たとえばこんな二人もいい



デュオは悩んでいた。
…ヒイロってやっぱりノーマルかなー…普通そうだよなー…はぁ。
俗に言う恋煩いだ。
デュオが女の子だったら、ここで「彼は私のことをどう思ってるのかしら」となったのかもしれない。
でもデュオは幸か不幸か生まれた時から男の子だった。
性的嗜好の方も普通に女の子が好きだったのだが、何故かふと気づいたら男に惚れていた。
いつの間にかそうなっていたのだから、困ったと思っても本人でもどうしようもない。
多分この気持ちにどこから、と区切りをつけることは酷く難しいのだと思う。
気づいた時といえば…終戦後だろうか。
それまでもそう会っていたわけではなかったけれど、約1年お互い全く連絡もとらなくて、ふとした時にもう2度と会うこともないだろうなーなんてぼんやり考えていたら、唐突に寂しくなって自覚してしまっただけだ。
世の中はデュオに都合良く出来ていたらしく、その後うまい具合にテロなんて起きてしまって、さらにうまい具合に二人共プリベンターに所属することになるなんてオチがついた。
デスクが隣なんていうオマケつきだ。
パートナー制度が現在上層部で検討されているらしいが、それが通ればヒイロと組むことになる確率も高いだろうとデュオは踏んでいる。
五飛という可能性もあるが、暴れ馬な彼を御せるのはサリィ・ポゥのみだというのは有名な話だ。能力的に考えたら、自分達と合わせられる人間などそういるわけもないのだから、消去法でまず間違いなくヒイロとデュオの組み合わせになるだろう。
付き合いが長くなってきたせいかヒイロも以前より多少は打ち解けてくれたし…友情とか、仲間としてなら限りなく良好な関係を築いてきているという自信はある。
でも、やっぱりそれだけだと不満だ。
自分はヒイロが好きなんだから。
そんなわけで、どうしたものかとデュオは最近悩んでいたのだった。
そんなある日のことだった。
その日ヒイロは任務明けだったため在宅勤務で、彼に急ぎの書類があるとかでデュオがそれを直接渡すことになった。それは、初めてのお宅訪問だった。
本来なら玄関で済む用事だったのだが、不幸にも途中で雨に降られてずぶ濡れになったデュオを見かねたのか、ヒイロは服を乾かす為に上がるよう促した。
お言葉に甘えてお邪魔したデュオは、後にそのことを後悔することになる。


ヒイロの部屋は想像していた通りシンプルだった。
備え付けの家具以外で彼が持ち込んだのは、おそらく端末くらいなものではないかと思う。
きれいにしていると言うより純粋に物が無い。
それでもそれは「ヒイロらしい」部屋で、デュオはその無駄のない殺風景さになんとなく親しみをもつことができた。
ヒイロがコーヒーを淹れてくれている間、見るものの少ない部屋をのんびり見回していたデュオは、ふとその一角に興味をひかれた。
「…ビデオディスク…?」
床に乱雑に積み上げられたディスク。
ほとんどが資料のようだったが、几帳面なヒイロにしては何枚かラベルのついていないものがあった。
ナンバリングだけされたその数枚がデュオは非常に気になった。
仕事に使う他のディスクと違って、それらはディスクの製造元が違う。確実に業務用のブラックディスクではなく、カラフルなカラーディスクなのでヒイロの私物と思って良さそうだった。
「なあ、ヒイロ。これって何が入ってるんだ?」
丁度戻ってきたヒイロに尋ねると、彼は少し不審そうにデュオの手元のディスクを眺めた。
少し細められた瞳が、ああ、と思い出したように納得の光を帯びる。
「ただの娯楽品だ」
「ふーん…」
娯楽、と聞いてデュオの目が光った。
「ヒイロが娯楽って珍しいな」
「貰い物だ。俺は全く面白くなかった」
「どの辺がつまんなかった?」
どうやら義理で目を通した様子のヒイロに、重ねてデュオは聞いた。
「…主人公の気持ちに全く共感できない。理解に苦しむ」
ふむ、とデュオは頷いた。
「なあ、これ借りてっていいか?」
1、と数字が記入された1枚を選び出して、デュオは興味津々といった風に強請った。
ヒイロは一瞬迷ったようだが、デュオのわくわくして引く様子のないのに気づいたのか、溜息付きで頷いた。
「サーンキュ、アイシテルよヒイロー♪」
わーい、と語尾にハートマークでもついてそうにそれを荷物にしまったデュオは、それから乾燥機が止まるまでの間ヒイロの部屋でのんびり過ごし、自宅へと戻った。
シャワーはヒイロの部屋で借りていたから、夕食だけ軽く済まして、デュオはコーヒーを片手にデッキの前に陣取った。
「さーて、どんな内容なのかね」
ヒイロが娯楽嫌いなのくらい元々わかっている。
でも、共感できない…そう彼が感じたという内容にデュオはとても興味があった。
バカだとはわかってる。でも、そういう事を少しずつでも知って、近づきたいなと思うのは自分でもどうしようもないし、知ること自体が嬉しいのだ。
そう容量の大きいディスクでもないから、せいぜい1、2時間という話だろう。
カシャンと音を立ててディスクがデッキに飲み込まれていき、デュオは再生ボタンを押した。
しばらくの間の後、画面上部から血が流れてくる。
―――ホラーかな?
なるほど、それならオレ達じゃ面白くもなんともないかも。とデュオが納得しかけた時、その血が文字を形作った。

