地下鉄



メトロの中は静かともそうでないとも言えるような、微妙な空気が満ちていた。
声を出してそれが空間で浮き上がるようなことはないが、他にかきけされることもない。溶けるように言葉が消えていくそんな微妙な静寂。
カタンカタタンと電車の滑走音だけが車内に響く。
時折それに混じって誰かの話し声がするが、それも静寂を心地よく演出するように耳にやさしく響いていた。
「なあ、ヒイロ」
「……」
手招くようにして少し顔を近づけてデュオが囁いた。
背中をドアに寄りかからせ並んだ体勢のためそれまで一度も合わなかった視線が、ヒイロが振り向いたことにより重なる。
交わった視線に少し目を細めたヒイロへ、デュオは微笑んだ。
「初めて吊り革につかまった時の気持ち、覚えてる?」
「……。いや」
デュオがちらりと視線を向けた先を眺め、揺れる吊り革を認めてヒイロは視線を戻した。意図は掴めないままとりあえずの返事を返す。
何が言いたい、と視線で問いかけるヒイロにいたずらっぽく笑って、デュオは言葉を続けた。
「あれって最初は手が届かないだろ?何でもない物なのに妙に特別に思えて背伸びしてつかまったりして。一生懸命手を伸ばして…でも最初は絶対に掴めないんだ。大人の証みたいな気がして、憧れてどきどきして。自己満足の世界なんだけどさ」
「………」
「何を言い出すんだとか今思ったろ。オレもなんだか急に思い出しちゃってさ」
くすくす笑うデュオに小さく溜息を吐き、ヒイロはまた姿勢を正した。無駄話に付き合ってしまったと滲む気配がそう言っている。
「くだらないな」
「うん、そうなんだけどさ…うん」
それきりデュオは黙って、大人しく目を伏せた。
本当に大したことのない思い付きだったのか、それとも何か読み取り損ねたのかと逆に勘繰りたくなるような素直さだった。
引っかかりを覚えてちらりとデュオを見たものの、その瞼は閉じられている。瞳からなにかを読み取ることも出来ず、ヒイロは視線を前に戻した。
人のまばらな車内は先程までと何も変わらないが、落ち着かない気持ちになるのは何故だろうか。
カタン、カタタン。規則的で、不規則に列車は動く。膝を使って揺れを吸収しながら二人はしばらく無言でいた。
少しして、体にかかる重力が変化した。減速している。
そろそろ次の駅に着くのだろう。
そちらにヒイロの意識が移りかけた時、またデュオが呟いた。
「……でも、そういうことってない?今まで当たり前と思ってたことを思い出して、何かに感謝したくなること」
今度は聞かせようというものではなく、本当に独り言のような呟きだった。
心底からこぼれでたようなそれにヒイロの中で何かがかたちを持った気がした。
吊り革に掴まった、最初のとき。
背伸びをして掴んだそれも当たり前になるといつの間にか当然のこととして忘れてしまう。
わくわくどきどきした、その気持ち。
―――だが、デュオの言いたいことはそれそのものではないだろう。
「…何を思った」
「え?」
デュオが弾かれたようにヒイロを見た。
もしかしたら本当に聞かせるつもりのない呟きだったのかもしれない。
けれどふいをつかれたようにぽかんとした後、その口元にはゆっくりと笑みが刻まれていった。
「……勿論。吊り革のことだよ。それ以外になにかあるわけ?」
茶化したような瞳が言葉を裏切っていたけれど、ヒイロは何も聞かずただ「そうか」と返した。


もう何度目かの、二人で過ごすNewYear。
ふとした時にそれに気付く。

                                          end.




COMMENT;

あけましておめでとうございます!
2002年、StoryNo.も112となりました。なんだか幸先いい気がする番号なのが嬉しいです(*^^*)
新年第一段更新はお正月小説…さて、コメントから読んでる方はいらっしゃらないと思うのでネタバレで言いますが、デュオの吊り革発言をヒイロに置き換えて読めばこのお話の意味通じると思います。
追っかけ回して一緒にいてーと変換すると実はあのセリフは物凄く恥ずかしい告白もどきと変貌するのですv(爆)
生活が変化しそうな予感の中、これといって今年の抱負はありませんが、今までのようにとはいかなくとも地道にサイトを続けていけたらと思います。
今年もどうぞよろしくお願い致しますn(_ _)n


back