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◆ 理想の摩擦

〈本能デ抱キ合エバ 甦ル獣ノ夢〉

 (・・・いい栄養・・・?)目の前の、古代超人"タスク・マンモス"がたった今投げかけてきた言葉を、心の中で繰り返すケビンマスク。
 状況はよく把握できないまでも、只ならぬ事態である事は肌に伝わってきた。
 「さてと・・・・どいつから吸収するかね。」マンモスマンは言う。
 「舐めるな。」低い声で呟くマルス。彼は一飛び、跳躍した。「スワローテイル!」背中の、鋼鉄の刃と化したスワローテイルが
 鎌首を擡げる。マルスは身体を反転させ、後ろ向きに襲い掛かる。
 「・・・チャチだな。」大男の唇に、嘲りの笑みが浮かんだ。
 「ビッグタスク!」歪曲した牙が、意志を持つかの如く直進した。

 衝撃が、ここまで伝わってくるようだ。圧倒的な力だった。目を見張るジェイドの前で、
 大男の直進する牙が、スワローテイルを分断し、マルスの背を襲う。赤い色が飛び散った。
 「が・・・っ」咄嗟に身を捩り、マルスは転がりながらマンモスマンから離れる。ジェイドは思わず駆け寄った。「スカー!」
 「お話にならんぜ、ガキが。」牙が元のように歪曲する。その先端を彩った血が、みるみるうちに消滅した。
 「チ・・・」起き上がるマルス。彼を支えようとするジェイド。
 「後ろ向きにならなきゃ攻撃できんのなら・・・前後左右、どの方向にも死角のないビッグタスクの相手にはならん。」
 悠々とマンモスマンは言い放った。
 「フン!」冷たい瞳で大男を睨むマルス。ジェイドが彼に話し掛けた。「スカー・・・ さっきお前が言ってたろう? 奴は闇雲に
 突っ込んでどうにかなる相手じゃないと。なのに何故・・・」
 「えらいねぇ。ちゃんと覚えてたか。」マルスはニッ、とジェイドに笑いかける。「だが、奴を倒さんことにゃおそらくここからは
 出られねぇだろうしな。とは言え・・・今言ったことがハッタリでないなら、攻撃のしようがねぇってことになるのかね。」 
 「呑気なことを・・・」そう言いつつジェイドは、マルスの言葉の重大性が心に圧し掛かるのを感じていた。"どの方向にも死角のない"
 あれだけの威力を持った牙が二本。マルスも、身をかわしていなければ今頃は・・・ ジェイドは、彼の肩に置いた手を思わず握り締めていた。
 (・・・どの方向にも死角がない・・・だとすると、奴に近付く事さえもできない・・・)目をあげて、目の前の大男を見るジェイドの肌に、
 汗がじっとりと滲んでくる。

 その光景を見ていたケビンマスク。(・・・これは、現実だ・・・。)幼い日に、ウォーズマンに連れられて見た古代超人の姿。
 かつて父ロビンマスクが戦ったという、当時の超人界で間違いなく最強の部類に入る男。
 30年近い昔に、父に敗れたというその超人が、何故か目前にいる。おそらく、当時のままの姿で。紛れも無い現実だ。この男は、
 マルスのスワローテイルを物ともしなかった。奴の目的は・・・先ほどの口ぶりからすると・・・ここにいる若き3人の超人を、自分の
 栄養分として吸収することだ。
 ケビンは、マルスとジェイドに目を移した。マルスは今の牙の攻撃で手傷を負った。ジェイドが彼を支えるつもりなのだろう、
 寄り添っているのが目に入る。その時、ふっと過った昔の断片。
 ―――鉄の棘を並べた鉄橋を、足に錘をつけて渡っていたdMpメンバーたち。あまりの過酷さに、"死んだ方がマシだ"そう言って
 鉄橋から離れようとした自分の手を掴んだマルス。引き上げる拍子に彼の背を裂いた鋭い棘。
 地面にようやく辿り着いてから・・・ケビンは、痛みに堪え、喘ぎを堪えるマルスの肩にそっと手を置いた。
 今、かつて自分のいた場所にいて、代わってマルスを労わっているのが・・・ジェイド。
 ケビンの胸を過っていく思いがあった。その時何故か、ふと心に沸いた疑問。
 (そう言えば何故・・・ あの傷は3年経ってなお、マルスに残っていたんだ?)

