unforeseen



急場で作られたものにしてはピースミリオンは豊かな設備を持った戦艦だった。
内装は無骨といえばそうなのかもしれないが、コードや計器は全て壁板で隠され、宇宙空間での突発的事故にも対応できるように随所に心配りがなされていた。
シンプルながらにも統一された色調がクルーの精神安定を量っていることも、見る者が見ればわかっただろう。
「気にいらねぇな…」
デュオはそれら全てがあまり好きではない。
嫌い、というのも違う。言葉にした通り、単に気にくわないだけだ。
全ての陰に透けるように一人の男の姿を思い出すからだろう、と自分では分析している。

ミリアルド・ピースクラフト。

この戦艦の名前すら彼に由来するものだというのは、乗船するものなら誰でも知っていることだ。
本来彼が司令塔を果たす筈だったこの戦艦は、二転三転して何故かガンダムパイロットが彼と戦う為の戦艦へと姿を変えている。それがまったくもって気に食わない。
デュオ自身は彼と直接関わったことはないから、他の人間から話を聞いただけになるが…褒め言葉だらけというのもどうにも引っかかる。
まあ、過ぎたことだし知らない人間なのだし、気にしても気にしなくても何も変わらないのだろうけど。
でも、苛つくのだから仕方がない
「………」
いや、違う。本当はわかってる。
戦艦のことなど、どうでもいいのだ。
ただ今の自分は何もかも全てが気にくわないというだけで、目に映る何もかもに難癖をつけたいだけだ。
デュオは溜息を吐いた。
ナーバスになっている。良くない兆候だ。
「………」
頭を小さく振って気分を切り替えると、デュオは格納庫へ向かう足を速めた。
最終点検まで既に完了している。いつだって出撃はできる。それでも、こんな心境のときには軽く再チェックでもした方が落ち着くということを経験上理解していた。
格納庫に並ぶガンダムは5体。
ウィングゼロ、デスサイズヘル、ヘビーアームズ、サンドロック、アルトロン。
けれどそれに搭乗するべきパイロットは今4人しかいない。
彼は、ヒイロ・ユイは先程単身敵地へと乗り込んだ。リリーナ・ピースクラフトという名の希望を救出するために。
そのことが自分を苛立たせているわけではないことをデュオは理解している。
ただ、予感がする。
何かが終わる予感が。
それが自分の命なのか、この戦争が新たな局面を迎えるのか(或いは終結するのか)、詳しいことはわからないが…何かが確実に終わる。デュオの勘が確信と共にそれを教えてくれる。
クレーンでコクピットまで登り、愛機に触れ、目を閉じる。
―――大丈夫。
指先には冷たい金属の感触。
生存を許されない過酷な宇宙空間の中でも、この薄く強靭な装甲がデュオを守る。守られながら、守り、戦う。
―――大丈夫、オレは戦える。
終末の予感がする。
何かが結末を迎える。止まらない破滅の予感がする。
孤児として生きていた頃親友を失った時。教会で暮らして父とも姉とも慕った人達を失った時。
同じ喪失の予感が、デュオに訪れていた。
だから自分の勘は疑わない。
何かが終わる。確実に。
―――それでも、戦える。
例え、自分が死ぬのだとしても。

