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◆ 君が全てだった頃

 (頼む、間に合ってくれ!)アポロンマンは只ひたすら、そう念じ続けていた。
 「くそっ・・・・! もうこれ以上、」並んで疾走するゴージャスマンの声が届く。
 「仲間を失ってたまるか!!」搾り出された声は紛れもなく本心だろう。それはアポロンマンも同じだった。腰に下げた、彼の物と
 同じ力を秘めた剣。その共鳴力が超人警察より早く彼を見つけ出すことに、アポロンマンは賭けていた。

 「本日をもって」険しい表情で、超人協会委員長・ハラボテマッスルが言い渡した言葉。
 「ヘラクレスファクトリー第一期卒業生・ナムルの、四国及び中国地方の駐屯防衛の任を解く!」呼び出しを受けたアポロンマン達は、
 一瞬息を飲んだ。「お前達も理由は解かっておるじゃろう。奴は正義超人の名を汚す振る舞いをした。さらに再三の警告を無視して
 その暴挙を続けた。ナムルは見つかり次第、犯罪者として拘束される。今から超人警察が逮捕のために出動するが」
 席から立ち上がった委員長は、二人を見て続ける。「お前達には、奴の説得もしくは応じなかった場合の拘束のために、超人警察と
 同行してもらう。」アポロンマンは拳を握り締める。「昨日まで仲間じゃったお前達には酷な任務だと言う事は、ワシも充分承知しておる。
 だが私情は捨てることじゃ。そんな甘えは許されんということぐらい、優秀なお前達のことじゃから弁えておるじゃろう。」
 「・・・・・わかっています・・・・。」アポロンマンは声を搾り出す。ゴージャスマンが彼を見た。「そのことは、私たちは充分理解して
 います。ですが・・・・ですが委員長、」アポロンマンは目を上げ、真っ直ぐ委員長を見据えた。
 「何故こうなる前に、手を打ってくださらなかったのですか!」

 関東防衛任務の合間を縫って、アポロンマンは連絡抜きで、香川県高松市の超人センターにナムルを訪れた。部屋の扉をノックし、
 「はい」答えを聞いた途端に扉を開く。ナムルは表情のない顔で立っていた。
 「アポロンマン」ポツリと呟く彼の手に、僅かに水の入ったコップ。アポロンマンはそれを見てから、テーブルの上に目をやった。
 薬の瓶が目に止まる。「どうしたんだ」抑揚のない声が届いた。
 「お前は」目をナムルに移し、「この一週間で、5人殺害したそうだな。悪行超人たちを!」言葉を叩き付ける。ナムルは目を僅かに
 落とした。手にしたコップをテーブルに置く。「ああ。四国4県で2人。中国地方5県で3人。」ポツリと感情の篭もらない声が
 答える。「・・・・ジャイロの報復のためか!」背を向けたままの肩に手をかけ、アポロンマンはナムルの身体を正面に振り向かせた。
 「そうだ。」アポロンマンに向けられた目には何の色もない。
 「・・・そんなことをして! 死んだジャイロが喜ぶとでも思うのか!」その言葉は、ナムルの目に如何なる感情も呼び起こしは
 しないようだった。閉じられた口は全く動かない。
 「お前の気持ちはわかる・・・・僕も、できることならジャイロの仇をこの手で打ちたい・・・・!だけど、だからと言って悪行超人達を
 片端から殺すのは間違ってる。それじゃあ、ジャイロを殺した奴らと同じだ。僕らは正義超人だ。殺害という不毛な、何の解決にも
 ならない手段に訴えてはいけないんだ!」「だったら」
 ナムルは口を開いた。「ジャイロの命はどう償わせるんだ」アポロンマンは彼を見る。
 「何故、ジャイロは殺されなくちゃならなかったんだ」アポロンマンに言うともなく呟かれる言葉にも、やはり感情は伺えなかった。
 「・・・・・。」返す言葉を失ったアポロンマン。目の前のナムルがあの時の・・・ベッドに横たわっていたナムルの姿と重なった。

