翌朝、珍しくなかなか起きてこないルーニアを残して三人はルメスと共に朝食をとったあと、レイスの村の中を見て回っていた。ルーニアはこれまでほとんど休みなしできたため疲れているのだろうと、休ませておくことにした。一方で、ラインは非常にすっきりとした気分で朝を迎えていた。昨晩悶々と考えこんでいたものの、目覚めてみればやるべきことは一つしかないように思われたのだった。ただ、それを口には出さず、今は母の故郷であるこの村をよく見ておこうと思っていた。

 ここに来た時にも思ったことであったが、レイスの村は外から見ればまるで廃墟のようだった。しかし、シンアンリンの城と同じように、村人は皆空間を歪めて彼らの生活する空間を作っているのであった。ラインたちの泊まったルメスの家もそうだ。このように彼らの生活空間は外ではなかったから、むしろ外観はそのくらいの方がもしもこの村が発見されたときにも良いということから、シンアンリンの者が来なくなってからは積極的にこのような状態にしたということが村人の話から分かった。

「しかし…これだけの空間を魔法で作ったってのか。…すっげえなぁ…。」
ティッツは村の家々を訪ねては感心していた。

「そうだね。シンアンリンの城で使っていたのも、ここで教えてもらってやったのかもしれない。」
何の気なしにラインは言った言葉だったが、ティッツとハイネは皮肉のように聞こえたのかそれ以上このことについては話さなかった。

こんな力があるのにも関わらず、レイスの人々は最低限の空間しか作っていなかったし、ここにある何もかもが質素だった。そんな風に生きることを選んだ彼らと、ここで二十数年生きた後に父と結婚し、自分を生み…そして死ぬ道を選んだ母。ラインは少し複雑な気分になった。



「俺にも、魔法が使えるようになる方法はありませんか?」
三人の仲間に黙って一人で、ルメスと長の下に来ていたラインは単刀直入に話を切り出した。

長は表情を変えず黙ったままだった。ルメスは目を丸くし、思案するようにきょろきょろと視線を動かしたあと、申し訳なさそうにラインを見た。
「えっと…もうちょっと詳しく説明してくれないかな。」

「今俺は魔法が使えないんです。だけど、魔法が使える二人の仲間に俺は魔法が使えると言われて…、昔もそう言われたことがあったんです。それに母はこの村の出身だし、父だって優秀な使い手だった。逆に言うならなんで自分は魔法が使えないのかと思ったんです。」
まっすぐに見つめてラインは言った。ようやく辿り着いた一つの決意だった。

ルメスは自分には判断がつきかねるといったようにラインを見て曖昧に首を振ると、判断を促すように長を見た。

「…なんで、魔法が使いたいと思ったんだね?」
ようやく長は口を開いた。

「この間…自分のせいで仲間が傷ついたことがあったんです。俺が…弱かったから。」

「ああ、あの異邦者のぼうやかね。」

「そうです。分かりますか。」

「分かるよ。腕を折ったんだろう。魔法で治療したんだろうが治りきってなかったみたいだからね。」

「そう…ですか。…まだ治ってなかったのか…。」
ラインは長の洞察力に驚きながらも、まだ彼が治っていなかったことを気づかなかったことを歯痒く思った。また、長も彼を"異邦者"と言ったことが気にかかったが、ここでは聞かないことにした。

「そう、とにかくそれもあって自分の身一つ守れないようじゃ困ると思ったけれど、剣はいくら練習したって一朝一夕じゃそんなにうまくなりようもない。むしのいい話かと思われるかもしれないけれど、もしジャック…オスロがまた何か事を起こすのなら彼を止めたいし、できればその前に彼に会いたい。ただ彼は途方もない程の力を持っている。だから、もし魔法が使えるようになれば…少しは心強いと思うんです。」

多少たどたどしくも、ラインは誠意をもって正直に話した。長はそれをじっと聞いていた。そしてラインの話が終わると静かに目を伏せた。

「お前の母親はこの村で一番優秀な使い手だったのだよ。」

何を意図しているのか、彼女はゆっくりと話し始めた。ルメスも横でうんうんと頷きながらも「僕は落ちこぼれだけどね。」と軽く肩をすくめて愚痴のようにぼそりと呟いた。

「お前が魔法が使えないのは、カレンがお前の魔力を封印したからだ。きっと生まれてすぐに封じたんだろうね。もう随分年月が経っているが、それでも微弱にしか魔力が流れていない。」

「それじゃあ、その封印を解けば…!」

「そう、そういうことだ。」

「お願いします!長、その封印を解いてください。」
ラインは頭を下げ、必死に頼んだ。興奮に胸が高鳴っていた。

「…封印を解くことは構わない。ただ、お前の魔力が余りに大きかったためにカレンは封印を施したということも考えられる。大きすぎる魔力はその力ゆえに不幸も呼び寄せる。…とりわけリグフトでは生きにくいだろう。それに、生まれてこのかた一度も扱ったことのない魔力を一気に開放するんだ。お前の持つ魔力が予想される最小だと仮定しても、肉体にかかる負担は凄まじいだろう。場合によっては耐え切れずに死ぬかもしれない。」

