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◆ 約束の場所・後編

約束の場所・後編

 伝説超人ブロッケンJr.――俺の親父と同じ時代を闘いぬいて生きてきた、ひとりの超人。
 目の前にその人を見つつ、俺は奇妙な違和感に捕らわれていた。
 その軍帽の影に隠れた藍色の瞳。
 試合を楽しもう――そう言葉で言いつつも、リングをひたすらに見つめるその人の瞳には、明らかな戸惑いの色があった。
 鮮やかな青い空。いくつもの白い雲。
 大勢の観衆と、3人の伝説超人。そして委員長をはじめとする委員会のメンバーたち。
 誰もがこれからはじまる闘いに熱い視線を向けているというのに、その人の瞳は戸惑いつつ、しかしどこまでも静かだった。
 ジャッジをつとめるためにリングを囲む伝説超人たちのような、冷静な眼ではない。
 自分の思い――それを抱きながら、輪の一番外側から内部を見つめている――
 それは、そんな瞳だった。
 一目で俺の迷いを見抜いた瞳。わだかまりがあるなら吐き出せと告げた言葉。
 不思議――だった。
 ……この人は、いったいどういう人なのだろう……?……
 かつて俺が反発した父親、伝説超人ロビンマスクにはなかったものが、この人にはある。
 そう思った。
 名誉、権威――栄光と人々の崇拝。
 伝説超人として備えているそんなものさえ、この人にとっては何の意味ももたないものなのだと――
 なぜか俺はそんなことを感じた。
 ……この人は――わかっている人、なんだ……
 何が、と言うことはできない。しかし俺はそのとき、はっきりとそういう言葉でその人を捉えた。
 この人には、親父に見えなかったものが見えているんだ――と。
 ふしぎな共感。
 かつて家を飛び出したときの、あのどうしようもない焦燥感や苛立ちが、この人には理解できるのではないかという思い。
 かいかぶりすぎだろうか――?
 しかし目の前に座るブロッケンJr.が、それまで俺が見てきたどんな大人とも違っていることは、確かだった。
 反発も、反抗心も湧いては来なかった。
 俺は黙ってブロッケンJr.をもう一度見つめ――そしてリングへと視線を移動させた。

 委員長の高らかな宣言とともに、試合開始のゴングが鳴る。
 万太郎の速攻――そしてマルスの反撃。
 はじめのうちこそ万太郎の猛攻と見えたものの、マルスにとってたいしたダメージになりそうな攻撃はない。
 試合は徐々に、マルスに有利に進んでいるように思われた。
 あのたくましい肉体そのものを武器としたムーンサルト・プレス。
 あまりのダメージに苦しみのたうつ姿を見せた万太郎は、だが、ついでさらに
 もう一度その技をかけるようにとマルスを挑発する。
 「……万太郎!」
 俺は思わず叫んでいた。
 まだ攻略の糸口はあるはずだ――最後まで闘いを捨てるな、と。
 ふと不思議そうな視線で俺を振り返ったブロッケンJr.の藍色の視線。
 無理もない――俺はまぎれもなく万太郎……キン肉マンU世打倒を宣言した超人のひとりなのだから。
 だがいま、この試合で万太郎に負けてもらうわけにはいかなかった。
 万太郎が負けること――それはすなわち、dMp再興への確実な第一歩に――
 マルスが悪行超人として生きてゆくことに繋がってしまうのだから。
 さらに叫ぼうとした俺を、片手をあげてブロッケンJr.は止めた。
 穏やかな、表情。声。
 俺の行動の理由を問いただすこともなく、ブロッケンJr.はそっと告げた。
 「万太郎は何か考えがあってスカーを誘ってるんだ」
 「ほ……本当か?」
 そうは問い返したものの、それを聞いた瞬間にはもう、本当だ――と俺はその言葉を信じていた。
 仮面の下の表情など、わかるまい。
 だが明らかにそれを認めたように、ブロッケンJr.はわずかな間、俺の眼をまっすぐに見つめた。
 年齢など感じさせない、鮮やかな藍色に澄んだ瞳。
 深い湖のように穏やかな瞳。
 ……おまえは何を望んでいる?……
 伝説超人ブロッケンJr.の藍色の瞳は、そう語りかけているような気がした。
 おまえはどんな結末を望んでいるのだ――? と。
 俺は黙ってうつむいていた。
 ……俺の……望む結末……
 それは、マルスと築きあげる未来だ。
 俺の思い描く理想の超人像は――いつしかマルスの姿をこそ刻んでいたのだから。
 だが――。
 俺はもういちどリングへと視線を向けた。
 そこにはキン肉バスターを受けて意識を失った万太郎と――そんな万太郎を狂気にでも憑かれたかのように蹴り続ける、
 マルスの姿があった。
 ……マルス……
 それは、俺の記憶にある誇り高き獣の姿ではなかった。
 「……いけない……」
 俺の口唇から、自然に言葉が零れていた。
 「このままでは……いけない……」
 大変なことが起こってしまう――……。
 なかば茫然と呟いていた俺は、はからずもマルスのことを尋ねる声に無意識に応えていたらしい。
 俺の胸元をつかみ、引き寄せる強い感触があった。
 はっと我にかえった俺が見たのは、ブロッケンJr.の手――だった。
 「――オレと一緒に大会本部へ行って、一切合切話すんだ!」
 真剣な瞳。
 その時ブロッケンJr.が何を考えていたのか、まだ俺にはわからない。
 しかしその藍色の瞳は、どこか焦りさえ含んで俺に訴えていた。
 この試合を止めねばならない――少なくとも、このまま試合を続けさせてはならない。
 それは、俺と同じ思いだった。
 はっきりとした意思をもって見つめるブロッケンJr.に、俺はどこまでも自然に頷いていた。

