SCAR FACE SITE

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◆ 生贄探ス、ヨル。

 「おもしろかったぜ。」
 横浜・シーパラダイス遊園地のループコースターで散々騒いだ後、元dMp(デーモンプラント)構成員のマルスこと
  スカーフェイスはそう言い放った。
 恐怖を感じながら絶叫マシーンを体験した人は覚えがあるだろうが、動揺していると細かいことは気にならなくなるものだ。
 マルスの場合も、職員に変装したケビンマスクのことに気付いたのは、ループコースターを後にしてからだった。
 「あいつ、もしかして! ・・・・フン、あの甘ちゃん仮面がどういうつもりだろうと、この俺に滅多な手出しはできないに
 決まってるさ。助けてやった、あのことがあるんだからな。さてと、今はとりあえず・・・・」

 先のdMp壊滅により、仲間をほぼ全て失ったマルス。dMp再興を誓った彼は、スカーフェイスと名乗った。そしてdMpを
 壊滅させた正義超人たちの養成施設・ヘラクレスファクトリーに潜入し、第二期卒業生となったのである。
 (ハン。以前仲間の一人アナコンダも言ってたようだが、正義超人ってのは実にチェックの甘い連中だな。
 倫理だの歴史だの、聞いちゃいられねぇから居眠りこいてても誰も何も言いやがらん、俺がセオリー原則とやらを守らなくても
 お咎めなしときたもんだ。ホント、バカな連中だぜ。グフフフ。)
 まんまと悪行超人の正体を隠して、一期生・二期生入れ替え戦のメンバーとなったマルスの最初の目的は、正義超人の
 内部切り崩しにあった。
 (一期生どもは、殆どトーシロ並みのどうってこともねぇガキばかりだ。二期生の方は・・・悪行超人になっても充分通用しそうな
 奴らだな。結構なことだぜ。あいつを除けば・・・ジェイド。)

 ファクトリーに居た頃、ドイツ出身の少年超人ジェイドは、「俺は何でもNO,1が好きなんだ。」と公言していた。
 その言葉どおり、彼は二期生中主席として卒業した。ただ最終試験であるレジェ伝説ンド超人との手合わせは、タイムこそ
 デッドシグナルの3分KOには及ばなかった。しかし相手がレジェ伝説ンド超人でもトップクラスのバッファローマンであったことを
 考えると、5分KOは相当なものであると言えよう。
 そしてジェイドは、入れ替え戦第一戦で一期生の主席・ガゼルマンを7分13秒でKOし勝ち進んだ。
 彼は直にスカーフェイスと名乗るマルスと、決勝進出をかけて戦うことになっている。

 (ファクトリーに居た頃は、単なる目立ちたがり屋の坊やと思ってたんだがな。)
 ジェイドが違う一面を見せたのは、マルスが第一戦でテリー・ザ・キッドと戦った時のことだった。
 (あのファザコン超人、会うなり俺をデクの棒呼ばわりしやがったから、身の程思い知らせてやっただけだ。
 なのにあの優等生クンときたら。)
 「醜い行為だぞ、スカー。」
 KOされたキッドにストンピングを連打するマルスを、タックルで制止したジェイドはそう言った。
 (まぁ、ファクトリーのセオリー原則をマニュアルどおり守ろうとしてる辺りで、
 全く実戦経験がないってのはわかった。それにしても、殺し合いをスポーツとでも勘違いしてるんじゃねぇのか?)
 「違う、超人レスラー同士の戦いはそんな薄っぺらなもんじゃない・・・!」
 ジェイドは頑なに主張した。そしてマルスを正面から見据えていた。
 (そう堅苦しく考えるなよ、ジェイド。強けりゃ勝つ、弱けりゃ負ける、それだけのことだ。
 大体お前が思ってるほど、超人てのは崇高なわけじゃねぇんだ。はっきり言やぁ、ただの戦闘狂の集団だ。
 正義超人どもは、それに人類を守るとかいう大義名分をくっつけて自己満足してるだけのことじゃねぇか。
 ま、好きにするさ。俺は人間どもがどうなろうと、知ったことじゃねえがな。)
 マルスは、陽を浴びて輝く横浜の海を眺めていた。
 (そういやdMpは地下にあったし、修行場も殺風景な所ばかりだったな。完璧超人ヘッド首領あたりは、正義超人と人類を
 撲滅すれば、地球は我等のものだとよく言ってたが。)
 仮にとは言え、今自分は正義超人の一員として、文字通り陽の当たる場所にいる。
 「グフフ・・・」
 マルスは、目立たぬよう軽く肩を揺すって笑っていた。