 地響きがあった。マンモスマンが足を踏み出したのだ。
 「あんまりチンタラやっていられんもんでな。」彼は、マルスとジェイドに向って進んで行く。
 「さっさとすませるぜ。大人しく、ビッグ・タスクの餌食になってもらおう。ガキども、信じる神サマがいるならお祈りしとけ!」
 身構える二人。ケビンは軽く頭を振る。(こんな時に俺は何故、そんなことを・・・。奴を倒さなければここにいる全員が死ぬ。)
 マンモスマンは、二人までの距離を縮めて行く。あと15m・・・10m・・・
 ケビンは、マンモスマンの背目掛けて突進した。掴んでタワーブリッジに持ち込むつもりだった。父がこの超人を下した技も、
 ロビン家の伝家の宝刀とも言うべきタワーブリッジだったと、ウォーズマンは話してくれた。
 腕を伸ばした刹那。まるで蛇のように、白い物体が伸びてきた。

 「!」ケビンは咄嗟に足を止める。その白い大きな"蛇"は二体いた。一匹目はかわす事に成功し、コートと下のTシャツを裂く程度に
 留まったが、二匹目はケビンの脇腹に食い込んだ。
 痛みが彼の意識を一瞬引き裂く。ケビンは二匹目の蛇・・・それは硬質な手触りだった・・・を掴むと傷から引き出した。血が衣服を濡らしていく。
 ケビンは、マンモスマンから飛び離れる。
 ジェイドは目を見張っていた。さっきまで正面を向いていた二本の象牙は、生きているように後ろ向きに歪曲したのだ。そして背後に
 迫っていたケビンマスクを襲った。
 隣にいたマルスが瞬時に跳ねる。マンモスマン目掛け拳を握り締め突進するが、
 「ノーズ・フェンシング!」ノーズが猛スピードで直進する。マルスは横倒しになり避けた。だが衣服と皮膚が裂かれ、またも血の飛沫が
 宙を飛ぶ。「ス・・・スカーッ!!」ジェイドの叫び。
 「残念だったな・・・瞬殺ならず、か。」マンモスマンがニヤリと笑った。
 (全く近づけない)目を見張ったジェイドの中で渦巻く思考。(近付くなんて問題外だ・・・その瞬間に殺られる・・・)
 完全に、打つ手立てがない。ジェイドは自分がどこかに沈んでいくような感覚に捉えられていた。
 絶望。桁違いだ。この超人は・・・あまりに桁が違いすぎる。スカーでさえ相手にならない・・・こいつを倒すことなど・・・・
 俺たちにはできない・・・・!
 「野郎」その時、地面に仰向けになっていたマルスが呟いて体勢を立て直し、マンモスマンに飛び掛った。予備のスワローテイルが
 その背で閃いている。呆然となりかけていたジェイドは、ハッと目をマルスに向ける。次の瞬間。弓形に反ったスワローテイルは、
 浅黒い巨きな手で鷲掴みにされていた。
 「おい、悪行超人くん。お前にはそれしか芸がないのか?」どことなく侮蔑の混ざる口調。「ぬん!!」マンモスマンは一振り、
 掴んだスワローテイルもろともマルスを振り回すと、地面に叩き付けた。

