{世紀ごとの時間と瞬間の時間} T.有害な邪魔物 「どういう意味だ、貴様。」ジェイドはチェックメイトを睨みつけた。 笑みを浮かべているチェックメイトは、「文字通りの意味ですよ。」と答える。 「聞いた話では、貴方の師ブロッケンJrは、貴方を弟子に取るまでの20年間、酒びたりの生活を送っていたとか。そういう人物は 尊敬に値するものかと思いましてね。」 右の拳を握り締めるジェイド。「どうですか?」涼しげな、優雅な笑みでチェックメイトはジェイドを見る。 ジェイドは、右手をゆっくりと上げていく。「・・・ちょっと、ちょっと待てジェイド。いくら悪行超人相手でもいきなりベル赤は マズい!」慌てたデッドシグナルが歩み寄り声をかける。 その様子を見て、微笑んでいるチェックメイトはさらに言った。「おやおや・・・やはり、情緒の安定していない超人に育てられると、 同じようなタイプになってしまうようですね?」 腕を振り上げるジェイドと、その腕を抑えるシグナル、ジェイドの側に駆け寄るクリオネマン。 「老婆心ながら、忠告させていただきましょう。貴方は感情に流されすぎです、ジェイド。もう少し冷静になった方がいいですよ。 貴方にとって真にタイセツな師匠と言っても、短所は短所としてちゃんと認めませんとね。可愛さ余って何とやら、という事態は みっともありませんし。フフ・・・。」 「黙れぇっ!!」叫びと共に飛び出そうとするジェイドを、デッドシグナルとクリオネマンが押さえつけた。 「おい、チェックメイト。」マルスの声にチェックは顔を向ける。「そのお子様相手に、無駄な説教するのは止めとけ。 できるくらいならそいつは俺に負けちゃいねぇ。」 「ほう。」 「未だに、お師匠さんから乳離れできてねぇんだからよ。」 チェックメイトはマルスに言った。「彼らは、お互いに凭れ掛かっているような関係を断ち切れずにいるわけですか。」 「てめぇのことを棚にあげるな。てめぇと師匠も似たようなもんだろ。」チェックを睨むマルス。「師匠だ何だが付きっきりの 甘ちゃんが、過酷で孤独な、超人同士の戦いに勝ち抜いていくのは不可能だ。お人形さんは、操り手がいなくなりゃあそれっきり だからな。」 「私を同類にする気ですか?マルス。」チェックメイトの顔から笑みが消える。が、次の瞬間、 「ホホホホ!それは大きな間違いですよ。サンシャイン・ヘッドはどうだか知りませんが、私はヘッドに凭れなければ生きて いけないような弱小超人ではありません。」 「爺さんに四六時中べったり引っ付かれて、まんざらでもなさそうだったじゃねぇかよ、お稚児さん。」 「私の側にいたのはヘッドの勝手です。あの方は・・・私に過去の幻影を重ねていたような節もありましたからね。」 「・・・・ふーん・・・チェックメイトさんって・・・」朴杖をついて、彼らの遣り取りを見ていた鳥人ホルスは言った。 「兄さま(ザ・ホークマン)とおんなじ笑い方してるんだ・・・・なんか意外だなぁ・・・。」 ちなみに事実である。 「離せぇ、クリオネ、デッド! 奴はこの場で俺が殺してやるっ!!」二人に押さえつけられながらジェイドは叫んでいた。 「落ち着けってばジェイド!」とデッドシグナル。 「たく、どーしようもねぇな、あのファザコンもどきの優等生は。」ジェイド達を見やってマルスは呟く。 「そうですね。あのままではうっとおしいですから、別な話でもして気を逸らしましょうか。」 チェックメイトはそう言うと、二期生達に向き直る。 「ジェイド。まぁ、誰にでも欠点はあるものですから・・・・一つ、面白い話を聞かせてあげましょう。」 二人に押さえつけられたまま、チェックメイトを睨むジェイド。 「私の師であり、育ての親でもあるサンシャイン・ヘッドは、かつて悪魔超人界の重鎮であり、正義超人によって壊滅状態に 追い込まれた悪魔超人軍を立て直すべく、30年間孤軍奮闘を続けてきました。