紅蘭整備日誌

 それは、花組に神武が配備されてまもなくの頃のこと。
 大神はいつものように見回りをしていた。地下に降りてきた大神は、格納庫にまだこうこうと明かりが付いているのに気が付いた。もっとも、これは別に珍しいことではない。紅蘭がまた霊子甲冑の整備をしているのだろう。
 しょっちゅう格納庫にこもっている紅蘭だが、趣味というだけでなく、それなりにちゃんと理由がある。
 霊子甲冑は、搭乗者に合わせて一体一体入念な調整が行われる。基本仕様は同じでも、使用武器や戦い方によってその機体の性格も変わってくる。使っていれば機体特有のクセもでてくる。逆に、使い込まれて、なじんでくるといった面もあるにはあるが。
 例えばカンナは、桐島流琉球空手を使うが、これは機体にかなり特殊な動きをさせることになる。使い方の違いで負荷の掛かる場所や強さも当然変わってくる。
 そういったことを全て考慮して、一人一人に合わせて快適に動作するように調整していくわけである。このへんの調整をきちんとやらないと、数値上でハッキリ分かるほどの差はでなくても、搭乗者はなんとなくしっくりこない、程度の違和感があったりする。
 この厄介な整備を、紅蘭はほとんど一手に引き受けていた。まあ確かに、半分趣味(というか、九割以上は好きでやっている)とも言えなくもないが。
 実際に光武の場合、瞬間の反応速度や出力が、計算値を大きく上回ることがままあった。もちろん、霊子甲冑というものは、搭乗者の霊力に大きく左右されるものであるにしてもである。
 また、いくら安全率を多めにとっているにしても、耐久性や連続稼働時間など、規定値をはるかに越えて酷使もされている。それが機体の寿命を縮めたのは間違いないだろうが、そういった無茶な使い方によく耐えて、応えてくれていたとも言える。
 光武の基本設計がいかに優れているかということと共に、紅蘭の整備能力の高さを忘れてはいけないだろう。
 メカの整備に関しては、紅蘭に頼り過ぎている。それが大神の素直思いだった。霊子甲冑が神武に変わっても、その状況は変わっていない。たとえ本人が好きでやっていることだとしても、まったくもって頭の下がる思いだ。
 また無理をしないといいのだが。そう思い、一言ねぎらいの言葉をかけようと、大神は格納庫内に踏み込んだ。

 思った通り、そこでは紅蘭がいつものようにメカと格闘していた。ただ一つ予想と違っていたのは、その対象が神武ではないということだった。
「紅蘭?」
「ああ、大神はん」
「どうしたんだい、これは、光武?」
「ちゃうでー、大神はん。光武改や!」
 両手を腰にあてて、紅蘭は胸を張って言い切った。
 なるほど、肩にでっかく『改』の文字が見える。おそらく紅蘭自身の手によるものだろう。
「しかし・・・、もう直せないって言ってなかったかい?」
「できうるかぎりは直してやりたいんや。このまんまにしとくことはウチにはできん」
「そうか、そうだな・・・」
 紅蘭が、光武のことを我が子のことのように話していたのを思い出して、大神は頷いた。
 大神自身も、光武のことは多少気になっていたのだ。なんといっても長い間共に戦ってきた相棒のようなものだから。
「ホンマにこの子達はようやってくれた」
 慈しむような目をして、紅蘭は呟いた。
 見るも無残な様相だったかつての光武は、だいぶ修復が進み、美しい外観を取り戻しつつあった。
 もっとも、あちこち形状の異なる部分もあるようだ。わざわざ光武改と言っているのだから、ただ直しているだけではないのだろうが、あえて深く突っ込むのは止めておいた。
「霊子機関さえなんとかなれば、また動かせるようになるんやけどなあ・・・」
「霊子機関か・・・」
「そうや・・・」
 そう言った紅蘭の眼鏡が怪しく光ったことに、大神は気付かなかったという。



 大きな、あまりにも大きな犠牲を出しながらも、戦いは終わった。
 帝都も帝撃も甚大なる被害を出していた。
 使えぬ最終兵器「ミカサ」を使用したことによる代償は大きかった。六破星降魔陣による被害から、ようやく立ち直りつつあった帝都は、再び壊滅的な被害を被った。帝都の復旧は最優先事項として急ピッチで進められるが、こちらの話は置いておく。
 帝撃は早急に、戦力の建て直しの必要があった。
 ミカサは特攻により、艦首部はもげ、作動不能になっていた。主要兵器たる神武も限界を遥かに超えた酷使によって、完全に機能停止状態になっていた。翔鯨丸と轟雷号は無事だったが、これはあくまで支援用の装備だ。
 とにかく早急に考慮すべきは、霊子甲冑の戦力化だった。

 以下が、俗に2.5世代と呼ばれることになる『光武改』の開発に至る経緯である。

 霊子甲冑の早急な戦力化ということで考えられたのが、既存機もしくはその改造型である。幸いなことに、機能停止状態とはいえ、ベースとなる機体自体は存在している。ならばこれを利用しようというのは当然の成り行きだった。
 神武ではなく、光武が選ばれた理由はいくつかある。
 先ず、コスト。修復そのものに掛かる費用にしろ、その後の維持費にしろ、圧倒的に光武の方が安上がりではある。
 大きさ。町中で運用することを前提とした場合、機体が小さい方が有利なのは自明の理である。実際、狭い路地などには、神武では入り込めないところもあった。
 そしてなにより、早急に戦力化できることが挙げられる。紅蘭が、ヒマを見つけて修復していたこということもある。
 実際、新しい霊子機関さえ積めば動ける程度までに修復(及び改修)は進んでいたのだ。
 神武との相対的な性能の低下も、費用対効果を考えればやむなし、という判断がなされた。
 大きな脅威が去り、平和になったということも影響していたと思われる。
 ありていに言って、神武はとんでもないジャジャ馬だった。敢えて神武をという必要性が認められなかったということだろう。
 光武改の採用が正式に決定した時点で、それまで紅蘭がほぼ独力で行っていた改修作業は、神崎重工と帝劇花屋敷工房の全面的な協力体制のもとで進められることになる。
 そして、完成した光武改の性能も充分優れたものだった。『改』というのは伊達ではない。神武開発で培われた技術を充分にフィードバックされた光武改は、神武程ではないにせよ、原形の光武をはるかに上回る性能を有していた。
 もっとも、光武改はあくまで早急に戦力化する為の間に合わせであり、次期霊子甲冑の開発も当然考えられていた。
 ミカサの修復と平行して、その技術を応用した霊子核機関搭載型霊子甲冑「天武」の開発が行われたのだが、それはまた別の話である。

 とにもかくにも、紅蘭が神武の部品を利用してまで改修していた光武改は、晴れて正式に日の目を見ることになったのだった。



    補記

  「光武改」機体解説






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