 絶叫が、ジェイドとケビンの耳に届く。みるみる地面が朱に染まった。マルスが赤い地面の上で悶えている。あまりの激痛に。
 目を剥き出すかのように見開いたジェイドの瞳に、マルスの口から血が噴出したのが移っていた。
 腹部の傷・・・クリオネマンに負わされた、その閉じかけていた傷口が開いたのだ。
 (でもあの血は)感情が全て、停止した状態にジェイドは陥っていた。(地面に流れているあの血は・・・あれは腹からじゃなくて・・・)
 (背中・・・・)マンモスマンから飛び離れ、蹲っていたケビンは、地面を染めた血で悟った。
 (あの傷が・・・・開いた・・・)かつて自分を救った時に、マルスの負った傷が。
 キン肉万太郎と戦った入れ替え戦決勝で、圧倒的有利に立っていたマルスを敗北に追い込んだ原因の一つである、その傷が開いた。
 マンモスマンはマルスの前に立つ。「おお、キツそうだな悪行超人くん。マルスと言ったか? 俺は試合の時はなるべく相手を一撃で
 仕留めるようにしてんだが・・・苦しめてすまんな。すぐ楽にしてやるぜ。」
 彼は構えを取る。「ビッグ・タスク!」途端に、二本の巨大な牙がマルス目掛けて直進する。
 ジェイドの全身の血が沸いた。だが踏み出す先に、彼の見た光景は。
 二本の牙を両腕で抱え、止めているケビンマスクの姿だった。苦しむマルスの前に、すらりとしたシルエットの体が仁王立ちに
 なっている。

 ジェイドは立ち止まった。瞬間に、自分が行くことはできないと判断したのだ。
 「・・・マルスに・・・これ以上手出しはさせん・・・・!」牙を両腕で押さえつけ、ケビンは呻くように声を出す。
 「・・・・・」その言葉に、ジェイドは呆然としながら記憶の糸を辿る。スカーが万太郎に敗れた試合では・・・ケビンマスクのアドバイスで、
 万太郎は勝利の糸口を掴んだのだった。
 マルスの背には古傷が残っている、昔俺を助けた時についた傷だ、と。

 牙を封じられた大男の唇が歪んだ。彼は笑ったのだ。
 「同じだな。」ケビンは顔をあげる。
 「お前の親父もあの時―――」男は楽しげに見えた。「そうやって、俺様のビッグ・タスクを押さえていたぜ。」 
 「お、やじが・・・。」「自分の運命は、自分で守ると言ってな。貴様、何て名前だロビンの息子?」
 「ケビンマスク・・・・。」「フフ・・・ケビンくん。お前も守れない。その大切なお友達をな。ビッグ・ディアータスク!」「!!」
 ケビンと、ジェイドは驚愕した。ケビンが掴んでいたビッグ・タスクから・・・ケビンが掴んでいるすぐ先の部分から・・・・
 小さくも鋭利な牙が生え出てきた。枝分かれを始めたのだ。
 その小さく恐ろしい牙が・・・ケビンの胸元へ、真っ直ぐ伸びていく。
 「先にお前からいただくとするか。」マンモスマンは言った。「安心しろ、そのマルスも、そこのブロッケンの弟子もすぐ送ってやる。
 あの世で3人、楽しくやれるだろ?」
 牙の先端が、ケビンの胸に触れた。

 「うおぁぁぁ!!」怒号が響く。ケビンとマンモスマンが反応する間に、「ベルリンの赤い雨!!」ジェイドは跳躍し、右手を
 一閃させた。「む!」途端、左側のビッグ・タスクの根元に亀裂が走り、牙は離れた。「何!?」マンモスマンの初めての驚愕の声。
 ケビンは左腕を離す。ジェイドは空中で回転し、着地する。次の狙いは右側の牙だ。「チ!ノーズ・フェンシン・・・」その時ケビンは、
 マンモスマンの腹部を蹴り飛ばした。一瞬、大男の口が歪む。ジェイドの右手が牙を一閃しようとした時、マンモスマンは一瞬背を
 屈めて体勢をずらし、拳を握る。左拳はケビンを、右拳は空中から来るジェイドを捉え、二人を吹き飛ばした。

 ジェイドの体が、荒地に砂埃を撒き立てる。ケビンマスクも背を荒地に打ちつけた。
 「・・・フン!」マンモスマンは体勢を戻し、仁王立ちになる。下に目をやると、血塗れで横たわるマルスと、落とされた
 ビッグ・タスク2が見えた。
 「・・・ビッグ・タスクを折った奴なぞ・・・俺様以外には初めてだな。」彼は、ジェイドの方に顔を向ける。
 「あの小僧・・・・ひょっとすると"アレ"か?何百年単位で生まれる生まれないとかいう。」

