その日は朝から天気が良くて,吹き渡る風も清々しかった。 俺はその陽気さに誘われるように,一人,ぶらぶらと街を歩いていた。 「このままジェイドの家まで遊びにいってみようか?」 空を見上げながら,なんとなくそう考えた。 『クリオネ。』 いつもまっすぐな視線を向け,俺の名を呼ぶジェイド。 しばらく会っていないので,無性にその涼やかな声が聴きたくなった。でも,突然訪問したら,ジェイドは迷惑だろうか。 どうしようかと迷っていると,前方から見覚えのある奴がこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。 あの,特徴のあるシルエットは…。 「よう,クリオネじゃねーか?なにヒマそうな顔してふらふらとほっつき歩いてるんだ?」 「スカー…。」 俺が声をかけるより早く,スカーが話しかけてきた。 「ふらふらしてるんじゃなくて,散歩してるんだよ。」 「ふーん,やっぱりヒマなんじゃねーか。」 相変わらず,一言多い奴だ。 何か言い返してやろうと思ったその時,俺はスカーの真後ろに小さな影がちょこんとくっついているのに気がついた。 薄い金茶色の,仔猫。 くりくりとした大きな眼で,俺をじっと見上げている。 「スカー,この仔猫はお前が飼ってるのか?」 「あー,こいつ,さっきからずっと俺にくっついて来るんだよ。脅かしても,逃げようとしねぇし。」 「へえ,お前が猫に気に入られるなんてなあ。」 スカーと仔猫。 あまりにもミスマッチな組み合わせなので,俺は目の前で憮然とした表情を見せる男と小さくあくびをする仔猫の双方を 見比べては,声を出して笑った。 「いいじゃないか,いっそのことお前が飼ってやれば?」 仔猫の世話を焼くスカーなんて,想像するだけでおかしくてしょうがない。 「そうだな。飼ってみるか。」 「え,本気か?」 予想外のスカーの言葉に,俺は笑うのをやめた。 代わってスカーが,あの独特の,口の端を引き上げた笑みを浮かべる。 「そうだな,飼うとしたら,こいつに"ジェイド"って名づけるか。」 「ジェイドー!?なんで!?」 「ジェイドに似てるから。」 足元の仔猫を抱き上げ,スカーは言った。 そう言われてみれば,この仔猫の,じっと人に向けるまっすぐな瞳の力強さは,どことなくジェイドのそれに似ている……, ような気がする。 「でも,"ジェイド"なんて紛らわしくないか。」 「俺は構わないぜ。なあ,ジェイド?」 「にゃう。」 仔猫ジェイドが,甘えたような声で鳴いた。 「ほら,こいつも名前が気に入ったみたいだぜ。ん,なんだ,甘えてるぜ。ふっ,悪い気はしないな。 こんなになついているんなら,毎晩ジェイドを抱いて眠ってやってもいいな。」 「そうか…,って,じじじじじじ,ジェイドを抱いて眠る〜!?」 ジェイドを抱いて眠るなんて,そんな羨まし…,いや,不健全なことはこの俺が断じて許さない! と考えつつも,俺の頭の中でよからぬ妄想がどんどん膨れ上がっていく。 俺の傍らで眠るジェイドの天使のような寝顔を想像するだけで,もう,気分はパラダーイス!! 「真っ赤な顔して,一人で何をもんどりうっているんだ!?」 と,言うが早いか,スカーが俺の頭を威勢良くはたいた。 我に返ると,スカーが不審な眼で俺をみている。どうやら俺は妄想に支配されていたらしい。 「言っとくけど,猫の話しだぜ。誰のことと勘違いしていたんだ?」 「う…,別に勘違いしていたわけじゃ…。」 スカーが,にやにやしながら俺に問う。 「ああ,俺,ジェイドのとこに行かなきゃいけねぇんだった。クリオネ,こいつ,お前に頼むわ。」 スカーが俺に仔猫ジェイドを手渡した。 「え!?スカーが飼うんじゃなかったのか?」 「だって,俺の家,ペット禁止なんだぜ。それとも,お前はこんなにかわいい仔猫を見捨てる気か?」 「い,いや,そんなわけじゃ…。」 「じゃあ決まりな。可愛がってやれよ。」 仔猫をかかえ慌てる俺を後にして,スカーは立ち去ろうとした。 「待てよ,スカー!」 「なんだ?」 「お前,こいつを毎晩抱いて眠るんじゃなかったのか?」 「ああ…。だけど,俺,毎日本物のジェイド抱いて眠ってるし…。お,やべぇ,そろそろ行かねぇとジェイドが怒ってるかも! じゃあな,クリオネ!!」 さらりと爆弾発言を残して,スカーは走っていった。 一生スカーには勝てないんじゃないかという脱力感に襲われながら,俺は腕の中の仔猫ジェイドを見下ろした。 「にゃう。」 仔猫ジェイドがまっすぐな眼をして,かわいい声で俺に向かって鳴いた。 おしまい |