 「スカー。」
 「おう。」
 マルスはやって来たジェイドの方に顔を向ける。
 「もうすぐクリオネと万太郎の試合が始まるぞ。」
 「テメェに言われるまでもねえ。」
 (とりあえず、この入れ替え戦を制して日本駐屯の権利を勝ち取る。様子を見ながら、二期生を洗脳し一期生で邪魔そうなのを
 暗殺して、まずは日本を俺の手中に収めてやるさ。・・・さしずめ二期生の中で最も洗脳の必要がありそうなのは、この優等生だな。)
 「スカー、お前はこの遊園地で何をしていたんだ?」ジェイドが尋ねた。
 「ここの職員が、自慢の絶叫マシーンに乗ってもらいたいってんで行ってきただけだ。俺にはてんで刺激が足りなかったがな。」
 「そうか・・・」ジェイドは潮風に目を細めた。
 「なあスカー。一つ聞いていいか?お前は何故、姿を変えてヘラクレスファクトリーに入ってきた?」
 「フン。」
 (それを知ったら、お前はどんな顔をするかな。)
 「そんなことよりジェイド。この準決勝直前に慌てて俄か特訓なぞしたのは、俺を恐れてのことなんだろう?」
 ジェイドは不敵に笑った。「お前を倒す為に、技に磨きをかけていたまでのことだ。」
 「ケッ。そのわり大した成果もなさそうだな。記者会見の時にゃ、お前の師匠が何やらいろいろご高説をぶってたが・・・ 
 一つ忠告しといてやる。ああゆう男にべったりくっついてたら、先があんまし長くねぇぜ。」
 「何?」ジェイドの瞳が険しくなる。
 「そうだろうが。ただの負け犬だ、あの男は。キン肉スグルとの因縁?笑わせてくれるぜ。親子揃ってトーナメントに敗退したのは、
 単にテメェらが弱かっただけの話だろうが。優勝したからって逆恨みされる方こそいい迷惑だぜ。挙句にお前をダシにして、
 超人界のNO,1を勝ち取ろう、か!見苦しいにもほどがあるってもんだ。」
 (俺は一番好かねぇんだよ、ああゆう負け犬はな! ジェイドよ、お前は何だってそこん所に気付きゃしねえんだ? 
 子犬みたいに尻尾を振りやがって。)

 ジェイドの全身が戦慄いていた。搾り出すような声が、マルスの耳にも届く。「・・・黙れ!」
 「黙れ!それ以上我がレーラー師匠を、ブロッケンJrを、侮辱することは許さん!」
 (ほーお・・・・)
 赤く燃えるジェイドの右手。
 「お前に何がわかる!お前にレーラー師匠の、レーラー師匠と俺の何がわかると言うんだ!」
 ジェイドの怒りの表情を目の当たりにしたマルスは、薄笑いを浮かべた。
 (甘ちゃんめ・・・・)
 ジェイドは手刀を翳し、マルス目掛けて飛び掛る。
 (優等生クンも、親代わりの大事な師匠のこととなると、ただのダダッ子か。)
 可愛いものだと・・・同時に、愚かなものだと思いながら、マルスは難なく手刀をかわす。その瞬間、ジェイドはヘルメットを使って
 マルスにタックルした。
 「うおっ!?」
 鈍い音をたてて、マルスの背中が石の柱に激突する。
 「ぐっ・・・ぐおあああぁ!!」
 背中が裂かれるような鋭い痛み。マルスはその場に膝をつく。
 「スカー!?」ジェイドは、素早くマルスから離れた。一瞬、何が起きたのか理解できなかったのだ。
 「うぐ・・・・がぁあ・・・・っ」背に手をあてながら、マルスは激痛に耐える。瓜実の端正な顔に脂汗が滲んでいた。
 「ス、スカー? おいっ、どうした!?」ジェイドは慌てて駆け寄った。マルスのただならぬ様子に、
 「ま、待ってろ。すぐ委員に知らせるからな!」と駆け出そうとする。
 その手を、マルスは力任せに掴んだ。「うっ」痛みが走り、ジェイドは顔を歪める。
 「よ・・・余計なことをするな! この程度、人を呼ぶまでもねぇ・・・・」マルスはやっと立ち上がった。
 「スカー・・・ 怪我でもしているのか? そんな体で試合をこなせるのか?」ジェイドはマルスを覗き込む。
 先程の激しい怒りは影を潜め、仲間を心配する気持ちだけが、今のジェイドの表情にはあった。
 「いらねぇ世話だぜジェイド・・・超人なら、怪我の一つや二つ当然のこったろうがよ・・・」
 ジェイドはマルスを見つめている。「それなら、お前の背には触れられないな。試合中も、気をつけた方がいい。」
 マルスは、一瞬呆然となりジェイドを見つめ返す。

