その日は朝からヒイロの姿を見なかった。
昨夜も電気はついたままだったようだし、多分またもや徹夜でもしたんだろう。
これでもう3日目、さすがにそろそろ無理矢理にでも休ませるべき頃合いだった。
「仕事熱心なのはいいけどさ、ちょっと頼まれただけのもんくらい急がないで
ゆっくりやればいいのにな・・・」
この辺の不器用さはヒイロの美徳であり、また同時に欠点だと思う。
いいかげん、自分の身体も大切にしてもらわないと見ているほうがはらはら
してしまう。
どうせ、そんな心配もヒイロにすれば無用なものなのだろうけど。
そんなことを考えつつ、ぶつぶつと呟きつつ、ヒイロの部屋のドアを開けた。
手が塞がってたのでノックは省略。
そうして、持ってきたコーヒーを渡そうとデスクの方を向いたけれどそこに
ヒイロはいなかった。
「あれ?」
一瞬の間。
ヒイロがここから出た気配はなかったはず・・・とデュオが自身の記憶を反芻しようとした時、ベッドの方でわずかに身動く気配がした。
「・・・・・・・・・・うるさい」
不機嫌そうなくぐもった声。
どうやら何時の間にやら作業を終わらせ、寝ていたらしいヒイロ。
「あ・・・ごめん、起こしちゃったか?悪い、すぐ出てくから・・・」
慌ててUターンしようとするデュオの服の裾を、ヒイロの手が掴む。
「いいから、来い」
「へ?」
そのままぐいぐいと引っ張られ、ぺたんとベッドの隅、ヒイロの頭の側辺りに
座り込まされる。
「あの、ヒイロさん・・・?」
「黙ってろ」
そのままもそもそとヒイロが移動する。
位置が悪かったのか、少しデュオを内側に引っ張り込むようにしてからいきなり脚の上に頭を乗せてきた。
「ヒイロぉ?!」
ヒイロの突然の奇行にパニくるデュオを他所に、当のヒイロはそのままおさまりのいい位置を探すように動き続け、しばらくしてぱったりとまた動かなくなった。
やがて、静かな寝息が聞こえ始める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えーと」
――もしかしてヒイロってば今、寝惚けてたんじゃ・・・。
はっきりきっぱり、これはいわゆる『膝枕』。正気のヒイロであればまず間違いなく行わないであろう行動だと思う。いや、本人が例えやりたがったとしてもデュオが却下することを知っているから言わないのかもしれないが。
「・・・・・・動けない」
ちょっと途方に暮れてしまう。
「おいおい、オレこいつが起きるまでこの態勢かよー・・・」
それでも無理矢理起こす気にはなれない以上、現状維持なのだろう。
やっぱり自分はヒイロに対して甘いんだろうか?
自分に対してため息をつきたいような気持ちの中、ふといたずらを思いついた。
少し固めの黒髪に指をくぐらせ、耳元にふっと吐息を吹き込んでみる。
「う・・・」
むずがるようにデュオに擦り寄るヒイロ。
―――可愛いかもしんない。
これ以上何かすると起きてしまうかもしれないから何も出来ないけれど。
珍しいものを見れたコトに免じて、この状況をしばらくの間甘受していてあげようと思う。
もちろん、このデュオ様に膝枕なんてさせたんだからその報酬は別にもらうけれども。
「まあ、たまには、ね・・・」
――さて、ヒイロに何をさせようか?
極上と形容して差し支えないような微笑みでヒイロの寝顔を見つめながら。
デュオはこのままの態勢でずっといる覚悟を、静かに固めるのだった。
end.
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