White Christmas



『クリスマスの夜は空けておけ』
そう言われたから。今、こうして一人でここに佇んでいる。
「言った本人がすっぽかしてんじゃねーぜ」
灰色の空が冷えた身体をさらに打ちのめす。この分だと雪が降りそうだ。
ホワイト・クリスマスだと世間が喜ぶのはどうでもいい。デュオにとっては冬の冷気は寒かった子供の頃の自分を思い出すだけ。気象プログラムであえて創り出された雪のせいで何人の仲間が死んだだろう?今更、真っ白な雪に感動できるほど白い身体ではないし。
「帰ろうかな……」
冷えた身体が痛い。
街は赤と緑、そして白くて明るい光に照らし出されていた。
いきかう人々はだれも皆少し急ぎ足で、あるいは恋人と共に手を繋いで歩いている。
しあわせな一日。
恋人たちの日、そしてもとは神の子の生まれた日。今も敬虔なクリスチャンは教会でミサに参加しているだろう。
しあわせな一日。
でも、街を歩く人々は自分たち以外の存在を見ていない。
綺麗に飾り付けられたモミの木の下、現れない待ち人を待ちつづける存在を。
「今日って、一年で一番優しくなれる日かもしれないけど、一年で一番自分勝手になる日かもしれないよなぁ」
あんまりにも幸せそうな世間に苦笑がもれてくる。なんにしても幸せなのはいいことだ。
「よいしょ…っと」
無粋にツリーの下を占拠するのはいいかげん止めてやっぱり帰ろう。
そう思って歩き出す。広場を目指す人の流れとは逆流するように進む。そうして歩きつづけてメトロの入り口まで来た時に、誰かに腕を掴まれた。
「帰るな」
そこにいたのは、二時間以上も現れなかった待ち人…ヒイロ・ユイの姿だった。


先程逆流したはずの流れを、今度は流れに沿って再び進む。
「遅い」
「しょうがないだろう、思ったより時間がかかったんだ」
「何がだよ」
「………」
先程から途切れることなく続くデュオの文句に、ヒイロは飽きることなく返事を返していた。
けれど、遅れた理由と呼び出した用件については何故か口を割ろうとしない。
そうして、何かを気にするように、時々空を見上げては歩くスピードを上げていくのだ。
「…間に合いそうにないな。走るぞ」
「え…って、おいっ!」
いきなり手を掴まれて、走るヒイロに付き合わされる。
一体先程の広場で何があるのか、まわりはアベックの群れがひしめいていた。それを掻き分けるように進みながら、走るのには邪魔だろうに、結局その手は離されることはなかった。
広場について空間を見つけて、ようやくヒイロが立ち止まったのを確認するとデュオはその手を振り払った。
眉を寄せて振り返るヒイロに、こちらも負けずに嫌そうな顔を向けてやる。
「あのな、なんだか知らないけど。なんでオレが男と手を繋いで恋人たちの渦ってなところに来なきゃいけないんだよ」
「今更だ。それより、始まるぞ」
「何が……」
尋ねようとした時には歓声があがっていた。
空から雪が降り始める。これは予測不可能…とまではいかないが、ある程度の時間が事前に囁かれていた事象である。
そうしてそれと同時に、ツリーを残して辺りの電気が一斉に消えたのだった。
びっくりしたように辺りを見まわして固まってしまったデュオを、ヒイロが引き寄せる。そうしてそのまま口唇を重ねた。
一瞬の沈黙の後、静かにぬくもりが離れていく。
問いかけるように顔を上げたとき、また辺りの電灯がついた。しかし、先程までとは違ってどの電飾も真っ白な光を放っている。
「この街の、今年のクリスマスの目玉だ」
『クリスマス、モミの木の下で口付けを交わした恋人たちは天使の祝福を受けられ る』そんな誰が言い出したのかもわからない文句にしたがって、雪が降り出してからの一分間、ツリーを残して全ての電気を消す。
そうして、灯りがついたときにはすべての電飾を白一色に染めよう。そんな、たあいもない企画だった。
「雪が降る時刻はおおよそでしかわからない。だから、この街の電力を管理してる職員が手動で行ったんだ。街ぐるみの、恋人たちへの祝福だ」
「………恋人たち?」
「違うと思うか?」
自分たちを指差して眉をしかめてみせると、逆に聞き返されてしまった。それになんとも言葉を返せないでいると、ヒイロは苦笑をもらしつつ答えてくれる。
「クリスマスの約束をしたときの状況は覚えているな?俺達の関係を表すのに、今のところそれ以外当てはまるものはないだろう」
厳密に言えば、違うような気もするんだがな。
「………まあ、そうなの…かなぁ」
ベッドの中での約束だから、そうなのかもしれないけれど。
なんか違う気がする…………。
二人ともに微妙にそぐわないものを感じながら、けれど他の言葉を見つけられないでいた。
「お前が納得しようとしまいと、それはお前の手にある。はずすなよ」
「え?」
唐突に示された自分の左手を目の前にかざす。そこにあったのは…
「………おい……」
「出来あがるのが時間ギリギリでな。待たせて悪かった」
たぶん、さっきの暗闇の中で嵌められたのだろう淡い銀の光を放つプラチナのリング。
シンプルな形をしているけれど、滑らかなラインがそれがタダモノではないことを示している。
「………オーダーメイド?」
答えは沈黙で返された。
「お前って、バカ……………」
「そうか?」
悪びれた様子もなく楽しげな声が返る。
あんまり突然だけど。これは、たぶん、プロポーズなのだろうと思う。
命令形なのがらしいと言えばらしいのだが。でも、自分たちの間にあるものは恋愛感情とかそういったものではなくて、もっと…。
それはきっとヒイロもわかっていて、それでもある種の保証のような意味でもってこんなものをくれたのだろう。
デュオは無言でそれを指から引き抜いた。
ヒイロが少し途惑ったような顔をしているのを可笑しく思いつつ、首にさげた十字架のペンダントの鎖に通す。
「一応、もらっとく。でも指には嵌めない」
微笑んで告げれば、ヒイロも納得したような困ったような表情で「勝手にしろ」と言ってくれた。
広場に集まった人々はそんな二人に目もくれない。あるいは気がついているのかもしれないが、特別な夜だから誰も何も言うことはなかった。
それにデュオは嬉しげに目を細める。
「あのさー、ヒイロ」
「……なんだ?」
「オレ、ちょっとだけ雪が好きになれそう」
やがて徐々に人気のひいていく広場。いつまでも二人の様子を眺めつづけたのはツリーの灯りと降り積もる雪だけだった。

                                          end.




COMMENT;

去年の24日限定小説です!
これを書いてからちょうど1年が経ちました。
時の過ぎるのは早いものですね。
今年は忙しいのでクリスマス出来るかわからないから、今日すでに上げちゃいました。
これまた1年経ち、通常掲示に切り替えです。 以下、去年の文。↓

Merry X'mas!!(・w・)/
ついに24日となりました。なんとなく楽しい気持ちになれるから クリスマスイヴって不思議ですよね(笑)
「クリスマス、モミの木の下で〜」というのは、私が昔読んだ絵本 にあったものです。自分だったらやらないでしょうけど、なんだかロマンティックなのでヒイロとデュオにやらせてみたり(爆)
明日はまた25日限定小説があります。
冬の大舞踏会に行く皆様、自宅におられる皆様。楽しいクリスマスをおすごしくださいませ♪


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