『−第二章 玄武の伝説−』
「・・・う、う〜ん・・・」
草原に倒れていた多喜子は、冬のような冷たい風が
頬を濡らす感触で目を覚ました。
見渡す限りの大草原。
身を切るように冷たい空気。
西の空には綺麗な夕焼けができている。
さっきまで自分がいた所とは全く違う光景に、多喜子は
何が起きたのか分からずに呆然と草の上に座っている。
しばらくして多喜子はようやく第一声を出した。
「・・・ここ・・・どこ・・・?」
首を右左に忙しく振りながら父を呼ぶ。
しかし、こんな所に父がいるはずもなく、自分の声だけが聞こえるばかり。
「何、ここ・・・。お父さん・・・。お父・・・」
訳が分からず、泣きじゃくる多喜子。
どのくらい時間が経っただろう。
薄っすら暗みがかった、だれもいないはずの辺りから声が聞こえた。
「あんた・・・。何やってんの?」
聞き覚えの無い声に多喜子は反応し、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「うわっ!なんて顔してんの、あんた。ってか、こんな所で何してんの?」
「あ・・・あの・・・、ここ、どこですか?」
「ここ!?ここは北甲国の大草原だけど・・・」
「北甲・・・国・・・?」
聞いた事の無い国の名前に多喜子は頭を混乱させている。
そこへ謎の女性は思いついた口調で言ってきた。
「あっ!あんた、もしかして迷子?
どこかに行く途中で道に迷ったんでしょ。
う〜ん、でも、もう夜になっちゃうしなぁ〜・・・・・おっ!
よしっ!今日はあたしの家に泊めてあげよう!
ここにこのままいたら凍死しちゃうからね☆」
「あ、あの・・・」
「なぁ〜に、遠慮なんていらないよ〜。さあ、乗った乗った」
そういうと謎の女性は自分が乗ってきた馬の背をパンパンと軽く叩いた。
「あの・・・」
「あぁ〜、そうだった。あたしの名前はクレア。
クレア=パルシーっていうの。あんたは?」
「た、多喜子・・・。奥田多喜子・・・」
(オクダタキコ・・・?)
聞いた事もないその言葉の調子に、クレアと名乗るその女性は首を
傾げたが、特に気にもせず、多喜子を馬に乗せると自分が羽織っていた
上着を一枚着せてその場を後にした。
「ねぇ、あんた、どこから来たの?」
成り行きに任せて・・・いや、任せられてクレアの馬の背中に
乗っている多喜子は、とまどいながら自分の今まで住んでいた所に
名前を告げた。
「ニホン・・・?う〜ん、聞いた事のない地名だねぇ〜」
「えっ・・・?」
「あんた、さっきいた場所までどうやって来たの?」
「どうやって・・・・・」
多喜子はさきほど父の書斎で起こった事を思い返した。
父が翻訳し終わったばかりの本、『和訳・四神天地書』を手にし、
父に促されるまま読み始めた文章・・・。
その一部の文を読み終わると、突然出てきた謎の光。
光で消えていく周りの景色。父の姿・・・。
気がつくと、そこは全く知らない謎の場所。
そこまで考えると、多喜子はハッとした。
まさか、私・・・、あの本の中に吸い込まれたんじゃ・・・。
「・・・喜・・・。多・・・子・・・。多喜子っ?」
「はっ!!」
「どうしたの?ボーッとして・・・」
「クレアさん・・・。私・・・私は・・・」
自分が考えた事を信じてもらえないかもしれない・・・。
「頭が変な子・・・」と、変に思われるかもしれない・・・。
でも、今頼れるのはこの人だけ・・・。
ダメでもともと、言ってしまおう!!
「多喜子・・・?」
「クレアさんっ!!私が今から言う事、信じてもらえますか?」
「えっ!?」
「信じて・・・もらえますか・・・?」
真剣な顔と、少し不安な顔とを合わせたような複雑な表情を
自分に向けてくる多喜子の言葉に、クレアは首を立てに振り
頷いた。
その様子を確認した多喜子は、クレアに告げた。
「え――――――――――っ!!あんた異世界から来たのぉぉぉ!?」
多喜子の告白を聞いたクレアは、あまりの驚きに思わず叫んでしまった。
多喜子は案の定なクレアの応えに、首を立てに振った。
「マ、マジで!?えっ、じゃ、じゃあ、この世界までどうやって・・・?」
「それは・・・、お父さんが翻訳した本を・・・!!」
そこまで言うと多喜子は自分の口を両手で塞いだ。
「どうしたの?『本を・・・』何?」
「あ、あのね、本に蹴躓いて、気がついたらここの世界に・・・」
多喜子は焦りながら、たった今考えた嘘をクレアに言った。
ここの世界の人・・・クレアは、ここが本の中の世界なんて思ってないはず。
今私が「本に吸い込まれた」と言えば、クレア達・ここの世界の人達は・・・。
「へ〜。次元のズレ・・・って奴?