『陵辱』

「……………………………………………………………」
言葉もないデュオの前で、ディスクは淡々と進んでいく。
どうやらいわゆるホモ映画らしい。
主人公のマックス君とバートン君(名前が少々気になったがそれはこの際気にしないことにした)は傍で見ている分には両思いなのだが、お互い片思いを続けていてもどかしい程に進展がない。
マックス君はとても可愛らしい少年で、学校のごろつきにも目をつけられていたらしく、ある時監禁され輪姦されてしまう。
傷つくマックス君。
それを知ったバートン君(無口で地味だが実は格闘技をやっていて非常に強いらしい)はごろつき共を殴り飛ばし、やさしくマックス君を慰めるのだった…。
概要を書くとそんな感じになる。
現実にはともかく、エロ話だとよくある話だ。
要所要所で激しいセックスシーンが入る。不必要な程甘い声が上がってたりするのもいかにもで、そういう話が好きな人間でも質としては微妙な類かもしれない。
デュオはそれを、真っ青になって最後まで観た。
内容が進むにつれて血の気が下がってくるのが自分でもわかった。
コーヒーはとっくに冷めていたが、手をつける気にもならなかった…というより存在を忘れていた。
抱えたクッションを皺ができる程きつく握り締め、ディスクが終わってかなり経ってから、デュオはようやく動き出した。
思い出すのは、これの感想を聞いたときのヒイロの言葉だ。
『主人公の気持ちに全く共感できない。理解に苦しむ』
「………」
―――やっぱり、普通に考えたらノーマルなんだよな…当たり前だよな。
ここしばらくの悩みに予想外の方向からピリオドが打たれてしまった。
告白なんて、しなくて良かった。
デュオは小さくため息を吐いて、ヒイロのことを諦めることに決めた。
このまま、いい友人のままで。
この胸の痛みもいつか忘れられるといいな、と思いながら、デュオはデッキからディスクを取り出した。