 ジャイロの死後、右足に負った重傷のため那覇市の超人病院に担ぎ込まれたナムル。事件を聞いて駆けつけたアポロンマンの見た
 目覚めたナムルは、冷静な様子に思えた。声をかける。
 『ナムル・・・・どうだ、傷は痛むか?』黒い瞳を、ナムルはゆっくりとベッド脇に立つアポロンマンとゴージャスマンに向ける。
 『ジャイロ』ポツリと口を開く。『ジャイロの、葬儀は』二人を平静に見ている瞳。
 『2日前に終ったよ。』ゴージャスマンが答える。『・・・・俺、何日眠って・・・』 『手術が終ってからだから・・・・4日かな。』
 何も言わずナムルは、ゆっくりと目を天井に向けた。
 『あのな、ナムル・・・・。超人警察の刑事が、お前の話を聞きたがってるんだ。話せそうか?』ゴージャスマンが切り出した。
 『ジャイロの件でな・・・・お前を疑う意見があるらしいんだよ。』『ゴージャス!』アポロンマンの鋭い声が飛ぶ。
 『・・・・ナムルも、こんな重傷を負っていたのに!』
 『俺が殺したんじゃない』ポツリとナムルは言った。『公園を散歩していて、ジャイロが喉が渇いたと言ったから、飲料を買いに
 行った。戻ったら、・・・・あの男が石段の上から、ジャイロの身体をゴミのように投げ出した』 『誰だ、そいつは!』
 ゴージャスマンは身を乗り出す。『正義超人専門の殺し屋だと言ってた。ボーン・コールドと名乗った。12人の悪行超人の依頼で、
 日本潜入に邪魔なジャイロを殺したと言っていた。』 『殺し屋・・・・・悪行超人が雇ったのか!卑劣な真似を・・・・!』拳を握り締める
 ゴージャスマン。『俺は、奴に飛び掛ったけれど、全く歯が立たなかった。』ナムルは口を噤んだ。『・・・・・。』アポロンマンは
 訝しげにナムルを見る。あまりに淡々と、表情一つ動かさず、惨事を語る彼に割り切れないものを覚えたのだ。
 ――――『何故・・・・ナムルがジャイロを殺したなんて言えるんだ!』先刻アポロンマンは、事情を説明しがてらそんな憶測を
 漏らした超人警察の刑事に、思わず食ってかかっていた。『あくまで一つの可能性ですよ。最後に被害者と一緒だったのは
 お仲間なんですからね。』その刑事は半ば憮然と言い放った。『・・・貴方は知らないだろうが、あの二人は!僕たち一期生の中では
 親友同士だったんだ!そんなことがある筈がないだろう!第一、自分が殺した被害者と一晩一緒にいるなんて、そんな馬鹿げた真似を
 する奴が・・・・』
 『いるんですよ、たまには。加害者が被害者に対して、まぁ特別な感情を持っていた場合はね。あんたは親友とおっしゃるが、
 そりゃ表から見た場合のことで、裏で何があったかまではわからんでしょう。亡くなったジャイロさんは今期の防衛成績が
 トップだったそうだし、それを妬んだかもしれない。あるいは痴情の縺れという可能性も・・・・・』ドガァッ!!刑事の言葉はそこで
 引っ込んだ。アポロンマンは、拳を病院の壁に思い切り叩きつけ、怯えた表情の刑事を睨んでいた。壁に罅割れが拡がっていった。
 ――――

 そんなことが、ある筈がない。アポロンマンはそう信じていたが、涙一つ見せないナムルの姿に、心が僅かに揺らぐのを感じていた。
 (まさか、そんな・・・・。)今のナムルはあまりに不自然だ。友の惨死を悲しんでいるらしい様子が見られなかった。だが先程の話が
 作り事とは思えない。名前や理由も具体的だ。ただ、殺し屋が自分でそう名乗ると言うのもおかしな話だし、わざわざナムルの前に
 姿を見せ、余計な目撃者を作った理由も解せなかったが・・・・。
 『・・・・そう言うことなら、超人警察の刑事に早く伝えなくては。お前に対するくだらん疑念も晴れるしな。何より、早くそいつを
 捕縛してもらわないと。』とゴージャスマン。『・・・・だが、警察は直接お前の証言を聞きたがるだろう・・・・。話すのは辛いか、
 ナムル? そうなら警察には後日来てもらうよう、僕たちから言うが・・・。』
 『大丈夫。』天井を見上げているナムルの声。『話は、できる。』ナムルの目が、一体何を見ているのか。
 アポロンマンにはどうしてもわからなかった。

