「あ……!!」
それは食事中のことだった。
何に気付いたのか、ふいに声を上げたデュオがテーブルから立ち上がり、猛然と自室にダッシュをかける。
「………」
思わずそれを無言で見送ってしまったヒイロは少し考えた後、帰ってこないデュオと残された食事に眉を寄せた。
何か作業があるにしても、食後で何とかなるものかどうかの確認に行くべきか。
時間がかかるようなら作業の合間に摂りやすい食事を別に用意する必要もあるかもしれない…デュオのことだ、今日締め切りのデータを忘れてたとでも言いそうだ。
それでも期日にはまず絶対間に合うから凄いものだが、よく恐ろしい程妙なミスをするのがデュオ・マックスウェルという男だ。この可能性は、かなり高い。
とりあえずこのデュオの分の食事にラップでもかけておくべきか…とヒイロがそんな事まで思案し始めた頃、とぼとぼとした足取りでようやくデュオが席に戻ってきた。
食事を再開する意志はあるようなので、とりあえず仕事関連ではないだろうと推測する。
「………」
「どうした」
そんなには経ってないから温める必要はないだろうと判断し、二人共そのまま中断していた食事を再開。心なしか先程までより沈んだ様子のデュオに、ちらりと視線をやって問いかけた。
「月見」
ぼそりとデュオが呟く。
「………月見？」
「月見の準備すんの忘れた…」
言いながら、デュオの顔が不満気に崩れる。
「…十五夜か。今夜だったのか」
デュオの言葉で、ようやく先程からの行動に納得がいった。
地球特有の行事だと先日同僚に聞いて、デュオが楽しみにしていたらしいことはヒイロも散々聞かされて知っている。十五夜の夜の月見酒と普段の月見酒がどう違うか比較検討してやるとか言ってススキや団子の手配までしていた事も知っている。
…………ここ１ヶ月ばかり忙しい日々が続いていたからうっかり忘れたらしい。
「しかも雨！大雨！！月なんて見えやしないっ」
握り拳を作って喚く様から非常に悔しいんだ!!という気概は伝わってくる……が、天候はどうしようもないし店に取りに行っていない予約した品々も今更どうしようもない。
なるほど、空を見に窓へ行ったのかと納得しつつヒイロは溜め息を吐いた。
「……秋の天気は変わりやすい」
「女心と秋の空、って？そんなのはどーでもいいんだよ今夜だけ晴れれば良かったんだからっ」
やつあたりだとわかっているのか、ヒイロに文句を言うデュオの言葉には力がない。
けれどどうしても諦め切れないのか、視線が窓の方に寄せられた。
「だいたいなんで毎年日付ずれるとか言うんだよ、そんなだからつい忘れたんだ」
「相手は旧暦だからな、仕方ない」
「………。見たかったんだけどな」
デュオがぽつりと呟いた。
小さく溜め息を吐くと、軽く瞳を伏せ、後は吹っ切るように顔を上げた。その後は何事もなかったかのように食事を再開する。
ヒイロはそんなデュオを見つめると、あとは無言のまま食事を続けた。


「うわわ、ヒイロお前何すんだっ？！」
その夜、デュオはいつもよりかなり早い時間に寝室に押し込められた。
ベッドに放りこまれ、上から枕が降ってきて上かけを被せられる。
「早く寝ろ。そうしたら明日は付き合ってやる」
「へ？」
「…中秋の名月は大概満月にならない。明日が満月だ」
お前が早く寝るなら、明日予約品を受け取ってきて一緒に一日遅れの月見をしてもいい。
ヒイロの言葉に驚いて、デュオは上半身を起こした。
「……もしかして調べてくれた？」
「………。明日起きてるつもりなら早く寝ろ」
答えず、ヒイロはそのままそこを後にした。
多分解析途中だとかいうプログラムを今晩中に終わらせてしまうつもりなんだろう。
「………」
デュオは、枕を抱き込んだ。
「…照れ隠し？」
呆然とした心境のまま呟く。
―――珍しーもの見たかもしんない…。
ここは素直に言う事を聞く事にして、ごそごそと寝心地のいい位置を探して身動くとデュオは目を閉じた。
せっかくだから、明日はちゃんと晴れてくれよ。
閉められたカーテンの向こう、厚い雲の上で輝いているだろう名月に、小さく呟いてその夜は幕を閉じた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　end．