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◆ 理想の牙

〈何度モフカク 棘ガ刺サリ 君ハ泣イテイタ〉

 ケビンマスクは、子供の頃の夢を見た。

 「ケビン」声をかけて来たのはウォーズマンだった。彼は父ロビンマスクの一番弟子であり、今でも時たまロビン家に出入りし、
 ケビンマスクも遊んでもらっていた。今現在、父ロビンマスクは不在である――― 超人幕僚長であり、英国女王の部下であり、
 超人親善大使である父は多忙だ。いつものとおりに。
 「ウォーズマンさん!」ケビンはマスクをつけているので表情はわからない。しかし声は弾んでいた。
 「今日も勉強してるのかい?」「うん。この課題は明日までに片付けなくちゃいけないの。」「家庭教師の組んでいるメニューか。
 ちょっときつくないか?ケビン。」「うん。・・・・ホント言うと、ちょっときついけど・・・でも、頑張らなくちゃいけないから。」
 ウォーズマンは少年を見て言った。「ケビン、気晴らしをしないか?」「え?」「ちょっと息抜きをした方がいい。」「でも、屋敷の
 外に出たら叱られちゃうよ。」「じゃあ、出なければいい。別館に面白いものがあるんだ。ケビンはもう知っているかな?」少年は
 首を振る。「ううん、知らない。」「よし、行こう。鍵は俺が持っているから。」ケビンは目をぱちくりとさせた。「え?どうして
 ウォーズマンさんが鍵を持ってるの?」「ロビンの隙を見て、こっそりと。」
 普段は寡黙で、大人しげな人なのに。ケビンは内心驚いた。彼は時々、わりと大胆なことをする。

 「ウォーズマンさん・・・・これ、何?」ガラスの向こうの巨大で異様な物体を見ながら、ケビンは恐る恐るウォーズマンに尋ねた。
 これは、以前博物館で見たことのある古代生物・マンモスによく似ている。だが決定的に違う。これの手と足は、人間のものだ。
 「それは、古代超人の一派、タスク・マンモスだ。」ウォーズマンはケビンに言う。「古代超人?」ケビンはウォーズマンを見る。
 「ああ。古代超人の中で群を抜いた存在でありながら、自滅の道を辿った一族だ。ほら、見てごらん、ケビン。牙の折れた後が
 あるだろう?」と、ウォーズマンは指を差す。
 ロビン家敷地内の離れにある別館には、ロビンの父、つまりケビンの祖父にあたる人物が収集していた古代生物の化石その他の
 コレクションが納められていた。ウォーズマンは、そこにケビンを連れて来て案内していたのだ。ロビンの長子であるケビンが、
 自分の家の敷地内のコレクションのことも知らされていないというのは・・・。痛ましさを感じるウォーズマン。ロビンも、いくら
 忙しいと言っても、もう少しケビンのことに気を使うべきじゃないのか。彼はそう思っていた。
 「わぁ、ホントだ・・・。どうして折れちゃってるの?」ケビンは重ねて尋ねた。「彼らはね。」ウォーズマンは言う。「強さを求めた
 あまり、自分の思い通りにならないものを身体に組み込んでしまった。そのせいだよ。」わからない、という様子をしていたケビンは、
 ふっと別なガラスケースに目を留めた。「わあ!大きな牙!」少年は駆け寄る。巨大な、折られた痕を残す牙が陳列されていた。
 ケビンの背は越えているだろう。 「それは、地上最後のタスク・マンモスである―――」ウォーズマンの声。「マンモスマンの
 "ビッグ・タスク2"だ。」

 軽いうたた寝から目覚めたケビン。彼が今座るベンチのある公園は、柔らかく暖かな陽の光を浴びている。
 今は遠くなった日の記憶。(あれは、親父の戦勝記念品だったのだろうか。)もう一本の"ビッグ・タスク1"は、キン肉王家に
 保管されているらしい。(・・・ウォーズマンは、あの後何と言っていただろう・・・)
 よく思い出せない。(彼は、今どうしているだろうか。)ふと目を上げると白い建物が映る。超人病院だった。