苛立ちは、いつの間にか収まっていた。



その時本当は、炎の中に失うのはこの惑星なのか、と思った。
あるいは彼なのか、と思った。
何も手出しできないまま、運命の輪は確実に滅びへと向かっていく。
だから、『その時』には思わず声が出た。
「来た!」
計器にもまだ映ってなかったし、勿論視認なんてできる筈もない。でもデュオの中の勘が。喪失の予感の消滅が、彼の生還を教えてくれた。
「………っ!」
あとは胸がつまってもう何も言葉が出なかった。
ガンダム5機は損傷した1機を庇うように連れ立ってMO-IIに帰還した。
コクピットを飛び出して、見上げた先で、動くのが不思議な位焼け付いた機体のコクピットが開く。
―――運命は変わる。
何もかも失われず、予感は外れ、全ては救われた。
無事を確認するためかこちらを見たヒイロに、力いっぱい手を振る。ふ、と彼の口元が和んだような気がする。気のせいかもしれないけれど。
「…ありがとう……」
他の機体を気にしてもうこちらを見ていない彼に、小さく呟く。
―――変えたのは、ヒイロだ。間違いなく。
聞かせるつもりも、口の動きを読ませるつもりもない、呟き。
心の底からの感謝を。
後は、後ろも見ないで格納庫を後にした。
ここはすぐに大騒ぎになる。英雄殿の帰還に沸くクルー、治療しようと躍起になるドクター、そしてこの戦争にかかわった人間全てが押し寄せるだろう。
ああ、そういえば。
ふと立ち止まって、後にしてきた格納庫を振り返る。
もうまっすぐ続く廊下の先に、四角い光のように切り取られた入口が見えるだけで、彼の姿を確認することはできそうもない。
…捕虜になって処刑が決まってこのまま死ぬのかと覚悟を決めたとき。逃げられない確信すら持っていた時も助けに来たのはヒイロだった。
小さく笑みが浮かぶ。
自分のちっぽけな悪い予感なんて、あの破天荒なパイロットにはどうやらまったく関係ないらしい。
「また、会えるといいな」
会いたいな。
カトルと乾杯の約束はしたが、どうせ彼は来ないだろう。となると、一番忙しくなるだろう人間とこの先ここを出るまでに会う可能性はないに等しい。
こんなとこ、すぐに出るつもりでいるわけだし。
「…じゃあな」
まあ、実のところかなり嫌われていた自覚があるわけだ。
だから、二度と会わないだろうけど。元気で、と胸の中でだけ呟いてデュオは再び歩き出した。



嫌われてる自覚があったわけだ。

そりゃもう「かなり」という形容詞がつく位。

「リリーナがさらわれた」
またそのお姫様かよ、と思わないでもなかったのだが、まあそれ自体はいいとして。
人の隠れ家に勝手に侵入して計器類を無断使用した挙句そう言って去った筈のヒイロが、ドアの向こうで背を壁に預けて待っていたのにデュオは物凄く驚いた。
追いついたデュオに無言のまま腕を引いて、睨みつけて。
「行くぞ」
一言だけ言って手を離し、背中を向けたヒイロの後ろでデュオは言葉にしなかった言葉が聞こえた気がして顔を赤くした。
…一緒に、自分に、ついて来いって?
格納庫で顔を見ただけで、あとは姿を眩ませて連絡すら取らなかったことを、どうやら彼は拗ねているらしい。
「………」
にぃ、とデュオは小さく笑った。
小走りに追いついて、顔を覗き込むとヒイロは非常に嫌そうな顔をした。
嫌そうだけれど、視線は外されない。
「なあ、ヒイロ。オレさ、かなり勘がいい方なんだけどさ」
伝わるのは、嫌悪というより相当好意的な感情。
思ってたより、と言うよりも。これは相当、かなり、もしかして。
デュオは笑った。
ああもう。自分達はこの先どうなるんだろうか?
ここまでわからないなんて初めてかもしれない。
「…お前だけは、本当に何もかもが予想外だなと思うよ」

                                          end.




COMMENT;

Merry X'mas♪
うさ吟醸6回目のクリスマスです。今回は微妙にまじめっぽく本編終戦ネタにしてみました。タイトルの意味は「予想外」です。
イチニ…イチニ?最後だけちょっとイチニっぽいかもしれません。
ほぼデュオ話です(^w^;
デュオは悪い運命とかも背負って生きてく感じするんですけど、ヒイロはそういうのもさっくり吹っ飛ばしそうなんですよねー。
まあ逆にヒイロの重荷なんかはデュオが笑い飛ばすんですけども。
このお話だと多分まだ1×2じゃないです。1→2位…デュオもヒイロに好意的ですがラブってはいなさそうです。
ヒイロもヒイロで最近ラブになりましたイメージ。終戦時点では気配位しかなかったのではないかと思います。

そういえば去年のクリスマス小説抜けてる…と探してみたんですがありませんでした。どうやら去年は更新サボったようですね(汗)
いつも訪れてくださる方々に、こころからの感謝を。
来年もこんな風に、クリスマスをお祝い出来るといいなと思います。


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