 黒煙に包まれた病室内で、キン肉アタル・ブロッケンJr・ザ・ニンジャの3人の伝説超人と、クリオネマン・デッドシグナルの2人の
 二期生は、成す術もなく孤立していた。皆状況の打開策を考えていたが、これという方法は思い浮かばない。
 「3000万以上の超人強度を持つ超人が使えるという、別空間を作る能力・・・これは、マンモスマンのその能力なのか。」
 Jrはアタルことソルジャーに語りかける。「おそらくな。しかもその空間を通常空間に重ねて存在させている・・・。打ち破るのは
 相当に厄介だ。」ソルジャーは言った。「しかしソルジャーよ。それほどの代物なら、マンモスマン本人も相当なパワーを消費している筈。
 奴はかなりの強豪ではあるが、今だ完全復活を遂げていない肉体でパワーを消費する行動を行い、その上で吸収すべく捕らえた若き
 超人たちの反撃に会えば・・・陥落する可能性もあるのではないかな。」「まぁ、普通の超人なら期待できるがな。」
 「楽観的に過ぎるか。」ニンジャは苦笑した。
 「グギガ―――ッ!!」デッドシグナルの突然の奇声に、全員が彼の方向を向く。
 「やっぱりムリだー!一度に二枚のトラフィック・サイン・ツールはオレ様にだって使えん!」
 怪訝な表情の伝説超人たちを気にしながら、ベッドの上のクリオネマンは声をかける。
 「いきなり叫ぶなデッド!我々の品性が疑われる!・・・ところで一度に二枚だと? 何を使う気だったんだ?」「これだったらこの
 状況でも使えるんじゃないかと思ったんだがな。」と、デッドはカードを翳して見せた。丸い、青地に赤の斜線が引かれた交通標識
 "駐車禁止"。「・・・何に使えるんだ?」「だから今の状況だ!ここに留まることまかりならんって意味だからな!」
 「・・・・案外それは・・・使えるかもしれぬな。」カードを見ていたザ・ニンジャは言った。「どうするんだ、ニンジャ?」ブロッケンが問う。
 「そのカードと拙者の転所自在の術を合わせれば、この空間を除去することができるやもしれん。」ニンジャは振り向いて言った。
 「そうか・・・あれは次元移動の術だからな。」とブロッケン。「拙者が悪魔六騎士の一員だった頃、他人や空間を次元移動させることが
 できたのは拙者のみだった。上手くすれば、マンモスマンもろともこの空間を移動させることができるであろう。」ニンジャは言う。
 「ま・・・待って下さい伝説超人ザ・ニンジャ。ジェイドはどうなるのですか?」クリオネマンが言った。打開策を見つけたことで、
 活性化してきた場の空気がピタリと止まった。「そうか・・・いや、うっかりしてしまった。彼らだけ連れ戻すなどと言う
 都合のいいことが・・・。」とソルジャー。
 「できなくもねーだろ、クリオネ。」デッドが言う。「何?」問い返すクリオネに、「おめー、前に海流を使うことができるって
 言ってなかったっけ?」「・・・あれか!?」「ジェイドを助けたいんだろ?」
 「・・・・仕方がない。あの時に手伝えよ!」クリオネマンは、小さく溜息をついてデッドに言った。

 「く・・・」身を起こそうとしたジェイドの背に、「!」強い衝撃が走る。マンモスマンが歩み寄ってきて、彼の背を踏み拉いたのだ。
 「うぁ・・・」 「なかなか大したもんだ、ボウズ。ビッグ・タスクを切断するなんて真似をした奴は、お前が始めてだぜ。」 
 「くう・・・っ」 「流石はブロッケンの後継ぎだ、と言っといてやるか。ジェイドといったかな?お前の名前は。」マンモスマンの
 ノーズが伸びて、ジェイドの腰に巻きついた。そのまま、ジェイドは抱え上げられる。正面からマンモスマンと向き合う格好となり、
 ジェイドは彼を睨みつけた。マンモスマンは笑いながら、ジェイドに言う。「どうしたジェイド、この傷痕は?」
 そして、その逞しい手が右肩を掴んだ。そこにはごくうっすらと・・・取り巻いたピンク色の傷が残っていた。

