3月14日。
それはホワイトデーと呼ばれる、バレンタインと対になる行事のある日。
バレンタインデーには女の子が男の子に告白をする。
その返事というのはそこで貰うものではなく、1ヶ月後のこの日に貰うものである。
まあ、通説として本命チョコを受けとって貰えたらその時点で両想いということになるのだが、本来正式な返事は1ヶ月後なわけだ。
ホワイトデーには男の子はチョコをくれた女の子にお返しをしなくてはならない。
本命には本命に見合ったものを、義理には義理に見合ったものを。
そのお返し目当てに義理チョコを配りまくる女の子もいるが、まあこれは余談である。
ホワイトデー。
この日は、男の子が女の子にお返しをする日。
一般的に広がった常識として、一応ヒイロもデュオもこの辺のコトは抑えてある。
けれど、その日唐突に訪れた情報通の友人は新たなる情報をヒイロにもたらした。
「ホワイトデーには、男から告白できるんだ。知っているか?」
勝手知ったる他人の部屋。トロワはヒイロのベッドの上に腰掛け、そう言った。
何故そんな所にいるかと言うと、この部屋で唯一のイスには今ヒイロが座っているので他に座る場所がそこしかないからである。
「どういう意味だ?」
「いや、何。俗説なのだがな、バレンタインが女からならホワイトデーは男から、という風に告白してもいい日だと言われているんだ」
つまり、2月のチョコレートの有無に拘わらず男が告白することを許される日。
「……俺には関係ない」
「そうか?それは失礼した」
くっくっ、と笑うトロワは、なにか含みがありそうだ。
「………」
「それで、ホワイトデーについてだったな」
しかしさすが長い付き合いと言おうか、ヒイロの機嫌が傾きかけたのをすぐ察して話題を戻す。
先程まで話していたのは、時節柄かホワイトデーのお返しについてだったりした。
「そうだな…一般的にはキャンディ、クッキー、マシュマロ。だが、これらは避けた方が無難だろう。もしくは安物で済ますか…まあ、どちらかだな」
「何故だ」
ふむ、とトロワが口許に手をあてる。
「これも、まあ俗説なのだが…。ヒイロ、バレンタインデーが菓子屋の戦略と呼ばれているのは知っているか」
「ああ」
「そうか、なら話は早いな。バレンタインと同じく、ホワイトデーも菓子屋の戦略なわけだ。バレンタインにはチョコレートが大量に売れる。同時に、ホワイトデーにもある一定のルールを作ってその商品を売ろう、という計略がある」
「………」
「ホワイトデーに渡すお返しは、本命ならばクッキー、友達ならばキャンディ、嫌いならばマシュマロという説がある。また、本命ならばマシュマロ、友達ならばクッキー、嫌いならばキャンディという説もある。他にもだ」
「矛盾してるようだが…」
「そう、本命に三種全てが当てはまる説がある。相手がどの説を信じているかで受け取られ方が違う」
つまり菓子屋はどの商品も売りたいから、どの商品が宜しいという説も多種あるわけだ。
この辺が菓子屋の戦略とか呼ばれてしまう所以である。
「なるほど…それで、全部を避けた方がいいのか」
「まあ、安物で済ませれば本気でないことはアピール出来るからそれでもいいだろう。あとは…甘いものに注意、と言ったところか」
「それも何かあるのか」
なんだかうんざりしてくる。
「バレンタインのチョコは甘いだろう、あの甘さは恋を象徴しているんだ。甘い想いには甘いお返しを。だから贈るものはどの菓子も甘さの極みだ」
キャンディは長い恋を。
マシュマロならばとろけるような恋を。
クッキーならば軽く楽しい恋を。
象徴すると言われるが……どこまで本当かは怪しいものである。
「だが、例外がチョコレートで、『お前のチョコはまずかった』という意味になるらしい。嫌いな相手ならこれを贈っておけばいい」
それ以外なら、そこそこ甘くて安物を渡しておけば大丈夫だろう。
あるいは、全く関係ないものを渡してしまうか。
「………面倒だな」
行事そのものを無視したくなってきた。
「まあ、そんなに気にすることはないさ。一応の知識として教えたが、今どきそんなことを気にする奴もいないだろう。本命にせんべいを渡す人間だっている。要は、気持ちさえこもってれば充分だ」
「なるほど。結局は適当なものを選べ、ということか…」
「そういうことだ」
役に立つんだか立たないんだかわからないトロワの講座はそれで終わった。
後はとりとめもない話をし、トロワは日が暮れる頃帰っていった。
去り際に見せた意味深な笑みの理由が、なんとなくわかってしまうだけに癪にさわる。
「今日来た目的はあの情報か……。嫌な奴だな」
それでも、トロワの狙った通りに動いてしまう自分がなんだか悔しい。
―――トロワにさえわかっているのに、なんで身近にいて気付かないんだあいつは……。
デュオとの距離は、ドアを開けて数歩。
なのに現実の距離はちょっと果てしない。
「利用できるものは全部利用するか……そろそろ頃合いだろう」
後押しをしてくれようとしているらしい仲間の好意も、存分に活用させていただこう。
まず、何からすべきだろうか。
ちらりと隣の部屋の方を眺めやったヒイロの目許が、僅かに細まった。
3月14日、当日。
プリベンターの各部署の女子に、ヒイロはせんべい詰め合わせを一箱ずつ置いて回った(全部の部署に該当者がいたためである)。
枚数が足りないところもあったらしく、そこらで争奪戦が起こったらしいがまたそれは別の話。
デュオはと言えば、ヒイロに誤った情報を与えられ、同じく各部署にチョコレートボックスを置いて回ったが、やはり俗説は俗説。
みんな結構喜んでいたのでこの辺ではヒイロの宛てははずれた。
そうして、夜。
特別に菓子が渡されたわけではないが、唐突に迫ったヒイロにデュオがパニックを起こしたらしい。
その日はそれ以上なにもなかったものの、それを境に逃げ道は一つずつ消されていっている。
二人の関係が変わる日も近い……のかもしれない。
少なくとも、1ヶ月前に比べれば大進歩なのは確かだった。
end.
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