 「アポロンマン」呼ばれて顔をあげる。「悪いけど、もう帰ってくれないか。明日も早いし。お前にも関東の防衛任務があるだろう。」
 やはり表情は変わらないまま、ナムルは言った。「ナムル・・・・お前が悪行超人達の殺害を続けるつもりなら・・・・僕はこのまま、
 黙って帰るわけにはいかない。」アポロンマンは静かにナムルに語りかける。「お前の悔しい気持ちはわかる。でも、今のお前の
 行為は間違っている。人々を守る駐屯超人として、同時に正義超人として間違っているんだ。」一息入れ、黙って自分を見ている
 ナムルに言葉を続けるアポロンマン。「ジャイロが今のお前を見たら、きっと悲しむ。」
 ナムルは、目を床に落とした。「僕達は正義超人として、ジャイロの分まで日本を悪行超人たちから守っていかなくてはならないんだ。」
 俯いたままのナムルの肩に、アポロンマンは手を置く。「そうだろう?」彼は目を上げず、一言も発しなかったが、解かってくれた
 ものとアポロンマンは感じていた。二人の間に流れる沈黙。 「・・・・・じゃあ、僕はこれで帰るから・・・・」言いかけてアポロンマンは、
 再び机の上の薬に目を留める。それは睡眠薬だった。ほんの数秒、アポロンマンは動く事を忘れた。
 「ナムル。」調子の変わった声に、ナムルは顔をあげる。「お前、まさか・・・・これがないと眠れないのか?」
 「大丈夫だ。」ポツリと呟く。「防衛任務に支障はないから。食事もトレーニングも欠かしてないし。体調を整えておかないと、」
 何の色もない瞳に、刹那暗い色が過って消えた。「悪行超人たちに勝てないものな。」 「・・・・・!ナムル!」肩に置いた手に力が
 篭もる。ナムルが立っているのは、絶望の淵。このままでは彼は、間違いなくそこへ堕ち込んで行く。辿り着く先は避けられない破滅。
 そう直感したアポロンマンは、それを食い止めようとするかのように、益々腕に力を込めた。「・・・・っ」ナムルは僅かに顔を顰める。
 「あ、・・・すまん、ナムル。」腕の力を緩めて、正面から彼を見る。「ナムル。しばらく任務を休んだ方がいい。明日、委員長に
 かけあってみるよ。今日本には緊急時の予備軍として、3人の二期生たちがいる。彼らがお前とジャイロの代理を引き受けてくれるだろう。」
 その時ナムルは、弾かれたようにアポロンマンを見据えた。今初めて目に宿った、強い光。
 「余計なこと、しないでくれ・・・!」一瞬、気圧されるアポロンマン。「任務を離れるくらいなら死んだ方がましだ。」
 紛れも無い本心なのが、その口調から感じ取れた。「駐屯超人でなくなれば、俺には何も残らないのに。」再び、その声から感情が
 剥がれ落ちていく。
 「ジャイロのいないこの世界に、何も残ってやしないのに。」

 ナムルの深い絶望を見せつけられたアポロンマンは、翌日委員長にナムルの様子を伝え、彼の任務を解いてくれるよう懇願した。
 ナムル本人の願いに反することなのは解かっていた。だがあのままでは、彼は間違いなく破滅する。それだけは、何としてでも
 阻止したかった。しかし彼の提案は聞き入れられなかった。
 委員長はこう返答した。「引き続き、ナムルに防衛任務を続行させる。確かに今現在、友人を殺された怒り故の行き過ぎはあるが、
 直に収まるじゃろう。奴にはワシの方から訓戒を与えた。それでわからんようなバカ者ではない筈じゃからな。」 
 「委員長・・・・!今のナムルは精神的に追い詰められているんです!お願いします、二期生の誰かに防衛任務を肩代わりさせてください!
 このままでは、あいつは間違いなく・・・・!」 「二期生には今別の任務があるんじゃ。大体、いちいちそんな過保護な処置を
 取っていては、正義超人戦士をスポイルする結果になるだけじゃろう。」特に心配することなど、何もない。そんな口調の委員長に、
 アポロンマンは内心で唇を噛み締めた。

