情報部よりお知らせ(最終号)                      2002.3.25

◎1年間どうもありがとうございました。最終号の通信は「珍プレー集」を
一挙に公開してみたいと思います。関係者の方々、どうもごめんなさい。


3連休の前の日の放課後の平和な雰囲気の第I職員室に、第S職員室から電話があった。
「パソコンがとんでもないことになってるんで、至急来てちょうだい!!」
このとき情報部が校内出張で不在だったので、代わりにR科のT端先生が渋々出向く
こととなった。第S職についてみると、パソコンから大きな「ビ〜〜〜」という異常音。
その場にいた第S職の教員たちが
「爆発する!!」とコンピュータから離れて
叫んでいた。その光景を唖然として見ていたT端先生だったが、
「へんっ」と鼻で笑って
キーを1つたたくと、その音は一瞬にして止まった。


同じく第S職のいかにもコンピュータに強そうなH先生から情報部に電話があった。
「Gp5000に何回やってもアクセスできないんやわ。
ワハハハ。
情報部が3分の距離を歩いてようやく第S職に到着し、そのパソコンをよく見てみると
ユーザー名が
mhiguchiとなっていた。「m職員番号」というユーザー名は確か1人
1台パソコンの方のはずだが・・・。


その第S職員室のN村先生は「三重県で最初に1人1台パソコンを壊した人」という
評判だが、本人の名誉のために言っておかねばならない。N村先生は
「三重県で最初
に1人1台パソコンが壊れた人」
だったということを。


この通信を発行するに当たって、E科のK田先生から、パソコントラブルの原因の主が
誰かをわかるように書いて欲しいとの依頼を受けた。なぜなら、
第S職員室のパソコン
トラブルといえば、K女史の仕業
という「誤った先入観」が菰野高校全体を覆っていた
からである。これも本人の名誉のために言っておかねばならない。第S職員室のパソコン
トラブルの8割は同室の男性教員たちの活躍によるものだと言うことを。


『E科のT永先生が1人1台パソコンの電源が入らないと困っていたので、よく見ると
電源コンセントが抜けていた。このことを指摘すると
「えぇー、電池ででも動くんじゃ
ないんですかあ」
と真顔で答えた。』という話をR科のT端先生から聞いた。さすがに
これは
作り話だろうと思っていたが、あるときE科のT永先生がLANの線の抜けて
いる1人1台パソコンに向かって「どうして印刷できないのかなあ」とつぶやいている
お姿を目の当たりするに及んで、先の話が
まぎれもない事実であったことを確信した。


K庭科のS先生は第I職でもパソコンの動作を不安定にさせる事にかけては並ぶ者の
いない技術を持っていて、この日も得意技を炸裂させて慌てていた。見るに見かねた情報部が

「パソコンは僕と同じで美人の先生に見つめられると緊張して固まってしまうんですよ。」

などと調子のいいことを言った。するとS先生は
「そう、そうでしょ、それ当たってる。」
と大変な喜びようだったので、もはや「冗談ですよ」とも言えなくなってしまった。
なお、この手に味をしめた情報部は他の大勢の女性教員にも性懲りもなく同じ手を使い続けている。


K庭科のS先生の話をもう1つ。以前に成績の入ったフロッピーを壊した経験のある
S先生が
「また壊れたあ、どーしよー」と情報部に助けを求めた。よく調べてみると
そのフロッピーは確かに壊れてしまっていた。が、「NORIKO」と書かれた緑色の
そのフロッピーよく見てみると、それは以前に壊れてしまい、情報部が直そうとしても
結局だめだったフロッピーにも似ていた。そのことを伝えると、「ああ、そうだった!」と
「破損したフロッピーまで大事に持っている必要もないのに」と思っている情報部
の傍らで胸をなで下ろしていた。


今度は第I職のK語科のS水先生。このお方はヤフーに出しても恥ずかしくない立派な
ホームページをお持ちなのだが、あるとき、みんなでそのページを見ていると、1つの
リンク先が
「Gp5000\Teachers$教科\○語科\清○ま」となっていて、一同を慌てさせた。


同じく第I職のS学科の期待の星であるK先生がある印刷を大量にしようとしたところ
レーザープリンタが壊れてしまった。秘かに直しおこうと、ドライバーでガチャガチャやっているうちに
ネジをバカにしてしまい、そのプリンタに致命傷を与えたのであった。


E科のO田先生とR科のY下先生が、あるとき教科のパソコンに「年○状のソフト」を
インストールして、その後アンインストールしておけば、誰にもバレずに利用できるという

素晴らしい作戦
を画策した。ところがインストールの途中にパソコンが止まってしまい
インストールもアンインストールも出来ない状態となるに及んで、ついには情報部を呼ぶ羽目となり
いらぬお説教までされてしまい、反省しきりであった。


S指導部のプリンタが故障したので修理の見積もりをとった。そうすると、修理するより新規に購入する方が
断然安いことがわかったので、結局、S指導部のプリンタは新しく買い換えることとなった。
最近、S指のパソコンの調子が悪いとの連絡を受け、様子を見に行くと、パソコン本体の動作がきわめて
不安定になっていた。「このパソコンこわれそうですよ。」と情報部が言うと、主任のH先生が
「えっ、うそ、壊れたら新しいええパソコン買ってもらえるのとちゃう。こわそ、こわそ」とおっしゃった。
でも私の記憶が確かならば、以前に学校集会で
「学校のモノは君らのモノとはちがうんやからなあ
こわすようなアホな真似は絶対にするな!」
と力説されていたのは確かH先生だったような。


常々「私はコンピュータの電源の入れ方さえ知らん。」と豪語しているS藤M美先生が
IT基礎講習に生徒として参加されることになった。ある時、S藤先生の到着が遅れた
ことがあって、その時に受講者の1人がS先生のことを「あの人、今日は来やんのかなあ。
あの人パソコンに詳しいで、いろいろと聞かなあかんのに。困ったなあ。」と言っているのを聞き
実はS藤先生は凄腕を隠しているのかもしれないと思った。


IT基礎講習のある日は職員室の前のホワイトボードに右の図のような
記号をE科のO田先生に書いてもらっていたが、この記号が
泣き顔に見えたのは
勤務時間を過ぎてから、空腹の状態で3時間も連続で授業をしなければならない
A塚教諭だけだったようだ。

                       


上の話をA塚教諭から聞いたE科のO田先生は大笑いし、こともあろうに、次の回からは
右の図のような記号を職員室の前のホワイトボードに書くようになってしまったのだが、
この
悪のりはイエローカードぎりぎりのプレーと言っても過言ではなかろう。

                      


12月に「くものすネット」によるTV会議の実験が行われた。ここで、我らがA塚教諭は
U田教諭にだけ講演の感想を知らせようとして、黒板に「むずかしい話ですね」と大書して送信した。これがこともあろうに
四日市南高校で全員が見ているモニターにでかでかと映し出されてしまい、あきらかに気分を害された南山大学の
後藤先生に
「そんなに私の話は難しいのですか?」と質問されるに及んで、「バカにつける薬はない」という言葉は
実は自分のためにあったのだと思い知らされたのであった。