 「うーむ・・・どうやら、縫合の痕か。」肩から腕に、ゆっくりと手を滑らせ・・・また戻っていく。
 「一度もげたのか?」男はニヤリとする。ジェイドは一瞬、息を引き攣らせた。
 「なかなか過酷な目にあったな、ジェイド・・・ま、超人の闘いじゃよくあることだがな。」笑いながらマンモスマンの手は、
 ジェイドの肩口から・・・・首筋を辿っていった。その手が、首をぐっと掴む。あまり力を込めていないのがわかったが、それでも
 ジェイドは息が詰まりそうになった。
 「俺様は・・・縫合しようのないものをよく対戦相手からもぎ取ってたもんだ。」首を掴んだままの手が、軽く上下に揺らされる。
 「これだよ。」ジェイドは血が引けそうになりながら、マンモスマンを睨みつける。
 「安心しろ、リングの上でないと使えん技だ。相手をキャンバスに逆さに突っ立てて―――首がキャンバスに埋まった状態だ―――
 捻り上げる。ある程度まで捻ると、キャンバスの方で相手の首を捻じ切ってくれる。キャンバスが首を食いちぎるように見えるんで・・・・
 ゴースト・キャンバスって名前を付けた。」
 「そんな虐殺が・・・お前は楽しかったのか・・・」「楽しい?さぁどうだろうね。俺様にとってはフィニッシュ・ホールドの一つだ。
 決着をつけるための技にすぎんよ。小僧に説教される筋合いはないぜ。ましてや、これからエサにしようとしてる奴にな。」
 マンモスマンは、首を掴んでいた手を離すと、すぐさま右腕を掴んだ。残ったビッグ・タスク1が、突如鎌首を擡げる。
 「どうもお前は"アレ"だという可能性があるからな。真っ先に消えてもらおう。」ジェイドは右手を動かそうとした。それは
 マンモスマンの硬い手を感じる。
 「抵抗するな。折角治った腕がまた壊れるぜ。」低い声で男が言う。「大人しくしてりゃ、速攻ですませてやる。じゃあな、ジェイド。
 お前と会えて、結構楽しめたよ。」

 「・・・・!」起き上がったケビンマスクは、マルスの傍らに転がっていたビッグ・タスク2が突如動き出したのに驚愕した。まるで
 生物のように蠢くそれは、マルスの方へと這って行く。いや、這うように動いて行く。牙はマルスの血溜まりに浸かると・・・
 吸い上げている。本当に、生物のように吸い上げている。
 『・・・生きている牙? ビッグ・タスクって生きているの?』幼いケビンマスクは、熱心にウォーズマンの話に耳を傾けていた。
 彼が話してくれた、古代超人族タスク・マンモスの、恐ろしくもどこか、悲しい話。
 『そう。それ自体が意志を持っている。と言っても、獲物の血や汗に反応するだけで・・・人間や超人のように、感情があるわけじゃない。
 ・・・そして、その牙のために彼らタスク・マンモスは滅びたんだ。』
 『どうして?』『ビッグ・タスクは最後には・・・牙をつけている当のタスク・マンモスを襲いだしたからだよ。彼らはそれに対して、
 どうすることもできなかった。何故なら、牙を捨てることがもうできなかったから。牙なしに生きることが、できなくなって
 いたからなんだ。』ケビンは、そう語るウォーズマンをじっと見つめていた。何より強さを求めた彼らは、その強さのために
 滅んでいったのだ。ケビンは何故だか、そのことを悲しく思った。