 「どうして、こうなる前に・・・・」悔しさの滲み出ているアポロンマンの声。委員長は彼を睨みつける。
 「いいか、アポロンマン。今のお前が遂行すべき任務は、正義超人にあるまじき行いをしたナムルの説得、もしくは拘束じゃ。
 私情は捨てて、さっさと向わんか!」委員長に怒りの目を向けようとしたアポロンマンの肩を、後ろからゴージャスマンが押さえて
 制止した。「行こう。」振り向くアポロンマンの耳元で、ゴージャスマンはそっと囁く。「合流はしない。超人警察より先に、
 ナムルを見つけ出そう。」
 その言葉を了解したアポロンマンは、委員長に目を向ける。「わかりました。超人センター高松支部に向います。」二人は、一礼して
 執務室を出た。

 「今度は、露骨な命令違反だな。俺たち、またファクトリーに更迭を食らうかもしれないぜ。」マスクの下で自嘲するゴージャスマン。
 「かまうもんか!」とアポロンマン。ナムルを見つけ出して、それからどうしようと言うのか。そんなことは、今は考えられない。
 ただ、超人警察にナムルを渡したくない。必ず、彼らより先にナムルを見つけ出す。その思いで頭を一杯にしていたアポロンマンの耳に、
 「アポロン!ゴージャス!」飛び込んで来た、聞き慣れた声。二人は立ち止まり振り向いた。そこにいたのは、東北地区防衛担当者、
 ジ・アダムスだった。手にノートパソコンを持っている。
 「アダムス!」「どうしてここに?」言葉をかけた二人は、アダムスの表情に只ならぬ焦燥を見た。「どうした?」アダムスは口を開く。
 「聞いてくれ。ナムルが殺されるかもしれない。」目を見張った二人にさらに続ける。「おそらく、ジャイロを殺したのと同じ奴に。」

 その埠頭で。葉巻を吹かせつつ、ガラス玉のように硬質な、冷たい光をその目に持つ男は口を開いた。
 「久しぶりだな。」 ナムルは、大切な人をその手で惨殺した男に向けて、一歩一歩踏み出して行く。
 「俺が来た理由はわかってるよな。」葉巻の煙が、潮風に千切られ飛んで行った。
 「お前さん、20人の悪行超人に賞金かけられたよ。」刀の柄を、握り直すナムル。
 「あれから12人殺したんだってな。なかなかやるじゃねぇか。」傷痕のような唇は、どことなく楽しげに歪められていた。
 足を止め、刀を構え、ナムルは助走に入る。男は―――― 正義超人専門の刺客、ボーン・コールドは、その場から全く動かない。
 ナムルの狙いは、彼の顔面だった。初めから殺すつもりでいた・・・今まで殺した、12人の悪行超人達は。彼らと比べれば、殺人を
 生業にしている男は容易く殺されてはくれないだろう。そのことはわかっていた。それこそ望む所だった。だがせめて、一傷なりと
 負わすことができれば。ジャイロに彼が与えた痛み、その万分の一でもその身体に。
 雄叫びと共に振り下ろされた刃。瞬間、ボーン・コールドは身体を反らした。刀を引くより先に、右手首が黒い皮手袋に包まれた手に
 捕まれる。瞬時に込められた、凄まじい剛力。体の壊れる音。手首から、全身を走り抜ける激痛。喉から迸り、途切れる悲鳴。
 (・・・ジャイロ!・・・)彼の遺体も、利き腕を折られていたことが頭を過って行った。その場に膝をつくナムル。その腹部に、
 ボーン・コールドは蹴りを叩き込んだ。

 「・・・・・何だと!」驚愕の表情を浮かべた二人を一室に連れ込み、持っていたノートパソコンを起動しながらアダムスは言った。
 「手短に説明しよう。今、万太郎が、ノーリスペクトと呼ばれる無期懲役の囚人たちと戦っていることは知ってるな。
 嘆かわしいことに、そいつらにも固定ファンが着いていて、ホームページを開設しているんだ。私は偵察のつもりでアクセス
 していたんだが、ここの掲示板に・・・・」
 ディスプレイに、一面に髑髏をフィーチャーした不気味なトップページが現れた。中央に黒々と、"NO RESPECT"の文字が
 見える。直ぐ下には赤で文字が続いていた。