その執念と努力は、客観的に見ても敬服に値すると 言えるでしょう。放蕩生活を続けて、己の財産も能力も食い潰す一方だった誰かさんに比べれば・・・」 クスリ、とチェックメイトは笑った。 飛び出そうとするジェイドと、必死で抑える二期生二人。「やっぱり、そいつの神経逆撫でしてぇだけかよ。ホントいい性格して やがるぜ。流石は悪魔超人の正統なる後継者、ってとこか。」肩を竦めてマルスが言う。 「いえいえ、これからが本筋ですよマルス。そのヘッドの敬服すべき執念がどこから来ていたかと言えば・・・悪魔超人にあらざる 感情からだったのです。」 横目でマルスはチェックメイトを見た。 「悪魔超人にあらざる、ってどんな?ケビンさんは、何だかわかる?」と、ホルスが ケビンマスクに尋ねる。 「・・・悪魔超人の行動理念は、冷血・冷酷・冷徹の氷の精神にあると聞いた。だから、それと全く逆の概念ということになるだろうな。」 ケビンは言った。 「てゆーとぉ、熱血・親切・興奮の炎の精神ってこと?」「・・・違う気がするが。」ホルスの言葉に困惑したような声を出すケビンマスク。 一方。「ああぁ、アニキもキッドもガゼルも!こげなとこで大喧嘩するのは止めれ!」 おろおろしているセイウチンが、殴り合いをする3人の仲間に必死な表情で呼びかけていた。 その隣で、殊更表情を変えることなく見ているシャルロ。 「てめー万太郎!!まぐれで勝ち抜いてるからって威張りやがって!!」「まぐれ!?それってお前がレックスキングに勝ったことを 言ってるんじゃないの!?」 「何だとこのブタ!!」 「バカの一族のバカ王子のくせに、態度だけは矢鱈にでかいじゃないか、 コンチクショウ!」 「ふんだ、ファクトリー一期生主席卒業以外に今じゃ何の取り得もないくせして、お前の方こそ態度だけ 無意味にでかいんじゃないか、ガゼルマン!?」怒鳴りあいながら、単純かつ壮絶な殴り合いを繰り広げている万太郎、キッド、 ガゼルマンの3名。 「ああ〜・・・ダメだ、呼びかけるだけじゃどうにも止めらんね・・・」困惑したセイウチンは、やがて何かを 決意して拳を握り締める。そして3人の所に歩みだそうとしたその時。 「待って下さい。」シャルロが声をかけた。「へ?」振り向くセイウチン。 「これからも、彼らと仲間付き合いをしていかなければならないのに・・・貴方が手出ししては、後がまずいでしょう。」 静かな表情のまま、銀色の長髪の青年はセイウチンに言う。 「って言うとあんた・・・いや、そっちの方がまずいんじゃ・・・」と言うセイウチンの前に掌を出して止めるシャルロ。 「大丈夫です。正直に言うと、私は彼らに対して憤りを抑えることができません。」 青年は踏み出す。「ってーと・・・あんた、怒ってるのか・・・?」おずおずとセイウチンは言った。 「ええ。近年にないほど、腹を立てています。」平静な様子でシャルロは答える。「腸が煮え繰り返る、と言うのでしょうか。 激昂している、と言ってもいいかもしれません。」「あ、あの・・・全然怒ってるって風に見えないんだども・・・」シャルロは、 セイウチンを振り向いた。 「友人である貴方の前ではありますが。彼らはあまりに浅ましすぎます。どうして、こんなつまらないことで大喧嘩が できるのでしょうか。」淡々と言葉を続ける。「万太郎さんの言葉は傲慢と不遜に満ち、配慮や思いやりの欠片も見られません。 キッドさんやガゼルマンさんにしても、いくら気に障ったとは言えすぐさま暴力に訴え出るなど、あまりに衝動だけで動いています。 私は、こういう事態には我慢がなりません。」シャルロは前方を向くと、真っ直ぐに彼ら3人の間に歩みを進めた。 殴り合いを繰り広げる彼らに腕を真っ直ぐ伸ばした次の瞬間。 万太郎とキッドの首筋を掴み上げ、二人の身体を宙に持ち上げる。