「もう調子は、いいのか?」 セイウチンは円らな瞳をクリクリさせて、ベッドに身を起こしている目の前の超人に尋ねた。 憮然とした様子で、クリオネマンは言う。 「・・・先輩、見舞いに来てくださるのはありがたいんですがね・・・これは嫌がらせですか?」 セイウチンがアイスクーラーに入れて持ってきた見舞い品は、ナマの鮭一本だった。 「いやぁ、これはおがぁが持ってきてくれた本場もんで・・・お前さんも海の超人だから、精をつけるのにいいんじゃないかと・・・ スマン、嫌がらせに見えたか?」 本気で気にしているらしいセイウチンを見ると、流石にクリオネマンもそれ以上は言えなかった。 「・・・で、何故貴方一人が見舞いに来たんです?北海道防衛はいいんですか?」 「あ? い、いやあ今日は非番なんだ・・・あ、いやその、今日んとこはガゼルに代わってもらって、ワシはこの後東京の防衛に・・・」 しどろもどろな物言いに、クリオネは露骨に怪しいと言わんばかりの目付きをしてみせる。 「では、この一週間の防衛結果を私に報告してみてください。民間人から悪行超人関係の通報はありましたか? 北海道なら 海路侵入の可能性も増えますから、海上保安庁との連絡も、当然とっていないといけませんね?委員会に報告できるよう、 書類は作成済みですか?それから・・・」 「ち、ちょっと待った!お前何でそんなに細かいことを・・・」 「・・・先輩、貴方まだ東京にいるんですね!後の連中も一緒なんでしょう!まだ遊び呆けているんですか!!」 「い、いやそっただことは・・・」 「なめないでください。我々二期生は交代要員として派遣される予定だったんです。駐屯超人となった場合どんな任務があるか ぐらい、一通り教わりましたよ! 貴方もそうだったでしょうが!どうやら完全に忘れているようですね?」 「べ、別に忘れてるわけじゃ・・・」 語気を荒げていたクリオネは、そこで一息ついた。 「・・・まあ、貴方のことですから、実質ガゼルマンに代わって東京都民を非行だの交通事故だのから守るというちっぽけな・・・ いや、地道な草の根活動を続けているのでしょう。しかし他の連中は・・・今回の件でも、結局何も変わらなかったようですね?」 「そ、それは・・・」 クリオネの目に、冷厳な光が宿っている。 「そういうことなら、私は奴等を許してはおけません。弛んでいるとかいうレベルではない、既に正義超人として有罪です! 私も、もうそろそろ動けるようになりましたからね。例え超人委員会が許そうが許すまいが、正義超人として連中に鉄槌を下しに 行きます!」 (ヤバい・・・こいつだったら本当にやる。マンタロー兄貴達が危ない!)とセイウチンが焦っていたその時、 「クリオネ―――――――!!!」 甲高い声と共に、病室のドアが思い切りよく開かれた。 ガンッッ!!! と、勢いあまってドアの天辺に標識の頭を激突させたのはデッドシグナルである。 「デッド・・・もう少し静かに入ってこれんのか? 病院で騒ぐなというのは基本的な規則だろうが。」 「それどころじゃない!!」 何より規則に厳しいデッドシグナルの意外な言い草に、クリオネは目を丸くする。 「ジェイドが! ジェイドがスカーフェ・・・・いや、悪行超人マルスの野郎に拉致された!」 「なっ!何だとぉ!!」 その数分後。ケビンマスクは超人病院の前に立ち、建物を見上げていた。 ヘラクレスファクトリー一期生・二期生入れ替え戦の負傷者たちは、全員この病院に収容され手当てを受けている。 (奴は・・・果たして大人しく治療を受けているのか。) 入れ替え戦決勝で、キン肉万太郎の勝利を、そしてかつての仲間・マルスの敗北を見届けその場から姿を消したケビンだが、 二つのことが気懸りでこの超人病院にやって来たのだった。 一つはマルスの動向。そしてもう一つは・・・ 「・・・! ケビンマスク。」 声をかけられケビンは振り向いた。コートを着込んだレジェ伝説ンド超人の一人、ジェイドの師匠ブロッケンJrが立っていた。 