  #1 FORKLIFT THE GIANT WAS BEATEN BY MANTARO
  #2 HANZOU THE FIEND WAS BEATEN BY MANTARO
  #3 ・・・・・・・?    COMING SOON

 掲示板のアイコンをクリックし、アダムスが指し示した書き込みに、アポロンマンとゴージャスマンの表情が、みるみる強張って
 いった。ハンドルネームはこう表示されていた。B.C。

<ノーリスペクトも、いよいよ残るはオレ1人。
<ここの更新が続けられるかどうかは、万太郎との試合結果次第だ。
<勿論、奴を殺して勝ち残るのはオレだがな。
<次回の更新は、テイストレス(死体写真)かスナッフムービー(殺人記録映画)を予定してる。
<18歳未満閲覧禁止。見たい奴はメールを出せ。
<内容は、オレの今回の仕事。
<今日、日本駐屯超人がまた1人死ぬ。
<さて、悪行超人を追っ払ったり、自衛隊よりかスピーディーに救助活動をしてくれるありがたい超人さんを失う、お気の毒な地方は
 どこだろうな。
<それはお楽しみだ。

 今日、日本駐屯超人がまた1人死ぬ。
 「インターネットで個人を表示できるのは、こういった書き込みだけだ。偽ろうと思えばいくらでもできる。悪質な悪戯の可能性は
 捨て切れない。・・・・だが、このB.Cのハンドルネームを持つ奴は、先日この掲示板で、ジャイロがどう殺されたか、末期の言葉が
 何だったか、事細かに書き込んでいたんだ・・・!」アダムスは、唇を噛み拳を握り締めた。「あのこと・・・・警察がマスコミに公表せず、
 リークを厳禁したあのことも・・・・ ジャイロの、」思いだしたのか、アダムスは耐えられないといった風で目をきつく閉じた。
 「ジャイロの、心臓を、」彼は口を抑える。アポロンマンは、爪が掌に食い込むほど握り締めた。
 ナムルにだけは、絶対に隠し通そうと皆で誓った、あのこと。
 「行くぞ、ゴージャス!」「おう!」二人は部屋を飛び出した。

 衝撃に、腹部を抑え蹲ろうとしていたナムルを、再度強烈な蹴りが襲った。彼の身体は、埠頭のコンクリートの上を転がって行く。
 歩み寄るボーン・コールド。
 「ジャイロもそうだったがな」声をかける。「そっちから突っ込んできてくれるから、簡単に対処できる。」
 息が、なかなか戻らない。喉が何かに堰き止められているようだった。腹部の鈍く重い痛み。ゲフッ!喉から込み上げ、口から
 溢れ出た血。断続的に僅かに息を吐くナムルの顎に、黒いブーツがかかり持ち上げられた。上目でボーンを見る。顎からブーツが
 外され、またも蹴りがナムルを襲う。仮面が外れて、コンクリートの上を音を立てて転がって行った。
 ボーンは歩み寄ると、ナムルの上腕を掴み上げる。「ぐぅぅ・・・っ」折れた手首に伝わる激痛に、彼は僅かに呻いた。掴む位置を
 ずらし、さらに引き上げられる腕。「あがっ!!」悲鳴が大きくなった。
 「あんまり抵抗しねぇなぁ。」とボーン。そのままナムルの身体をコンクリートに投げ出すと、横たえられた左足を踏み拉く。
 「うぐふっ!」打撃は繰り返され、やがて左足は鈍い音を残して折られた。
 壊されていく自分を感じながら、靄のかかって行く頭の中で、ナムルは只管思い続けていた。(ジャイロ)
 体の中を、収まる事無く走り抜け、突き刺して行く痛み。(痛かっただろうな。苦しかっただろうな。どんなにか。)その瞬間、
 俺は何も知らずに、飲料を選びながらすぐお前に会えるとばかり思い込んでいた。
 (待っててくれ。俺も、すぐ行くから。お前の所に、すぐに。)
 「・・・・やっぱり、死にたかったのかね? お前さん。」その時ボーンの声が頭の上に落ちかかってきた。
 「ま、そうじゃないかと思ったんだが。ジャイロを殺ってくれと言った連中の何人かが、血相変えてお前さんの殺害依頼を
 してきた時にな。」ボーンはブーツでナムルの身体を転がすと、膝を落としてナムルを覗き込む。「そこまで想ってもらや、
 男冥利に尽きるってもんだろうな。」彼は、半分ほど燃え尽きた葉巻を指に挟んで投げ出した。「俺は結構好きだぜ。そういう奴。」
 断続的に喘ぐ、ナムルの顎に手をかける。
 「仕事に私情を挟むのは良くないけどな。ジャイロも、死ぬ瞬間まで生きようと必死だった。何ができるわけでもないのに
 一生懸命だった。獲物にそういう奴がいると、ちょっと嬉しくなってくる。で、少しはそいつのことを覚えといてやりたいんで、
 記念品をとっとくわけだ。」ナムルの顎にかかっていた手を肩に移し、ボーンはナムルの身体を引きずり起こした。
 「ジャイロの場合は急ぎだったけどな。お前さんにゃ、もうちっと時間がかけられるだろうよ。」戸惑いを露わにする、ナムルの
 黒い瞳。ボーンはナムルの身体を抱き上げる。「あっちに倉庫があるだろ。所有してた会社が倒産したんで、今は誰も来ない。
 準備ももう終ってるしな。あとは、メインディッシュのあんただけだ。」顔面の裂傷と口から血を流しているナムルを、
 冷たいガラス玉の瞳が見下ろす。
 
