風が吹いている。
たいして激しいわけでもない雨も、こんな日には非常に鬱陶しい。
斜めに降りかかる雨は霧のようでふせぎようのない腹立たしいものだった。
そんな中、デュオはふらりと出ていったまま帰らなかった。
もう時刻は深夜をまわる。
出掛けに見せた、感情のない伏せた眼差しが酷く気になっていた。
大通りをそれて川沿いに歩けば、やがて桜の並木道へとつづく。
もう見頃を過ぎてきた、葉を覗かせ始めた桜が立並ぶ中をまっすぐに進む。
何故かはわからない。ただ、確信をもって進んだ。
―――彼は、ここにいるのだと。
やがて、並木は川をはずれ、公園へとヒイロを導いた。
そうしてそこにデュオはいた。
―――立っている。
ただ、その場に、立っている。
それだけが奇妙に印象的なその光景。
声をかけるのを一瞬躊躇い、足を止めた。
彼はまだこちらに気付かない。
日当たりが悪いせいか今だ満開の桜の木が彼を囲む。じっとりとした雨の中、
色を沈めた花びらは見るものに重苦しい圧迫感を与えた。
風が吹いても散りもしない桜。
その中に佇む彼。
遠くを見るようなその横顔はどこか虚ろで、その瞳には何も映っていない。
ふいに、その口許が笑みを刻んだ。
たったそれだけのことなのに、ぞくりと鳥肌がたった。
本能的な恐怖。見慣れた筈の彼の姿に。
だけど恐ろしいだけではなくてそれに惹き込まれる自我がある。
綺麗で、誘惑的で、だけどそれに引き込まれたら命を断たれるのだろう。
「なるほど、死神、か……」
その姿に魅入ってしまう。
神聖で、危険な、触れてはならないその存在。
―――彼の持つ、二つ名。
そのとき、ふいに強い風が吹き抜けた。
散る気配もなかった花びらが風に舞い、視界を閉ざす。
吹き付ける風に顔を庇うよう咄嗟に手をかざせば、その動きで動いた空気に
気付いたのかデュオが降り返った。
驚いたような顔で瞳をまたたかせる。
「―――ヒイロ?」
「……」
見つかった以上離れているのも不自然で、デュオの横まで歩いてその腕を掴んだ。
「お迎え、ごくろーさん」
「――…帰るぞ」
茶化すように言うデュオに、掴んだ腕を引っ張ることで意思表示へと変えたヒイロが
歩き出す。
「よくわかったな、ココだって」
「別に」
ヒイロの顔を覗きこむデュオは、全くいつも通りで先程の表情の片鱗も覗かせない。
だけど、ヒイロはもう見てしまったから。
どんなに隠そうとしてもその中にありつづける、もう一人のデュオ・マックスウェル。
「お前こそ、何故あんなところにいた?」
「え?別にー。ただ…」
「ただ?」
歩調を合わせて距離をなくし、同じ高さの視線でデュオは微笑んだ。
先程見せたあの笑みで。
「ただ、桜に呼ばれただけだよ」
―――引き込まれる。
神聖で、危険で、触れてはいけなくて。
でもどうしようもなく惹かれてしまう、それは。
end.
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