 ジェイドは、意を決して病室の扉を開けようとしていた。あの事件から・・・・スカーフェイス(マルス)とクリオネマンが戦い、
 スカーが重傷を負わされてから10日が立つ。手術はとりあえず成功したものの、経過は良くない。一進一退の状況が続いている。
 一方のクリオネマンもマルスに右手を砕かれ入院したが、こちらは手術は成功し意識も戻っていた。面会ももうできるのだが、
 会いに行く決心がつかなかった。クリオネの顔を見て、何を言えばいいのかわからなかった。と言うよりも、何を言い出すか自分でも
 わからなくて・・・・正直、それが恐かった。 「オレは今日行ってみるが。」と、今朝訪ねて来たデッドシグナルが言っていた。
 「面会時間と同時に行くから、気が向いたら終わり辺に来いや。是が非でも来いとは言わねーけどな。」

 「・・・・レーラァ・・・・」 あの晩、クリオネマンに盛られた睡眠薬(?)の効果を振り払う為に、ジェイドは自らの膝を『ベルリンの
 赤い雨』で傷つけた。二期生4人が超人病院に辿り着いた時、マルスとクリオネマンはすぐさま手術室に運び込まれ、ジェイドも
 治療室に入れられた。治療中にジェイドは意識を失い――― ベッドで目覚めると、傍らには師匠ブロッケンJrが立っていた。
 「レーラァ」師の顔を見た途端に、ジェイドはポロポロと涙を零していた。みっともないことだと、心で思っても・・・涙を止めることは
 できなかった。

 「俺は、」ジェイドは、夕べの出来事の全てを師匠に告げた。「俺はあの時確かに、クリオネマンを傷つけようとしました・・・・共に
 戦っていくべき仲間を。」涙を拭うジェイド。見つめているブロッケンJr。
 「許せなかった・・・スカーを傷つけたクリオネが、あの時は許せなかった・・・ 正義超人として、クリオネは間違った事をしたわけじゃ
 ないと思っても、許すことができなかったんです・・・!」
 師匠にそう告げ、涙を流しながら、ジェイドが確かに感じていることがあった。 もう、戻れない。
 俺たち4人のヘラクレスファクトリー二期生が、同じ道を歩む事は・・・もう二度とあり得ない。そしてクリオネマンとの間に感じた
 友情の絆も・・・ もう戻る事はない。そんな断絶感があった。ジェイドはその想いも、続けてブロッケンJrに告げる。
 「ジェイド。」ブロッケンJrは口を開いた。「お前の言うとおり、過ぎ去った出来事を取り返すことは誰にもできない。」濡れた瞳で、
 ジェイドは師を見る。「ただ出来るのは、これからどうするのかを考える事。そして、未来を開く為に歩き出すことだけだ。」
 「レーラァ。」「・・・お前は・・・スカーフェイスを愛したことを、後悔しているのか? ジェイド。」ジェイドは、一瞬目を見張った。
 「・・・どうだ?良く考えて、はっきり答えてみろ。」師から目を逸らし、病室の天井を見上げたジェイドは、ややあってブロッケンJrに
 視線を戻し、言った。
 「後悔していません。」瞳の中の、静かだが強い光。「俺にとってあいつは、確かに大切な存在です。貴方と同じように。」静かに、
 弟子を見つめ返しているブロッケンJr。「何故なのか、よくわからない・・・でも、それだけは確かです。」 「では、クリオネマンは
 どうだ。」ブロッケンJrは続ける。
 「・・・・。」押し黙るジェイド。「大切な、友人でした・・・。」「・・・今は、もう違うのか。」「・・・スカーを傷つけたことは許せなくても・・・
 あいつはあいつなりに、正義を守ろうと一生懸命だったんだと思います。でも、これ以上スカーに危害を加えるつもりなら・・・必ず
 止めてみせます。」「・・・ジェイド。彼が守りたかったのは正義ではなく、お前だったのではないかな。」師の言葉に、ジェイドは
 大きく目を見開く。「デッドシグナルから話を聞くと、私にはそう思える。」「・・・。」ジェイドは、師をじっと見つめていた。
 「スカーフェイスがお前を傷つけ、踏みにじった事実を、彼はずっと許せなかったのだろう。そしてお前が、スカーフェイスを愛した
 ことも・・・。」「レーラァ・・・」ジェイドはポツリと言う。
 「・・・俺は、一体どうしたら・・・。」「難しいな。こういうことに、正解はないんだ。」微かに笑みを浮かべるブロッケンJr。
 「だが、そうだな・・・お前の気持ちを偽り無く伝えることが、今は最良かもしれん。」彼は、シーツの外に出ていた弟子の手をとった。
 「"お前は、大切な友人なんだ"と言うことを、クリオネマンに判ってもらうよう努めることがな。」その手を、そっと握り締める。
 「彼がそれをどう受け止めるかはわからん。お前に出来ることは、その時ありのままの彼を受け止めることだ。辛いことになるかも
 しれないが・・・。」「・・・・はい。」師匠の暖かい手を、ジェイドは握り返した。

