聞コエルダロウ
我ノ声ガ…
聞コエヌハズハナイ…
…何処か重苦しい雰囲気の会場は、たった今歓喜の声に包まれようとしていた。その場に集まった人々の手にはグラスが在り、そして各々の視線の先は、ただ、一人の男に集中していた。
男はたいそう華やかに着飾っていたが、表情はそれとは裏腹に変化することがほとんどなかった。彼の背後にたたずむもう一人の男も同様であった。その二人だけが、他の会場出席者とは異なっていた様だった。ただ唇だけが淡々と動き、まるでロボットの様に長い話を進めている。何かの挨拶である様だ。
『……という訳で、この島とわが国との交流が益々深まっていくことを祈っている。』
プツッっとその唇は動きを止めた。やるべき事を終えたように。次に彼の瞳がギョロリと動き、視線は彼の前方近くに居た別の男に向けられ、彼の話が終了したことを伝えた。
幾分頬を紅潮させたその男は、ハッとした様にその合図に気付くと、
『えっ…ええ!祈りましょうとも!』と少々脈絡の無いつなぎ方をした。何かによって興奮した彼は、司会を務める自分が次に何をすべきか、一瞬判らなくなったのかもしれない。
しかしそういった興奮は、その場のほとんどの人間が持ち合わせているようであった。司会の男を見つめる人々は、皆グラスを片手にして何かを待ちわびている表情を見せていた。
司会の男はポツリとつぶやいた。
『全くあいつはこんな時に何処へ行っているんだ…。』
彼の近くでそれを聞いた女性二人は、顔を見合わせた。
『仕方ないじゃないのよねえ。』
『あのオスロ君はこういう、人が沢山集まるところは好きじゃないんだよ。』
…どうやらこの場にいるべき人物が一人欠けているようであった。司会の男はその"オスロ君"が顔を出さないかと入口の方へと一瞬目を配ったものの、矢張り見付からなかったのか、瞳を伏せた。
そして決心したように顔を上げ、声を張り上げた。
『それでは!我が島と大陸との交流が開始されることを記念して――乾杯!』
"かんぱーい"と人々が口にした言葉は、グラスがあちらこちらで立てる乾いた音と共に、その空間一杯に響き渡った……。
汝ト我ハ 等シキ者ナリ
ソレハ定マリテ 変エラレヌモノ
…地下水脈が途切れた部分から大量の水が放出されている薄暗い洞窟の中に、一人の男の子が突っ立って居た。深い青の瞳は、濡れたような輝きの黒の前髪を通して自分の前に出来た影を見つめていた。
…不意に、その男の子は顔を上げた。
『あ〜あ、もう帰ろうかな……。』
二、三歩前へ踏み出して、水脈からの滝のようになった真裏から外れ、少々何か考える素振りを見せてから、また踵を返して元の位置に戻り、さらに歩き出した。
汝ハ ソレヲ
変エルノカ……?
そして会場へと男の子はやって来たのであった。しかしそこは、異様な雰囲気に包まれていた。
大きなテーブルの上には男の子の見たことも無いようなご馳走が並び、艶やかな色彩の花束も幾つかあって…ここまでは男の子も大方想像していたことであろう。人々も手にはグラスをとって、二、三人ずつの固まりがあちらこちらに出来て、楽しげに愉快に話をして。
―――――しかし、「異様」なのであった…。
『……!!?』
会場内へと足を踏み入れた刹那、それぞれの人々の元へ駆け寄って様子を窺う。
楽しげに、愉快に話をしている―――――"絵の様に"。
『父さん!!!』
父親の元へと駆け寄る。まだ頬が紅潮している父は、何かホッとした表情をしている。
『父さん!ねえ父さん!!何があったの・・・?みんなも・・・。』
男の子はそっと会場を見まわして見る。人々は質素ではあったがそれなりに着飾ってきている様子だった。嫌らしい派手な人は一人も居ない。
『みんなも…どうして…。』
―――――「動かないの…?」―――――
そう、その場はまるで宴会か何かの絵画のようになっていた。人々は寸分も動こうとしない。
ここで何があったのか、頭では理解しはじめていた。しかしあまりに信じ難いことでしばし呆然としていたが、徐々に懐疑的であったものは確信に変わりつつあった。
「時間が止まる」とはこういうことではないだろうか…?
『父さん…父さあぁぁん……!!!』
男の子はただ喚くしか無かった様であった。
冗談なら早く止めて欲しい。夢なら早く醒めてしまえ。
男の子は泣き続けた。叫び続けた。頭の痛みを耐えてまでも泣き叫び続けた。
知り合いの名前を、来て欲しいということを、自分が何も出来ないからみんなを助けて欲しいということを、そして自分が独りぼっちである事を。
男の子自身の頭の中にその声が響いて眠れなくなるほど叫んだ。
変エルコトガ デキルノカ……?
それでも…。
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