 「あんた、メキシコのピラミッドを知ってるかね?」荒れ果てた倉庫の中で、ボーンは腕と足を其々纏めて縛り上げたナムルに
 話し掛ける。「俺は、そういう遺跡ってのは結構好きでね。あのピラミッドは、こんな感じの傾斜だ。」手首を曲げて、傾斜の様子を
 見せる。「ヘタに足を滑らせりゃ、間違いなく首の骨が折れるだろうな。昔、アステカ帝国時代そこで生贄の儀式が行われてた時・・・
 ピラミッドの天辺で身体を切り開かれた生贄は、その後蹴落とされて階段を転がり落ちていったそうだ。」ナムルの脇に腰を落とし、
 足を投げ出したボーンは、右手をナムルの顎にかける。「なかなか、ゾクゾクする話だと思わねぇか?」
 パチン、と音がした。見るとボーンはナイフの刃を取り出していた。倉庫の上部の窓から差し込む光は舞い上がる埃を浮かび上がらせ、
 その中でナイフの鋭い光も、どこかくすんで映る。
 刃を、ボーンはナムルの頬に当ててなぞった。冷たい感触に心も冷やされる。だが、恐怖は感じなかった。ジャイロの死んだあの夜から
 感情の殆どは、ナムルの中で凍り付いていた。
 ナイフの刃は、顔から喉へと滑り落ち、衣服を舐める。ボーンは裂かれた衣服に手をかけて広げた。胸が直に、倉庫の篭もった空気に
 触れる。
 左胸を、ボーンは鷲掴んだ。「くっ」一瞬、ナムルは顔を顰める。「やっぱり、心臓かね。アステカ流に、生きたまま抉ってみるか。
 肋骨が少々邪魔になるが・・・」黒い皮手袋に包まれた手が、その周辺を這う。
 「あの時もレアだったからな。美味い不味いって問題じゃないが・・・・満足感はそれなりあるもんだ。モノにした、ってな感じかね。」
 その言葉に、ナムルは見開いた目をボーンに向けた。
 「あんたが丁度、その後に戻って来た。今回は事情が特別だから、普段ならする筈もない殺害宣言なんぞあんたにやらかす羽目に
 なっちまったんだがな。」 「・・・・お前・・・・何の話をしているんだ・・・・」眼を見張ったまま、ナムルは半ば呆然とボーン・コールドに
 言葉を投げかける。
 駄目だ。聞いては駄目だ。知ってはいけないことだ。心臓が早鐘を打ち、頭の中でそんな声がガンガンと鳴り響く。だが耳は、
 ボーンの次の言葉をはっきりと捉えた。
 「食わせてもらったよ。」平然と答える。「ジャイロの心臓をな。」

