小ぶりの馬車の荷台から、レヴィアは外を眺めていた。全面幌に覆われた荷馬車だが、前だけは丸めて上げて紐で縛っている。今はカレルが二頭の馬を御している。山道で馬車はがたがたと大きく揺れるが、山道に入るまでずっと馬を走らせていたファルナールは毛布にくるまって寝息をたてている。

 最初に乗っていた船は人も荷もたくさん載せていたが、乗り換えるたびに船の規模は徐々に小さくなり、そこにいる人も減っていった。陸に降りてからも最初は馬車が列をなして進んでいたが、それも一台二台と別れていき、今は一台の馬車に三人だけの旅だった。

「もうすぐ着くよ。次を曲がった先だ。レヴィア、ファルナールを起こしてくれるかな」

 カレルに言われてレヴィアは向かい側で眠っているファルナールを揺すった。ファルナールはすぐに目を覚ますと大きく伸びをした。

 急角度に折れた角を曲がって最後の坂を登りきると、開けた広場のような場所に出た。そこには一軒の大きな建物があった。尖った屋根の真っ白な建物だった。

「ここがエアドなの?」レヴィアは尋ねた。

「そうよ。ここがエアドの家」ファルナールが答えた。

「街の名前じゃなかったの」

「街じゃないわね。色々な人が住んでる大きな家みたいなものね。たぶん今も子どもはいないと思うからレヴィアはみんなにかわいがられるわよ」

 その建物の前でカレルが馬を止めると、ファルナールは後ろの幌を開けて荷台から降りた。そして前に回りこむと建物の大きな扉を開けた。中は広い通路で、左右にはいくつも戸がついている。ファルナールが入口の扉を閉まらないよう三角形の木片で止めると、カレルは馬車を中に進ませた。

「……家の中に馬車入れていいの?」

「ああ、ここは今は家として使ってないからね」カレルが答える。ファルナールは扉を開け放ったままで後ろから歩いてついて来ている。

 通路の最も奥には祭壇のようなものがあり、その前でカレルは再び馬車を止めた。

「さ、ここで降りて。レヴィアも荷物を運ぶの手伝って。こっちへ」
 そう言うとカレルは祭壇の裏にもぐった。レヴィアも荷台から降りて行ってみると、床の大きな鉄の扉をカレルが開けた所だった。中からは光が洩れてきている。大人の背丈の分よりも深そうな大きな穴だ。蟻の巣のように更に奥へと続いているらしい。
 一方、祭壇上部の台の下には滑車が取りつけられている。

「おもしろいだろ。これで荷物を上げ下ろしするんだ」

「わあ、秘密の隠れ家みたい」
 ファルナールは後からやってくると、ひょいと身軽に下に降りた。上下の滑車と縄を使い、カレルとファルナールは馬車で運んできた荷物を手際よく下へと下ろしていった。レヴィアは馬車の荷台からカレルの所へ荷物を運ぶのを手伝った。最後の荷物を下ろすと、レヴィアも縄を使って下に降りた。

「じゃあ僕は馬車を外に置いてくる。先にオグマのところへ」

「わかったわ。行きましょレヴィア」


 ファルナールに連れられて奥へと進んでいくと、両脇に長い杖を抱えた大柄な中年男性が出てきて二人を迎えた。

「よぉ、やっぱりおまえらか。そろそろかと思ってたんだ」

「相変わらず耳がいいわね。今帰ったわ」

「ああ、おかえり。待ちわびたぞ」
 簡単なやりとりをすると、二人は軽く抱擁を交わした。

 レヴィアはファルナールの後ろに隠れるようにして、男の足をじっと見ていた。左の膝から先がない。

「おまえがレヴィアだな。そんな隠れてないでこっち来い」

 男は笑ってそう言ったが、いかめしい顔とその足のせいでなんだか怖い。しかしいつまで後ろにいるわけにもいかないので、レヴィアはすごすごと前に出てぺこりと頭を下げた。

「なんだ、かわいらしい娘だな。おれはオグマっていうんだ。よろしくな」

「レヴィアです。よろしくおねがいします」

「長旅で疲れてるだろ。その辺適当にかけてくれ」

 オグマの指したその辺りは食堂のようで、大きめのテーブルが一つとその周りを十ほどの椅子が囲んでいる。レヴィアたちは銘々そこに座った。ファルナールはまだ眠いのか、椅子に腰掛けると大きな欠伸とともに伸びをした。