ヒイロは悩んでいた。
最近、デュオの様子がおかしい。
いや、なにがおかしいとはっきり言えるわけではないのだ。ただ、なにかがおかしいことは確かだ。
いつも通り明るくフレンドリーで、職場の人間は誰もデュオの異変に気づいてはいない。だが、ヒイロはデュオの沈んだ様子に気づいていた。
特に自分に対するときには明らかに不自然な行動をとる。
原因は…と考えても思い当たる節もない。
そんなわけでヒイロは無表情ながらここ数日とても悩んでいた。
正直なところ、ヒイロはデュオが好きだった。
一目惚れの類だと思う。理由をつけていくとしたら、それはその後補足されるように増えていったものでしかない。
最初の直感が限りなく正しかったとも言える。
デュオが男だということは確かに問題だったが、自分の方ではとりあえず問題になることはなかった。まあ、お決まりの好きになったら男だったというだけ、というやつだ。
真性のホモセクシュアルになったつもりもないが、相手が男だからと気持ちを否定するほど抵抗があるわけでもない。
好きな相手なら何かしたいと思うのが人情…と思いきや、淡白なヒイロは特別そういった欲求もなかった。
そうでなくてもデュオはヒイロに格別好意的だったので満足だし、元同業者ということもあってプリベンターに所属してからも事の外親しく付き合ってきた。
戦後一年程離れた期間はあったが、定期的に身辺調査をしていたのでそんなに離れていた気もしない。
奥手そうだとは思っていたが、案の定というかデュオは恋人がいなかったし、仲の良かったカトルとも相手がコロニー代表という立場上あまり連絡も取らなくなった。自分以上に親しく付き合う人間もいなかったようなので、ヒイロはそんな現状に満足していたのだ。
だが、最近になってデュオはヒイロを避けだした。
デスクが隣だというのに、姿を見かけることも少ない。それは自分がいない時間を狙ってデスクワークをしているということだろう。
デュオに変化があったのは1週間程前だろうか…いや、その前はヒイロは任務で本部に戻らなかったし、その間に何かあったのかもしれない。
だが、最後に自分を訪ねてきたときにはデュオに不審な様子は無かったはずなのだ。
気づかなかっただけだろうか、見落としがあったのだろうか。
悶々と頭を悩ませながら、いつも通りの無表情でヒイロは帰宅した。
「………?」
郵便受けに入っていた小包に、ヒイロは首を傾げた。
差出人は…見たことのない名前だ。だが、筆跡に覚えがあったためヒイロはそれを手に自室へと戻った。
「今度は一体なんなんだ…カトルの奴め」
手紙と、カラーディスクが1枚小包の中から出てくる。
『デュオの傍にいる権利を譲ってあげたんだから、ちゃんと僕の言う事は聞いてよね』
忌々しい台詞が頭の中で再生される。
やれ無愛想すぎるだの、やれ言葉が足りないだの、カトルはいちいちヒイロに文句をつけては学習資料などと言って妙なディスクを送りつけてくるのだ。勿論観たことを確認するための感想まで求めてくる。
宇宙の心とやらのせいで、ヒイロの内心を知るのは彼くらいなものだ。全く、その妙なリンクが早く切れてくれないものかとヒイロは常々思っている。
この間送られてきたものが一番酷かったかもしれない。
『お笑い叙情詩』なるシリーズ物で、無口で表情のない主人公がお笑いの道に目覚め、芸人に弟子入りし、性格まで一変してしまって一躍有名になるというサクセスストーリーだった。極め付けに主人公はジャパニーズだ。
そういえば最後に尋ねてきたとき、デュオがその1巻を持っていった。
……まさかそれでヒイロの人格を疑ったということは…いや、好きではなかったと明言してあるからそれはなかろう。
一瞬頭に過ぎった思考は早々に排除して、ヒイロはとりあえず几帳面な字が刻まれた手紙に目を通した。

『この間の作品に続編ができたんだ。
 感想はまだ貰えてないけど、勿論ちゃんと観ているよね。
 参考になるかもしれないから、送っておくよ。
 ああ、でもいけない妄想にふけるのは程々にするようにね』

「………?」
お笑い云々の感想は早々にメールで送ったはずだった。
観ていないものがあったか?と思いながらその文面に引っかかりを覚える。
―――いけない妄想?
気になって、ヒイロはそのディスクを手にとった。趣味の悪いスケルトンピンクのディスクをデッキに挿入しようとして、ヒイロはその中に1枚のディスクが入ってることに気づいた。
『1』、と書いてあるそれは例のお笑いのディスクだ。
横に積み上げたディスクを確認すると、確かに2〜5巻までのディスクがあった。全5巻だからそれでシリーズ全てになる。
―――デュオが持っていったのはなんだ?
嫌な予感がする。
ヒイロは焦る気持ちを抑え、ゆっくりとピンクのディスクを挿入した。
カシャンと音を立ててディスクがデッキに飲み込まれていき、ヒイロは再生ボタンを押した。
しばらくの間の後、画面上部から血が流れてくる。
緊張に息を飲むヒイロの前で、その血が文字を形作った。