 一歩、また一歩。
 ブロッケンJr.とともにその階段を上りながら、俺は自分の思いが静かに形をなしてゆくのを感じていた。
 俺はどこへ向かうべきなのか――マルスに何を言うべきであるのか。
 そう、それは最初からわかりきっていたことなのだ。
 それができなかったのは――ただ、俺が自分の思いの中に溺れていたためだ。
 俺はふと自分の遙か上方を見上げた。
 激しく肉体を蹴る音が、ここまで聞こえてくる。
 まさしくその音は――昨夜のマルスの動揺と混乱そのもののようにさえ、俺には聞こえていた。
 さらに一段、また一段と、足をひとつ動かすたびに、俺の心の波はおさまってゆく。
 ……俺が悩んだり、泣いたりしているわけにはいかないじゃないか……
 俺はそのとき、いままでになく静かな想いの中にいた。
 ……おまえがいちばん悩んで、困っているはずだ……
 ――だから、俺までそんなこと、していられないだろう……?……
 最後の一段に足をかけ、俺は――俺とブロッケンJr.は、ヘラクレスの掌の上に立った。
 静かな俺の思いは流れる。
 ……おまえが聞いたら、きっと怒るだろうけど……でも……
 「――ケビン!」
 俺の姿を見て、マルスは万太郎を蹴る足を止めた。
 驚愕の表情――リングの上から、恐怖さえこめて俺を見つめ返す視線。
 「ケビン、何しに来た?」
 それを受けとめて、大丈夫だ、と俺は言い聞かせてやりたくて仕方のない衝動にかられた。
 ……おまえ……こんなに可哀想なのだから……
 「……」
 押し黙った俺の脳裏に、3年間の記憶がめぐる。
 初めて会った時――俺に酒の瓶を投げてよこしたマルス。
 生きろ、と――この世界に俺を繋ぎ止めてくれた、いまも残る背中の傷の理由。
 あの、別れの日――約束――そして、昨夜の傷。
 「ケビンマスクよ、何を躊躇している」
 ブロッケンJr.が、そんな俺に声をかけた。
 「真に勇気ある超人は、いかなる艱難においても――正直であるものだ」
 ……勇気ある超人……正直であるもの……
 その言葉は、俺に向けられたものだ。
 しかし――そのとき俺が想ったのは、あの猛々しく美しい獣のようなマルスの姿だった。
 どこまでも純粋に、ただひたすらに強さを求めていたマルス。
 だが――……。
 ときおり混乱をも垣間見せつつ闘うマルスの姿は――どれほど強かろうとも、どこか痛々しいものにしか俺には見えなかった。
 見えない鎖に繋がれたまま、不自由な動きで闘わねばならない獣の姿を、俺はそこに見ていた。
 このままマルスを闘わせておくわけには――いかなかった。
 「……腹は決まった」
 ぐっと鉄仮面の顔を仰向け、俺は囁くように告げた。
 そして――すべての思いをふりきるように、まっすぐにマルスを指さし――俺はその正体を明かした。