「一匹狼のお前でも、元の仲間が心配か。」 「・・・別に、俺は奴を心配しているわけじゃない。また何かしでかすかもしれんと思っているだけだ。」 「なるほど。」 「ブロッケンJr・・・ 貴方の弟子は、順調に回復しているのか?」 「ジェイドか? ふふ、何故お前が奴のことを心配するんだ?」 「それは・・・」鉄仮面の青年は、僅かに顔を伏せる。 「・・・決勝戦の時、ミートに言われた。俺が超人委員会にマルスを拿捕させなくても、奴が悪行超人である以上正義超人に 攻撃を仕掛けただろう、早いか遅いかだけの違いだったと。それはそうかもしれない・・・だが、少なくとも貴方の弟子が あれほど傷つくことはなかった・・・。」 ブロッケンJrの脳裏に、意識を取り戻してからのジェイドが過った。 食事には全く手をつけようとせず、夜も殆ど眠っていないようだ。そして師匠の彼が病室を訪れる度、顔を伏せ一度も 目を合わせようとはしない。時々搾り出すような声で、彼への謝罪を口にする。 「・・・レーラー師匠・・・ごめんなさい・・・」 敗れた自分は師匠の期待に添えなかった。そう思い込んで、ジェイドは自分を責め続け、自分を痛めつけ続けている。 幼い日から、ジェイドを我が子のように思っていた肉屋を営むヘルガ夫妻も、そんなジェイドに心を痛め、 何とか元気を取り戻させようと努力してくれている。 だがジェイドは二人の心遣いに感謝を示しても、一向に自分から回復しようとはしなかった。 今ジェイドは、栄養点滴で何とか体を維持している状態だ。 体の傷よりも深く残っている心の傷。・・・しかし、その有様も、この青年に責任があるわけではない。 「・・・それで、ジェイドを見舞いに来てくれたのか? お前のような経験豊かな超人と話ができれば、奴にはいい刺激になるだろう。」 ブロッケンJrは病院へと入って行き、少し後ろからケビンが続いた。 「ブロッケンJrさん!」 ロビーに入った時、肉屋のヘルガ夫妻が駆け寄ってきた。ヘルガはJrに飛びつかんばかりの勢いだ。彼女の目に涙が浮かんでいる。 「どうして・・・どうしてずっとボウヤと一緒にいてくれなかったの! 一緒にいてさえくれたら、こんなことには・・・・!!」 「ヘルガさん!?」 「落ち着くんだ、ヘルガ!」彼女の夫が、後ろから彼女を抱きかかえJrから引き離す。 「・・・一体、どうしたんですか・・・」 「Jrさん・・・ ジェイドが・・・ジェイドがあの悪行超人に拐されたらしいんです・・・!」 「!」Jrとケビンが、同時に反応した。 「奴は昨日病室からいなくなって、病院関係者が探しても見つからなかったらしいんですが、今日看護婦がジェイドの病室に 行くと、ジェイドはいなくなって、窓が破壊されていて・・・壁一面に"dMp"とペイントされていて・・・・」 ヘルガが号泣した。「どうして・・・・! 何でボウヤばっかり、こんな酷い目に・・・!」 ケビンが呟く。「・・・何故奴がそんなマネを・・・?」 その時、彼らの所にやって来たのはセイウチンだった。 ブロッケンJrの前に来ると、ぺこりと頭を下げる。 「君は。」 「ヘラクレスファクトリー第一期卒業生、北海道防衛担当のセイウチンといいます。レジェ伝説ンド超人ブロッケンJrさん、 ジェイドの身に起きた事は聞かれたと思いますが・・・ つい先程、二期生の二人クリオネマンとデッドシグナルが、ジェイドと 悪行超人マルスを追って飛び出していきました。」 「彼らが・・・。」 「無茶なことを・・・!手負いとはいえ動けるまでに回復しているのなら、マルスは相当手強い・・・ 超人警察に任せておけば いいものを。」そう言うケビンに顔を向けるセイウチン。 「ワシもそう言いました。二人とも完全に治ってないんだからと止めたんです。でも、二人とも聞かなかった。 デッドシグナルがワシにこれを投げつけていったんですが・・・」 と、差し出したのはデッドシグナルが必殺技「トラフィック交通サイン標識」で使用するカードの一枚らしかった。 