『陵辱2』

「……………………………………………………………」
言葉もないヒイロの前で、ディスクは淡々と進んでいく。
内容はどうやらホモ映画のようだ。
主人公のマックス君とバートン君(名前が非常に気になって仕方が無い)は固い絆で結ばれた恋人同士のようだ。おそらく前作では出会い編かなにかをやったのだろう。
そんな金髪美少年のマックス君の前に、ある日チャイニーズの謎めいた少年が現れる。
荒々しくマックス君を求める彼に、次第に心揺れるマックス君。
しかしそのチャイニーズの少年は、実は麻薬組織の幹部で、マックス君は誘拐されてしまい、そして…。
後はお約束の集団レイプになり、何故かやたらと強い恋人が助けに来るのだ。
そして最後には恋人が傷ついたマックス君を慰め、二人の絆はより深くなるのだった…。
概要を書くとそんな感じになる。
丸腰で麻薬組織に乗り込むなど正気の沙汰ではないとヒイロは思うのだが。その辺はお約束ということで現実的要素は無視しているのだろう。
内容が進むにつれて、ヒイロは血の気が下がる思いがした。
再生ボタンを押したリモコンを握った姿勢のまま、ディスクが終わってかなり経ってから、ヒイロはようやく動き出した。
周囲を確認する。
これの前作と思しきディスクはその中にはなかった。
思い出すのは、これの感想を聞かれて答えた自分の言葉だ。
『主人公の気持ちに全く共感できない。理解に苦しむ』
「………」
―――いや、おかしくはない感想だろう。普通に考えた場合。
なまじ『面白かった』などと答えないで良かった。『貰い物』とも言ってあるから、ヒイロが購入したとも思われない。
おかしくは、ないはずなのだが。
「………」
では何故デュオは様子がおかしいのだろうか。
ヒイロの直感が、これはデュオに関係あるとはっきりと言っている。
こういう時の自分の勘にヒイロは自信をもっている。そうでなければここまで生き残っては来なかっただろう。
ここしばらくの悩みは予想外の方向から回答が出たが、かといってそれに直接作用したのが何かはまだわかっていない。
だが可能性として考えられるのは、実は一つだけなのだ。
―――実は、好かれているか?
デュオがホモセクシュアルだという話は聞いたことがない。好みの女性像ならばレストルームで他の人間と話しているのを聞いたことがあったから、性的思考はノーマルのはずだ。
…いや、バイという可能性もあるかもしれないか。
ヒイロはその優れた頭脳を、無駄に最大限に回転させつつ考えた。
―――好かれているのかもしれない。
それはちょっと幸せな結論だ。
勿論、デュオがにこにこ笑って傍にいてくれる現状で満足なのだが、好かれているならもうちょっと密着してみたいなとか、柔らかそうな口唇を塞いでみたいなとか、淡白ながらもそういう思考ぐらいならある。
そうするために敢えて動く程の欲求ではなかったのだが…できるのならば、それはもう、素直にやりたいと思う。
結論を急ぐには早すぎる…が。
とりあえず明日は大した作業はなかった筈だ。デュオを捕まえることが先決か、と思いながら、ヒイロはデッキからディスクを取り出した。


