SCAR FACE SITE

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◆ Liebeslied

 「う・・・うう・・・・」
 ジェイドの呻き声に、スカーフェイスは身を起こした。
 すぐ隣に眠る少年の、金色の髪が目に映る。
 閉じられた瞼が微かに震えていた。ジェイドの剥き出しの白い肩が戦慄く。
 「う・・・あ・・・・・」睫毛を濡らし、頬へ滑り落ちていく涙。
 「・・・・。」裸の上体を起こしジェイドを見つめている、冷めた瞳。力強い腕がジェイドを揺さぶった。
 「おい。」数度揺すられ、少年は目を開く。「・・・スカー!・・・」翡翠のような、澄んだ瞳が彼を捉え、安堵の溜息を
 ジェイドは吐いた。
 「何だ? 怖い夢でも見たのかよ、ボーヤ?」スカーフェイスは薄笑いを浮かべる。
 「・・・ばかやろ・・・」うっすらと体を汗に濡らしたまま、ベッドに横たわるジェイドは、拳を握ってスカーフェイスの
 厚い胸板に打ちつけた。それは一瞬のこと。次の瞬間、少年の拳は開かれ、胸板の上を這う。
 ジェイドは僅かに上体を起こすと、金の髪と白い頬を、胸板にそっとつけた。力強い鼓動を聞く。
 「・・・・スカー・・・・」甘えているような・・・泣き出したいような・・・・どちらとも取れる、囁きに近い声。
 「ん?」逞しい腕を片方、ジェイドの肩に回すスカーフェイス。「どーした? もう一回やって欲しいのか、ジェイド?」 
 「バカッ!・・・」もう一度、拳を打ちつけようとしかけたジェイドは、スカーフェイスの表情を見て手を止める。
 微笑が、その瓜実の端正な顔に浮かんでいた。
 子供のような素直さで、目を見張っていたジェイドは刹那の沈黙の後、ポツリと言った。
 「・・・そんな顔ができるんだ・・・お前・・・・」 「フン。おめぇがいつもよりガキっぽくて、」その言葉に、拗ねたような色を
 浮かべた瞳を向けるジェイド。「可愛いって思えるからだ。」とスカーフェイスは続けた。肩を抱いていた腕が伸びた。
 さらりとした金の髪の中に指を埋め、弄っていく。
 ジェイドの顔に浮かぶ、幼子のような微笑。全てを委ねるようにして、再び逞しい胸に頭を委ねる。
 伝わってくる鼓動と温もり。胸に広がっていく、優しい安堵。
 今はこの確かさと暖かさが、自分の還っていく唯一の場所と思える。
 ・・・・未だに、心を引き裂く辛い思い出。理不尽に奪い去られた大切な人たち、幸せだった毎日。
 二度と戻らないもの。人の力を超えた超人の肉体と精神を持ってしても、取り返すことは叶わない。理不尽さを撥ね返す
 ことは叶わない。今でも軋む心。
 でも、ここに還ってくれば、引き裂かれる痛みも、心を軋ませる辛さも薄らぎ、溶かされていく。
 「スカー。」柔らかい声に今ははっきりと、甘えた色が含まれていた。
 張りのある逞しさと同時に、成長の只中にあるが故の不安定さを併せ持つ肉体。その内側に在る、純粋で柔らかな魂。
 その両方を今スカーフェイスは、逞しい腕と体で抱き締めている。優しさと、愛しさを込めて。「辛い夢だったか?」
 いつもどおりの、そっけない響きの声。目をあげるジェイド。
 「お前がどんな辛い思いをしても・・・ お前だけの辛さだ。俺が共有することなんぞできん。」だがその瞳から、優しい光は
 消えていない。「その代わり、お前が辛い思いをしたら、忘れることができるまでこうしておいてやる。」ジェイドの頭に
 そっと逞しい手が置かれた。「大丈夫だって思えるまで、そう言い続けてやる。」金色の、流れる髪にスカーフェイスは
 そっと顔を埋める。
 ジェイドは、手を伸ばしてスカーフェイスの頬に触れた。引き寄せて、形の良い口唇に自分のそれを重ね合わせる。
 スカーフェイスはジェイドの頭を強く引き寄せ、接吻を深めていく。

