学生最後は中欧諸国でリラックス

1999.3.3〜20

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移動と観光の記録
初日(成田→ウィーン)
遂に学生最後の春休み。当初ロンドンに行くつもりだったが、資金的なことも考慮して中欧へ 行くことにした。HISでウィーン往復のチケットが8万1千円。ヨーロッパまでのチケットを自分で とったのは初めてだったので、この値段がどの程度なのか最初わからなかったが、実は結構割安の いいチケットだったらしい。出発2週間前にとったのにラッキー。
で昼頃日本を発って午後3時半くらいにウィーンへ到着。かなりいい天気。暖かい。でも今回ウィーン はゲートウェイとして利用するだけのつもりだったので、詳しいガイド本などをもっておらずどこへ いったらいいのかわからない。とりあえず旧東欧への列車が発車すると地球の歩き方に書いてあった 南駅(Sudbahnhof)へ行くことにするが、いきなり迷う。空港からの列車では直接行けず戻って乗り換 えやっと到着。しかし、なんとか着いたものの、実はツーリストインフォもない駅で、困る。ホテル の予約をしてそうな窓口に行ったらウィーン全市内のホテルリストのパンフを渡された・・・。
仕方がないのでパンフにのってた駅の近くのホテルをあたって、なんとか宿を確保した。でも一泊 760シリング(約7600円)もして、しかもあまりキレイでなく外の音がうるさくイマイチだった。駅 に行って夕食のパンを買い、鉄道インフォでブダペスト行きの列車について聞いたら、多くが西駅か ら出るとのこと・・・。騙された。うー。

2日目(ウィーン→ブダペスト)
最初からイメージダウンのウィーンの観光は後回しにすることにして、早速ブダペストに向か うことにした。いつものように朝食のゼンメルをおなかいっぱい食べ、西駅に向かいブダペスト行 きの列車に乗る。列車の中で出発を待っていると、日本人旅行者のひろこさん声をかけられ、一緒 にブダペストに行くことになる。ドイツ語がしゃべれるサッカー好き(しかもかなりマニア)の女 性だ。かなり話が盛り上がってしまった。このひろこさんとの出会いが今回の旅のポイントの一つ となった人との出会いの始まりだった。
ブダペストに到着し、まずインフォを探すのに一苦労。デアーク広場の回りをうろうろし、とりあえ ずおなかがすいたのでマクドナルドで昼食をすませたらすぐ目の前にインフォがあって二人でびっく り。日本語ガイドなんかもあったが、地図をもらい、日帰りのひろこさんの希望に沿って王宮の丘に 行った。すごく天気がよく暑いくらいで、丘もかなりいいところ。もう一度行こうと思った。
4時くらいにひろこさんはウィーンに戻るため別れ、私は宿を探しに行く。インフォで聞いたら宿を 紹介してくれる所を紹介してくれたので、そこに行ってとりあえず一日10000Ft(約6000円)と言っ てみたら全くその値段でアパートメントを紹介された。工事中でちょっと汚かったが、玄関、台所、 バス、部屋と広くていろいろある。こういうのもいいかもと満足だったが、値段交渉はちょっと適 当すぎる。もしかしてもっと安く言ったらその値段で借りられたのかなあ。

3日目(ブダペスト観光)
相変わらず中途半端な時差ボケで4時前に目が覚める。宿は2泊だけにしたので当初の予定に 沿ってザグレブ行きの列車のチケットを買いに東駅から南駅まではしごした。
チケットを買ったら次はドナウ川の中にあるマルギット島を早朝散歩。昨日までとうってかわって 曇り空、気温もかなり低い。こっちにきて初めてフリースを着た。島も朝早い(8時半くらい)だけ に閑散としていたが、途中うさぎみたいな顔のリス(?)が2匹追いかっけっこしながらじゃれあっ てるのを、ほんとに間近でしばらく見て幸せな気分になった。丁度島を通り抜け散歩が終わる頃、 遂に雨が降り始めたので今日は屋内中心の観光をすることにした。
地下鉄の駅で遠いところから順に行こうと思い、まずはショッピングモール(インターネットカ フェがあった)、次に国立博物館(ハンガリー語の説明しかなくわかりにくかった)、国立美術 館(満喫)、最後にオペラハウス(実際オペラを見たくなった)。夜はスーパーマーケットでパン とヨーグルトを買いアパートに戻った。