青地に白く、少年と少女が手を繋いで歩んでいる簡略な絵の表示がされている。「? これは・・・」 「日本では、通学路を示す標識ですね。・・・戦いで何の役に立つんだか?」 セイウチンがそれを翳すと、カードに変化が現れた。「あ!道路地図!点が移動してる・・・これ、追跡用のカードなのか! 本来の意味と随分違うなぁ。」 「し、しかし・・・ だとしても、彼らにはマルスがどこへ逃げたか見当もつかないだろう。昨夜のうちに逃亡したのだとすれば、 今頃かなり遠くに行っている可能性が高い・・・」そこまでケビンが言った時、セイウチンが声をあげた。 「あ! ワシもそう言ったら"オレ様になら突き止められる!"って、デッドシグナルは言ってました。でもJrさん、 二人とも怪我してるから、かなり危ないとワシは思うんです・・・」 「俺に行け、と言うことか・・・。言われるまでもない。感謝するぞ、セイウチン。」 Jrは、ヘルガ夫妻に語りかける。「ジェイドは、必ず連れ戻します。」 セイウチンからシグナルのカードを受け取ると、Jrは足早に病院を出る。ケビンマスクも後に続いた。 (全く・・・・間の抜けた話だぜ。この俺が。) 風が森を渡っていった。 (大して病院から離れてねぇし・・・。直に、超人警察だの何だのがわらわらやって来るだろう。こいつを抱えてだと、 ちと面倒なことになるな。・・・)マルスは膝の上に、ジェイドの頭を乗せていた。熱は大分落ち着いたようだ。片目を覆っていた 眼帯と包帯は、マルスの手で解かれ、僅かな傷痕を見せている。 (ま、この坊やが発熱しても無理はねぇか。怪我人の上、寝てない食ってない、で夕べのアレじゃ・・・。弱りきってるから、 扱いやすかったがな。) 「俺と一緒に来い。」そのマルスの言葉に、何も言わずにジェイドは従った。少なくともそう見えた。 彼は、その名のとおり翡翠の色をした衣装を再び身に纏った。そしてその場に膝をついたのである。 「おい。」肩に手をかけ、額に手を当てる。高熱を持っているのを知って、「全く・・・仕方ねぇ。また出直してやるよ。」 と去ろうとした。 「・・・待て、スカー・・・・。」ジェイドはマルスの手を握った。「頼む、今連れていってくれ・・・」喘ぎながら「頼む・・・・。」 と繰り返すジェイド。 釈然としなかったが、そう言うのなら、と病室の窓を破ってジェイドを連れ出した。 (フン・・・・師匠にあわす顔がなかったんだろうよ。) ジェイドは病室を出る前、師匠ブロッケンJrとの絆の象徴である髑髏の徽章を、 しばらく見つめてから、ベッド脇の机に置いた。悲痛な瞳をしながら。 「ジェイド。まずは体調を整えるこったな。俺たちdMpの悪行超人も何よりそれに気を付けたし、お前ら正義超人だって それはご同様だったろ。」 ジェイドは、澄み切った瞳でマルスを見た。彼は、病院を出てから一言も発していない。 「・・・体力のない超人なんぞ、最低だぜ。」 鳥の鳴き声が聞こえてくる。 「大体てめぇのせいで、予定より大分もたつくことになっちまったんだからな。面倒な連中に見つけられる可能性が高くなった ワケだ。 ・・・!」 人間ではまず考えられないスピードで、何者かが近づく気配をマルスは感じ取る。 木々の茂みから、クリオネマンとデッドシグナルの二人が姿を現した。 「フ・・・だから言わんこっちゃねえ。」 「クリオネ・・・デッド・・・」二人を見て、ジェイドはポツリと呟いた。 マルスは膝の上に乗せていたジェイドの頭を、草の上に横たえると立ち上がる。 「貴様・・・・」身構えるクリオネマン。デッドシグナルも、戦闘態勢を整えているようだ。 「しかしお前ら、よく俺たちがここだとわかったな?」 「なめるな、悪行超人が! このデッドシグナルは、探索能力にも長けた超人なのよ! 予め特定相手の情報を入手しておけば、 道路・標識のある所なら、いや、交通に関係している所なら完璧に足跡を追跡できる!そういう所を避けていれば、 "通っていない"という情報からそれ以外の場所を推測することも可能だ!」 