 牙がマルスの体へと這い進んで行く。「マルスッ」上体を起こしていたケビンは、牙をマルスから引き離そうと手を伸ばした。だが
 それより先に、逞しい手が牙を掴んだ。血塗れのマルスは、むくりと起き上がった。「・・・・舐めくさってんじゃねぇぞ。・・・」
 手に力が入ると、牙が砕けた。
 まるで末期のように・・・牙はカタカタと揺れて、それきり動かなくなった。血塗れのマルスの、凍りついた表情をケビンは見る。
 今彼の表情を凍て付かせているのは・・・怒りか、憎悪か。それとも闘志か?
 それはケビンマスクには解からなかった。立ち上がろうとして、僅かによろめくマルス。同じく立ち上がったケビンは、思わず彼を
 支えようとしていた。その手は振り払われる。
 「どけ。」マルスはそれだけを言った。「無茶をするな、マルス。」「ふん・・・鉄仮面。俺の女房気取りか?」
 マルスの冷笑の宿った瞳がケビンを一瞥する。「・・・俺は、もうてめぇに用はねぇんだよ。フヌケの裏切り者にはな。」
 マスクのおかげで、ケビンの表情はマルスには悟られない・・・その筈だった。ケビンはマルスの前に出る。「マルス。正面きってでは、
 奴を倒す事はまずできない。」返事の代わりか、マルスの口唇が歪められる。「だが奴にも弱点はある。他ならぬあのビッグ・タスクだ。
 あれは、マンモスマンとは別の意志を持っている。言わば生きている武器だ。血や汗の匂いに自動的に反応して、相手を襲う性質が
 あるらしい。」マルスの目が、正面からケビンを捉えた。「なんでてめぇが知ってんだ?」「かつて親父が、奴と戦ったんだ。」
 「ああ・・・てめぇが大嫌いな、お偉い伝説超人さん。」皮肉な笑みを無視し、ケビンは言葉を続ける。 「だがビッグ・タスクは、
 人物を識別することはできない・・・つまり、鮮血を流しているか付着させるかしていれば、マンモスマン本人にも反応して、」
 ケビンはマルスを正面から見返した。「容赦なく襲い掛かるんだ。」 「よくそんな危ないシロモノ身に付けていやがるもんだ。
 ・・・好都合だがな。」マルスは冷笑を浮かべる。「今ジェイドが捕まっている。二人で背後から襲撃しよう。ビッグ・タスクが一本に
 減った分、マンモスマン本人の隙も増えている筈だ。」「断る。」マルスは即答した。「てめぇの手なんぞ誰が借りるか。借りは
 俺1人できっちり返す。」「詰まらん意地を張るな、マルス!」自分を押しのけて歩みだそうとしたマルスの肩を、ケビンは押さえつけ
 さらに言う。「そんな・・・立ち上がれたのが不思議な怪我で、奴を倒すのは不可能だ。間違いなく死ぬぞ!」
 「てめぇが心配することじゃねぇだろ。」マルスは振り向かずに言う。
 「・・・・今更、許してくれとは言わない。」ケビンはその後姿に語りかける。
 「俺は確かに、命の恩人であるお前を裏切ったんだ。言い訳のしようもないと思ってる。だが俺はそれでも」一瞬流れる、空白の時間。
 「お前に死んでほしくないと思っている。これだけは本当だ。」マルスは振り向かない。
 「だとしても」ポツリとマルスは言った。「俺にはもう、お前は必要ない。期待して助けてやった分の見返りは、たっぷりあったことだし。
 入れ替え戦の時と・・・」彼は振り向いた。「今のアドバイスで、な。」
 目を瞬いたケビンの目前で、重傷のマルスはそれを意識していないかのように跳躍する。背中のスワローテイルは弓形に反り、
 荒地の岩を抉りぬいた。