4日目(ブダペスト→ザグレブ)
早くも3ヶ国目、カズのために朝7時にブダペストを出て12時頃ザグレブに到着。インフォで 紹介してくれたところはちょっと遠いが小さくてきれいなプチホテルみたいなところで199kn (約3900円)にしては満足。荷物を置いてカズ目当ての日本人探しを兼ねて町中を歩き回るがなか なか見つからず、雨が降ってきたので地球の歩き方に載っていたレストランに入ると、それっぽい 日本人を発見。話しかけてみると明日帰るので試合には行けないが、練習を見てきてカズに会った とのこと。グランドの場所を教えてもらった。しかしラムステーキは多かった。
食後トラムでグランドのところまで行って確認し、50分くらいかけて歩いて町中まで戻った。

5日目(ザグレブ観光)
8時半からザグレブの町を散歩。一通り観光スポット(といっても小さな町なのであまりないが) を歩いた。
昼食後、スタジアム行きのトラムの出る広場でカズを見に行くに違いないと思われる日本人を張り 続け、いかにもという若い男3人組に声をかけたらドンピシャ。一緒にスタジアムまで行った。遂 に今旅行最初で最後のサッカー観戦。トラムの中からもうサポーター達の盛り上がりは凄く、ディナ モ(クロアチア・ザグレブの愛称)が鳴り響く。俺らをみつけたファン達から、ミウラコールもお きた。楽しい。
カズはスタメン起用されたがイマイチな動きで結局途中交替、試合のレベルも正直イマイチだった が、首位攻防戦だっただけにファンは熱い熱い。ディナモの圧勝だったため相手リエカサポーター から発煙筒がグランドに投げ込まれたり、得点シーンではとなりのおじさんと抱き合って喜んだり して、雰囲気を十分に楽しんだ。
試合後知り合った日本人が前日ひいきにしてもらったカフェでくつろぎ、ボバンの父親のレストラ ン(普通のイタリアンだった)で夕食をとった。で10時頃ホテルに戻ると、なんとチェックアウト したことになってる!!!そんなはずはないと交渉し、オーナーに確認してもらってなんとか無事 部屋を確保。(当たり前だけど)。ああびっくりした。ホッとした。

6日目(ザグレブ→ブダペスト)
午前中におみやげを少し買い、12時40分の列車でブダペストに戻る。ザグレブの駅で出会った 有賀君と岩井君と一緒に行くことにした。移動の間に詳しく話し込んでみると、なんと岩井君は日 吉在住、有賀君は瑞浪出身ということ。むちゃくちゃローカルネタがばっちりの二人だった。世の 中の狭さを感じた。二人とはとても気が合い、楽しく移動を過ごせた。
午後7時過ぎにブダペストに到着し、そこで別れるつもりだったが、結局二人が駅で交渉していた アパートメントホテルに、3人で一泊6000Ft、すなわち一人2000Ft(約1200円)の格安で泊まれる ことになった。彼らは貧乏旅行だったのでこのくらいじゃないと辛かったらしいが、友達になって ラッキーだった。しかも前のアパートよりいいところ。スバラシイ。その日は3人で1階のレストラ ンでちょっと豪華に食事をした。

7日目(ブダペスト観光)
鍵をふたつもらったのでこの日は二人と別行動で観光。朝8時半からゲッレールトの丘にのぼる。 とても広くて散歩に最適、すごく気に入った。展望スポットからドナウを眺め、一番上のおみやげ 屋でキレイなおねえさんの説明につられてエリツィン人形を買ってしまった・・・。
2時間程歩いて降りてきて、ついに今回の目的の一つであるのんびりの象徴、ゲッレールト温泉へ。 昼間からおっきな湯船につかりゆっくり。幸せ。とても気持ちよい。のぼせるくらい入っていた。 じっとこっちを見つめるコワイおじさんもいた・・・。
その後中央市場で次の日の朝食用のパンとバナナを買い、デアーク広場に向かってサンドウィッチ をほおばりながら散歩。しばらく町を歩いて楽しんだあと、カフェに入って念願の「トカイ・アスー」 。うーん、デリシャス。あま〜い。贅沢。のんびり海外生活を満喫した。
最後に王宮の丘にまた行き、ドナウ川をボーっと眺めて物思いにふけった。

8日目(ブダペスト観光)
せっかく一緒に泊まってる二人と、一日くらいは一緒に行動しようということで、彼らの ペースに合わせて11時頃アパートを出発。まず南駅まで歩いて二人の明日のウィーンまでのチケット を買い、絵はがきを出した。そして王宮にある二人が前日行った安くてたくさん食べられるレスト ランに行って昼食。ここはかなりオススメだ。
一通り王宮を歩き、英雄広場の先の市民公園までトラムで向かう。ブダペストで2回目の温泉 (セーチェニ温泉)に行った。残念ながら屋外浴場は工事中だったが、今日も2時間以上満喫。 夕食はマックで3人で長いこと話してアパートへ戻った。
ほんとにゆっくりした一日だった。