「遠路はるばる帰ってきたのにお茶もでないの?」

「片足のおれを使おうってのか、ひどい女だ。茶をこぼすぞ」
 ファルナールの冗談にオグマは大げさな身振りで応えた。

「それは嫌だわ。じゃあカレルが来たらやってもらいましょ」

「相変わらず尻に敷かれてるのか、あいつは。かわいそうに」

「そんなことないわよ」

 ちょうどその時、噂のカレルがやってきた。
「やあオグマ、久しぶりだ。手紙は届いてたかな?」

「ああもちろんだ。嬢ちゃんの寝床もちゃんと用意しといてやったぞ」

「ありがとう、助かるよ」カレルはそう言い席に着こうとしたが、三人の囲んでいるテーブルの上を見るとそこで留まった。「あ、お茶出してないね。出そうか。場所は前と変わってないよね?」

 てきぱきとお茶の準備をするカレルを唖然としながら眺めてオグマは言った。
「……おまえら、とてもうまく行ってるようだな」

「ええ、おかげさまで」ファルナールはにっこり微笑んで返した。

 二人がそんな会話をしているとは露ほども知らないカレルは、四人分の暖かい茶を用意して今度こそ座に着いた。

「ところで嬢ちゃん、おとなしいな。緊張してんのか?」

「いえ……あの……」

「なんだ?言いたいことがあれば何でも言えよ」

「オグマがしゃべりすぎるから話せないんじゃない」ファルナールが言った。

「それもそうか、ははは。ところで訊きたいことがあるんだけどよ」

「……人の話を参考程度にしか聞かない男ね」ファルナールが呆れた口調で小さく言った。

「いいじゃねえかよ、なあレヴィア?」
 完全に自分のペースで話すオグマに口を挟む余地はない。

「はい、あの…訊きたいことって……」

「ああそうそう、その蒼い髪って生まれつきなのか?」
レヴィアは一瞬黙った。そんなことを訊かれるとは思ってもみなかった。

「……そうです」

 生まれつきじゃなかったらなんだというんだろう。おかしなことを訊く人だと思いながらレヴィアは答えた。オグマは身を乗り出してレヴィアの顔をじっと見た。

「へえ、睫毛まで蒼いんだな」

「………」
 変な人だ。レヴィアは思った。そんなにじっと見られると視線をどこにやればいいのかわからず困る。

「ダリエの人間は真っ黒い髪をしてるって聞いたが、蒼とかもたくさんいるのか?」

「たくさんはいないけど、少しはいます」

「蒼だけじゃない。紅や碧、いろいろいる。でもレヴィアのように鮮やかできれいな色は珍しいよ」カレルが言った。カレルもファルナールも、そしてオグマも薄い茶の髪だ。ここミルラント地方では多少の濃い薄いの差はあっても、みんなこのような麦藁色の髪をしていた。

「そうかあ、そいつはすごいな。見てみたい。なんだかミルラントにもどこかに蒼い髪の人がいて、それが何でも知ってる偉い人らしいという噂を聞いたことがあるが」

「へえ、初めて聞いたな。それはどこの町なんだ?」カレルが訊いた。

「どこって言ってたかなあ。忘れちまったな。遠くから来た患者に聞いたと思ったが」

「もう、肝腎なこと覚えてないんだから」ファルナールが言った。

「でも、こっちで蒼い髪なんてそうはいないだいろうから、商人とかに訊けばきっと知ってる人がいるよ」

「そうね。場所がわかったら会いに行ってみる?」ファルナールがレヴィアに尋ねた。

「うん!」レヴィアはぱっと顔を明るくした。

レヴィアが王都にいた期間は、一都市としては他の都市に比べてかなり長かった。王都には確かにザイスと呼ばれる色とりどりの髪をした人たちがいたが、娼婦など以外はみな頭をすっぽりと覆被布で覆っていた。だからレヴィアは実際には自分以外のザイスを見たことはあまりなかった。


