「やっぱり権利に義務は付き物だよな」
ぱたん、と手元の雑誌を閉じる。
何気なく感想として洩れた呟きに、ヒイロが作業の手を止めてなんだ、と問うような視線を向けてきた。
反応が返ると思っていなかったから、意外な気持ちで視線を合わせる。
「いや、コレ読んでたんだけどね。結構面白かったぜ」
今まで読んでいた雑誌を放り投げてやれば、受け取ったヒイロが表紙の特集名を見て眉を顰めた。
「七夕と、権利と何の関係があるんだ」
「関係ないか?」
「思い当たらない。そもそも単なる作り話だろう」
7月7日。
七夕と呼ばれるその日、1年に1度だけ織姫と彦星が天の川を渡って会うことの出来るという不遇の恋人たちの日。
それにあやかって笹に短冊を結んで願いを書くという風習もあったはずだ。
コロニーにおいては天の川も何もあったもんじゃないから単なる知識としてしか知らないが(しかも雑学である)、確かそんな教訓めいたことは書いてなかったはずだった。
「えーとさ。だって織姫は彦星に会って、恋におちて。それで機を織らなくなったから天帝に怒って引き裂かれたわけだろ?ちゃんと機織もしてればずっと一緒にいられたんじゃねぇのかなーっと」
「恋は盲目、というからな」
なるほど、と頷くヒイロに調子ずいたのかデュオが機嫌よく続ける。
「織姫は怒られて当然の事をしたわけだ。ちゃんと機を織ってたら彦星にもいつでも会えた。でも、1年に1度は会えるんだからまあその点は良かったんだろうな」
そうしてから、デュオはふと首を傾げた。
「で、なんで願いが叶うわけ?」
「………」
知るか、ということをありありと顔に書いて沈黙を貫くヒイロに諦めたのかデュオが両手を上げた。
「笹を飾ること自体はまあ、二人を祝福ー、みたいな意味らしいんだけどさ。んでもってそこに短冊を飾ることで、二人が無事会えるよう晴れますようにってことらしい。だったら照る照る坊主のが役に立ちそうなんだけどなぁ」
「1年に1度というお祭り感がいいんじゃないのか?」
「そうなのかなー。ほんっとこういう風習ってわけわかんねぇ」
そう言いながらも、デュオはこういったイベント事が好きだ。
何かと言っては妙なモノを持ち込むデュオにはヒイロも頭を痛めるところだった。
だから。
「じゃあ今回は何もしないんだな」
「は?ちゃんと笹貰う約束してあるんだけど」
不満気な様子に今回は何もしないんだろうとタカをくくったヒイロの意に反し、やっぱりすでにどこからか笹を調達しているらしい。
「……どこに飾る気だ」
「ベランダ」
「隣に迷惑だろう」
「笹おすそわけするって言ったら喜んで『いいですよー』って言ってくれたけど?」
準備万端。
後は当日を待つだけの状態のようだった。
いいかげんこの手の事態にも慣れてきたヒイロは早々に諦めの境地に達すると、そのまま
デュオを無視しイスを反転させ、ディスプレイへと視線を戻した。
即座に我関せずの姿勢をとったヒイロに、デュオが溜め息を吐く。
はっきり言ってこういうのは一人でやってもつまらない。
巻き込まなくちゃ楽しくない。
「……なー、ヒイロ」
「………」
無言である。
「一緒に七夕祭しねぇ?」
「断る」
これだけは即座に、しかもはっきりと返事が返る。
さすがにむっとしてデュオが眉を顰めた。
「じゃー交換条件だ。七夕は恋人たちの日だから、後でサービスしてやる」
ぼこっ。
いつのまに近くに来ていたのか、先程の雑誌を丸めたものがデュオの頭にヒットした。
「お前の思考回路は理解不能だ」
はー、と溜め息を吐くヒイロにデュオはくすくすと笑った。
ヒイロのこの感じは多分もう。
「だってヒイロ、権利を行使するためには義務を果たさなきゃな。義務さえ果たせば
後は結構好きにしていいんだろ?」
「義務、ね…」
「違う?」
浮かぶタチの悪い笑みは確信犯のもの。
からかっているだろうデュオが癪に触って、とりあえずもう一度くらいは殴っとこうと
ヒイロは手元の雑誌をもう一度握り締めるのだった。
7日当日がどうなったのかは、まあ大方の予想通りということで。
end.
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