February.14th



2月14日、それはバレンタインと呼ばれるちょっとした行事のある日。

もとはバレンタイン牧師が兵士を結婚させたとか、そんなエピソードのある日なわけだが、それが菓子屋の陰謀と二つ名で呼ばれるようになってすでに久しい。
この日は、普段恥ずかしくって出来ない「告白」という行為を女の子からすることの出来る特別な日。
そう、昔ならそうだったのだろう。
しかし現在、たくましくなった女性たちは、告白する気ならそんな手段を使わなくても自力でするようになった。
はっきり言ってこういう行事に憧れを持つ若年層において行われるだけとなった行事。
消えゆく本命チョコ、横行する義理チョコ。
しかし、なのである。
どんなに世の中浪漫もへったくれもなくなっても、やはり淡い想いをチョコに託すという行為が消えるわけではなく。
故に、チョコの数は今も昔もある種のステータス。男のプライドが関わるのである。


「ただいまぁ〜〜〜〜……」
ドアを開け、返事は期待しないながらもとりあえず声をかけてみた。今日は無口な相棒は先に部屋に戻っているはずである。
全く、散々な一日だった。
バレンタインという行事は知識の上では一応知っていた。
でもスイーパーグループという男所帯でエージェントとして育てられたデュオには、実際の体験というものはなくて、せいぜい夫婦者がチョコを食べているのを見ていたくらい。
それが、である。
一人から受け取ったのが運の尽き。後は断るわけにもいかず、わやわやと囲まれて相当な量のチョコレートをほぼ無理矢理掴まされてしまった。
何かの際に手にした少女漫画で、モテモテで机いっぱいにチョコがある、というのを見て「嘘で〜」と思った過去が懐かしいくらいである。
持ちきれないから、と残りを断ろうとしたら紙袋を用意していた準備のいい女の子が一人。
結局全部受け取らされてしまった。
今日はレディに報告書を渡しに行くだけだったので、まさしく嵐のような集中攻撃。狙われていたとしか言いようがない。
短い時間ながらも、肉体的なものではなく精神的な疲労が溜まってしまった。
いつの世も女の子とはパワフルである。違った意味で強すぎて、逃げたくなることもしばし。
集まってしまった大量のチョコレート。
コレを、この後どう処理してくのかが現状最大の問題であった。


疲れた身体を引きずってリビングに踏み込んだ途端、デュオは絶句した。
まず目に入ったのは、いつも通り、ソファに腰掛けて資料に目を通すヒイロの姿。
それはいい、それは別にどうでもいいのだ。問題は、部屋の隅に追いやられた紙袋。
明らかにチョコレート。
しかもどうもデュオより量が多い。
「おい、お前…それ……」
室内に入った段階でちらりとデュオを一瞥し、またその視線を手元へと戻していたヒイロが、デュオのただならぬ気配に気付いたのか顔を上げる。
「なんだ?」
「………」
いぶかしげな声がかけられるが、それは耳元をさらりと通り過ぎていく。その瞬間デュオの頭によぎったのはえもいわれぬ悔しさ。
―――理不尽だ。
それが第一感想。何がどうというわけではないが、ともかく釈然としないものを感じる。
この、愛想が良くってノリも良くってつきあいもいい、顔だってバッチリなデュオ・マックスウェル様を差し置いて、無口無表情無愛想で真面目だけどめたくそ人付き合いの悪い、色恋沙汰とは縁遠そうなヒイロの方がチョコの量が多い。
―――世の中、なんか間違ってるっ!!
思わず頭の中で力説してしまったデュオに、おそらく罪はない。
実際のところそれは人気のバロメータというより、本日プリベンター本部にいた時間の長さの違いであったのだが、それにはデュオは気づくことはなかった。
入り口を入ったところでデュオが声もなく固まっているのを不審に思ったのか、ヒイロがデュオの視線の先を追う。
そうしてそこにあったものに、ヒイロはさらに不思議そうな顔つきになった。
「あれが、どうかしたのか?」
「別に」
「……別に、という口調ではないが」
「ヒイロの気のせいだろ。それより、どうすんだよあんなに大量のチョコ。食いきれねーぞ」
自分が貰ってきたこれまた大量のチョコはこの際棚に上げる事にする。
ちょっとやつあたりが入っていたかもしれない。
「ああ…どうしたものかと思ってな。考えていたところだ」
「……え?お前、食わねーの」
「ああ」
「……女の子たちの、真心だぜ?」
「どうせ向こうも義理だ。必要ない」
「……本命混じってるかもしんないだろーが」
「それこそ必要ないな」
悔しかったなんて、本当のこと言えるわけもないけれどちょっとくらい何か言ってやろうと口にした言葉が予想外の展開をみせる。
なんとも、ヒイロらしい。
確かにヒイロらしい…けど。
「……その子の、気持ちは?」
「俺には関係ない」
これでは、ヒイロにチョコを渡した女の子たちが可哀想なのではないだろうか。
むかつきを覚えたチョコの山が、急に哀れに見えてくる。
「せめて、食べてやれよ。かわいそーだろうが」
「なら、お前は全部食べるのか?アレを、全部」
何時の間に気がついていたのか、デュオが置きっぱなしにした紙袋を指してヒイロが言う。
はっきり言ってとても一人が食べる量ではない。
「……食うよ」
いきおい、食べない、とは言えなくてついついそう答えてしまう。
それにヒイロがわずかに眉をひそめたが、長い前髪に隠されてそれにデュオが気づくことはなかった。
「だが、俺には必要ない」
「はいはい、お前はそーいうヤツだよ」
人の親切というものをなんと考えているのか。まったく自分のペースを崩さないヒイロにデュオの方が引くことにした。
どうせ、このまま問答を重ねてもヒイロが食べることはないだろう。
たまたまの割り振りで同室になって数ヶ月。ヒイロの性格に対して、さすがに諦めというものを覚えてきたデュオであった。
「でも、これだけは絶対。捨てるなよ?」
「………ああ」
そしてヒイロも、少しはデュオに妥協することを覚えてきたらしい。
とりあえずは了承を貰ったことに機嫌をよくしたのか、最初の不可解な行動が嘘の様に何事もなくデュオが荷物を担いで自室へと戻っていく。
それを見送って、ヒイロは嫌そうにチョコの山を見つめた。
全くもって、どうしていいのかわからない物体である。
しかも、これが原因でデュオに不機嫌になられては堪ったものではない。ヒイロは本当に嫌そうに溜め息をついた。
「バレンタインのチョコレートなんて、欲しい奴から貰わなければ意味がないんだ」
そして、ヒイロが欲しいと思う相手は、絶対にそんなものくれなさそうな相手だったりするのだ。
さらに言えば、別に欲しいのはチョコレートじゃない。
本当に欲しいのは、それに付属する「想い」というべきもの。
食べるという意味でなら、チョコよりよっぽど本人の方が食べたい。
………何にしても、忌々しい日だ。
自分に押し付けられたチョコも、デュオが貰ってきたチョコも。
これからどう処理していくか、それがさしあたっての悩みどころではあった。

ヒイロの恋路は、果てしなく遠い。

                                          end.




COMMENT;

今更バレンタインネタ?
ええ、そう今更バレンタインです(爆)
これは、2月13日のうさぎ捕獲者さまに配られた小説です。
予告の1ヶ月たったので公開しまーす。正確にはあと数日ありますが、14日にコレのつづきでホワイトデーが出るので…その前に出しとこうかな、と。
こ、このヒイロさんは…多分ホワイトデーでも可哀想かな、なんて(-w-;
ちゃんと報われるのかしら……(汗)


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