『玄武の書 −第一章 伝説の始まり−』

――四宮の天と四方の地
深き法と信と善を以て
北方守護の「玄武」御身に告げたまわく
我 今この言を作す
七宿天より地に現ずは
御身を渇仰す 衆生の為の故
比に於いて諸の悪を滅し
其の神力で我等を救護すべし
唯願わくは之を聞け
天より我がもとへ 降り立ち給え―――――




「お父さん・・・。はい、お茶」
「ああ、すまんな多喜子・・・」
朝から降り続けている雪はやむ気配も無く、しんしんと
辺りを銀世界に染めている。
部屋には暖かな石炭ストーブが焚かれている。
部屋のそこここに本が山積みになって並べられている。
その中にある机で、漢字ばかりの中国の書物を
日本語に翻訳している父に向かって、多喜子は言葉を発した。
「お父さん。前から気になってたんだけど、それ、なんていう本?」
父親は筆を走らせている手を止めもせずに娘の問いに応えた。
「・・・ああ、これはな、『四神天地書』という本だ」
「四神・・・天地書?」
「ああ。以前中国へ行った時に見つけてな。
 手に取った瞬間、無性に翻訳したくなってな・・・。
 この本の持ち主に頼み込んで譲ってもらったのだ」
父は自慢気にこの本との出会いを娘に話した。
多喜子は父の楽しそうな話し方に対し、くすっと笑うと
その微笑んだ顔のまま言葉を続けた。
「お父さん楽しそうね」
「ああ、ものすごく楽しいぞ。もう半分も訳してしまったよ」
「わぁ、早いね〜。でも、一度休んだ方がいいよ。
 ここの所、この書斎にこもりっきりだったでしょ。
 お母さんが心配してたよ」
「そうだな。ちょっと一休みするかな。母さんを怒らすと怖いしな」
「そうだよ〜。んじゃ、お父さんそのお茶持って。向こうの部屋で飲もう」
「よしっ」
父は焚いていたストーブの火を消し、机の上を簡単に整理すると
多喜子と一緒に部屋から出て行った。


その夜の事・・・。
みなが寝静まった時間。
一筋の光が『四神天地書』が置いてある父の書斎の
窓からす〜っと入ってきた。
その光は多喜子の父が翻訳している『四神天地書』と、その横に
置かれている、半分日本語に翻訳してある原稿用紙に
溶け込むように消えていった・・・。



次の日から、多喜子の父はまた『四神天地書』の翻訳に没頭し始めた。
それに集中するあまり、『四神天地書』はみるみるうちに
日本語に訳されていった。

―――そして、一ヵ月後・・・

「多喜子〜!!お〜い、多喜子〜〜!!」
「な、なに、お父さんっ!!」
急に大声で呼ばれた多喜子は、ビックリして父の書斎へとやってきた。
「多喜子っ!!ついに、ついに完成したぞ!!
 『四神天地書』の和訳がっ!!」
「えっ!?本当に?やったね、お父さんっ!!」
「ああ。ページ数が多かったから苦労したがな」
「お父さん。この本、なんて話なの??」
父の顔を覗き込むように聞いてくる娘に向かい、
父は嬉しそうに応えた。
「お前、『四神』って知ってるか?」
「『四神』・・・?何、それ?」
「中国で東西南北の四方を守護する神様の事なんだ。
 東が『青龍』、西が『白虎』、南が『朱雀』、北が『玄武』というのだよ。
 そして、この本は北を守護する『玄武』の話みたいなのだ」
「『玄武』・・・」
父は、娘が興味を持ち始めた(?)のを確認すると
すばやく自分がたった今翻訳し終わった『和訳・四神天地書』を
娘に読むように勧めた。
「多喜子。この本はな、なんでも、最後まで読むと
 望みが叶うらしいのだ。嘘か誠かは知らんが、お前読んでみろ」
「えぇ!!でも、これはお父さんの親友の大杉さんに渡すんじゃ・・・。
 それに、私、こんな長い本読めないよ」
「大杉に渡す前にこの話がおもしろいものなのか
 お前に見てもらいたいのだ。
 な〜に、大丈夫。少しずつ読めばいい。
 それにお前、確か将来なりたいものがあったはずじゃないか。
 『望みが叶う』と書いてあったのだから試しに読んでみろ」
「毒味って奴・・・?判った。少しずつ読んでみるよ」
「よしっ!!それでは今読め。ここで読め。さぁ読め」
自室でゆっくり読もう・・・と思っていた多喜子だったが、
父の強い希望で、ここで読み始めることにした。
「う〜んと・・・『これは、「玄武」の七星を手に入れた一人の少女が、
 あらゆる力を得て望みをかなへる物語である。物語は其れ自体が一つの
 呪文になっており、読み終ゑた者は主人公と同様の力を得、望みがかなふ。
 なぜなら物語は頁をめくつた時、事実と成って始まるのだから・・・』
 本当だ・・・。『望みが叶う』って書いてある・・・」
「どうだ、多喜子。おもしろそうだろ??」
「まだ最初しか読んでないから判らないよ・・・」
多喜子は父に苦笑いをし、顔をまた本へと向けた・・・その時だったっ!!
多喜子が手にしていた『四神天地書』からまばゆい光が出てきたのだ。
「多喜子っっ!!」
「おっ、お父さんっ!!」
父は光の中に消えていく娘の腕を必死に掴もうとした。
「おっ、お父さ――――――――――んっ!!」
「多喜子――――――――――っ!!」
しかし、一歩間に合わず、多喜子は光の中へと消えて行ってしまった。


父はしばらくの間、何が起こったのか判らずにその場に立ち尽くしていた。
そしてハッ!!と我に帰り、光を放ち、娘の姿を消した『和訳・四神天地書』
を手に取った時、我が目を疑った。
今さっきまで自分の字で書かれていた文字が消え、
全て真っ白なページに変わってしまっていたのだ。
そして、その一ページ目には・・・
『伝説の少女は、異世界の扉を開け放った。
 いざ、物語は始まらん・・・』と、書かれていた。
「た、多喜・・・子・・・」
四神天地書を手にしている父は手と身体を小刻みに震わせていた。


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