 一方、病室の中では。
 「グギガッ!何かいい見舞い品にでもありつけるかと思ったが碌なもんがない!人望ないんじゃないのかクリオネ!」と、
 デッドシグナルが騒いでいた。「・・・・デッド。見舞いに来たならそれらしくしたらどうだ!何を我が物顔で長時間居座っている!」
 右腕をギプスに包んだクリオネマンは言った。
 「オレ様はてめーを見舞いに来たんでなく、退屈だからからかいに来ただけだ!」 クリオネマンはデッドを睨むが、もう怒り出す
 気力も無いらしい。「しかしそれもそろそろ飽きた!一発TVでも見るか!」と、デッドシグナルはリモコンに手を伸ばす。
 「・・・貴様、いい加減にしろ。看護婦を呼んで摘み出させるぞ!」ナースコールをしようとしたクリオネだが、その時TVから聞こえて
 きた音声に左手を止める。画面を見ると、映っていたのは超人プロレス中継のようだった。『・・・ここ北海道の網走監獄博物館では、
 ヘラクレスファクトリー一期生キン肉万太郎と、宇宙刑務所より仮出所となっている"ノーリスペクト"NO.1、フォーク・ザ・
 ジャイアントの試合が行われております!只今の時刻から、○○テレビ中継でお送りいたします!』
 「――― さっき、待合室を通った時別なニュースで見たら、対戦相手のフォークリフトってのは、既に警備員をぶっ殺して
 セイウチン先輩を血祭りにあげたんだとさ。そんなヤベー奴、野放しにすんなよな。 お〜お、ボコボコにやられてるぜ、万太郎先輩。」
 テレビ画面を見るクリオネ。 圧倒的な力を持ち、巨体の割にスピードもあるフォークの前に、万太郎は大苦戦を強いられていた。
 それでも立ち上がる彼に、フォークは余裕で嬲るように言葉をかけている。
 『全ての人を幸せにするってんなら――― 』TV画面の中で、フォーク・ザ・ジャイアントは言う。
 『お前が今まで倒した連中はどうだ?』一瞬、フォークを見つめる万太郎。『幸せか?』