9日目(ブダペスト観光)
二人はウィーンに発ってしまったが、同じ部屋にもう二日泊まることにしたので、おばちゃん にお金を払うため部屋で11時頃まで待った。それでも一泊2700円くらいだった。で寒い日だったが、 ヤーノシュ山へ向かうことにした。登山電車→ピオニール鉄道(子供列車)→展望台→子供列車で 山を巡った。ほどよいくらいのハイキング。子供の車掌はみな個性が出ててとてもかわいかった。
その後南駅へ明後日のウィーンまでのチケットを買いに行った。列車が遅れて困っている日本人の 人たちに会った。そういうこともあるのか。気をつけよう。最後にハンガリーみやげも何か買って おこうと思い、トカイ・アスーとパプリカを買って、アパートに戻った。やっぱり一人だと夜帰って くるのが早い。

10日目(ブダペスト観光)
結局7泊したブダペスト最終日。ブダペストはホントにいいところだった。大満喫。
まずアンドラーシ通りを歩こうと、メトロでオクタゴン付近まで行って、そこから国会議事堂まで 歩いた。10時開始の見学ツアーのチケットを買ったが、どうも近々重要な会議があるらしく、厳戒 態勢。10時になっても始まらないので、「ここで待ってればいいんですよね?」と軽く声をかけた 日本人女性(たけださん)がなんとポーランドの日本大使館の人!驚いた。ビジネストリップらしい。 とにかく議事堂の異常なまでの豪華絢爛な内部を見終えて出てきたところで、たけださんに車でセン テンドレまで一緒に行きませんかと誘われた。当然是非とお願いした。なんとベンツのリムジンで 運転手付き、しかも運転手さんのガイドつきでの観光が始まった。なんてラッキーなんだろう。 英雄広場他を解説付きで再びまわり、センテンドレへ。小さくてかわいらしい町だ。昼食までおごっ てもらってしまった。
その後ヴィシェグラードへ行って山の上からドナウの曲がり角を見下ろす。素晴らしい眺めだ。 車ならではの旅を楽しめてしまった。感動。夕方王宮で降ろしてもらい二人と別れたが、とても いい日だった。充実。いい人達。スバラシイ。
でブダペストの締めに、3つめの温泉、キラーイ温泉へ。ここは入るのが番号順で、30分以上待た されてイライラしていたが、入ったらそんなことも吹き飛ぶ凄さ・・・。何がってもう凄い。ゲイ だらけ。今までの二つとは格が違う。抱き合ってる・・・。怖かった・・・。詳しくはことが聞き たい人には直接教えます(笑)
とにかく何かと刺激的で充実した一日だった。

11日目(ブダペスト→ウィーン)
長居したブダペストととうとうお別れ。名残惜しい。8時頃駅に着いてサンドウィッチを食べ ていると、日本人を発見。声をかけると、今日の朝着いたばかりということだったので、ちょっと ブダペストの話をした後、有賀君たちにもらったハンガリーの本(地球の歩き方)を譲った。
9:12の列車でウィーンへ向かう。列車の中では2、3歳の女の子がちらちらとこっちを見てたので、 目で会話して楽しむ。こっちの子はほんとにカワイイなあ。ウィーンに到着しインフォで宿を紹介 してもらうと、なんと悪いイメージのある南駅の方だった。でもいってみたら断然いいところだ。 キレイだし、ペンションなので鍵を借りてそのまま出かけられる。おばさんもいい人で、町中まで の歩き方を教えてもらった。
相変わらずウィーンの情報はないので、おばさんの教えの通りベルベデーレ宮殿を通り抜けながら 町中まで観光に向かう。一度間違えて反対方向へ歩いていて無駄に時間をくったが、なんとか中心 部までたどり着き、とりあえずシュテファン寺院を見た。でもウィーンは観光地過ぎて日本人も いっぱいいるし(しかもほとんどカップルか女性の2、3人組)、ブダペストに慣れた自分にとって どうも圧倒されてしまう。しかも物価が高い。

