大好きな、あの人のために。



Happy,Happy,Cooking!












「よぉっし!とにかく始めるぞ!」
「ちょっと待て坊や。手、洗った方がいいんじゃないのか。」
「あ・・・。でも、そういうケビンだって髪の毛!結べよな!」
「・・・・・・。」


「・・・大丈夫なんかアイツら・・・」
「今は見守るしかないだろう。」


ケビン宅の綺麗に整理されたキッチンにて。
巨大な犬と猫、もといジェイドとケビンが忙しそうに駆け回っている。
一般人にとっては広々としたキッチンでも超人2人が入るとなると狭い事この上ない。
そしてこれまた整頓されたリビングでは、スカーとクロエが不安げにキッチンを見詰めていた。
無駄に凝った構造のせいでソファに座っているとキッチンは見えないのだが、声は聞こえる。
どう解釈しても良い方向へ取れないキッチン2人の会話が、耳に痛い。

何故ジェイドとケビンが料理をしているのか。
何故スカーとクロエが何もせずに待っているのか。

事の起こりは数日前にさかのぼる。










その日、ジェイドは超人のコラムが載っている格闘雑誌を購入する為、本屋へと足を伸ばした。
目当ての雑誌はすぐに見つけ購入できたが、時間も持て余していたので店内を色々と見て回る。
商店街の一角にある本屋としては上々な品揃えに、ジェイドも見ていて飽きがこない。
スポーツ。ペット。園芸。占い。そして、料理。
そういや最近料理はしていないなと、料理コーナーへ顔を覗かせる。
すると目に飛び込んできたのは見慣れた顔だった。


「・・・ケビン?」
「・・・ゲッ。」


2メートルを越す長身。綺麗な金色の長髪。
鉄仮面こそ付けていないものの、ケビンマスクに相違ない。


「へぇー・・何か意外だなぁ。ケビンも料理するなんて・・・」
「バッ、バカ、これはだな・・・」


持っていた本を慌てて後ろ手に隠すも時既に遅し。
ジェイドは料理の本を熱心に読むケビンの姿を見てしまった。
(というよりもこのブースにいる時点でアウトなのだが)


「家事、全部クロエがやってくれてるんじゃなかったのか?」
「・・・・・・あぁ。」
「なら別にケビンが料理を学ぶ必要なんてないんじゃ・・・」
「・・・オイ。」
「何?」
「テメェ、料理できるか?」
「え・・・俺???」


急に何を言い出すのかとジェイドはつい疑惑を顔に出してしまう。
それが癪に障ったのか、ケビンは持っていた本を乱暴に棚に戻すと背を向けて出口へ向かってしまった。
呆気に取られていたジェイドだったがすぐに気を取り戻し、慌ててケビンの後を追った。


「ケビン!待てよ!」
「・・・・・・。」
「ケビン!」


無言で歩くケビンの腕をやっとの事で掴み、顔を見る。
少々鈍いところのあるジェイドでもケビンの機嫌が悪いのは目に見えて感じられた。
その威圧的な迫力に物怖じしてしまうも、ジェイドは何とか口を開く。


「・・・気に障ったならゴメン。ケビン、俺、少しなら料理できるよ!」
「・・・。」
「ケビン・・・?」
「場所を変えるぞ。」


今度はケビンがジェイドの腕を掴み。
グイグイと乱暴に引っ張り近くの公園までやってきた。


「・・・俺に料理を教えろ。」
「・・・・何で。」
「・・・・・・。」
「理由がないままなんて俺は嫌だ。」
「・・・・・・んだよ。」
「え?」
「クロエに・・・その、日頃世話になってるから・・何だ、感謝の気持ち・・みてぇなのを表してぇんだよ・・・」


照れから頬を赤く染めつつしどろもどろに話す目の前の男。
これがあの最強と謳われた鉄面の鬼行子なのかとジェイドはつい目を丸くしてしまう。
だがケビンの発言にすぐさまジェイドは満面の笑顔になった。


「・・・何、笑ってやがる。」
「俺、教えるよ!っていうかむしろ一緒に作ろうぜ!?」
「あぁ?」
「俺もスカーに何かしてやりたいって思ってたところなんだ!」


何だかんだ言いながら身の回りの世話をしてくれるスカーフェイス。
スカー自身世話焼きな性格のため、彼にとってはそれが当たり前の事なのだろうが。
だからと言って彼に頼りっぱなしでは申し訳ない。常日頃からジェイドもスカーの為に何か行いたかった。


そして数分の話し合いの結果。
やはり料理は出来立てが美味しいというのと。
やるなら早い内が良いという意見が双方から出。
今週末、ケビンの自宅に皆が集まる事となった。
(とは言っても既にクロエとケビンは同居しているが。)


そして、話は冒頭に戻る。










「・・・1つ聞きてぇんだがよ。アンタ、ケビンに料理やらせた事あんのか?」
「いや、一度も。・・・彼は、d..p時代に料理は?」
「サッパリだと思うぜ。俺が作ってやったり・・後は大抵貢がれてたな。」
「・・・・・・。」
「ジェイドもなぁ〜・・・たまに凄い事やらかすからなぁ・・・」