 フォーク・ザ・ジャイアントの笑いは、何処か獲物を引き裂く寸前の鮫を連想させた。
 『結局、戦いの後に残るのは幸せなんかじゃない、嫌な遺恨と憎悪だけなんだ。』
 「・・・フーム。言ってることは一理あるな、このノーリスペクトとか言うの。」頬杖をつきながら言うデッドシグナル。「デッド、
 貴様悪行超人に同調するのか。」とクリオネマン。「短絡的にとるなって。実際、ヘタしたら再起不能かあの世行き、な
 ヘビーファイトばっかやってたらそんなもんだろ、普通。大体オレ様はなー、体がひしゃげる程ボコられて、"気持ち良かったー!
 いい試合だったぜー!"なんて言うよーなマゾヒストではないわい!」
 「・・・・そうかもしれんが、そこまで胸をはって言うようなことか。」 「しかしながら、入れ替え戦でアホの万太郎先輩と相対した時、
 オレ様にもわかったことがある!」 「? 何がわかったと言うんだ。」
 「あのキン肉マンU世殿は、試合中まれに"頭でも打ったか?"て言いたくなるよなマトモな台詞吐くよなぁ。オレ様との試合の時も
 いきなり、"ルールは守らなくてはならない大切なものだ。けれど、時にはそれを破ってでも守らなければならないものがある筈だよ・・・"
 と言い出してた。何をほざく、とそん時ゃ思ったぜ。 オレ様は、世の中の不幸はルールを守らないから起こるんだと、ずーっと
 思っててな。」そう言うデッドシグナルを見るクリオネマン。「交通規則を守らないから、車に跳ねられて死ぬ奴がいる。交通規則を
 守らないから、人を死なせたり傷つけたりする奴がいる。法律を守らないから、妊婦や赤ん坊を殺したり、コンテナに詰められて
 衰弱死したり、戦争を起こして死体の山を築いたり・・・人間は、より良く生きるために法律や規則を作ってきたんだ、それをきちんと
 守りさえすれば世界から不幸は消える筈だと、オレ様は論理的に考えてきたワケだ。だから、新世代超人になった暁には、規則を
 守らん奴は徹底的に取り締まる!そう張り切ってたんだが。」デッドシグナルは一息入れた。「しかし、あの時観客は、どっから
 入り込んできたか不明の犬を助ける為に、規則を破った万太郎を支持した。どーゆーことなのか、オレ様なりにあれからいろいろ
 考えた。それプラス、あの夜のお前を見ていて一つの結論が出たわけだ。」
 デッドはクリオネに向き直る。「極端すぎると、正義は簡単に悪行化するってことだな。」

 「・・・・私がそうだと言いたいのか、貴様。」低い声でクリオネマンは言う。
 「ちゅーか、あの晩のお前の遣り口、誰がどう見ても悪行超人だったろーが!薬盛るわ飛び道具使うわ、挙句ジェイドを利用して
 奴の腹をブスッ!!だったもんなー。悪行超人を倒すためなら何やってもいいってんなら、仕舞に愛想つかされて、気付けば
 いつの間にか、こっちが悪行扱いされてました!てなことになりかねんぜ!」「黙れ!正義を遂行するということは、そんな気分だの
 感情だのを超越したことだ!人間達がどう思おうと、我々の使命がそれに左右される必要は全くない!」クリオネマンは言い返した。
 「言ってることはご立派だがなー、クリオネ。」身を乗り出すデッドシグナル。「正直になろうや。お前さんが遂行したかったのは
 正義でなくて、ジェイドから元スカーの悪行超人を追っ払うことだったんだろ?」
 虚を突かれ、一瞬沈黙してデッドシグナルを見るクリオネマン。
 「・・・・何だと?」 「最初から最後まで、ジェイドジェイドって連呼しまくってたじゃねーか。」
 「・・・・貴様。」クリオネマンの声が低められる。「黙って聞いていれば・・・・」
 その時突然、病室のドアが乱暴に開かれた。「ナニ、うざったい話してるんだ!」
 ジェイドが立っていた。二人を軽蔑したような眼差しで見据えている。