「それでも構いません。それに耐えられなかったとしても、ここで逃げたらきっと、待つのと同じ結果でしょう。後悔の思いはもっと強いかもしれない。お願いします。」
迷いなくラインは言った。そんな彼を長はなんとカレンに似てまっすぐで、頼もしく…そして危ういのかと感慨にも似た複雑な思いを抱きつつ、一つ溜め息をつくと決意したようにラインの目を見た。

「いいだろう。じゃあ、カレンの部屋でやろうか。あそこが一番外部からの干渉を受けにくい。ルメスもついてきな。あんたがサポートするんだよ。」
そう強く言うと彼女は立ち上がり、身を翻した。ルメスは「ははは、はい!」と緊張したようにいきなりガタンと立ち上がると長についていった。そんな彼をいまいち頼りないと思いつつも、ラインも強く頷くと後に続いた。

「お前の仲間たちには言わなくて良かったのかね?」
長はカレンの部屋を眺めているラインに尋ねた。ルーニアたち三人はルメスの家にはいなかった。ラインは何も言わず長に会いに来たのだから、ルーニアたちはラインがこれからしようとしていることを知らない。少し考えるように天井を見上げると、ラインはくるりと振り返り少し困ったように微笑んだ。

「迷ったんです。でも、これでも俺が変われなかったら、本当にみんなに合わせる顔がないし。逆に黙っておいて突然魔法が使えるようになってれば驚くかななんて思って。」

やや要領を得ない答えであったが、長はそこにラインの不安と自信のなさを感じ取っていた。
「甘いね。死ぬかもしれないと言っただろう。」

「……。」
ラインは目を伏せたが、すぐに長の瞳を見つめ返した。長は頷いた。

「まぁいい。じゃあ始めようか。ルメス、準備は出来たかね。」

「はい、できました。」

歯切れよく応えてルメスは軽く手を上げた。その足元にはラインの知らないルーンの円陣が描かれていた。人一人がようやく入れるくらいの大きさだった。結界のようだ。

「よし。ライン、あの中にお入り。」

促されてラインはその円陣の中に立った。長はラインの真正面に立って向き合うような形になり、ルメスはラインの背後に立った。近くに立つと長はラインが今まで感じていたよりもずっと小さいように思えた。彼女の威厳が彼女の姿をも大きく感じさせていたのかもしれない。

「始める前に一つ言っておこう。魔法は、諸刃の剣だ。使うもの次第でどのようにでもなる。過剰な期待はかけるな。全てはお前次第なんだ。」

「はい、心得ます。」
強く響く長の言葉に、ラインの背中にもぴりっと緊張感が走る。

「それと…もう一つ、お前は誤解をしている。ある力を、あるいは知恵を持ち、知るという事はそれに対する恐怖をも知ることになる。きっと、お前にも分かる日がすぐ来る。」
先程の声とは裏腹に、静かに彼女は言った。ラインには彼女の言ったことがよくわからなかった。ただ、彼女もラインがすぐに理解することを望んでいるわけではなかったようだった。

「じゃあ今度こそ始めよう。両掌をこっちに向けて。全身の力を抜いて楽に立つ。」
ラインは言われるようにした。長はしわくちゃの掌を一度上に向け、ゆっくりと細い指で包み込んで拳を作った。再び手を開くとラインと自分の掌を重ね合わせた。その瞬間、掌から熱いものが流れ込み、全身に道を通すように巡り来るのがわかった。

長はいくつかの短い言葉を刻みだした。ほぼ同時にルメスがラインの周囲に結界を張る。ラインは一つ一つの呪文ごとに体が熱く、痺れてくるのを感じた。息が苦しく、身動きも取れなくなってくる。

「う…く…っ!」
思わず呻き声があがる。

「ライン!ゆっくり息を吸って、落ち着くんだ!」

ラインの耳にルメスの声がかすかに聞こえたが、体が全く言うことを聞かなかった。全身が熱く硬直したようで、割れそうなほど頭が痛かった。

「うああああああああっ!!」

ラインが耐え切れず叫んだ刹那、長はひときわ声を張り上げた。最後のルーンの呪文だった。意識を失ってラインは床に倒れ落ちた。

「ライン!」

ルメスが慌ててラインの肩をゆすったが、まるで反応がなかった。喉元に手を当てて脈と呼吸を確認してルメスは少しほっとした顔をしたが、まだ不安げな表情で長の顔を見た。長も肩で息をしていたが、まもなく呼吸を整えて胸に手を当てた。

「大丈夫だよ。体の方は受け入れられたようだ。しかしカレンめ、厄介なことをしてくれるね。二重に封印を施していた。しかも外からは分からないように巧妙に。内側の封印は解けなかった。使い手の生死もかけるような力を制御するものというところだろう。」

「姉さん……。」
ルメスは話を聞いてうつむき、ラインの顔を眺めた。

「長、ラインはどうしましょうか。」

「この部屋に寝かせておくのがいい。あの子の精神が突然の魔力の開放で外界との接触を拒絶したんだろう。精神が魔力をコントロールできるようになるまで少なくとも数日は目を覚まさないはずだ。」


  現在地: HOME>Library>EQUALIZER>8-7