「なんだか腹が減ってきたな。なんか食うか」
オグマは独り言のようにそう呟くと、二本の杖を手に取って戸棚に食べ物を取りに行った。

レヴィアは一本しかないその足と杖で器用に歩く様が不思議で仕方なくて、じっとオグマの一連の動作を見つめていた。
オグマはそんなレヴィアの視線を気にした様子もなく、干し肉を片手に戻ってきた。

「……あの、足……痛くないんですか?」レヴィアはオグマに尋ねてみた。

「ああ、これか。びっくりしたろ。こいつは生まれつきのもんだから痛くはないんだ」

「色々困らないですか?歩いたりとか」

「全然とは言えないけど、ここに足があったことがないからなあ。特別不便とは思わない」

「でも……ここから上に上がって外に出るの、大変そう」

「ははは、確かにそれは大変だ。何しろおれはこの家の外に数えるほどしか出たことがない」

「えっ、本当?それならもっと外に出やすい所に住めばいいのに」

「そうだな。でもおれはここに子どもの頃からずっと住んでるんだ。最初は一人で住んでたけど、今は居ついちまってるやつもいるからなあ。家主が出ていくわけにもいくまい」

「子どもの頃からここにいたんですか?」

「そうそう。赤ん坊の時からだ。見ての通りここの上の建物は修験堂だ。おれの母親がそこ修道士だったんだけど、戒律破ってどこぞでガキつくってきてよ。隠してこっそり育てるしかなかったんだな。で、昔外敵が襲撃してきたときに隠れるための部屋だったこの部屋におれを隠してたんだ」

 オグマの話にレヴィアは目を白黒させた。
「本の中の話みたい」

「あっはっは、そうだな。嘘みたいな話だろ。信じられないか?」

「ううん。でも、修道士さんたちはどこへ行ってしまったの?」

 オグマは干し肉をひきちぎって口の中に放り込んだ。
「最初はこっそりここに住んでたんだけど、そのうちバレたんだな。もちろんオフクロは追放。でもおれはその時もうかなりでかくなってたから、ひっぱり上げるのも大変で、まあ俺が連れてかれないようにごねたからなんだが。もう出られないから仕方ないってことで黙認することになったんだ」

 オグマはくちゃくちゃと肉を噛みながら話をした。そしてそれをごくりと飲み込むと、また話を続けた。

「最初は共存してたんだ。おれは魔法で怪我を治せたから、修道士連中にも便利な存在だった。ただそれが口こみでよそに伝わったらしくてな。そのうち傭兵連中も集まってくるようになった。怪我するやつが多いからな。しかし修道士たちは傭兵を嫌う。でもいくら言っても傭兵が出てかなかったら修道士の方がどっか行っちまったんだ。ははっ、悪いことしたかねえ」
 そう言いながらオグマは悪びれた様子はない。レヴィアは返す言葉もなかった。

「ちょっと、初対面でこれは刺激の強すぎる話なんじゃない?レヴィア、びっくりしちゃってるわよ」ファルナールが言った。

「いいじゃねえか。いずれは話すことだ。いっそ早い方がいい」オグマはあっけらかんとしている。

「レヴィア、ここに来るまでにも話したけど、ここなら誰が追ってきても見つかることはまずない。こんな変わった家主と、こんな所に居ついてる変わり者ばかりの所だけど、君さえ良ければここにいるといい」  

 カレルが微笑んで言った。オグマはそれを聞くと一つ咳払いをした。

「聞き捨てならない台詞が一部含まれてたが、とにかくだ、ここの住人を代表しておまえを歓迎しよう。ようこそエアドの家へ」にっと笑ってオグマも言った。



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