 「死んだ方がましだ」そう言って、あの時ケビンマスクは丸太から手を離し、自ら谷底に落ちようとした。
 それを掴んで引き上げ、挙句に背中をひどく傷つけた。大きな弱点として残ってしまったスカー傷。
 何故俺は、あの時ケビンを助けたのだろう。ジャックが、ビンセントが、谷底へ落ちていった。
 これ以上仲間を失うのはごめんだ。そんな気持ちになったのだろうか。この俺が?
 dMpのアジトが壊滅したあの時。自分が生きていることがわかって、周りに倒れ伏す仲間達を揺さぶって回った。
 誰か生存者がいないかと。だが皆、骸になって転がっていた・・・
 正義超人どもを、許せんと思った。dMp再興のためには正義超人を撲滅しなければ、俺一人でやらなければ、そう思って
 ヘラクレスファクトリーに入り、表向きは正義超人の一員として、奴等を切り崩してやると誓った。
 だから俺は、今は一人だ。正義超人どもを欺いている、dMpのマルスだ。
 この目の前の優等生は、そのことを知りゃあしない。俺が正義超人でないとは、露ほども疑っちゃいないだろう。
 俺を仲間だと、心底信じているんだろう。それでその台詞か。お前って奴は・・・

 「ジェイド、てめぇ・・・バカじゃねえのか?」マルスはようやく、それだけを言った。
 「俺は、お前の弱点をついて勝とうとは思わない。正々堂々と、互いの力と技を駆使して決着をつけたいんだ。」
 ジェイドは、マルスを真っ直ぐに見据えている。
 「この・・・大バカヤロウが! 実際に殺しあって、そんな甘っちょろい考えが通用すると思ってるのか?
 相手の弱点をつくのは戦いの基本だ、それができなけりゃ骸になって転がるのはてめぇ自身なんだぞ!」
 「戦いは殺し合いじゃない! 俺はそう思ってる。・・・スカー、おそらくお前は荒んだ人生を送ってきたんだろう・・・
 何があったのか俺は知らないし、お前がどんな思いをしてきたかも俺にはわからない。だが、今俺とお前は同じ
 ヘラクレスファクトリー二期生だ。だから俺は、お前と本当の仲間になりたいと思う。仲間として解り合い、信じあえる
 ステップとなるように闘いたいと、そう思う。」
 「・・・・・。」
 (本気で、そんな教科書どおりのコト信じてやがるのか。お前って奴は。)
 どこまでもまっすぐな心。
 (俺には、全く縁のないシロモノだな。・・・グフフ・・・ こういうのも、悪くないかもしれねぇ。)
 「?」顔を近づけてくるマルスを、ジェイドは訝しげに見る。次の瞬間、マルスはジェイドの肩を押さえつけると唇を重ねた。
 「!」ジェイドの目が大きく見開かれる。
 腕を捩って逃れようとするジェイドを、マルスは力を込めて押さえつける。伝わってくる熱い息吹。
 湿った舌が、内側へと入り込んできた。
 「!! む、ふぅ・・・」腕の中でもがくジェイドにお構いなしに、さらに強く吸う。
 「ん、ぅん・・・!」舌を絡め取られ、頭を抑えられたジェイドの瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
 何とか右腕を振りほどき、拳を固めてマルスの腹部に打ち付ける。
 「ちっ。」マルスが抱擁から解放した瞬間に、ジェイドは飛びのいていた。
 マルスを見る瞳に、混乱と驚愕が混在している。
 どう反応していいかわからない、傷つけられた子犬のように。
 ジェイドはくるりと背を向けると、後も見ず駆け去っていく。
 その後姿を見ながら、マルスは余韻を残している唇を舐めまわした。
 
 (可愛いな・・・可愛いもんだぜ、ジェイド。)
 一人になったマルスは、背後の海を再び振り返る。
 (お前は、この世界の恐ろしさを何一つ知っちゃいない・・・そのままじゃ、生き抜いていけねぇだろう。)
 陽を受けて輝く海。
 (だから、その前に俺がお前を壊してやるよ・・・ 今のお前の全てを、俺が壊してやる。その甘い信念も、戯言も、
 大切な師匠との絆も・・・
 その時お前がどうなるのか楽しみだぜ。俺と近い存在の超人になるのか、それとも。)
 マルスにとって、ジェイドは今や明らかに、「仮初めの仲間」以外のものに変化していた。
 ジェイドを壊すとき瞬間。そのとき瞬間を想うマルスの心に、暗く熱い喜びが湧き上がる。
 (待ってろよ、ジェイド。)
 海は相変わらず、陽を浴びて輝いていた。
End