三級サンタ 〜 Another Jingle City 〜


 えぇと、ナカヤマのセンハッピャクはニゲセンコウユウリやからこいつとこいつはケシ……と。う〜ん……。 
 ―――おとうちゃん、ウィスキーと氷。おかあちゃんが、おとうちゃんとこ持ってき、て。
 おう、気ぃ利ぃとるやんけ。さんきゅさんきゅ。いつもは呼んでも出てこぉへんのに、なんや今日はえみこのお酌つきか。
 ―――うん。あんな、今日は、おとうちゃんに話あんねん。
 なんや、えみこ。えらいかしこまって。
 ―――あんな。
 おう。
 ───サンタさんて、いてはるよな。トナカイつれて、ソリ乗って、靴下にプレゼント、詰めてってくれるんやろ?
 ま、最近は、靴下に入るおもちゃも少ななったけどな。……なんやえみこ、なんぞサンタさんにおねだりか。
 ───ちゃうねん。
 ? なんや、てっきりそれかと思てたのに。今年は、いらんのか。
 ―――ちゃうねん。あんな、あんな、みきちゃんがな、けったいなこというねん。
 なにが。
 ───あんな、サンタさんなんて、おらへんいうねん。おとうちゃんがプレゼント好きなもん買うてくれはるから明日ジャスコ行くいうねん。おとうちゃんがサンタやねんて。ほんまなん?
 あちゃあ。
 ───ほんとは、おとうちゃんが、サンタやってんのん?
 ……どないしょ、きみこぉ。ついに来たでついに来たでおい! ……あかん、聞いてないフリしとるわアイツ。
 ───やっぱり、そう……なん? 去年のプレゼントな、ジャスコの値札ついててん。うちもずっと気になっててん。
 えぇと、えぇと、いや、その、えーとな。
 ───サンタさんがおるなんて、嘘なん? 嘘なん? なぁ?
 えぇと、えと、……そや、そ、あんな、よし、えみこ、今から重大な話したる。
 ───?
 実はな、そう、実はおとうちゃんはサンタクロースなんや。
 ───やっぱりそや! おとうちゃんウソツキや!
 アホ、そない言うもんとちゃう。悲しいのは、おとうちゃんなんや。これで、もう、三級に上がれへん。
 ───?? 三級て?
 えみこスイミング行っとるやろ。
 ───うん。
 くらげ組から始めたよな。あれ、九級やな?
 ───うん。
 今いるか組や。がんばって平泳ぎも覚えて、四級まで上がったやろ。
 ───うん。
 サンタクロースも同じやねん。
 ───……?
 将棋あるやろ。
 ───うん。
 あれも九級から始めるんや。で、どんどん上達してって、えらくなって、一級になったら、その次に何になるか知ってるか。
 ───知らん。
 初段、いうんになんねん。
 ―――いわさき先生、剣道二段やいうてた。
 そうそう、その段や。お習字もそやな。一段目から、今度は数字が増えてくんや。今度は九段まで上ってく。で、そこらへんのいっちゃん強い人らが勝負して、そん中でもめっちゃめちゃ強い名人さんいうの決めんねん。
 ───……ほんで? サンタさんと何関係あんのん?
 サンタさんも同じやねん。
 ───……??
 ほら、ようテレビのニュースとかに出てくるサンタさんおるやろ。外国の、雪国から、今から出発しますでぇいうて。ソリ乗って出かけるやつ。あれ、名人のサンタさんやねん。いっちゃん偉ろて、いっちゃん立派なサンタさんやねん。マスターサンタさんやねん。
 ───サンタさんて、ひとりとちゃうの?
 そんなん、世界中に何人子供がおると思てんねん。ひとりで手が足りるかいな。
 ───そらまぁ、そや。
 ……だからな、結婚して、子供ができたら、世界中のおとうちゃんが必ずいちど九級のサンタさんになんねん。で、自分の子供は、そのおとうちゃんが受け持つことになるんや。
 ───そんなん、なんやおかしいわ。名人のサンタさん、仕事あらへんやんか。
 アホ。世界中にはな、おとうちゃんおかあちゃんがおらん子どもはぎょうさんおんねんぞ。そういう子に誰がプレゼント配んねん。それに、偉いサンタさんは、いろんなところに呼ばれてくんや。病院とか、おもちゃ屋とかな。
 ───そか。……ほな、こないだの子供会のクリスマス会、知ってるおっちゃんらがサンタやってたけど……。
 町内会長さんはな、えぇと、えと、二級や。二級のサンタや。ここらじゃいっちゃん偉いサンタさんや。あとは、えぇと、……ちょっと怪しいな。モノマネしてるだけかもしれんな。
 ───何級や何段やって、どないしてわかんのん。
 『世界サンタクロース協会』から、ハガキもらうねん。そこにはな、こう書いたぁる。あなたを、何級サンタクロースに認定します、て。
 ───ハガキ来んの?