12日目(ウィーン観光)
まずは数少ないウィーン情報にあるもう一つの見所、シェーンブルン宮殿へ向かう。お金がか かる内部の見学は後回しにして、まずは庭園を散歩。とにかく広い広い。散歩して、丘の上と庭の ベンチで1時間ちょっとボーっとしてた。5歳くらいの女の子に握手を求められた(笑)。しかし とにかくウィーンは寒い。すごく天気がよいのに、ブダペストやザグレブよりだいぶ寒い。結局我 慢できず宮殿内部の見学に行くことにした。しかし学生1050円は高い。すごく広くてあまりに豪華 な部屋ばかりだった。
で遂にやることがなくなったので、他に見所はないかなと日本人の人に聞いてみて、中心街の西側 を歩くことにした。Ringという環状道路沿いを歩いていると、なんだか見たことのある顔に出会う。 岩井君だ。二人ともびっくり。話を聞くと、ウィーンが気に入ったので一日延ばして滞在してると のことだった。で200円でオペラを見られるということを教えてもらい、その日も行くつもりという ことなので、一緒に待ち合わせ場所に行くと有賀君が一人。しかし今日はもうオペラが始まってし まっていてしまったらしく、あきらめた。
で三人でぷらぷら歩いていると、今度は彼らがユースで友達になった人と出会う。さらには二人が 一度世話になった日本人カップルに出会う。うーん、世の中(というかウィーンが?)狭い。でそ のカップルに教えてもらったレストランに4人でてくてく歩いて行ったが、なんとお休み。しかたな く適当なレストランでもっとも安い定食を頼んだが、正直スープ以外はイマイチだった。
とにかく偶然の出会いの連続の日だった。ウィーンは狭いのか?(そういえば前日話した人にも宮殿 で会ったし)

13日目(ウィーン→ブカレスト)
遂に最後の国ルーマニアに行くため朝から空港へ。早く着き過ぎたがチェックインを済ませ 軽く朝食のパンを食べた。で飛行機に乗ると、座った2Dの席の券を持つ人が現れ、スチュワーデス さんに確認してもらったら、私の席が実は32Dで、3が消えていたのだった。なんてこった。その後 32Dの席へ移動すると一つ前の窓際のおっちゃんが座っていて、席を替わってくれないかと言う。 断るのも面倒だったので替わった。
ブカレストの空港に着き、とりあえず換金。地球の歩き方に載ってたレートのつもりでドイツマル クを換金したら、思ってたお金の倍くらいのお金が返ってきた。どうもインフレで1Lei=0.01円く らいになってるようだ。驚いた。空港を出るといきなりタクシーの運ちゃんたちの激しい客引きに あう。なんとか無視してバスに乗った。バスの料金はあまり変わってなく、通貨の価値だけ下がっ てるのでむちゃくちゃ安い。往復で100円くらい。うーん。バスでビクトリア広場まで行って、そこ から地下鉄(メトロ)でNord駅へ。とにかく汚い。街がキタナイ。今まで行ってきた国とはだいぶ 違う。野犬もいっぱい。暗くなってきたので一泊110000Lei(約1100円)の安ホテル(バス・トイレ 共同)に2泊することにした。
もう暗かったので何か買って部屋で夕食をとろうと思って駅周辺を歩き回っていたら、構内に入る だけでチケットを見せろと言われたり、明らかにニセ警官グループの奴等にしつこくつきまとわれ たりとなんだか怖い。イメージが悪すぎる。飯も買えずホテルに戻った。腹減った。すぐ寝た。

14日目(ブカレスト観光)
夕食抜きで早寝したので、朝早く目が覚めたが、我慢してしばらく寝続ける。7時頃起きて外を 見ると、なんと雪が降ってる・・・。なんてこった。3月も半ばだぞ。それでもおなかがすいてしょ うがないので、とりあえずインフォがあるらしい繁華街の方へ向かった。
メトロの一日券が約50円と交通費は超格安。とりあえずロマーナ広場で降りて、すぐ見つけたマック で朝食。1時間半くらいマックでガイドブックを読んだりしながら時間を潰したが、雪は止まず (9時半頃)。どうにもしょうがないので雪の中震えながら歩いて革命広場に行き、その後O.N.T (インフォ)に行くが地図すらないと言われた。なんてこった。天気が天気だったので得意の街散 歩も辛く、次にC.F.Rという国鉄の予約所に行って、明日のブラショフ行きのチケットを買った。
ブカレストははっきり言ってあまり観光するところがないのだが、唯一興味があった国民の館 (チャウシェスクが作った宮殿)に向かう。とにかくでかい。入り口がわからずうろうろして、 警備員の人に聞いてやっと中に入る。見学ツアーのガイドのお兄さんは日本に興味があるらしく、 ちょっと話しかけてくれた。なかなか自分の言いたいことが伝えられず、自分の英語力のへぼさを 再認識した・・。中はとにかく豪華なところだった。
他に見るところがないし、あまりに寒すぎるので(日中0度・・・)百貨店をうろうろし、また マックに入ってデザート食べて時間を潰した。最後に地球の歩き方に載っていたちょっと高級(?) なレストランに入り(4時くらいにいったので客は私一人)、豪華にルーマニア料理を食べた。 満腹。ワインもまあまあだった。明日早いので早く寝た。

