに効くとか言ってたぜ?」
「……」
 無言で、俺は下着をとった。
 マルスもそんな俺の行動を眺めつつ、服を床に脱ぎ捨てる。
 俺は脱ぎ終わったマルスの手を求めて――誘った。
 笑いながら、マルスは俺を抱きしめてくる。
 だが――口唇に触れることを許さない俺に、マルスは何か不審なものを感じたようだった。
「ケビン?」
 眉根を寄せて、俺の顔を見つめてくるマルスに――俺はにっこりと笑ってやり、舌を出した。
 舌の上に――錠剤。
「……飲まなかったのかよ」
 マルスの言葉を黙殺して、俺は指で錠剤をとると、そのまま屑篭に投げ込んだ。
「あやしげな薬――飲む気にはならないさ」
「ケビン……テメェなあ……」
 マルスの言葉に構わず、俺はちょっと後に下がるような形でマルスから離れ、その様子を観察した。
 マルスの顔は微妙に紅潮し、そして――
 ちろりと視線を下に流したところには、いつになく勢いづいている部分があった。
 獰猛な獣が唸るような調子で、マルスが言う。
「……いいぜ? 薬を飲んどかねェで辛い思いをするのはテメェの方だ。
 絶対――寝かせてなんかやらねェからな」
「嫌だと言ったら?」
「!?」
 俺の言葉に一瞬動揺したマルスの両肩を、俺はするどく突いた。
 ぐら……と逞しい体がバランスを崩し、床に倒れこむ。
 普段はそんなこともないあたり、すでにドラッグがまわってきている――と、俺は判断した。
「……テメェ……」
 睨みつけてくる視線にも構わずに俺がベッドから立ちあがると、マルスはそれでも半ば本能的な動きで、中途半端な姿勢から
 とっさに床に肘をつく。
 相手より下のポジションをとった場合――それは決して不利すぎる場合ではない。
 下からの攻撃というのは、なかなかガードしにくいものなのだから。
 ――そんな言葉が俺の頭にもさっと流れてゆく。
 マルスの動きは、次の瞬間にも攻撃に移ることができる――そんな姿勢をとるためのものだ。
 だが――。
 にっこりと機嫌良く、俺は微笑んだ。
 俺は別に、マルスを攻撃するわけではないのだから。
 そして、静かに片足をあげた俺は――マルスの体でひときわ目立っているその部分を――かるく、踏んだ。
「ううっ……」
 低く呻いて、だがその直後にあがった熱い息に、俺は確かな欲望の色を嗅ぎ取った。
「薬の効き目――たいしたものだよな」
 立ったまま、足でこねるように刺激しつつ、俺はマルスの顔を覗きこむ。
 薬に欲望をあおられ、こんな形で俺に刺激され、もう声もないままにマルスは荒い息をつくだけだ。
 常になく熱く燃える体――。
……いつもは、俺の方がマルスの思うままに流されているけど……今夜は……
 俺自身も妙に興奮している、とは思った。
 ベッドから立ちあがり、マルスを足で弄りはじめたあたりから、俺もまた異様な熱い欲情にとらわれていたのだ。
 痛いほどに前が張りつめている――耐えきれないくらいに。
 これは、いつもどおりではない行為のせいだろうか――それとも――?