その日一日、デュオは非常についてなかった。
ロクな仕事もない一日だからのんびり過ごそうかと思っていた矢先、偶々通りかかった情報部でハッキングの真っ最中だったのに出くわしてしまった。
相手方のガードが固いらしく捕まりかけていたのを見つけてしまい、慌てて介入し回避して逃げ切って、さすがデュオと拍手を受けた。
まあそれだけなら別に良かったのだが、その場に情報部の部門長がいたのがまずかった。
彼は以前からヒイロを情報部に引き抜きたがっていたのだが、デュオの腕を見たのは初めてだったらしい。
噂以上の腕に惚れこまれ、即勧誘が始まった。
彼は仕事熱心な男で、あのヒイロですら振り切るのが大変という評判ぶりのしつこさ、デュオはとりあえずでも逃げ切るのに数時間かかってしまった。
今後当分の間、仕事の合間を縫って彼がデュオのデスクに来るのは間違いないだろう。
疲れたデュオはデスクに戻ろうと思ったのだが、ちらと覗いてみるとそこにはヒイロがいた。
隣の席だから声をかけずにやり過ごすのは不可能だ。
今は、心情的に会いたくない…というより上手く笑顔を作れてない自覚があったので、なんとか会わずに済ませたいところだ。
仕方ないのでデュオはレストルームに避難することにした。
レストルームはレストルームで、暇をもてあました同部署の人間が溢れていた。実働部隊は忙しさにムラができやすい部署だ。
何かあれば徹夜続きだが、そうでないときは何もすることがない。
おまけにデスクワーク嫌いの武道派が揃ってるので、休憩と称したサボリがやたら横行する部署でもある。
愛想が良くて若くて腕がいい、と三拍子揃ってるので、デュオはこの荒くれ親父共に非常に可愛がられていた。
スイーパーズでもそうだったが、デュオは親父受けする人間だ。
息子程の年齢のデュオに保護欲を誘われるのか、彼らはそれとなくデュオの動向に気を遣ってくれる。会えば構うし、元気がなければ相談に乗ろうとする。
だから、普段なら楽しく雑談するところなのだが、今回デュオはレストルームに登場した間が悪かった。
入ったとき、タバコの煙に溢れている筈のそこは汗とホコリにまみれた乱闘会場と化していた。
「……お前ら、なにやってんだーっっ!?」
とりあえず叫んでみるものの、誰も聞いちゃいない。
何が原因か知らないがマジ殴りだ。プリベンターに実働部隊に所属する程の腕の持ち主達の殴り合いのケンカ程恐ろしいものはない。
その内、混乱状況の中デュオに掴みかかる者も現れた。
とっさに足払いをかけて投げ飛ばした後、少し困った顔で考えたデュオは、全員投げ飛ばして事態を収拾することにした。
納まらなかった何人かは気絶させ、ようやく全員を大人しくさせたのは三十分少々経ってのことだった。
勿論、デュオが元ガンダムパイロットだなどということを知らない隊員達は唖然とした。
年若だが腕のいい人懐こい少年、というデュオのイメージは、ヒイロ・ユイ並に恐ろしい腕の持ち主、に塗り替わった。
まあそれでも彼らにとって人懐こくて気の置けない同僚、な認識は変わらないのだが、それでも強さこそ至上なプリベンターにおいて、デュオが一部の崇拝者を作ってしまったことも事実だった。
当然ヒイロにも五飛にも相当数のシンパがいるのだが、あの性格なので被害はない。
デュオは通常の親しみやすさも手伝って、なんだかプレゼント(補充用弾薬とか)を貰ったり、デスクワークを手伝おうという人間が現れたり、いざという時は肉壁になっても護ります、などと誓う者が現れてしまったり、と一つずついちいち断るのが結構精神的に疲れるという状況になってしまった。
噂は千里を走り、廊下を歩いていても他の部署の人間にすごかったらしいな、と声をかけられる始末。
デュオはもう今日は帰ろうかとデスクに戻った。
幸いもうヒイロは帰宅したようで、荷物もなかった。今日しようと思っていた分の作業を自室でやるためにディスクに落として、デュオもまた本部を後にした。
しかしエントランスのところで待ち構えていたヒイロに捕まったのが、本日のデュオの最大の不幸だったと言えるだろう。
もう帰ったと思って油断したのがいけなかった。
「話がある」
腕を捕まれ、抵抗するのもおかしいし、かと言って今一番会いたくない相手だし、とデュオがパニックに陥っている間にずるずる引きずられるようにして来客用の応接室に連れて行かれてしまった。
便宜上エントランス脇にあるその応接室は、実際に使われることはあまりない。
要人であればもっと高層に通されるし、組織の性質上簡単な話を聞くような来客などあるはずもない。
そこが応接室と呼ばれているのも便宜上であって、実際には物置きに近かった。
「えーと、ヒイロさん…?」
話がある、と連れてきたものの、ヒイロは応接用ソファに腰掛け、隣にデュオを座らせた状態から口を開く気配はなかった。
正面を向いた、いつも通りの無表情からは何も読み取れない。
「お話って、なんでしょう…?」
この場合笑顔が引きつるのは仕方ないだろう。
内心冷や汗だらだらで、デュオは言葉を続けた。
「最近」
ヒイロがぽつりと呟いた。
「俺を避けているようだが」
―――やっぱりその話かっ!!
デュオはう、と言葉に詰まった。あからさまだったし、ヒイロにバレない筈ないとわかりつつも、それでもいつも通り我関せずでいて欲しかった。
「い、いや。それはさ…」
「そういえば」
なんとかごまかそうとするデュオの言葉を聞くつもりがないのか、ヒイロがデュオの顔を見ないままで言葉を続ける。
「先日のディスクだが…」
「…ッ。あ、そういえば返してなかったなっ!悪かったな長いことっっ!!」
頭の中はパニックに陥っているが、言葉は滑るように出てきた。
その言葉のまま、デュオは手荷物をがさがさ漁って、入れっぱなしだったラベンダーのディスクを取り出した。
(引きつっているものの)にっこり笑ってヒイロに差し出す。
ヒイロはそのディスクをちらと眺め、ディスクではなくそれを持つデュオの手首を掴んだ。
「…えと、ヒイロ?」
手首を軽く、けれど振り払えない位の力で掴んだ状態で、ヒイロは体の向きを斜めにずらした。自然ヒイロの方を向いたデュオと向き合う形になる。
「観たのか?」
「そりゃ…観たけど」
ヒイロの瞳はいつも通り静かな色をしていて、その奥の感情を伺うことは出来ない。
いつになく近い体勢に、どきどきしてしまいながらデュオは何も考えられずに言葉を返していた。
「感想は」
「感想って…ん、オレも面白くは…なかったかな…」
「そうなのか?」
「主人公の気持ちに共感できないからさ…」
何をどう言っていいかわからなくて、ヒイロが言った言葉をそのまま繰り返す。
実際には共感というより、どう見てもラブラブな二人が羨ましかったのだが。まさかそれを言うわけにもいかない。
「本当に?」
ヒイロが前のめりになるようにして、体ごと近づいた。
それに更に心拍数が上がるのを感じながら、デュオは小さく頷いた。思考が止まりそうだ。
「ほら…さ、ホモってやっぱり世界違うし…」
自分でも何を言っているのかよくわからないまま、動揺で瞳が揺れる。
「…本当に?」
「………」
ヒイロが瞳を細めた。
ああ、やっぱりこいつ顔いい。なんて言うかどうしようもなく好みだ。
ぼんやりしてしまいながら、デュオは頷いた。
頬が熱い。なんとなく、顔が赤くなっているような気がする。
ヒイロが前のめりになるに従い、デュオは押されるように後ろに動いていった。力の抜けた手からディスクがすべり落ちて、床に落ちてカシャンと硬質な音を立てる。
それにもデュオは気づかなかった。
捕まれたままの手首である程度以上はヒイロと離れることは出来なくて、後ろに動くにも力の抜けた体では限界がある。
腹筋が負けたのか、後ろに倒れこみそうになったデュオの腰を、ヒイロが支えた。
避けることもできない体勢でヒイロの顔が酷く近い。
デュオは思考の止まった頭でじっとその顔を見ていた。
「…デュオ」
吐息で掠れたヒイロ独特の声。彼独特の自分の名前を呼ぶ音。
なにも考えられず耳に心地良いそれを聞く。
「本当に?」
「なにが…?」
何を話していたのかも忘れてきていて、ぼんやり問うたデュオに、ヒイロが小さく笑った。
「訂正する。俺は、非常に共感した」
「…?」
「お前には訂正がないなら、拒んで構わない。だが、俺と同じ答えなら…」
言葉を止めて、ヒイロはデュオの手首を解放した。腰に回された腕は外される気配はない。
余った片手がデュオの頬に添えられる。
ゆっくりと顔を近づけるヒイロに、何も考えられないままデュオは静かに目を閉じた。
なんだか全てが夢の中のようで、もう何もかもがどうでも良かった。
確認するように動きを止めたヒイロが、静かに口唇を重ねてくる。
その甘さにうっとりと酔いながら、デュオは、ああ、ディスクの内容か…と頭の隅でぼんやりと考えていた。