 そやねん。うちにも、えみこが生まれて初めてのクリスマスに、最初の一枚が来てん。それから毎年来てん。
 ───そのハガキ、いま、持ってる?
 持ってへん。
 ───なーんや。やっぱり、嘘やんか。
 なくしたとかとちゃうぞ。溶ける紙やねん。読んだら溶けてしまうねん。そういうふうにできてんねん。あれな、たぶん、雪でできてるんや。
 ───雪で紙が作れるわけ、ないやん。
 名人サンタさんならできるんや。名人サンタさんはただもんやないねん。そこまで修行に修行を重ねたから名人やねん。名人は偉いんやぞ。
 ―――どう偉いのん。
 空飛べる。トナカイと話できる。子供の欲しいものなんかたちどころにわかってしまう。修行のたまものや。何しろ最近の競争のレベルは激しいんや。今はもう家に煙突がのうなったやろ、せやから煙突からしかよう入らんサンタは、未熟モンて言われんねん。修行足らんて言われんねん。
 ―――修行せな、あかんの?
 えらい修行してはる。滝に打たれて、座禅組んで、お経読むんや。
 ―――それは嘘や。お坊さんや、それ。
 日本で修行する人は、そうすんの。インドで修行する人はヨガやんねん。アメリカで修行する人はどうかいうとやな。
 ―――教会?
 ちゃうちゃう、いまどきのサンタさんはパソコンの勉強とロケットの勉強もせんとあかんねん。これはやっぱアメリカが本場やからな。
 ―――なんでパソコン?
 サンタさんもインターネットで情報集めてんねん。
 ―――なんでロケット?
 ソリが衝突してまう。きょうびは空も宇宙も渋滞中やからな。
 ―――サンタさんもたいへんや! おとうちゃんもそうゆう修行してんのん?
 いや、おとうちゃんは、えと、四級やから。まだ、プロとちゃうねん。
 ―――プロのサンタさんて?
 世界中のおとうちゃんが、いちどは九級サンタになるゆぅたやろ。一級までは、どんなサンタさんも見かけはふつうのおっちゃんや。初段になってやっと、プロになるわけやな。あの赤い服着て、白いおひげ生やして、年中過ごすことになんねん。そしたらもう、修行修行の毎日や。
 ───九級から一級までは、どうやって上がんのん?
 それはな。
 ―――うん。
 おとうちゃん、クリスマス近こなったら、よう言うてたやろ。えぇ子にしとらんと、サンタさん来ぉへんで、って。
 ―――うん。
 あれは、こういうことや。プロのサンタさんたちはな、クリスマス以外の日を使こて、一年かけて、世界中の子供をそぉっと見て回るんや。そんときに、プロのサンタさんたちはな、世界中のおとうちゃんサンタも、きちんと成績つけてくんや。子供たちはちゃんとえぇ子にしてるか。それから、おとうちゃんサンタはちゃんとえぇおとうちゃんやったか。ちゃぁんと、見てはる。一年中見てはるんやけど、ま、えみこがそろそろ二学期の通信簿が気になるんと同じで、お父ちゃんサンタもクリスマス近こなると、自分のサンタさん成績が気になってくるんやなぁ。
 ―――おとうちゃんらの通信簿はいつ来るん?
 クリスマス当日は、サンタさんごっつ忙しゅうしてはるからな。おとうちゃんサンタへの通信簿が来るのは、そのちょっと前や。子供らへのプレゼントを買う時期やな。今年のおとうちゃんはどうやったか。えみこがえぇ子やったら褒め、悪い子やったら叱り、ずっとえみこが大好きやったかって。そんで、おとうちゃんサンタには、今年は級が上がりました、上がりませんでした、いうて、そっと雪のハガキが届くんや。
 ―――ほな、どないしたら、プロのサンタさんになれんのん?