また、調理器具を落とす音がキッチンから聞こえてくる。
あの分だとフローリングの床が少しへこんでいそうだ。


「ケビン!塩入れすぎ!」
「そうか?・・・あ、コンロの火消え・・・」
「うわぁあぁ!?煮立ってる煮立ってる!!!」
「塩入れすぎってんなら砂糖入れりゃあ丁度いいだろ・・・ジェイド、砂糖よこせ。」
「あ、うん・・・うわぁ、鍋にコゲ付いちゃった・・・って、それは砂糖入れても駄目だ!!!」
「・・・オイ・・なんかコレ、変な味になったぞ・・・」


2人が口を開く度にリビングに取り残された2人に冷や汗が伝う。
予想も付かない料理の仕上がりに、やはり命は大事だと2人はゆっくり腰を上げた。


「ケビン。」
「ジェイド。」
「あっ・・・何だよテメェら、入ってくんな。」
「うえぇ・・微妙な味・・。・・・スカー?」


2人でも狭いというのに、更に長身2人が入ってこられるとキッチンは密集地帯となる。
ケビンは心底嫌な顔をしていたが、クロエは構わずに続けた。


「私の為を思うなら、もうやめてくれ。」
「なっ・・・何だよ!俺の作る料理が食えないってのか!?」
「違う。こんなに生傷を作って・・・」
「う・・・」


慣れない(というか初めて持った)包丁によって作られた手の生傷には痛々しく絆創膏が張られている。
クロエがケビンの肩に手を置くと、妙に硬くなっているのも分かる。


「肩もこっている。ベストな身体を作るのに、この状態は良くない。」
「でもッ・・・」
「わざわざ料理など作ってくれなくても・・お前が超人界の頂点に立ってくれれば、俺は嬉しいんだ。」
「クロエ・・・」


「(上手くまとめやがったな・・)」
「・・・で?お前が乱入した理由は?」


既に2人の世界に入りかけているクロエとケビンを横目に、スカーはジェイドと対峙する。
ケビンほどあからさまではないが、ジェイドも機嫌が良くないのが見て取れた。


「あー・・わざわざ料理なんざ作らねぇでもなぁ・・・お前が超人界の頂点に立てば」
「お前俺のセコンドじゃないだろ。っていうかまんまパクんな。」


ゴス、とスカーの額に手刀をかます。
もし次のセリフで外そうものなら次は左手に握られた包丁が振り回されるに違いない。
これは滅多な事は言えないな、とスカーはゴクリと唾を飲む。
その蒼白き脳細胞を懸命に働かせた結果、スカーはジェイドの手を取った。


「・・・確かにお前の料理は格別美味い、ってワケじゃねぇな。」
「お前な・・・」
「でもオレ様への愛の気持ちは充分伝わってくるぜ?」


掴んだ手に力を込めて。金色の瞳で真っ直ぐに見詰める。
料理の腕前を非難された事で眉間にしわを寄せていたジェイドも、思わず顔を赤らめてしまう。


「・・今度一緒に料理作ろうぜ。オレが手取り足取り腰取りレクチャーしてやるからさ。」
「・・・腰取りってなんだよ・・・」
「まぁまぁ。ま、そんなワケだから今日はオレ様に任せとけ。クロエと三ツ星レストラン並みの料理作ってやるから。な?」
「・・・分かったよ。」


聞き分けの良いジェイドの額にキスを落とす。
「バカップルかよ」とのケビンの罵声が飛んできたが、お互い様だと睨み付けておいた。

こうして犬と猫、もといジェイドとケビンはリビングへと移動した。
キッチンに残った2人は安堵からかつい顔を見合わせる。


「・・・上手くいったようだな。」
「だな。・・うへぇー・・・一体何作ろうとしてたんだアイツら・・・」


改めてみるとキッチンは凄い状態になっていた。
焦げ付いた鍋や無残な形に切り刻まれた食材が散乱している。
更には、何やら異臭を放つ謎のボウル。これが食卓に出されるかもしれなかったのかと考えると血の気が引くようだ。


「さて・・片付けをしつつ、上手い物を作らねばな。」
「どんだけ材料買って無駄にしたんだか・・・食費もったいねぇな・・。ま、オレの金じゃないし・・・」
「ご託を述べている暇があったら手を動かしてくれ。片付けと調理が同時進行でないと時間がかかる。」
「へいへい。ま、任せてくれよ。」


先程の2人とはうって変わった手際のよさにもし第3者がいたとしたらきっと敬服するだろう。
性格上若干の違いはあるが、普段から家事を行なっているだけあって2人共様になっている。
そして考えている事も同じだった。


「(・・・そういや最近俺が作ってばっかで・・・・・・ジェイドの奴、最後に料理したのいつだ・・・?
  こりゃあ本格的にレクチャーしてやらねぇとなぁ・・・)」

「(私がいなくなった後の事を考え・・・人並みに家事ができるようにはしてやらねば・・・)」


ハァ、と溜め息を放つタイミングも同じで。
そんな2人の悩みも露知らず、ジェイドとケビンはリビングでゆったり寛いでいた。





fin.