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チョコレート chocolat [ショコラ] ![]() (英) chocolate (伊) cioccolato ![]() |
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カカオペーストと砂糖を混ぜた菓子及び菓子材料。
アステカ語 chocolatl からスペイン語 chocolate が成立し、フランス語のショコラ、英語のチョコレートなどの語源となった。
スペインがアメリカを征服した頃先住民族アステカ人はすでにグリルして砕いたカカオとキャッサバ、唐辛子、蜂蜜、シナモンなどを混ぜて飲んだり、カカオを料理の香り付けに用いていた。 貨幣としても用いていたカカオ豆の別の利用法に気付いたのは1519年、メキシコに来たエルナンド・コルテス一行であり、1524年カール5世に届けられた。スペインではカカオ豆をつぶして蜂蜜、砂糖を加え、ヴァニラ、シナモンなどの香りを付けた飲み物、つまりココアとして16世紀の上流階級に広まった。長い間スペインとポルトガルが輸入を独占していたが、スペインから1615年にアンヌ・ドートリッシュがルイ13世の、1660年にマリ・テレーズ・ドートリッシュがルイ14世の妻となってココアをフランスへもたらした。
またイエズス会も布教の拡大と共にフランスでのココアの普及に一役買った。セヴィニェ夫人が書簡に残しているように当初は「ディナーの消化をよくし、夜会(スペ)を楽しめるようにココアを飲んだ」り「昼間の断食期間の夜の栄養源」としたりしていたし、ブリヤ・サヴァランも消化のために食後大カップ1杯を飲んでいたという。
19世紀初め産業革命の成果により蒸気を動力とする種々の機械が発達し、家内工業でチョコレートを作るようになった。1815年オランダではヴァン・フーテン Van Houten が開業し1828年チョコレートの溶解化を可能にした。1819年ペルティエがフランス初の蒸気機関による粉砕機を用い、他にもイギリスでカドバリやロウントリ、スイスではシュシャール、ネスレ、リンツ、トブラー等がこれに続いた。
19世紀までは消化剤や滋養強壮を宣伝材料としたチョコレートは、フランスでは現在以下のような分類と規定を行なっている。
▼クーヴェルテュールチョコレート chocolat de couverture
カカオバター31%、脱脂カカオ2.5%以上含有したチョコレート。通常、カカオバターは35〜40%、砂糖は42〜45%含まれている。26〜31℃で硬化するが、溶解して用いる場合55℃以上にすると繊細な味と香りを壊してしまう。
▼板チョコレート、棒チョコレート tablette, barre, bâton de chocolat
牛乳、アーモンド、ヘーゼルナッツなど他の材料を40%まで加えることができる。
▼チョコレートボンボン bonbon de chocolat
ヌガー、プラリネ、アーモンドペースト、リキュール、アルコール漬けフルーツなどを詰めたチョコレート。
▼ホワイトチョコレート chocolat blanc
カカオバターから作る色素を抜いた材料20%以上、砂糖、バター、生クリーム、牛乳といった酪酸脂肪で作る。
▼トリュフチョコレート truffe en chocolat
ガナッシュに香料を加え小球状にしたチョコレート。形がトリュフに似ているところからこの名がある。
⇒バレンタインデー
[ルセット]以下省略