一瞬、二人は呆然とした表情を見せたが次の刹那に次々と別の 方向に投げ飛ばされ、其々地面と植木に激突した。 きょとんとした顔になった、残ったガゼルマンも間髪入れず投げ飛ばされる。 叩き付けられた3人は、すぐには動かなかった。唖然としていたセイウチンが、駆け出し声をかけて回るが、どうやら3人とも 気絶しているらしい。「ほやぁ・・・」セイウチンは、振り返ってシャルロを見る。 銀髪の、細面の青年は、ふうと静かに溜息をついた。 ジェイドの動きも止まり、押さえているクリオネマンとデッドシグナルもその方向を見ている。 マルス、ケビン、チェックメイトもそちらに顔を向けていた。朴杖をついたままのホルスが言う。 「わー、本気でキレたんだぁ、シャルロは。」 「・・・なかなかの腕前だな・・・。」と呟くケビン。 「おやおや。」とチェックメイト。くっ、と彼は右手で口を軽く押さえつつ吹き出した。 「失礼。あまりの弱さに笑いが。彼の腕が立つのかもしれませんが、投げ一回で三人揃って失神とは・・・。」 「・・・ま、それらしいツラしねぇでキレる奴ってのは、タチ悪いもんだな。」マルスは言い、ジェイドを見る。 「そこの甘ちゃんはわかり易いけどよ。」 U.(真昼の)朝の黄昏 「しかし今ので、まともに話のできる状態になれたようです。」チェックメイトは二期生3人に顔を向け言った。 「サンシャイン・ヘッドを駆り立てていた執念の源は、かつての仲間に対する郷愁でした。」ジェイド達はチェックメイトを見る。 「およそ、"悪魔超人"らしくないでしょう?」彼はにこりと笑う。 「中でもヘッドが執着を持っていたのは、かつてのタッグパートナーであった魔界のプリンス・・・アシュラマンと言う、 悪魔超人屈指のエリートでしたよ。」 「聞いたことがある・・・確か、伝説超人たちとの戦いを通して正義超人となることを選んだ超人だとか。」 クリオネマンが言った。「そうらしいですね。ヘッドの、彼に対する執着には只ならぬものがありました。」 とチェックメイト。ふいと、ケビンに顔を向ける。「貴方もご覧になりましたね、ケビンマスク? かつてdMp悪魔超人軍セクトに、 貴方とマルスがやって来た時に・・・」続いてチェックはマルスを流し目で見る。 ――――「・・・しっかし、見事に貧乏くせぇスペースだよな? ケビン。」上半身は裸で、マスクには目の部分の象りがないマルスは、 後ろのケビンマスクを振り返る。「ま、構成員もdMpじゃ一番ショボいんだし、この辺が妥当なトコかもしんねぇけどよ。」 マルスは、目の前のリングの鉄柱トップを、コツンと拳で叩く。岩に囲まれた、そのリング以外殆ど何もない訓練場らしき小さな スペースを見ながら、「だが、貧乏臭いと言うなら、dMp全体がそうじゃないのか?」ケビンマスクはマルスに言った。 「言うネェ。」マルスはニヤリと笑う。「・・・だから、テメェにも頑張っていただかなくっちゃいけねぇんじゃねえか? なぁケビン。」 その時、「おい、お前ら!そこで何をやってんだ!!」野太い声が響き、恐竜の頭がぬっと現れる。続いて、 頭に続く首・・・・右腕のように見える部分・・・と、フェイクの頭部が現れた。サンシャインの愛弟子・ナイトメアズNO.1の恐竜超人、 レックスキングである。「・・・・。」思わず、言葉を失ったケビンマスク。マルスは、軽く口笛を吹いた。「こりゃ、豪快だな。」 レックスキングのフェイクの頭は、半分潰された状態だった。 「お前ら・・・確か、死魔王と麒麟男が・・・」と、潰れかけのフェイクの頭を捻るレックスキング。その時後ろから声がした。 「レックス、何をしておる!さっさとそれを治してスパーリングに戻らんか!」現れたのは、ナイトメアズのコーチにして 悪魔超人軍統領のサンシャインだった。マルスとケビンに目を留め、一瞬怪訝な表情を見せる。