「ほう。そういうことなら、やはり物質系連中のオハコのようだな。うっかりしてたぜ。」 「ジェイドを返してもらうぞ、悪行超人!」クリオネマンが、マルスを睨みつけ叫ぶ。 「グフフ・・・ お前ら、包帯も取れてない体で俺と戦うつもりか?」ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるマルス。 「・・・駄目だ・・・二人とも・・・」身を起こしたジェイドが、擦れた声で呼びかけた。 「必ず助けてやるから、安心しろジェイド!こっちを向け、悪行超人マルス!」とデッドシグナル。 「ん? 言われなくても向いてるだろうが。」とマルスが言った瞬間、 「トラフィック交通サイン標識、禁じ手! 進行停止!」デッドの『止まれ』と書かれた標識型の顔面が赤く輝いた。 「な、何っ?」マルスの体が、そのままで硬直した。 「ぐっ・・・」顔面の筋肉は動かせるらしく、マルスは体を動かそうと努力しているようだが、根の生えたように動かない。 それを見て、デッドシグナルはどことなく満足そうだった。 「―― レジェ伝説ンド超人キン肉スグルがかつて王位を賭けて闘った時、対戦相手の中に『ミスターVTR』なる、 オレ様同様相手の動きを操作する技を使う超人がいたそうだ・・・ この禁じ手はそいつの技と似ているようだが、 大きな相違点がある。一度掛けたら、術者の俺にも解除はできんのよ!」 マルスはデッドシグナルを睨みつけた。 「安心しろ、悪行超人。解除の方法は至って簡単だ・・・。食らった奴にたった一撃、攻撃を加えれば途端に動けるようになる。 つまり、いつまでも止めておいていたぶり続けることはできんのだが・・・ 一撃ってのが結構曲者だな。 かすり傷やタンコブ程度のダメージでも、致命傷でも即死でも、一撃なことには違いない! これで貴様の命運も尽きたわけだ!」 と、マルスを指差すデッドシグナル。「ちっ・・・」マルスは苦々しげに顔を歪めた。 「この技さえ使えば、どんな強大な相手だろうとKOできる。正にこのデッドシグナル究極の技!だが俺も正義超人。 この技は余程の危急の場合にしか使わんと決めて禁じ手とした、リングの上でどんなピンチになろうとも使ったことはない! 今がその危急の場合だ! 貴様は悪行超人の分際で正義超人と偽り我々を欺き、ジェイドを再起不能の一歩手前にまで 追い込んだ! 一撃で死なせてやるには重過ぎる罪だぜ!」そこまで熱弁を振るうと、デッドは振り向いた。 その間にクリオネは、ジェイドを抱き起こし連れてきていた。 「俺もこいつを八つ裂きにしてやりたいんだがな・・・ おっと、一撃ぽっちじゃ不可能か・・・こいつの始末は、 お前らに譲ってやるぜ。」と、デッドシグナルは二人の所に戻ってくる。 「わかった、デッド。」クリオネはそう言うと、ジェイドの肩を支えつつマルスの前まで歩み寄った。 「・・・・私も、あらん限りの手管で貴様を殺してやりたい・・・! 貴様は、」 クリオネは、凄まじい憎悪を込めてマルスを睨みつける。 「貴様はジェイドを抜け殻にした・・・・!」 マルスはクリオネを見て笑う。 (フフ・・・ そう言やぁこいつ、万太郎に負けた時ジェイドとの友情とやらに目覚めたんだっけな。じゃあどう思うだろうな、 夕べ俺がこいつに何をしたか聞いたら・・・。) しかし、流石に今の状況で告げるのは愚策である。 クリオネはジェイドの右肩にそっと手をかけた。 「ジェイド、右腕は・・・動かせるか?」 クリオネを見て、こくりと頷くジェイド。 「ベルリンの赤い雨は、使えそうか?」「・・・ああ。」 「そうか。 ・・・決着は、お前の手でつけるがいい。」 そう言って、クリオネは一人マルスの前から離れた。 ジェイドは、マルスの正面に立つ。手刀を構える。マルスを見据えて、小声で呟いた。 「・・・スカー。」 クリオネマンとデッドシグナルが見守る前で、 ジェイドは、右手を振り翳した。 続劇 |