 「スワローテイル・シャベル!!」マンモスマンがその声に反応した時には、抉られた岩が流星のように向ってきていた。一発目は、
 マンモスマンの拳で粉砕されたが、マルスは次の岩塊を、サッカーボールでも蹴るように飛ばして来る。マンモスマンはノーズを
 ジェイドから解き、右腕で抱え込んだ。「パワフル・ノーズ!」ノーズが凄まじい畝りを見せ、岩はマンモスマンに激突する前に
 砕け散る。
 「ガキが!」・・・連続で来る岩石攻撃の前に、歯噛みしているマンモスマンの意識は、一瞬ジェイドを忘れたようだった。
 (今だ)ジェイドは顎を引くと、ヘルメットをマンモスマン目掛け打ちつけた。「ぐ!」奇襲に彼は一瞬怯む。腕から抜け出た
 ジェイドは両足を揃えて、マンモスマンの体を踏み台に、空中回転し離れた。よろめいたマンモスマンに岩塊が激突する。
 「がっ!ぬぅ・・・」肩の裂けた傷口から鮮血が溢れ出す。「やったか!?」ケビンは身を乗り出したが。ビッグ・タスク1は
 全く無反応だった。「な・・・に?」
 ケビンの様子を見て、その辺りに舞う土埃の中から、マンモスマンはニヤリと笑う。「親父辺りに聞いたんだろうな。こいつは血を
 流せば俺にも襲い掛かると。それじゃヤバいから学習させたんだよ。俺は襲うな、と。残念だったなぁ。」 「マンモスマン!」
 ジェイドの声に、顔を向けるマンモスマンは、間近で別な声を聞いた。「くたばれ。」

 「な!?」声を認識した途端、咄嗟に体を反らす。その時スワローテイルが腹部にめり込んだ。
 「象野郎。」マルスの低く冷たい声。その手はノーズを鷲掴みにしている。「さっきは俺に、スワローテイル以外何もできねぇのかと
 ほざいてくれたが」マンモスマンは歯噛みする。「てめぇはどうなんだ。ええ?ハナと牙がなけりゃ、何もできないんじゃねぇのかよ。」 
 「ビッグ・タスク1!」牙が直進し―――
 「ぬあぁ―――っ!!」マルスは、ノーズを掴んだまま、マンモスマンを投げた。

 地響きと共に、叩き付けられた巨体。マルスは立ち尽くしたままだった。マンモスマンは身を起こす。腹部に突き刺さった、折れた
 スワローテイルに気付き、掴んで抜こうとしながら、「・・・小僧!リングの上だったら、その減らず口叩く首をキャンバスに食わせて
 やる所だ!」マルスを振り向いた。「?」
 マルスは動かない。「・・・・。スカー!」右手を構えたまま、成り行きに半ば呆然としていたジェイドは、異常に気付き駆け寄る。
 マルスの正面に立つと、彼はその目にジェイドを捉えたようだった。
 「・・・なさけね・・・」唇に浮かぶ笑み。「スカー・・・。」 「またこのパターン、かよ・・・ここらが限界、か・・・」
 マルスの体が揺らぐ。「!」ジェイドはその体を抱きとめた。

 ケビンは、マルスが倒れ込んだのを見て駆け寄ろうとする。全身を走る、鋭い痛み。ビッグ・タスクに突き刺された傷は・・・
 かなり深いようだ。(・・・だが、あいつの痛みは)ケビンは、3人の方向にゆっくりと歩き出した。