 全ての音が、全ての色が、全ての光が世界から消え失せた。
 凍りついた眼でナムルは、そう言ったボーン・コールドを凝視していた。
 「いつも獲物を食ってるわけじゃないんだがね。」いやだ、いやだ聞きたくない。「気に入った獲物の時は、賞味させて
 もらうこともある。」嘘だ、嘘だ、嘘だ。「人を食う行為ってのは・・・・意義は大体二つに分かれるもんらしい。一つは人以外に
 食うものがない時。これは単なる食事だな。もう一つは相手を取り込みたい時。愛情とか所有欲とか、呪術的な意味を持つケースも
 あるようだが・・・・要は相手との一体化だ。俺の場合は所有欲半分、征服欲半分ってな所かと思ってるがね。」
 「うそだ・・・・うそだ、嘘だそんな、」憑かれたように繰り返すナムルの黒い両の眼から、今止め処なく涙が溢れ流れていた。
 「そんなことのために」声にも涙が混ざる。「そんなことのために、お前に食われるために、ジャイロは生まれたんじゃない!
 こんな日を迎えるために、あいつは日本を守ったんじゃない!!」その絶叫に答えるボーンの声。「だとしても、結果として
 そうなっちまったろう。」笑っているような、傷痕の如き唇。「そしてあんたもな。」

 荒れ果てた倉庫の中に、絶叫が響き渡った。ボーンは泣き叫ぶ口の中に布を押し込んだ。
 それぐらいの方がいい。涙を止め処なく流し、折られた手足の激痛すら構わず頭を捩るナムルを見ながら、ボーンは思う。
 殺される事を覚悟して・・・・って言うか、大人しく諦めた獲物を殺すより、こっちの方が殺すのに楽しみができていい。今回、ちっと
 遊びが過ぎてる気がせんでもないが・・・・。ま、たまのことだ。こいつはちょっと楽しい獲物だからな。では、そろそろやるとしようか。
 胸部を切開するために、ボーンはナイフを振り上げた。

 同じ力を持った剣の共鳴。埠頭に辿り着き、投げ出されたナムルの刀を発見したアポロンマンとゴージャスマン。ゴージャスマンは
 さらに、その付近で血痕と、罅割れたナムルの仮面を発見した。
 「・・・・遅かったか・・・・」
 「違う!あっちだ!」アポロンマンの叫び。彼は真っ直ぐに、倉庫の立ち並ぶ方へと駆け出した。何故わかるんだ?ゴージャスマンは
 チラリと思ったが、すぐさまアポロンマンの後を追う。

 轟音と共に、倉庫の閉ざされた扉が破られた。ボーン・コールドは眼を向ける。二人の超人の姿が見えた。
 「フン」振り上げていたナイフを下ろすと、それをナムルの喉に当て掻き切ろうとする。突如眩しい光が発生し、ボーンは思わず
 右腕で眼を庇った。次の瞬間、体当りを食わされる。「うぉっ!!」彼の身体は倉庫の壁に叩き付けられた。
 「ゴージャス!ナムルを早くっ!!」剣を持ったアポロンマンの叫びに答えて、縛められたナムルの縄を解き、口に詰められた布を
 取り去るゴージャスマン。「ぐっ・・・うう」潰されたような呻き。「これは・・・・骨を折られたか・・・・」「気をつけて!こいつは僕が
 引き受けるから、その隙にナムルを連れ出してくれ!」
 「そいつは困るな。」身を起こしたボーンの声。「一度でも獲物を仕留め損ねたとあっちゃ、俺ぁ明日から商売あがったりだ。」
 彼は、二人の超人を見た。「あんたらの殺しの依頼は受けてないんでね・・・・そいつはここに置いて、お引取り願えんもんかね?」
 唇が歪められる。
 「ふざけるな!これ以上お前に、仲間は殺させない!」ボーン・コールドを睨みつけ、叫ぶアポロンマン。
 「僕らは、ジャイロを助けられなかった・・・だが、ナムルは絶対に殺させない!例え、正義超人の"どんなに憎い悪行超人でも殺めては
 ならぬ"という掟を破ることになったとしても・・・・」睨む眼に、さらに込められる力。「お前を殺す事になっても、ナムルは僕が守る!」
 「ククク・・・・」ボーン・コールドは笑いながら立ち上がった。
 「いいのかなぁ、ボクたち・・・・俺がキレると、メチャメチャになっちまうよ?」
 虚ろな瞳を涙に濡らしたナムルを抱えたゴージャスマンの前で、アポロンマンは手にした剣を構えた。

続劇