 考えている余裕すら、もう俺にはなかった。
 一旦、マルスから足を離し、黄金の瞳が強烈な欲情でどことはなしに虚ろになっているのを確かめると、俺はベッドに戻った。
 小卓の引き出しからオイルの瓶をとり、中身をたっぷりと手にあけ、あらためてマルスの前に膝をつく。
 いつもよりもはるかに多いオイルを、焦らすように手からマルスの上に垂らし
 ――俺はごくゆるく、扱いた。
 熱い、手の中の感触。
 いまにも弾けそうなほどに猛り、ときおりぴくりと手の中で跳ねる。
 眩暈がするほどの牡の熱が俺までも狂わせるような――そんな恐ろしげな圧迫感さえ、ある。
 わずかに体が震えた。
「……」
 ……こんなつもりでは……なかったはずだ……
 欲望にとらわれてどうしようもなくなったマルスを、好きなように嬲ってみる
 ――つもりだった。
 そんなおぞましいほどの肉欲に燃えることも、これまでにはなかったのだが―
 ―自分はどこまでも冷静な目で、マルスの狂態を眺めるはずだった。
 しかし――。
 ――俺自身もまた、ここまで肉欲の衝動に捕らわれ、突き動かされてしまうとは想像もしなかった。
 ……どうして――どうしてこんなに……
 肉体の芯に燃えさかる熱に耐えきれず、俺はマルスから手を離したが――そこから目を離すことはできなかった。
「……ッ……」
 自分でも驚くほどの熱い息をつくと、俺はもう躊躇うこともなくマルスの上に跨った。
 指で角度を調節するのさえもどかしく、乱暴なほどの動きで――ぐっと一息に、俺の中深くまで――呑んだ。
「う……ああっ……!」
 痺れるような快感に叫んだのはマルスの方だった。
 強烈な圧迫感と、いつになく硬質な感触に、俺は声もなく――だが、そのあまりの充足に、狂ったように腰を使っていた。
 獣のような呼吸音が次第に激しくなる。
 このまま――狂うのではないかと思うほどに強烈を極める快楽は、俺の体を焼き、脳を焼き――
 濃密な牡の匂いと熱のたちこめる部屋の中で、幾度も幾度も、全身を突き上げるような衝撃に俺は叫んでいた。
 絶えることなく震える、その先端からは叫びのたびに熱い精液があふれ出す。
 マルスがどんな様子だったのかすら、俺の意識に届かなかった。
 狂気にも似た絶頂感は、ただひたすらにさらなる欲望の充足を求めるだけだった。

 そして――……。 
 欲望を尽くし、果ててしばし余韻の荒い息をついた後――満足げな息をつくマルスの上から、わずかに息をつめて俺は腰をひいた。
 濡れた感触とともに、ぬるりと抜け落ちたものもそのままに、俺はガクガクと震える足を、意思の力でようやく支え――
 叫びつづけて嗄れた喉を、すでに温くなっていたさっきのワインで潤した。
 そのとき――疲れ果てて、ぐったりと床に寝そべっていると思われたマルスが、小さく喉を鳴らして笑った。
「……何だ?」
 奇妙な気配。
 俺がマルスの顔を覗きこむと――マルスは薬の興奮も何もかも醒めたように、いつもどおりの顔をして立ちあがった。
 俺を眺めながら、さも楽しげに笑う。
「……ケビン、テメェまァだ気がつかねェのか?」
 たった今、俺が空にしたばかりのグラスに、ちらりと黄金の視線がはしる。
 ふと不安に捕らわれて、注意深く俺は尋ねた。
「……何のことだ?」
「――俺が死魔王から渡された薬、な。アレ――錠剤じゃなかったんだよ」
「……!?」
 動揺する俺の両肩を、マルスがぐっとつかむ。
「錠剤じゃなくて、散薬だったのさ」
 大きく目を瞠いた俺の、口唇が震えた。
「それなら、あの錠剤は――……」
「偽薬さ」
 ククク……と笑いながら告げられた声とともに、俺はベッドの上に座らされた。
「本物は、あのワインの中にたっぷりと……な?」
「……最低な……気分だ……」
「俺は楽しかったぜ?」
 がくりと力を抜いた俺に、マルスはひとつ、軽い接吻をした。
「オマエの本性――けっこうイイ感じじゃねェか」
「……黙れ」
 もう一度、マルスは笑った。
「……なァ、ケビン。テメェなにかひとつ忘れてねェか?」
「……?」
「オマエ、また最後にあの酒飲んだろ?」
「……!」
 思わず顔を引きつらせた俺を、マルスはベッドの上に倒した。
「安心しろよ。ちゃんと俺サマがつきあってやるぜ? 明日――もう今日か――腰がたたなくなっても、な……?」
 そんなふうに俺をなぶるように声をかけるマルスの手が、ゆっくりと俺の胸のあたりを這い回る。
 ……また、薬が効いてきたのかもしれない……
 ぼんやりと思いながら、俺は静かに目を閉じた。
 高鳴る胸の鼓動と、マルスの指の与えてくる快楽の波が、自然に溶けあってゆくのがはっきりと感じられた――。

改訂版(更なる裏仕様(笑))はこちら