「ですがサンシャイン・ヘッド、 今日のチェックは相当アタマに血が昇ってます。あれじゃ、何ぼフェイクを作り直しても潰されちゃいますよ。」 「悪魔超人がそんなことを恐れていてどうするか!」と叱咤するサンシャイン。「・・・そりゃ、ヘッドは見てるだけだから何とでも 言えるんだろーけど・・・こっちの身にもなって欲しいよな。誰かさんみてーに、俺のこの頭がフェイクだっちゅーことさっぱり 忘れてるよかマシだけど・・・」と、レックスキングは口の中でブツブツと呟いている。「言いたいことがあるならハッキリ言わんか、 レックス!」サンシャインは声を荒げた。「いえ、何でもないですヘッド。それよか、こいつらが我々の神聖な訓練場に土足で 上がり込んで来たんですが、どうしましょう?」慌ててレックスキングは、ヘッドの注意を闖入者達に向けようと言った。 「ん?」サンシャインが二人を見る。 「へぇ、悪魔超人軍ってのは、どうやらどつき漫才でデビューを飾ろうとしてるらしいな。面白そうじゃねぇか。」と、 マルスは嘲るような表情で言葉を投げかけた。厳めしい顔つきで二人を睨むサンシャインは、「・・・フン、ガキ統領どもが、 あのくだらん目的のために選抜したという小僧どもか。チャラチャラした格好をしおって・・・・気品や芸術性の欠片もない。 ・・・・アシュラマンとはえらい違いだのう。」と言うと、遠くを見るような目つきになる。「あ〜、また始まった・・・。」と、 尻尾になっている左手でフェイクの頭を押さえるようにするレックスキング。「コラ、砂のおっさん。俺はあんたの言った、 くだらねープロジェクトに参加する気なんざねぇよ。」憮然となったマルスが吐き捨てる。(・・・・と言うと・・・俺にだけ押し付ける 気かマルス?)ケビンマスクは思う。 「・・・どうしたのですか?ヘッド。レックス。」その声と共に現れた、上半身に何も纏わぬ 少年超人チェックメイト。両手は血塗れになっている。その凄惨な姿に比して涼しげな、陶器の如き滑らかな白面で、彼はマルスと ケビンを認めた。ほんの僅かに、その顔に微笑が浮かぶ。 「・・・珍しいな・・・チェックが笑った・・・」レックスキングが、半分ポカンとした表情で呟いた。「悪魔超人軍にお客様ですか・・・ 珍しいですね。」チェックメイトは言う。「気にせんでよい、チェックメイト。レックスとナイトメアズ専用練習場に戻って、 スパーリングの続きをせい!」サンシャインが声をかけた。「ですがヘッド。レックスが頭を治してくれないと続けられません。 そうでなければ、彼の本当の頭を潰しかねませんし・・・」チェックメイトはにこりと笑う。一瞬流れる冷たい空気。 「・・・あ〜あ、コワイ弟弟子だよな、全く・・・」とまた口の中で呟きつつ、レックスキングは岩陰に去って行った。 「さっさと失せんか、ガキどもが!」サンシャインは、チェックメイトの肩に手をかけ二人を振り向き言い捨てる。悪魔超人軍の 3人が去った後に残ったマルスとケビン。 「ほぉ・・・あれが、悪魔騎士の生き残りサンシャインの秘蔵っ子とかいうのか。楽しそうな奴じゃねぇか。」マルスは冷たい笑みを 浮かべた。(・・・・楽しそうな奴、か・・・。闘い甲斐がありそうだと言いたいんだな、マルス。)彼を見やり思うマルス。 その時ケビンは、ふと地面に落ちている小さなノートに目を留め、歩んで行き拾い上げる。パラパラと捲り・・・。「何だそりゃ。」 チラリと見るマルス。「・・・どうやら、さっきのレックスという超人の落し物らしい、が・・・。」とケビンマスク。 「よお。どつき漫才はその後うまく行ってんのかよ、爬虫類?」マルスが声をかける。「余計なお世話だ!」と、 二人に呼び出されたレックスキングが憤激した所に、「・・・これは君の持ち物なんだろう?」ケビンは先日拾ったノートを差し出した。 「おお!ヘッドやチェックに拾われてたらどうしようかと思ったぜ!」