 「ホラ、見舞い!」ジェイドは持っていた缶ジュースを、2本デッドシグナルに向けて投げ出す。慌てて受け止めたシグナルは、
 「・・・"しみじみ茶"とピーチのファンタ?? オレ様、茶の方な。」と、もう一本をクリオネのベッド脇のサイドテーブルに置いた。
 「これ、その辺の自販機で買ったヤツだろジェイド?そりゃちょっと安直じゃ・・・」 「うっせーな!」とのジェイドの声に、デッドは
 口を噤んだ。呆然とした様子でクリオネマンはジェイドを見つめている。ジェイドは病室内の椅子を引き寄せどっかと腰を降ろすと、
 自分が持っていた缶ジュースを開けてあおり始めた。「ぷはっ」口を拭うと、「俺がいないとこでうっとおしい話に花咲かせてんなよ、
 お前ら!」と二人を睨む。「ってーと、立ち聞きしてたのか、ジェイド?」とデッドシグナル。「お前ら声がドでかいから聞こえんだよ!」
 怒鳴るジェイド。
 「オラ、クリオネ!」「お・・・おら?」デッドが呆気に取られた声を出す。「キモチの悪い少女マンガごっこに俺を引き込むなよな!
 それと、悪行超人のマルスにも手を出すんじゃねぇ! あいつは俺が片付けるんだ。超人として、男としての意地がかかってるんだから、
 横槍入れるんじゃないぞ!」 「・・・・」クリオネマンは凍りついたようにジェイドを見つめ続けていた。「グギガゴ、ちょっといいか
 ジェイド。」デッドシグナルが言った。「何だ!?」 「ガギ・・・ あの時お前さん、スカーが好きだって告白されてましたけど?」
 「ハハ!」軽く笑うジェイド。「そりゃ、別な意味でな。性格のヒネた悪行超人でも、格闘センスは大したもんだからさ。でも
 それだけだ!いつか必ず、俺が超えてやる。」そこで唐突に立ち上がるジェイド。
 「そのこと忘れるなよ、お前ら!」ジェイドは、後も見ずに病室を出て行った。バタン!とドアが閉まる。
 呆然とした状態で見送っていた二人。「・・・・ムリ見え見えだな。」ポツリとデッドシグナルが言った。
 「・・・ま〜、取り合えずこれでも飲めやクリオネ。」とジュースを指差す。
 「フ・・・・ああいうジェイドを見たのは、入れ替え戦一回戦以来だな・・・」クリオネマンは呟く。
 (・・・・本当に・・・・お前が言ったとおりならいいのにな・・・。)彼はサイドテーブルのジュースに手を伸ばした。