デュオは悩んでいた。
昨日のあれはなんだったんだろうか、と。眠れぬ夜を過ごし、心底悩んでいた。
ヒイロに(『あの』ヒイロに)キスされて、腕に抱きとめられて。ただそれだけで時間を過ごして。
ぼんやりしていたからどうやって帰宅したのかとかの記憶も曖昧なものの、その温もりとか感触とかは体の方がしっかりと記憶している。
「………」
諦めようとした矢先に、なんだか状況が一変した気がする。
「………」
曖昧な記憶だが、確かヒイロは先日のあのディスクに対して『共感した』と訂正を入れなかっただろうか。
あれは明らかなるホモ映画だ。すれ違いを続けた片思いカップルがくっつくまでという壮大なホモエロ作品。
「………」
まさか、よもや、もしかして。
―――好かれてる、とか?
それはちょっと幸せな結論だ。
ヒイロがホモだっていう話は聞いたことがないが、ノーマルのみって話も聞いたわけではないし…なんとも思ってないならあのヒイロがキスなんてしてくる筈もないだろうし。
「……うわぁ…」
頭に血が上って、顔が赤くなってくる。
もしかしてもしかして。
両想いとかいうやつなのかもしれない。
早とちりは厳禁だけど、でも。
「今日は大した仕事もないし…話、してみないと…」
熱をもった頬を手で擦りながら、デュオは小さく笑って呟いた。