レックスはケビンの手からノートを奪い取る。 「不躾な質問で悪いが・・・・どういった主旨の記録なんだ、それは?」ケビンが尋ねる。ジロリと彼を見るレックス。 「お前は伝説超人ロビンマスクの息子とか聞いてたが・・・正義超人ってのは、他人の持ち物勝手に覗けと教育されてんのか!?」 「すまない・・・・そんなつもりじゃなかったんだが・・・・」 その時マルスが、レックスの掴んでいたノートをひょいと取り上げていた。レックスが反応するより先に、 「"×月×日・・・・本日イメージトレーニング後、チェックに試合相手の殺害法をどうイメージしたか聞いてみる。答え、"パイプ。" 何だかよくわかんねーな・・・。"」「やいこら!」飛び掛るレックスをかわしつつ、 「"○月×日、今日はフェイクの首が180度回転するまでチェックに捻られた。少しは手加減しろと言うと、"でも、これなら貴方の 背に乗っていても向かい合って話ができますね。"と言って笑う。それに何か意味があるのかと言ってやりたかったが・・・"」 「返さんかい!!」レックスのテイルが唸るのを再びかわしたマルスは彼に言った。「何だこりゃ。チェックくんとのドキドキ 交流日記か?」「・・・・壮絶だな・・・」呟くケビン。レックスキングはようやくノートをマルスから取り返した。 「お前らにゃ関係ないことだろ!」去ろうとするレックスに、「デビューの前からもう追っかけとはねぇ。そんな暇なマネが できるとは優雅なこった。」マルスは嬲るように声をかける。「うるせぇな!何も知らん癖して呑気なことほざいてんじゃねぇ! チェックの奴と付き合うのは命がけなんだからよ!」 「それは聞いていてわかったが、そのノートがどう関係してるんだ?」 「正直、行動パターンを把握しとかないとマジで死にかねないんだよ。」レックスキングは振り向いてケビンに答える。どうやら、 誰かに聞いて欲しくて仕方なかったようだ。「言っちゃなんだが、あいつはマトモな情緒が欠落した超人だからなー。」 つまりレックスキングは、チェックメイトから身を守る手段の一つとして、彼の目に付いた言動を書きとめ始めたのだと言う。 行動のパターン性を把握できれば対処の方法も考えやすいというわけだ。 危険な猛獣と暮らし、常に命の危険にさらされている者がとった自衛手段。だが、得々と語り続けているレックスはどこか 楽しそうだった。その内に彼は、24時間サンシャイン・ヘッドに管理された訓練一辺倒の退屈な生活の中でも、チェックメイトに 思わぬクセが発見できることがあるのだといったことを語り出した。それではっきりした。彼は今や楽しんでいるのだ。 「猛獣観察日記かと思や、B級アイドル追っかけ日記かぁ?なんなんだてめーらはよ。」マルスが呆れたように言い捨てる。 レックスが何か言いかけた時、「何をしておるかぁ!」怒鳴り声が響いた。 「サ、サンシャインヘッド!」慌てるレックスキング。「レックス!こんな所で油を売っている暇に練習に励まんか! む? またこのガキどもと会っておったか!」「す、すみませんヘッド、すぐ戻ります!」 レックスが言うが、サンシャインはマルスとケビンに目を向けていた。「"悪行超人"も地に落ちたものよ・・・こんなチャラチャラした ガキどもを使って人間に媚びようとは。昔はこんなことは無かった。ワシらは正々堂々とリング上の試合だけで、己の存在を 主張しておったというのにのぅ・・・。」 「おい、砂ジジィ。昔の繰言なんか延々とおっぱじめるんじゃねぇぞ。 芸能界デビューなんてアホらしいプロジェクトは、死魔王と麒麟男が勝手に進めてるだけで俺には関係ねぇ。」マルスは サンシャインを睨みつける。「女を引っ張ってきて作ったグループが、そこそこ成功したからいい気になってんだろ。」 