 そや、そこがややこしいとこやねん。
 ―――どうややこしいん。
 どんなに苦労して一級まで上り詰めてもやな。自分の子供が、大人になって、ひとりだちしていくときまでは、絶対初段にはなれへん。そのころにはもうだいぶトシもいってるから、せやからプロのサンタさんにはおじいちゃんしかおらへんわけや。でな、自分の子供が大人になって、それでももしサンタさんをまっすぐに信じてたら、そしたらそのおとうちゃんは初段のサンタさんになれんねん。
 ―――……。
 逆にやな、子供が、サンタを信じんようなったり、サンタがおとうちゃんやと気づいてしまったら、昇級は終わりや。プロのサンタさんは、世界中にプレゼントを配る、不思議なおっちゃんとして空飛び回らなあかん。飛行機や、渡り鳥とぶつかっても、寒い寒い空を、信じてくれる子供らのためだけに生きてくことになる。それはえみこの思うより、ずっとつらくて、寂しくて、厳しい仕事や。だから、もしも誰かのおとうちゃんとわかってしもたら、その子供が決して心配せんように、そこで昇級は止まってしまうしくみになってるんや。
 ───あかん、とまったらあかん、おとうちゃん、もっとがんばらなあかん。うち、今日のこと聞かんかったことにするから、もっと偉いサンタさん、ならな。
 えぇんや。もう話してしもたし。
 ―――あかん、あかんて。
 そない泣きそうな顔せんの。昇級が止まるだけや。サンタやゆぅことには変わりないねん。これまでも、これからも、ずっとえみこのサンタクロースはおとうちゃんや。……えぇねん、ほんまに、おとうちゃんには、何人も何人にも配らなあかん偉いサンタさんは、性に合わんて思ててん。えみこだけのサンタさんの方が、ちょうどえぇねん。
 ───そうなん?
 あぁ、そや。たぶん、みきちゃんのお父さんも、そう思たんと違うかな。でもあかんわ、みきちゃんのお父さん、あかんわ。ちゃんと秘密やてことにしとかんと。えみこもな、今日ゆぅたこと、誰にも言うたらあかんで。ひみつやで。他にも、偉いサンタさん目指してがんばっとるおとうちゃんはたくさんおるんやから、バレたらことやからな。
 ―――ん。
 もう遅いで。そろそろ寝や。
 ―――ん。おとうちゃんも、いつまでもけぇばやっとったら、またおかあちゃんにどやされるで。
 やかまし。競馬はえみこが気にせんでえぇねん。
 ―――おやすみ、おとうちゃん。
 おやすみ。


 ―――えみこ寝ましたで。
 ほか。
 ―――それにしてもよぅ口からでまかせ言うたなぁ。
 やかましわアホ。聞かんフリしくさって。えらい目遭うたわ。
 ―――でもうまいこと言うたやん。えらい感心した。あんた、けったいなこと考えて、もぅ。
 なんでおれがひとりでこんなん考えなあかんねん。別にサンタがおかんであかんちゅう道理あらへんぞ。だいたいおまえ、自分が答えられんかったから、おれに振ったんやろが。おとうちゃんに訊き、いうて。
 ―――さぁ、知らん。だいいちうちは、でまかせよぅ言わんもん。さっきのも、あれも嘘や、てバレたらどないすんの。
 嘘とちゃうがな。どっこも。おれはえみこのサンタクロースなんやから。
 ―――町内会長の藤原さん、お子さんあらしませんで。
 ホンマか。知らんかったわ。
 ―――だいたいハガキが嘘やろ。溶けるゆぅんは。
 いつかどっかの会社が発明しよるやろ。
 ―――はぁ、もう、なんやねんそれ。しょうもない。
 三級のサンタや。そんなもんや。三級やから三流で三品や。
 ―――四級と違ごたか。
 そうやったっけ。……それより、どないしょ。
 ―――何が。
 えぇチャンスやったのに、訊くの忘れた。今年欲しい物。
 ―――知らんで。我こそはサンタや言いよったんやから、自分で訊き。
 そんなん、今さら面と向こうて『何欲しい』て訊かれへんわ。きみこぉ、なんとか訊いたってんか。
 ―――知らん。
 困ったな。どないしょ。
 ―――知りません。
 ……きみこぉ。
 ―――何や。変な顔して。
 弟か妹、プレゼントしたろか。
 ―――ドアホ!



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