「あ、いたいた」
「あらデュオ、どうしたの?」
コロニー会議の休憩時間、リリーナの姿を探していたデュオは控え室前の廊下でようやく目的の人物に出会うことが出来た。
「ん。今日中にコレ渡したくてさ…」
ポケットを探って出てきた可愛らしい小袋に、それが何か思い当たったリリーナの顔が輝く。ふんわりと優しい笑みを作った彼女は、本当に嬉しそうにそれを受け取った。
「嬉しい。覚えててくれたのね」
「先月はありがとうございました♪」
「ふふ、どういたしまして。キャンディーね、後でいただくわ」
「うん」
「………何の話だ?」
和やかに話の進む中、唐突にヒイロが口を挟んだ。
護衛として彼女についていた為最初からいるにはいたが、特に会話に参加しようとはしなかった為デュオとリリーナだけで話が進んでいたのだ。
故意に無視してたわけではない二人だが、ヒイロが自主的に会話に参加するという珍しい事態に少し驚いてみせた。
「えーと、ほら今日ってばホワイトデーだろ?先月お嬢さんにチョコ貰ったからそのお返し」
「……。俺は貰ってない」
「は?」
ヒイロにしては珍しく感情を表に出した、不機嫌そうな声音。
言われた内容を掴みかねてきょとんとしたリリーナと、間抜けた声を出したデュオへ冷たい一瞥をくれるとヒイロは手元の時計を確認した。
「時間だ。行くぞ、リリーナ」
「え、ええ……」
どうやら一気に下降したらしい機嫌のままヒイロが踵を返す。慌ててそれに着いて歩きながら、リリーナはデュオへちらりと視線をやった。
―――何のことかしら?
瞳の問いかけにこちらもわけがわからないままデュオも肩を竦めてみせた。
結局その日一日中微妙に不機嫌だったヒイロの、その原因はわからないままだった。
『丁度良かったわ、皆さんお揃いね』
一応存在するプリベンターの昼休み。不規則な生活形態になりがちなプリベンターにも一応名目上は存在する「昼休み」という昼食時間に、忙しい公務の合間をぬってリリーナが訪れたのは2月14日のことだった。
その日は丁度午後に次のコロニー会議警備に関してのミーティングがある日で、それに関るヒイロ、デュオ、五飛が揃っていた。(ちなみにトロワとカトルはプリベンターに所属していない)
周囲の注目をものともせず、真っ直ぐ3人の元へ歩み寄ったリリーナは手に持った鞄から可愛らしい包みを3つ取り出してそれぞれに渡した。
『聖バレンタインよ、いつも本当にありがとう』
私からの感謝の気持ち、と笑って言うと、彼女はレディの元へ去っていった。この建物へ来た本来の用件はそれで、せっかくだからと人を介さず直接手渡しに来たらしい。
プリベンター本部の中とはいえ安全とは言えないから、とヒイロがレディの元まで送って行ったことさえ記憶に新しいその日、確かに3人ともが同じラッピングの品を受け取った。
その事実がある以上ヒイロの「貰ってない」発言は明らかにおかしいし、ヒイロに限ってど忘れなんてこともないだろう。
「………ヒイロにもあげてたよなぁ?」
「渡したわよね…?」
翌日の身辺警護はヒイロに替わりデュオだったのだが、なんとなくで二人の話題はヒイロのことに集中してしまった。
別にヒイロが不機嫌でもいつもよりさらに無口とかそういうことはないのだが、あの緊迫感がなんとなく怖い。
「あ、まさかオレがお返し渡してたんでオレだけ本命チョコ貰ったとか勘違いしたとか?」
「それはないでしょう、だって同じものよ」
「ほらキャンデーだったし。本命返しと勘違いしたとか…」
「……ヒイロってそこまで詳しいかしら?」
そこまで考えて二人ともうーんと唸ってしまった。
一体何がどうなってヒイロが不機嫌なのかその原因すらさっぱりわからない。
「……アイツってなーんか意味不明だよな」
「全くだわ」
しみじみ言ってしまってからふと二人は顔を見合わせた。
そしてお互いの顔の中に浮かぶ感想を読み取り、唐突に吹き出した。
「困ったけど、でも…」
「うん、『でも』、ね」
全くもって理解不能で扱い難くて、一緒にいて困ることだらけで。
でも自分達は多分それでもそんな彼が大好きだ。
「私達、仲間ね」
「うん、仲間だ」
思い方や種類は違っても、同じ人間を好きだと思ってる自分達は多分とても近い気持ちを抱えてる。
リリーナはいたずらっぽくデュオに微笑んだ。
「ねえ、ヒイロは私とあなたどちらに嫉妬したのかしら?」
「さあて、ね」
まあどっちでもいいかな、とデュオも笑った。
丁度そこにヒイロが通りかかって、身を寄せ合ってくすくすと仲良さげに笑う二人にまた不機嫌度を高めたりしたのだが、それには二人共気付かなかった。
「ホワイトデー、か…」
任務の合間。先程見たキャンディー受渡し現場を思い出したヒイロは、一人苦々しげに呟いた。
『バレンタイン?あー、愛の告白の本命チョコとか普段の感謝とかの義理チョコとか人にあげる日だよ。お前知らないの?日系だろー』
『………チョコレートなら何でもいいのか』
『ん?特に指定銘柄とかはないと思うけど』
『やる』
『は?……ってコレ購買のチロル。何、くれるの?』
『………』
『よくわかんないけど、サンキュー♪』
「………リリーナには返せて、俺にはなしか」
確かにポケットから出した非常食だったのは悪かったが、それにしても扱いに差があるのは気のせいか?
「………」
ヒイロははあ、と溜息を吐いた。
―――断じて気のせいではない、気がする。
リリーナもデュオも自分が好きと公言して憚らないが、なんだか結局のところそれをネタに二人で仲良くしてる気がする。
話題の本人は常に蚊帳の外だ。
「……………」
ヒイロははあ、と深い溜息を吐いた。
なんだか自分の前途に色々な意味で多大なる不安を感じる。
多分それも気のせいではないだろうと、簡単に予想できてしまいヒイロは今日も今後について頭を悩ますのだった。
end.
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