dMpに雇われた人間の女性たちによる歌手グループ"d・M・ギャルズ"は、芸能界で中堅と言える地位を獲得し、今や重要な 資金源の一つになっていた。マルスは死魔王の言葉を思い出す。(というわけでだな!次はビジュアル系で行こうと思う!マルス、 お前なら名前もルックスも一級品だから必ず成功するぜ!後はケビンの野郎にあのもさったい服止めさせて見栄えのする衣装を 着せて・・・それとMAXマンでいいか。あと2、3年若けりゃ、俺と麒麟男が出張ってもいいんだがなぁ。)彼は上機嫌だった。 「・・・ホント、トチ狂ってやがるぜ。」「嘆かわしいことじゃ!その内人間どもがお前らのブロマイドだのポスターだのの キャラクター商品に群がってコレクションし出すんじゃろう。超人レスラーは本来、もっと崇高な存在であるべきものだと言うのに。」 と、目を遠くに泳がせ始めたサンシャイン。「そうだのう、丁度アシュラマンのように・・・。」そんなヘッドの姿を見ていた レックスは、「・・・ヘッドのこれは一生治らねーんだろうな・・・」と呟いて溜息を吐く。「トリップしちまってるな、爺さん。 おい爬虫類、そのアシュラマンさんってのは爺さんの何なんだ?」マルスはレックスに尋ねた。「ヘッドの現役時代、 タッグパートナーだった悪魔超人のエリートだとさ。魔界の王子で三面六臂、技は竜巻地獄と阿修羅バスターで、身長203cm体重200kg・・・」 「ち、ちょっと待て。何故君はそんなに詳しいんだ?」今度は面食らったケビンが尋ねる。「いやでも覚えるわな・・・ナイトメアズ 専用練習場には、アシュラマンのポスターとか写真とかプロフィールとかが張り巡らされてんだから。」とレックス。ケビンと マルスを見て、「ヘッドの私室はもっと凄い。ポスターやブロマイドどころか、枕やクッションやぬいぐるみにTシャツもあるぜ。 人前じゃ絶対着ねぇけどよ。」「・・・・アシュラマンさんの大FANってことかよ。」何故か、憮然とした声を出すマルス。 「と言うより、人生かけて執着しとるわな。」 レックスキングは"やれやれ"のジェスチャーを取った。 V.花崗岩的な狂乱 dMpで見た意外な事実がケビンマスクに及ぼした影響。サンシャインやレックスキングの行為に共感を覚えたわけではなかったが、 気付けばケビンはマルスの言動をメモに取るようになっていた。それは彼を知りたいという欲求だったのか。dMpでも異質な 雰囲気を持っていた、マルスの不可解さを理解したいということだったのか。メモの内容はどんどん増え、今ではdMp支給の ノートパソコンを使うまでになっていた。 「・・・・お前らって・・・・・」話を聞いていたジェイドが、呆れたように呟いた。 「dMpに資金を提供していたのが・・・人間だったとはな。」とクリオネマン。 「・・・ところで小腹がすきました。あそこに飲食店がありますね・・・こういう場合は何を食べるものなのですか?ケビンマスク。」 チェックメイトが言った。「・・・それは君の好きなものを・・・」「好きなもの、ね。よくわかりませんが行ってきましょう。」 チェックは、ケビンに軽く一礼し店の方に去って行く。 「もうそろそろ、陽が暮れちゃうねー。」ホルスが突然言った。「折角遊園地に来たのに何もしなかったら勿体無いよ、ジェイド!」 と、彼はジェイドに笑いかける。「ツバメもそう思うでしょ?」 「うるせえんだよ、クソガキ。」凄みのある声がホルスに投げかけられた。 「ごまかすんだー。」テーブルに朴杖をつき、ホルスはにこにこと無邪気そのものの笑みを浮かべている。 「自分のみっともないとこ、ジェイドにごまかすんだねー。」くすくすと彼は笑った。 「・・・いいぜ。てめーの望みどおりにしてやろうじゃねぇか、このクソガキが。」マルスは、鳥人ホルスを上から睨みつける。 「行くぞジェイド!」ホルスの手からジェットコースターのチケットを乱暴に奪い取ったマルスは、ずんずんとジェイドに歩み寄ると 右手を掴んだ。