ヒイロは悩んでいた。
昨日の熱がまだ引かない。眠れぬ夜を過ごし、心底悩んでいた。
デュオにキスして、腕に抱きとめて。ただそれだけで時間を過ごして。
正直、物凄く気持ちよかったのだ。想像以上に、本当に物凄く。この世の春、という心境で。
自分はいわゆる淡白な人間だと思っていたのだが、実は案外そうでもないのかもしれない。
昨日デュオから返されたディスクを、軽く指で突付く。
帰宅してから一通り目は通した。
それは案の定、先日カトルから送られてきたディスクの前作にあたるものだった。
ヒイロの内心を知るカトルが敢えてそれを送ってきただろうということは想像に難くない。選択の理由は名前の面白さだろうことも、間違いないだろう。
「………」
途中の暴行シーンは場を盛り上げる為だろうからどうでもいいとして、問題は主人公格の二人だ。
ラストの甘々としか言いようのない展開に、ヒイロは非常に共感する部分がある。
「………」
昨日デュオに触れた手を見る。
自分と同じ鍛えられた体、でも不思議とヒイロにとってそれは抱き心地が良かった。
―――触りたいかも、しれないな。
キスとか、それ以上に。
なんとなく昨日の様子からすると、拒まれないような気が、する。行為が行為だけに許されるまで時間はかかるかもしれないけれども。
ヒイロは胸の奥が暖かくなって、小さく笑った。
そろそろ本部に顔を出す時間か、と気づいたヒイロは、ふと机の上に置きっぱなしになっていた小包に目を留めた。
「………」

―――マックスとバートンの間に現れた『チャイニーズの少年』…。

「………………」
なんとなく言いようのない不快感が込み上げる。
とりあえず、当分の間五飛はデュオに近づけないようにしておこう。
ヒイロはそう固く心に決めて、改めて仕度を始めるのだった。

                                          end.




COMMENT;

2004年度の12/12記念スタンプラリー企画の景品です。
「二人がラブラブなのを書こう!」と思って書きました。タイトルはその辺りが由来になってます(笑)
2004年のラリーが5回目で、歴代の景品はほぼAnniversaryシリーズとなっています。
2003年の「バーチャル・ホテルへようこそ♪」(裏吟醸)と2004年のコレ、そして今回実施した2005年度はそれぞれ単品になってます…来年はまたAnniversaryかもですがv(予定は未定)
以下、去年の文章です。↓

2004年12月12日おめでとうございますvv
いつもとちょっと違う、両想い甘々を志してみました。
ある意味くっさいお話ですが目的は達成です。フフリ(=w=)+
…ただ書くのに物凄い時間かかってしまって、更新遅くなりましたごめんなさい…。
本当は11日の夜9時にはスタンプラリー自体は完成してたんですが、それから仮眠3時間と息抜き3時間位以外はずっとこれ書いてました。
正直今眠くてたまりません(汗)
それでもここ数年は景品だけ後日、ということをやってたので、一気に更新できて嬉しいです(*><*)
12日ももうあと3時間なので終わりかけですが、それでも24時間企画は12日中に更新が目標なので、なんとか任務完了です。
企画ご参加&クリアありがとうございました!皆様にとって今日という1日が良き日でありますように♪


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