「オハヨ。」
デュオが起きてきた。なんとなく、寝ぼけた顔で、椅子をひくと、だるそうに腰を下ろす。
ヒイロほど、起きてすぐに、体の全機能がフル・スタンバイ状態に切り替わる
わけではないが、それにしても今朝はひどすぎる。
「どうした、具合でも悪いのか?」
そばに来ようとした同居人を身振りで制して、デュオはテーブルに突っ伏した。
「・・・?」
ますますわけがわからない。
「デュオ、」
声をかけると、こもった応えが返ってきた。
「・・・・・うさぎが・・・」
「なに?」
「・・・・・うさぎの夢、見た・・・」
「・・・・・・・・」
うさぎ?
あの、丸い目と鼻をした、耳の長い、哺乳動物のことか?
どうして、うさぎが夢に出てくるんだ?
いや、それより、どうしてうさぎの夢を見たくらいで、デュオがこれほどショックを受けているのか?
「デュオ、きちんと話せ。それじゃ、全然わからない。」
「だからあ、見たんだよ、うさぎが出てくる夢を。」
「それが、どうかしたのか?」
その問いが気に入らなかったのか、デュオはやおら顔を上げ、怒った目で
ヒイロを見やった。
とにもかくにも、感情の起伏のおかげで、先程よりかは、見られる顔になっている。
「どうかしたか、じゃないっ! うさぎが夢ん中に出てきたんだぞっ! それもイヤんなるくらい、大挙して!」
「別にいいだろう。たかが兎だ。」
どこまでもマイペースを崩さないヒイロに痺れを切らしたデュオは、舌打ちを打った。
なついていたテーブルから体を起こし、センターに置かれているポットに手を伸ばす。
まだ炒れたての温かさと香りを放つコーヒーを、カップに注いだ。
「・・・最初はさ、よかったんだよ。かわいいな、って思うだけで。それが
見る間に数が増えてって、そいつらがラインダンス踊り出したんだ。全部のうさぎが踊るんだぞ、俺の目の前で!俺、行くとこあったのに、身動き取れなくてさ・・・・、目が覚めたときは、心底ほっとした。」
空気の破裂する音がした。
一応真剣に聞いていたヒイロが、とうとう我慢できなくなって、笑いをこらえるのに
失敗したのだ。
耳ざとく聞きとがめたデュオが、綺麗な瞳で、じろりと睨む。それが限界だった。
「・・・っくっくっく・・・、あはははははっ!!」
キッチンとリビングにヒイロの、滅多に聞くことのない笑い声が響く。
デュオはむっつりと押し黙って、コーヒーをすすっている。
「そんなに、笑うこたあねえだろーが。」
失礼な奴だな。
おまえが話せ、っていうから、話してやったんだぞ、俺は。
しばらくして気の済んだらしいヒイロが、デュオにバターロールの入った籠を押しやった。
「悪かったな、デュオ。そう、怒るな。」
「別に、怒っちゃいねーよ。」
「なら、さっさと食事をすませろ。今日は10時半に、本部に出頭だ。」
今日はいつもとは異なり、レディ・アンの執務室への出頭命令だった。遅れるわけにはいかない。
デュオはバターロールに噛み付きながら、ヒイロに視線を投げた。
「レディ直々のご命令か。な〜んか、ヤな予感、しねえ?」
「さあな。行けばわかる。」
「まあね。」
ひょっとしたらあのうさぎの悪夢は、予知夢だったのではなかろうか?
そんな思い付きが、ちらりと掠めていった。
玄関を出たところで、デュオが何気なくヒイロに尋ねた。
「なあ、おまえって、夢は見ねえの?」
「覚えているような夢は見ない。」
これまた、何気ない返事を受けて、デュオはちょっと首をかしげる。シャープなラインを描くヒイロの横顔を見つめた。
「なんか、それって、さみしーよな。」
「そうか?」
ヒイロはまったく、動じない。今日は彼の番なので、キーを持って車庫に歩き出す。
助手席に乗り込んだデュオが、ドアをロックしたのを合図に、車は滑り出した。
ヒイロはハンドルを握りながら、考えていた。
夢なんかいらない。
自分が叶えたかった夢は、ちゃんと今、隣にある。
生きている夢があれば、眠りの合間に訪れる、束の間の幻など必要ない。
だから・・・・、夢なんか見なくていい。
end.
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