チョコレートを含んだ口付けは、いつにも増して甘かった。
「んぅ……」
自分の口から、甘ったるい声が漏れる。
いつもどこから出てくるのか不思議な、甘ったるい声。
そうして。口の中で溶ける甘ったるいチョコ。
さらに、それが混じりあった口付けの甘さ。
どこもかしこも甘くて、空気さえも甘い匂いがたちこめて。
意識が朦朧としてくるのを、どこか他人事のように感じていた。
今日はバレンタインデー。
一年に一度、女の子が好きな男の人にチョコレートを渡す日。
それが何故チョコレートなのか、ということは菓子屋の戦略とか言われてるけど本当のところなんてもう知っている人はいない。
それくらい昔から地球の一部であった行事。
そんな日に、デュオは大量の義理チョコを同僚から貰っていた。
どうやらヒイロは、デュオが気安くそういったものを貰うのを嫌ったようだけど、別に義理なんだしいいと思う。
実際、貰ったチョコはみんな美味しかったし。
その中にデュオの気に入りの銘柄があったのは、ほんの偶然。でもなんとなくヒイロにも食べさせたくなってしまったのが現状に至る理由。
きっかけはデュオの気まぐれ。
そして、それに珍しくもヒイロがノってしまった。
始めは冗談のように二人でキスをして、至近距離で笑いあった。
そんな食べ方はチョコレートに対して失礼だったかもしれないけども、それはこの際無視しておく。
口の中にチョコがなくなった頃には、背中には床の冷たさといつのまにか敷かれたクッションの感触。丁度真上にくるヒイロの顔を見つめれば、鼻をつままれてもう一つチョコを放り込まれた。
そうして、また重なる口唇。
差し込まれた舌を軽く噛んでやれば、仕返しのように深く絡めなおされる。
追い込まれる感覚が不快で、逃げるように舌を動かせば、その動きを利用してまた絡めとられた。
ぴちゃりという生々しい音が耳に届き、開きっぱなしの口端から飲み込み切れなかったものが首筋へと伝う。
その生々しい感触はいつまでたっても慣れるようなものではなくて、恥ずかしさのあまり一瞬顰めた眉を、ヒイロが嬉しげに見つめた。
それに文句の一つも言ってやろうと思ったけれど、再び重なってきた口唇にまとまりかけた思考が途切れる。
―――甘ったるい。
甘い香りに、酔いそうだ……。
圧し掛かってくるヒイロの重みを不思議と心地よく感じながら、そういえば今日のことを「恋人たちの祭典」なんて呼び方をすることを、ふと思い出した。
一つ。また一つと、丁寧にボタンをはずされる。
シャツが開いていくにしたがい、ヒイロの口唇も徐々に下へと移動していく。
くちびるから首筋へ舌をすべらすように移動し、強く吸うようにすれば、そこに赤い印が刻まれる。
それは所有の証。
そんな言い方をすれば聞こえは素敵だけど、つまりはヒイロがデュオを抱いたという証拠物件だ。
くっきりと刻まれたそれに、ヒイロが満足気に笑みを洩らす。
それは、デュオの位置からは見えないけれど、デュオにはなんとなく気配でわかってしまい、なんとも居たたまれない気持ちになった。
確かにそこは、服を脱ぐような真似をしない限りは他人の目に触れはしないだろう位置だ。
けれど、そんな風に肌を吸われる感触というのはやっぱり羞恥心が先立つので好きではない。
おまけに、デュオは肌が白いのでその手の痕は鮮やかに刻まれるし、消えにくい。とにかくあまり嬉しいものではないのだ。
逆にヒイロとしては、その辺りの事情は非常に楽しい。
まあその辺りに意見の相違があろうとも、結局は、流れの主導はヒイロが握る。
それは、こんな関係を最初に持ったときに暗黙の了解として定められたことだった。
「……っ……」
鎖骨に歯がたてられたことで、押し殺したような声が漏れる。
声を抑えるのは故意というより無意識で、その仕種は快楽には流されまいとするようだった。
それを横目でちらりと見て、ヒイロはボタンをはずしきったシャツをそのままに、無造作にベルトへと手をかけた。
「おい…ちょっ……!」
カチャリという音に、顔を真っ赤にして目を閉じてしまっていたデュオが慌てたようにヒイロを見る。
「なんだ?」
「…性急すぎ……まさか、お前なんか怒ってる?」
「さあな」
「………………っ!」
布越しに握り込めば、それだけでデュオの身体が跳ねた。
そのまま強弱をつけて擦れば、徐々にそれに熱が篭っていくのがわかる。
ヒイロはデュオの表情を伺いながら、彼を高めていった。
震える睫毛、紅潮して歪む表情。
その瞬間、押し殺したような声と共に腕に立てられた爪に、ヒイロが満足気に笑った。
膨らみ過ぎた独占欲が満たされるのは、こんな一瞬。
「あーーーっ!ヒイロ、てめぇこんなトコに痕つけやがって!!」
力尽きたようにのっぺりと横になっていたデュオが活動を開始したのは、夕暮れ時になってからだった。
シャワーを浴びた際に鏡で気付いたのだろう、ヒイロが密かにくっきりとつけた、どう考えてもシャツでは隠れない位置のキスマーク。
これは、当分の間ハイネック決定である。
「周知の事実だ。今更だろ」
それに対しヒイロはしれっと答える。
どう見ても確信犯。
「あのな、恥ってのは出来るだけかかない方がいいんだよっ!」
指を指して宣言したデュオが見たのは、それはもう楽しげな気配を放つヒイロの姿。
「………オレが、お前のだってことくらい皆知ってるだろぉ…?」
「それでも、だ」
……時折、酷く苛立たしい。
周囲に振りまかれるデュオの笑顔、その交友関係。
わかっていても、酷く苛立たしい。
「…ばーか」
口移しで、またヒイロの口にチョコレートを放り込んだデュオがすっと口唇を離して囁いた。
「嫉妬は醜いぜ?」
どうやら、ヒイロの不機嫌さの理由をようやくわかったらしい。
にーっこりと笑ったデュオは、ヒイロの鼻先に巨大で甘そうな一箱を尽き付けた。
「………?」
「オレそーいうの嫌いなんだ。だから、罰としてコレ全部始末すること」
途端に嫌そうな顔をしたヒイロに、付け加える。
「食い終わったら、もうちょっとは付き合ってやってもいいかな」
楽しげに微笑んだデュオには、結果はもう見えていたのかもしれない。
振りまわされているのは果たして一体どちらなのか。
まあ、どちらにせよ二人が幸せ街道まっしぐらだったことは言うまでもない。
end.
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