 ジェイドは、廊下のソファに腰を降ろして項垂れていた。ドアの前で二人の会話を聞いて・・・クリオネが本気で怒ったことを察知し、
 ドアを開けて思わず、ファクトリー時代と同じ様に、生意気で高飛車な振る舞いをしていた。あれで果たして、レーラァに言われた
 ように自分の気持ちをクリオネに伝えたことになったかどうかは・・・わからない。今ジェイドの頭を占めていたのは、デッドシグナルの
 言ったことだった。"極端すぎると、正義は簡単に悪行化するってことだな!"それが頭の中に響いている。
 (だったら)拳を握るジェイド。(だったら、『正義』と『悪行』の境目は何なんだ・・・)拳に頭を凭せ掛ける。(スカー。)未だに
 状態が安定せず、絶対安静が続いているマルス。会いに行くことは叶わない。
 今は無性に、彼に会いたかった。声を聞きたかった。聞けば、自分は反発するかもしれない、それでも彼の意見を聞いてみたいと
 思った。(俺は・・・俺は超人として正しくありたい。でもその為にどうしたらいいのかが・・・わからなくなってしまった。 スカー・・・
 あの夜、お前が言っていたように・・・)
 「ジェイド。」師匠ブロッケンJrの声がした。反応して、ジェイドはすぐさま立ち上がる。やって来たブロッケンJrの隣には、1人の
 男がいた。僅かに師より背が高い、迷彩服の上からマントを纏った男。やはり迷彩のマスクをつけている。そこから覗いている目は・・・
 周囲に皺が寄っており、かなりの年齢のようだったが、鋭い、だが同時に穏やかな光が宿っていた。その男が発している強壮さと威厳に、
 ジェイドは一瞬言葉を失った。
 「ソルジャー」ブロッケンJrは言う。「あ、いや、アタル様と呼ぶべきだったかな・・・。」 「好きに呼べばいい。」男は言った。
 「では、ソルジャー。私の弟子のジェイドだ。」ブロッケンはジェイドを指した。
 「ジェイド。彼はキン肉アタルことキン肉マンソルジャー。キン肉星大王キン肉スグルの実兄で、万太郎の伯父にあたる。」ジェイドは
 目を見張った。「何をボケッとしている、挨拶しなさい。」「あ・・・す、すみません、ブロッケンJrの弟子、ジェイドです!」ジェイドは
 頭を下げる。迷彩服の男・ソルジャーは、ジェイドの所まで歩み寄って来た。「よろしく。」深みのある声だった。 頭をあげた
 ジェイドの目を見つめていたソルジャーは言った。「いい目だな。」瞬きするジェイド。「君は、とてもいい目をしている。」男の目が
 微笑んでいた。「将来、大きな仕事ができる者の目だ。」ジェイドに笑いかけたソルジャーは、Jrに言う。「こんないい目をした弟子を
 育て上げたんだ・・・長い目で見て、お前が地球に残ったのは間違いではなかったな、Jr。」 「ありがとう、ソルジャー。」Jrは微笑んだ。
 どことなく寂しげな笑みだった。
 「ジェイド。」ソルジャーは、ジェイドに向き直って言う。「君の仲間のファクトリー第二期卒業生達に、大きな事件が起きた事は
 聞いた。大変な最中悪いのだが、君たちに是非聞いてもらいたい話がある。その上で、協力してもらえるようならお願いしたいんだ。」
 「・・・はい。」その言葉で、それまで以上の真剣な光がジェイドの目に宿った。「ありがとう。」ソルジャーは再び微笑んだ。
 「今、私の相棒が情報収集に出ている。直戻る筈だから、それまで状況を説明しておこう。」
 その時、微かな風が起こった。振り向いたジェイドは突如現れた人影に、思わず身構え右手を構える。緊急事態となれば、
 『ベルリンの赤い雨』を発動させる気でいた。
 そこに現れたのは、紺の忍び装束を纏った男だった。おそらく50代だろうが、若い時分かなりの美形だったろう面影は窺える。
 「ほほう。良い反応だ。10数年前なら、拙者たちの超人警察特別警備隊にスカウトした所だが、惜しかったな。」彼はニヤリと笑った。
 「Jrの大切な弟子を横取りすることになってしまったろうが。」 「早かったな、ザ・ニンジャ。」ソルジャーは言いながら、そっと
 ジェイドの手を抑える。ジェイドは右手を下ろし、現れた関係者らしい男を見据えた。
 「で、どうだった。」「やはり、ロビン家から"ビッグ・タスク2"は消えていた。雇い人が数名、犠牲になっている。」ザ・ニンジャと
 呼ばれた男は言った。