 「お前とこうしていることが・・・・」スカーフェイスの逞しい腕に頭を預けたジェイドが話し掛ける。
 「何だか、奇跡のような気がする。」 「奇跡ねぇ。随分大袈裟な台詞だぜ。」軽く笑うスカーフェイス。
 「だって・・・お前と出会って、戦って、傷つけあって、・・・・それからもいろいろあったんだぜ?」
 「ふん・・・・いろいろ、か。」
 同じ、戦う者の道。それなのに、其々の目指す道は分かれていた。
 分かり合うためにか、それとも断ち切るためにか、激突し傷つけあった二人。
 この男は・・・。肌と肌を重ねて、その温もりを直に感じながらジェイドは思う。
 俺を甚振り嬲って、この右腕を一度は奪い、そして俺を裏切った男なのに。
 裏切りを知った時、あれほど怒りに身を焦がし、憎んだ男なのに。
 今は、こいつと肌を合わせているこの瞬間が、とても愛しく貴重に思える。この瞬間を守るためなら何でもできるとさえ、
 俺は誓える。
 お前に敗北したあの時。俺は、自分の言葉をお前に示さなくてはならないと、それだけで動いていた。
 お前の手をとって言葉を掛けた時、血の色の向こうに覗いたお前の瞳。
 いつも冷たいその瞳が見せた戸惑いと、疑問。 何故?
 それは、俺に対しての問いかけだったのか。それとも・・・その瞬間が、どうして俺たちに訪れたのかという、答えのない
 問いかけだったのか。
 あの時俺は、お前の素顔を見たと思いながら沈んでいった。
 「スカー・・・。」 「何だ?」 「・・・スカー。」 「だから、何だってんだ?」顔を向けたスカーフェイスをじっと見つめ、
 ジェイドはポツリと呟く。「・・・・お前、俺のこと、好きか?」 一瞬動きを止めるスカーフェイス。
 「バカ。うるせぇよ。」彼は顔を背けた。「じゃあ、嫌いか?」
 「うるせぇって言っただろ。ベラベラくっちゃべらなくちゃわかんねぇってのか!?」
 顔をジェイドに向けたスカーフェイスは、指でジェイドの額を弾く。「いつっ。」軽くスカーフェイスを睨むジェイド。
 スカーフェイスは、身を起こしてジェイドの上に覆い被さった。
 「おらよ。マウントポジションだ。」ニヤリと笑うスカーフェイス。「パンチ連打いくぜ! ギブアップかぁ、ジェイド?」
 ジェイドは笑い出した。無邪気な声が、スカーフェイスの巨体に遮られてくぐもる。
 「ホラ、ギブアップって言わねーと・・・」ジェイドの裸体を擽り出す指。
 笑い声が一層弾け、ジェイドの脚が暴れだした。しかし、本気で振り払う気はないらしい。
 スカーフェイスは、ジェイドの体から手を離した。すぐには、ジェイドの笑いは止まらない。
 未だに笑いを弾かせながら、スカーフェイスを見るジェイドの瞳には、甘い喜びと共に微かに切ない光が宿っていた。
 それを見つけたスカーフェイスの胸を、一瞬走り抜けていく痛み。
 かつて戦った時、こいつは俺にとって壊されるべきモノだった。流れる血と裂ける肉と、砕ける骨と絶叫を持っていても、
 モノにしか過ぎなかった。
 だが今は・・・ こいつが血を流せば、その痛みは同時に、俺の心を切り裂く刃になる。
 ジェイド。
 お前の傷と痛みは、俺の心に血を流させる。今は、もう。
 お前を壊すことは、俺を壊すことになってしまったから。
 そういう形で、お前に縛り付けられたことを嬉しいと感じていること。
 ――― それはそれで、奇跡なのかもしれない。
 無邪気な笑いの潮が引いていこうとしている。幼い仕草が少しずつ、いつもの少年の動作に溶けていく。
 「そらっ!」スカーフェイスはジェイドの腕を押さえつける。
 「ジェイド。俺に、好き、って言ってほしいのか?」 「・・・いい。お前は嘘ばっかり吐くから。」そう言いつつ、
 ジェイドの顔に広がっている安心しきった表情。
 「好き、って言われたら、嘘だと思ってしまいそうだ。」 「成る程な。」ジェイドの額に唇をそっとつけるスカーフェイス。
 「じゃ、こう言っとくか。」と、ジェイドの瞳を覗き込む。
 「お前に会えて良かった。」ジェイドの瞳が、丸くなる。「で、現在進行形だ。これからもそうなんだろうな。」
 瞳が濡れているように見えるのは。「お前は?」問われた少年は、自分の目を拭った。
 突然跳ね起きて、スカーフェイスの首に手を回す。耳元を探り、口唇を近づけた。
 「・・・・・・・・」目を閉じて、スカーフェイスは微笑した。「俺しかいねぇのに、耳打ちする必要ねぇだろ。」
 ジェイドの腰に、手が回される。互いの腕の中にいる二人。そのままベッドへと倒れ込む。
 スカーフェイスの首筋に顔を埋めながら、ジェイドの唇からもれる呟き。「・・・ずっと・・・」
 片方の腕が、抱擁を解き・・・逞しい手が、再びジェイドの頭を抱いた。
 「Danke Schon・・・」ただ1人の人に向けられた言葉。「・・・スカー。」
                                      DAS ENDE