「スカー・・・」怪訝な表情を向けるジェイドに、「黙ってついて来い!」と吐き捨てると、マルスはそのまま ジェイドを半ば引きずるようにしてジェットコースター乗り場へと進んで行く。「どういうつもりなんだ、悪行超人マルスは・・・」 気圧されて止める事もできなかったクリオネマンが、誰に言うとも無く呟く。「二人でジェットコースターっつーたら、 おデートになんじゃねーのか? しかし、矢鱈緊迫したムードだよなー。」とデッドシグナルは腕組みしながら言った。 「作戦成功!」ホルスはとびきり楽しそうな笑みを満面に浮かべる。 それから数分後。出発したジェットコースターが、ノンストップの軌道に乗り始めた頃。 「ギャアアアアア!!!」 男の凄まじいまでの悲鳴が、辺りに響き渡った。 「なっ、なんだありゃ!?」「今の声は、まさか・・・!」デッドシグナルとクリオネマンが、仰天してジェットコースターに顔を 向ける。 「おやおや・・・」チェックメイトがくすりと笑った。「見事に期待通りです、ね。」 「やったぁ!!」ホルスがその場で飛び上がる。(するとこれが・・・)見ていたケビンマスクがそう声に出そうとする先に。 「叔父上。」聞いた者が一瞬ヒヤリとするような声色で話し掛ける青年。ホルスの笑顔が一瞬で消えた。 「これが、貴方の目的だったのですか?」シャルロはテーブルに手をついて、ホルスを見やった。 「え・・・」「これだけのために、貴方はこれほどの人数を巻き込んだのですか?」あくまで静かなシャルロの表情。それを見ている ホルスからは、笑顔を浮かべる余裕は消えていた。 「だ・・・だって、大勢居た方が楽しいでしょ?」「貴方は、他人の迷惑ということを考えたことがないのですか?」 「そ・・・そんなこと言ったって、僕別に誰にも迷惑かけてないじゃない! こうなったのもツバメが悪いんじゃないか!僕にあんな 痛い思いさせて!このくらいの仕返しなら可愛いもんでしょっ!」半泣きになりながら抗弁するホルス。 「仕返し? つまり、 キライなジェットコースターに無理矢理乗せて、ギャーギャー悲鳴あげさせることか?」とデッドシグナル。 「というより、衆人環視の中で恥をかかせようということでは・・・。」クリオネマンがデッドに言う。すると横から、 「いい線いってるお言葉ですが。捕捉するなら、ジェイドに重点的に見せ付けて幻滅させよう、ということだと思いますよ。」 チェックメイトがそう言って、笑った。「あ、もうすぐなくなってしまいますね。」彼は右手に持つアイスクリームを見る。 「ジェイドにぃ?」素っ頓狂な声を出すデッド。クリオネマンが顔を顰めた。 「とりあえず、帰りましょう叔父上。話はそれからゆっくりと。」相変らず、静かな口調で言うシャルロ。 「シ・・・シャルロ・・・僕怪我人なんだからね、あんまり乱暴なことしちゃヤだよ?」「貴方次第です。それに体の方は病院ですから 安心でしょう。立ちなさい。」とホルスを立たせたシャルロは、二期生、チェック、ケビンに顔を向け言った。「お騒がせしました、 皆さん。叔父は私が、ジャネットとネクベトと一緒に連れて帰ります。ジェイドにも宜しく伝えてもらえますか。」 「それは構わないが。」と、クリオネマン。「そのハタ迷惑なガキ、二度とフラフラ迷い出てこれんよーに鎖で繋いどけよ!」 とデッドシグナル。「鎖では駄目かもしれませんが・・・。充分注意します。」シャルロは言う。半泣き状態のままのホルス。 「お前って・・・兄さまの子なのにちっとも優しくないよ!」「叔父上。不本意ですが師父には、こういう所が父に似ていると 言われましたよ。」二人が去って数分後。ジェイドとマルスは、ジェットコースターから降りてきた。 マルスの様子はいつもと変わりが無い。ジェイドは、歩きながらもマルスをまじまじと見つめている。 