 「・・・・マンモスマンが・・・・復活するかもしれんと言うのか。」Jrは信じられないという表情だった。
 クリオネマンの病室に椅子を数脚持ち込み、ソルジャーとザ・ニンジャは、Jrと三人の二期生に話し始めた。キン肉万太郎が
 キン肉星王家のマッスルガム宮殿に戻り、真の正義超人となるために三人の凶悪犯"ノーリスペクト"との戦いの試練を開始したのと時を
 同じくして、宮殿の一角に作られた展示室に安置されていたマンモスマンの"ビッグ・タスク"が姿を消した。この"ビッグ・タスク"は
 2本存在し、王位争奪戦終了後、戦勝記念品として一本はキン肉星のマッスルガム宮殿に、もう一本はマンモスマンを倒した当人である、
 伝説超人ロビンマスクの屋敷に保管されていた。マッスルガム宮殿では、収納されていたケースは破壊され、警備に当たっていた
 兵士数人が"消滅"していた。「あの、質問いいですか。」とデッドシグナルが片手をあげる。「何かな?」とソルジャー。「消滅って
 どういうことですか。」「現場に残っていたのは彼らの纏っていた衣服と鎧だけで、遺体はどこからも発見されなかった。」「・・・・。」
 「ロビン家の状況も酷似している。」とザ・ニンジャ。「大昔、マンモスマンが氷山に閉じ込められていた時、彼奴は"ビッグ・タスク"で
 近付いた動物や人間(超人も含まれていたかもしれんが)を襲い、養分を全て吸収していたそうだ。おそらく、宮殿の兵士もロビン家の
 家人も、"ビッグ・タスク"の犠牲になって消滅したのであろう。」
 「とんでもない象牙ですね、それ。」デッドシグナルは言う。ニンジャは軽く笑った。「持ち主のマンモスマンはさらにとんでもないぞ。
 彼奴はこれまで地球に存在した超人のうち、確認された限り最大の『7800万』という超人強度を持っていた。数値的には、キン肉族の
 『火事場のクソ力』(K.K.D)をも超えている。」 「7800万・・・確かに、聞いたこともない数値だ。」ベッドに上体を起こしている
 クリオネマンが呟く。ジェイドは話を聞きながら、先程ソルジャー達から聞いた"マンモスマン"に関する説明を心で反芻していた。
 ――― 伝説超人時代、キン肉星の王子を名乗る6人の超人が争った王位争奪戦。その中でキン肉スグルの最大の敵となった、
 キン肉マンスーパーフェニックス率いる『知性チーム』の副将格がマンモスマンだった。最初に当たったキン肉マンビッグボディチーム
 を殆ど1人で壊滅させ、次に当たったキン肉マンソルジャー(キン肉アタル)率いる『超人血盟軍』も、非常な苦戦を強いられたのだ
 そうだ。当時の超人界最大のパワーファイター・バッファローマンさえも、マンモスマンの前には力負けしていたと言う。
 (・・・あのバッファローマン先生が・・・)決勝戦でもマンモスマンは、キン肉スグルチームを散々苦しめたが、試合中の負傷が元で大将
 スーパーフェニックスに見限られ、それを契機に"超人として正々堂々と戦う"ことに目覚め、ロビンマスクと戦い敗れていったと言う。
 (・・・レーラァは、今まで話してくださらなかったが)ジェイドは、押し黙っている師匠ブロッケンJrをちらと見た。
 (このソルジャーという方が率いる血盟軍にいた時・・・そいつと戦ったのだろうか。)
 「"ビッグ・タスク"が、何者かに持ち去られた可能性は否定できないが、マッスルガム宮殿でもロビン家でも、不審人物は目撃されて
 いない。"ビッグ・タスク"がマンモスマン専用の『生きている武器』であることを考え合わせても、おそらくマンモスマンが地球で
 復活を遂げようとしている、と見ていいだろう。奴は地球で生まれ育った超人だからな。」ソルジャーは言った。「既に数名の犠牲者が
 出ていることから見て、彼奴の目的は己の超人強度分のパワーの吸収にあると思われる。」ザ・ニンジャが続ける。「・・・それだけの
 パワーを集めるとなると・・・地球の超人たち、ヘタをすれば人間たちにも多大な被害が出るだろうな・・・。で、ソルジャー。ジェイド達に
 どんな協力をさせようと言うんだ?」ブロッケンJrが口を開いた。
 「私は、マッスルガムから"ビッグ・タスク"が消えた後、超人警察特別警備隊時代の元の部下や仲間に連絡を取り、"ビッグ・タスク"の
 活動を封じるためのアイテムを、地球に運んでくれるよう依頼した。彼らが地球に到着するまでは大丈夫だろうが、着いた途端
 "ビッグ・タスク"に察知されて、危害を加えられる恐れがある。」ソルジャーは、ジェイド達を見た。「そこで君たちには我々の補佐と
 して、彼らの護衛を手伝ってもらいたいんだ。」ジェイドが返事をしようとした時、「だが、今二期生で動けるのはジェイドと
 デッドシグナルだけだ。ヘラクレスファクトリーや超人委員会に依頼した方がいいのではないか?」とブロッケンJrが言う。
 ソルジャーはJrに目を向け、「ファクトリーに依頼しても、到着までに数日かかる。委員会には、戦闘能力に長けた超人は少ない。
 日本各地に散らばるファクトリーの一期生たちも、担当地域の防衛で手一杯だ。私の甥は、ノーリスペクトと戦闘の真っ最中だしな・・・。」
 と言い、笑ったようだった。
 「あの、・・・キン肉アタル様。」ジェイドは声をかけた。「"ソルジャー"でいい、ジェイド。」彼は言う。「では、ソルジャー。
 そういうことなら、是非お手伝いさせてください。」「オレも行きます。」ジェイドとデッドシグナルは続けて言った。ベッドの上で、
 それを、見て辛そうに右手のギプスを抑えるクリオネマン。ジェイドは彼の前に出ると語りかけた。「お前の分まで頑張るから。
 その腕、早く治すことを考えてくれ。」
 クリオネマンは、目をあげてジェイドを見る。微笑がその顔に浮かんだ。
 再び、ソルジャーに顔を向けて指示を待つジェイドの脳裏に、(スカー。)ふと一つの想いが過った。(もし奴がここにいてこの話を
 聞いたら、どうしただろう。)