15日目(ブカレスト→ブラショフ)
早朝ホテルを出て列車でブラショフへ向かう。2等車のつもりだったが1等車だった(?)。しか し今日も朝から雪。ルーマニアが寒いのか、ここ二日が特別寒いのか、ようわからん。9時半に到着 すると、「タクシー!」の声に混じって日本語が聞こえる。「私はマリアです。」とりあえずどうせ と思って無視して市内に行くバスを探していたら、そのおばさんがついてきた。しかたなく話を聞い てみると、「地球の歩き方・ルーマニア/ブルガリア」にも載ってる日本人びいきの有名な人らしい。 結局交渉に応じマリアさんの宿に泊まることにした。
宿まで車で向かう間いろいろ話をしたが、結構日本語を覚えていて親切な人だ。ブラン城への車の ツアーも用意してくれるということだったので、頼んで待ち時間に街の中心部まで行ってみた。古 いヨーロッパの感じがあって、田舎なので落ち着いていてブカレストより断然いい雰囲気だ。だい ぶルーマニアの悪いイメージが回復してきた。でもとにかく寒い。黒の教会を見て宿に戻った。
12時頃運転手さんが来て、ブラン城へ車で向かう。運転手さんはルーマニア語しか話せない人だっ た。ブラン城へ着いても、雪がしんしんと降っている。お城の中はごちゃごちゃといろんな部屋が いっぱいあって、面白かった。ふもとのおみやげ屋さんでちょっとおみやげを買い、また街の中心 部へ。スケイ地区の方まで歩いて、聖ニコラエ教会を見た。しかしもうシャレにならないくらい寒い。歩くのすら辛い。どっかの店に入ろうと重い、本もマリアさんもオススメのレストランでパパナッシュを食べる。甘酸っぱくてとても美味しい。これはとても満足。
早めに夕食を食べて、最後のエアメイルを出して、おみやげを買って宿に戻った。どうも自分一人 のようだ。わーい、広々。と思ってたら夜となりに人がきたようだ。でも出てこないのでだれだか わからん。

16日目(ブラショフ→ブカレスト→ウィーン)
昨日の夜は結局となりの部屋に来た(実は)日本人と3時間くらい話し込んでしまった。こっち の方で会う人たちとは気が合う。彼はこの後イスタンブールまで行くらしい。しかしルーマニアの 田舎町で同じ宿で日本人に会うとは思いもよらなかった。
今日は移動日なので、まずブラショフの駅でマリアさんを待つ。マリアさんにチケットを買っても らい、勢いにまけてLeiと米ドルを換金してあげてしまった。どうもものすごいインフレらしく、 Leiの価値がが毎日凄い勢いで下がってるらしい。マリアさんはちょっと強引な人だったが、いい人 だった。列車を待つ間たくさん日本語を教えてあげた。
最後の観光地ブラショフを後にし、3時頃空港に着いてひと休み。しかし何もない空港だなあ。 結局20000Leiくらい余った。値段的には大したことがないのだが、お札(しかも大きいので半分に 折らないと)なので財布がパンパンに膨らんでしまう。何かの基金に寄付してきた。
飛行機に乗るとどうも同じ列の一つ空けた席の人が日本人っぽい。観察すると日本語の本を読んで いる。ルーマニアで二人目だ!ということで声をかけてみた。サントリーのパリ支社の人で仕事帰 りということだった。たくさんお話ができて、楽しいフライトだった。すごくためになる話もでき た。ルーマニアの現状、今後なんかについても話してもらった。
夜8時過ぎに予約しておいた前回泊まったペンションに到着。今日で旅行は最後、多くの人に出会 い、いろいろ考え、勉強にもなり、そしてのんびりできたとても素晴らしい旅行だった。

17日目(ウィーント→成田)
ついに旅行も終わり。苦手の飛行機に乗り無事帰国した。名残惜しい。

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