「どうでしたか、ジェットコースターは?」と、チェックメイトが話し掛けた。ギロリと睨んでマルスは、 「何だあんなもん。」一言吐き捨てる。「"俺には物足りなさ過ぎるぜ"とは言わないのか、マルス。」ケビンマスクが言うと、 「うるせぇよ鉄仮面。」冷たい視線を彼に向けた。ジェイドは、今だマルスをじっと見ている。「・・・何か言いたいことでもあんのかよ、 優等生。」ジェイドを振り向くマルス。 「ジロジロ見られてっと気分が悪くならぁ!言いたい事があるんならさっさと言え!」 「半ばヤケクソ気味と言った所か・・・。」 クリオネマンが言う。「そりゃみっともないよなー、いい年しやがってジェットコースターに乗って"ギャアアアア!!"だもんよ。」 とデッドシグナル。「ぶっ殺すぞてめぇら。」と凄むマルスに、後ろから掛けられた言葉。 「お前って、可愛いとこがあるのな!」 振り向くマルスの目に、微笑むジェイドが映った。 「かっ・・・可愛いだと!? バカにしてんのかジェイド!」赤くなったのをごまかそうとするかのように怒鳴りつけるマルス。 「別にバカにはしてないぜ? かなり意外だったけど・・・ ホントに可愛いなって思った。陰険なだけのヤローかと思ってたけどさ、 そんな所があるなんて親しみが持てるじゃないか?」にこにことしているジェイド。半分きょとんとした表情でジェイドを見るマルス。 (そう言や・・・こいつが俺にこんな顔するなんぞ、これが初めてじゃねぇか?) 一秒か・・・それとも、その一秒はとてつもなく長い時間か・・・二人は向き合っていた。「・・・フン! うるせぇよ!」マルスは、 くるりとジェイドに背を向ける。ジェイドは歩み寄ると、「お前、腹減ってないかスカー?俺は何か食いたいけど。」マルスに 声をかけた。「おっ!そういやぁ、折角遊園地に来てるのに立ち話ばっかで何もやってないな!何か食おうぜクリオネ!」 「遊びに来たのではないんだぞ、デッド。 ・・・まぁ、結果的には何をしに来たのかという感じだが・・・。」 「でしたら、アイスクリームでも食べましょうか。私が奢りますよ。」チェックメイトが言った。「奢る?」警戒心と疑惑を露わに する二期生たち。 「そう警戒することはないでしょう。私がもう一つ食べたくなったついでです。ここで販売しているものに毒を混ぜたりしませんよ。 そんなことをする意味もありませんし。」「金持ってんのかお前?」とデッド。「小遣いくらいは持っています。」 答えるチェックメイト。 「悪行超人に奢っていただくなんぞ、滅多にできない経験だぜ、お前ら。」マルスは3人を見てニヤリと笑う。 (面白いことになったな・・・。後でメモに入力しておくか・・・。)と、考えているケビンマスク。 「・・・ま、いっか。ここはリングの上じゃないし。今だけ、"友達気分"でいてもいいんじゃないか?クリオネ、デッド。」 「お友達になんかなりたくねー奴らばっかだけどな。」「ジェイド、お前がそれでいいなら別に・・・。」 彼ら6人がアイスクリームショップに向う道筋。 「まだ寝ているのですか、この人たちは。」チェックメイトは、気絶して芝生に並べられている、3人の一期生に目を留めて言った。 彼らを介抱しているセイウチン。「ま、放っておきましょう。」チェックメイトはそのまま通り過ぎる。ジェイドはセイウチンに 話し掛けた。「セイウチン先輩、俺たちはアイスクリーム食べに行くんですけど・・・一緒に行きませんか?」 「へ?あいす?・・・いや、折角だけど遠慮しとくよ。アニキたち見ててやらんといけないし・・・」 「良かったら、何か買ってきますよ。」にこやかに言葉を続けるジェイド。 「パシリやってやろうってのか? このお人よしが。」そう言うマルスの表情には・・・からかっているのか、それとも。 いつもの冷笑と違う笑みが浮かんでいた。 THE END |