 (これは・・・・夢、か。)今見ている光景は夢だと、マルスは自覚していた。夕日が見える。真っ赤な空も。空がこれほど大きく見える
 のは・・・ここが空中だからだ。何故だ? リングのロープが見える。そのロープに凭れ掛かり、喘いでいるらしい若い男が見える。
 (・・・ジェイド、か?)いや、違う。よく似ているが・・・あの軍帽。(ブロッケンJr? 随分若いな・・・ホント、ジェイドによく似てやがる
 じゃねぇか。)含み笑いをしたいような気分になる。だが次の瞬間。『どうしたってんだ!?』妙に耳障りな響きのある声がした。
 金属を擦り合わせるような不快感を感じさせる声。『さっきまで、あんなに威勢がよかったってぇのに。』全身ガラス張りの超人が、
 喘ぐ若きJrの真後ろに立っていた。その全身は、大小様々のプリズムで構成されている。(・・・あの交通標識よか、ボディの厚い奴だな。)
 『まるで死にかけの病人じゃねぇか!』そう言ったガラス張りの超人の後ろから、別な声がした。『そうか・・・プリズマンよ、我ら超人の
 肉体は人間のそれに比較して数倍強靭だ。』と起き上がってきたのは、キン肉万太郎と似たようなマスクを着けているらしい男。
 『ブロッケンJrが超人の肉体時に受けたダメージが、超人より虚弱な人間の肉体に変化することによって増大したようだ。』男は、
 ニヤリと笑みを浮かべた。危険で邪悪な・・・触れるもの全て汚さずにはおれないような、その男の目にはそんな光があった。
 『人間化したことが、仇となったようだな。』
 (・・・・。)その時そのリングに地響きが轟く。『フェニックス様!』との呼びかけに、男は顔を向ける。
 (何だ?)リングロープをかき分けて、乗り込んできた大男。毛むくじゃらの毛皮、象のような長い鼻、太く浅黒い二の腕、そして
 巨大な、カーブを描く2本の牙(タスク)。
 『我々は普段、超人ばかりを痛めつけておりますが、』その大男はそのリングに仁王立ちになった。『たまには脆弱な人間を嬲り殺しに
 するのも良いかと。』正に象のような姿だった。『フフフ・・・一興だな、マンモスマン。』フェニックスと呼ばれた男は笑った。
 (・・・胸クソ悪い。)もう碌に動く事もできないらしい、満身創痍のブロッケンJrを取り囲む三人の超人を見ながらマルスは思う。
 (・・・別に、負けた奴に何をしようが勝手だが、三人でよってたかる必要がどこにある? どいつもこいつも、でけぇ図体しやがって・・・)
 象のような大男の背中が見えた。その時、"マンモスマン"と呼ばれた超人が振り向いた。
 彼は、ニヤリと笑った。
 確かに、マルスに向って笑った。
 (・・・・これは、てめぇの夢か。象モドキ。)睨み返す為、"目"に力を込めるマルス。
 (・・・・いや。・・・てめぇの記憶か。)

 次の瞬間、マルスは覚醒した。

 続劇