 マルスを抱き止めたまま、その場に腰をゆっくりと落とすジェイド。低く漏れる笑い声を聞く。
 「・・・お前らを、ガキと舐めてかかったのが不覚の元か。」マンモスマンだった。腹部の傷口から、血が溢れ出ている。
 「俺を止められそうな超人が・・・この時代に果たしているかどうかと思ってたが」マルスを抱きとめているジェイド、歩み寄って来た
 ケビンを見ながら、彼は笑みを浮かべる。
 「案外、早かったな。」 「・・・あんたは・・・復活して、何をするつもりだったんだ?」ジェイドはマンモスマンを見据えて訊ねた。
 「別に・・・これといった目的はないがね。」男は答える。「そうだな・・・一度、力の限り暴れてみようかと思ってた。リングの上じゃ
 暴れると言ってもタカがしれてるだろ。精々が、相手を死なせるくらいのもんだ。」ニヤリと笑う。「俺の超人強度は7800万・・・
 加減せずに暴れてみたら、どのくらいのことができるのか。超人の力で、惑星一つ破壊できるのか。そして抵抗できる奴が・・・人間、
 超人を問わずいるものかどうか。見てみたかった。そんな所かね。」
 ジェイドはしばらく彼を見て、言った。「止めて欲しかったのか?誰かに。」 「止められる奴がいるかどうか、知りたかっただけだ。」
 男は言う。
 「あんたが生きてた時代から・・・30年近く経っているけど、会いたい人や守りたい人は・・・あんたには居なかったのか?」
 「正義超人らしい台詞だな、ボウヤ。」マンモスマンはふっと笑った。「さぁ、どうだかな。もう忘れたよ。俺は思い切りはいい方でね。
 裏切られたら、その時点で執着はせん。まぁあの時は・・・まさか俺を見捨てることはしないだろうと、おめでたくも思い込んでたんだがな。
 俺も甘っちょろい。そういう人じゃないってことは、嫌ってほど見てた筈なのに。」 「・・・・。」ソルジャーが言っていた・・・
 王位争奪戦の、キン肉マンチームとスーパーフェニックスチームの戦いで、マンモスマンの主君スーパーフェニックスは、
 傷つき助けを求めた配下のマンモスマンを"使い物にならん"と見捨てたのだと。
 その時の彼がどんな気持ちでいたか・・・あの時の俺と、似た思いを。引き裂かれ、焼け付く刃で抉られるような思いを、彼も痛みと共に
 味合わされていたのではないだろうか。
 仲間と信じたスカーが・・・倒すべき悪行超人だったと知らされた俺と似た、思いと痛みを。
 ジェイドとマンモスマンの会話を聞いていたケビンは、ジェイドの腕の中のマルスに目を落とす。
 ―――『許してくれ!!』思わず叫んでいた。『改めて思うぜ・・・』そう冷たい声で言い放っていた、『お前を助けておいて、本当に
 良かったと。』彼の瞳の中の、傷つけられた色。涙の色。それを見せ付けられた時、自分のしたことに耐えられなくなり叫んだ。
 『・・・』(マ・・・)『マ・・・』(マルス・・・俺を・・・)『ま・・・』(俺を許してくれ!!)『ま・・・万太郎・・・!』
 許しなど乞える筈がない。俺がマルスを突き落とした・・・マルスが突き落とされた、孤独の地獄を思えば。

 「おい、何しんみりしたツラしてんだ。」マンモスマンはジェイドの表情を見て、軽い嘲りの混じった声色で言う。「自分を殺そうと
 した奴に同情してりゃ世話ない。」ジェイドはマンモスマンを見返した。
 「さっさと俺を始末した方がいいぜ。」彼は言った。「俺が自分の意志でこの世界を消すか、さもなきゃ死なん限りお前らは戻れん。」
 「・・・・消してはくれないのか?」「生憎今、そんな力は残ってないんでね。」と笑う。「そいつは、早く医者に見せてやった方が
 いいと思うがな。」
 ジェイドはマルスを見る。二箇所の傷口が開き、血塗れになり意識を失っている彼。
 「スカー・・・」「仲間と敵とどっちが大事か、考えるまでもないだろう。」「・・・復活は諦めるのか。」ケビンマスクがポツリと言った。
 「どっちでも良くなった。ロビンの息子だのブロッケンの弟子だのが元気でやってるのを見られたってことで、満足してやってもいい。
 気が変わってお前らを襲う前に、どうするのか決めな。」とマンモスマンが答える。
 ジェイドは、意識のないマルスをぎゅっと抱き締めた。「・・・スカー。」
 「一つ教えろ、ジェイド。」その声にジェイドは顔をあげる。「そいつ自身はマルスと名乗った。ケビンマスクもそう呼んだ。
 何故お前だけがそいつをスカーと呼んでいる?」
 「・・・・こいつは・・・悪行超人の組織dMpのメンバーだった。dMpが壊滅した後、報復のために正義超人養成施設ヘラクレス・ファクトリーに
 生徒として入り込んだ。スカーフェイスと名乗って。そして、俺と、こいつと・・・あと二人の仲間が第二期卒業生になったんだ。」 
 「ほう。」
 マンモスマンはふっと息をついた。傷が痛むらしく、僅かに顔を顰める。
 「面白い事もあるもんだな。」彼は笑った。


To be Continued"理想の花"