 愕然と俺を映している黄金の瞳。
 一瞬の間ののち、高らかに笑い、そして俺を睨みつけた瞳。
 自らの胸のdMpをあらわにした姿。
 ……それでいい……
 俺はどこまでも静かに、マルスのそんな姿を見つめていた。
 これで、マルスはこのリングから下りられる。
 dMp再興を賭けてこれ以上闘うことなど――せずに済む。
 マルスの視線は痛かった。
 だが――それは俺が受けねばならない痛みだった。
 じっとその場に立ち、俺はマルスの瞳をただ見返していた。
 ……マルス……
 俺がずっとマルスの背に見ていた、どこまでも寂しい少年の姿。
 裏切られることの痛みを知っているからこそ、誰も信じようとはしなかった少年の姿。
 それを超えて――俺にはいくぶんかの真実をあずけてくれた、マルス。
 ……マルス……!……
 俺はただ、マルスを見つめていることしかできなかった。
 心に刻まれた裏切りの傷は深いだろう。
 きっと一生、拭うことのできない傷だろう。
 あのdMpの薄闇の中で育んだ俺たちの時間――俺たちの絆。
 最も残酷な形でおまえを裏切ることになった俺を、おまえは一生許さないだろう。
 ……それでいいんだ……
 俺を憎んで、俺の約束とともにあるdMp再興の想いまでもを消すことができるのなら――
 より強く、より深く俺のことを憎んでほしい。
 ……大丈夫、だから……
 俺は――そのとき、微笑んでさえいた。
 ……俺は、しっかりと立って、おまえの憎しみのすべてを受けとめてやるから……
 すべてのマルスの憎しみを、俺が受けることができるのなら――
 人類に仇をなす悪行超人としてのマルスの憎悪さえ、俺は抱きとめてやりたかった。
 ……だから――……
 だから、もうdMpを忘れて――かなうなら新世代超人スカーフェイスとして
 ――生きて――……。
 もう心にさえ言葉は浮かばなかった。
 想いが渦を巻いて、喉をふさぐ――そんな経験を遥かに越えて、俺はいま、感情の渦に捕らわれていた。
 何もかも見えなかった。
 俺と――マルスのふたりだけしか、世界には存在していなかった。
 たとえそれが憎悪と名のつくものであっても――何よりも強い思いが俺たちを結んでいた。
 