それにしても、こことは別の世界があるって本当だったんだ・・・」
「えっ?何?今何か言った・・・?」
「ん?いや、なんでもないよ。・・・さ、着いたよ。ここがあたしの家」
クレアは白く大きいテントの前で馬を止めると、多喜子を降ろし
家の中へ誘導した。
「ただいま〜」
クレアが明るい声で帰宅した事を告げると、テントの中で夕飯の支度を
していた女性がこちらに気づき、近寄ってきた。
「おかえり、クレア。今日は随分遅かったね〜」
「おかえり、クレア」
「姉ちゃん、おっか〜♪」
「父さん、スーラ、ただいま。あれ?兄さん達は??」
「まだ狩から帰ってきてないよ。今日は遠くまで行くと言っていたからね」
「あっ、そうだった」
「ね〜、姉ちゃん。その娘、だれ?」
クレアの後に隠れている多喜子を見つけた弟のスーラは
姉の元へとやってきて問うた。
「あ〜。ごめんごめん、紹介するの遅れたよ。
帰ってくる途中、草原の上で途方に暮れていたのをあたしに助けられた娘」
クレアの家族の前に出された多喜子は、恥ずかしそうにぺコリとお辞儀した。
「あなた、名前は?」
クレアの母がやさしく問うた。
「た、多喜子です。奥田多喜子といいます」
「母さん、父さん、スーラ。この娘、すごいんだよ。
実はね〜、この娘の故郷はこことは別の世界・・・。
つまり、『異世界』なんだって!!」
「え――――――――――――――――――――――っ!!」
二回目の『え――――――っ!!』に、多喜子は苦笑いをした。
「姉ちゃん、それマジかよ」
「マジ〜」
「ここの世界の娘じゃないの!?」
「そうだよ〜♪」
「・・・・・・」
「父さん、あご外れてる・・・」
クレアの母と弟は多喜子の周りをぐるぐる回りながら
『異世界の娘』の姿を目を丸くしながら凝視している。
クレアは父の外れたあごを治している。
家族の反応に顔を赤めらせている多喜子の前で、弟のスーラは母に
思いついたように言った。
「ね〜、母さん。この多喜子っていう姉ちゃんって、
あの伝説の姉ちゃんじゃないの??」
その言葉を聞いた多喜子とクレアは身体の動きを止め、母と弟に視線を向けた。
「母さんもそう思ってたのよ。
『国が乱れ滅びんとするちょうどその頃、異世界より「玄武」神の力を
得るため娘が現れる。「玄武」の力を手に入れた娘は。その力を
用って国を導いてくれるであろう・・・』っていう伝説だったわよね」
「玄武」・・・?
確かお父さんが
「中国で東西南北で四方を守護する神様の事なんだ。
東が『青龍』、西が『白虎』、南が『朱雀』、北が『玄武』というのだよ。
そして、この本は北を守護する『玄武』の話みたいなのだ」って、言ってた。
それに、本の初めに『これは、「玄武」の七星を手に入れた一人の少女が、あら
ゆる力を得て望みをかなへる物語で・・・』って・・・。
顔を向かい合わせて話をするクレアの母と弟に、多喜子は問い掛けた。
「あの、それって・・・」
「ああ、私達の世界には伝説があってね、異世界より現れた少女が『巫女』
になり、国のどこかにいる七人の『七星士』という、巫女を護り力を与える
宿命を天から授けられた人物とともに、この国の神獣『玄武』を呼び出し
国を一生平和に導く・・・っていう内容なのよ。
で、その『巫女』は『玄武の巫女』といって、『七星士』は『玄武七星士』
っていうんだよ。そして、その『玄武七星士』こそが・・・・・・」
「あたしだよ・・・・・」
母の言葉をさえぎる様に、父の傍にいたクレアが声を出した。
「あたしがその『玄武七星士・室宿(はつい)』だよ・・・」
そういうとクレアは自分の服の左の袖を上げて多喜子に見せた。
そこには黒文字で『室』と浮き出ていた。
「馬の上で話を聞いた時、まさかとは思ったけど。
やっぱりそうだったんだね、多喜子。いや、玄武の巫女・・・」
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