 しかし、闘いはそれでは終わらなかった。
 他ならぬ委員長が試合続行を命じ、マルスをリングの上に呼び戻したのだ。
 困惑とともに、俺は続けられる試合を見守った。
 マルスは――強い。
 明らかに試合経験の少ない万太郎よりも、有利に試合をすすめるやり方を心得ていた。
 次第に傷を増やしてゆく万太郎の姿。
 リングを彩ってゆく万太郎の血。
 そこに俺は――先日のジェイドとのあの残酷な試合を思い起こしていた。
 「俺の、せいだ……」
 ……俺が、もっと早くにマルスの正体を明かしていれば……
 今、隣に立つブロッケンJr.にすら、弟子の痛々しい姿を目の当たりにさせることはなかっただろうに――。
 後悔にも似た思いで、俺はそう口走っていた。
 キン肉王家2代に仕えるアレキサンドリア・ミートは、だが、そんな俺の思いを否定する。
 マルスが悪行超人である以上、いつかは万太郎と闘わねばならない運命にあったのだと。
 それは確かなことかもしれない。
 だが――と、俺はいったん逸らした視線を、ふたたびリングに向けた。
 ……だが、マルスにとって、この闘いは……
 ある意味、特別なものだったのだ。
 マルスとして生きるのか、スカーフェイスとして生きるのか。
 最初から最後まで、その選択をつきつけられねばならない闘いだったのだから。
 マルスはまだ、万太郎を容赦なく責めたてている。
 そして、そんな姿に、決断はやはり遅すぎたのだということを俺は感じざるをえない。
 他ならぬマルス自身が、それをはっきりと示していた。
 自らの正体を明かし、dMp再興を高らかに叫んだマルスの黄金の瞳には、もはや隠しようもない混乱があった。
 500人の悪行超人たち――それは内部抗争で自滅したようなものだ。
 マルスにだってそれはわかっているはずなのに、あえて自らを駆りたてるかのように幾度も、悪行超人たちの恨みを口にした。
 その黄金の瞳には、狂気に似たものが光っていた。
 ……勝ってくれ……頼む……
 俺は、万太郎の勝利を願うしかなかった。
 一刻もはやく――マルスをこの残酷なリングから下ろしてやりたくて仕方がなかった。
 自滅した悪行超人たちの運命など背負う必要はないのだ。
 dMp再興など――俺との約束の地など、よみがえらせなくてもいいのだ。
 マルスを否応なく傷つけることはわかっているのに、俺には万太郎の勝利を願う以外に道はなく――
 身を切られるような思いとともに、マルスとの最後の絆、あの日の背中の傷さえ責めろと万太郎に告げた。
 そして――……。
 万太郎初のオリジナル必殺技、マッスル・ミレニアムは誕生した。
 その瞬間、マルスの敗北は――決まった。

 だが、マルスはもう一度立ちあがった。
 万太郎の技を認め、実力を認め、力を信奉するマルスはもっと闘いたいと言った。
 ぞっとするほどの気迫――だが、そこにはもうすでに混乱の色はなかった。
 力こそ――と。
 力だけを純粋に信じてきたマルスの姿を、俺はそこに見ていた。
 しかしもうマルスは――俺に視線を向けることはなかった。
 そして告げるべきことを告げたと思ったのか――今度こそ完全に意識を失い、ふたたびマルスはリングへと沈んだ。
 ……マルス……
 ズタズタになったマルスの姿を、俺はじっと見つめていた。
 力づけてやることも、手をかけることも、俺にはもうできないのだ。
 俺の方から断ち切った絆――。
 担架に乗せられ、運ばれるマルス。
 ……さよならだ、マルス……
 静かに心に浮かぶ言葉。
 dMpで俺とともに過ごしたマルスは、もうこの世界のどこにもいない。
 俺の視線の向いている先にいるのは――スカーフェイスなのだ。
 ……会ったばかりだけど……おまえにもさよなら、だな。スカーフェイス……
 祈るように一度、目を閉じて、俺はスカーフェイスに背を向けた。
 ……これで、いい……
 歩き出した途端、俺の心にそんな言葉が浮かぶ。
 「……これで、いいんだ……」
 零れるように、口唇からも小さな声があふれ出した。
 俺はこの結果に納得していた。
 だから――歩調はどこまでも毅然と。
 まっすぐに。コロッセオの外へ。
 なのに、明るい光のさす世界へ一歩足を踏み出したとき――俺の頬にはなぜか、熱い滴が幾筋も伝っていた。

〜 Fin 〜 

「約束の場所」完結、お疲れ様でした♪・・・あんなにスカー(マルス)に酷いことをされても
うむ〜っ、やっぱりケビンって彼しか見えていないのね・・。スカー様、大モテ!(笑)
この後編ではすべてケビン視点で書かれてありますが、はたしてスカー様はどう思ったのでしょう。
かなりショックは受けたのでしょうね〜。心に染み入る短編でした☆<Noriko>

(ちょっとあせったな・・・いや、何がって?あの・・・スプレー缶・・(恥)・・・思わず
そのまま吹き付けられるかと思った・・・いや、そんなもったいないことしないよな。
アイツは・・(←そういう問題じゃない!))(ケビン)