ただ必要だと、そう思うときがある。
それは理屈でなく打算でなく心がそう求めるのを感じるだけ。
それをなんと呼べばいいのだろう?
一番近い言葉は執着、かもしれない。
ただ欲しくて欲しくて堪らない。誰にも渡したくない。耐えられない。
自分でも制御できない感情の、その意味をどう求めろというのか。
ただ必要だと、手放せないとそれだけを感じる。
なのに、きっと手に入らない。それも嫌という程わかっている。
わかっている……だから罠を仕掛けよう。
手の中に堕とし、手放さなければいいだけなのだから。
「……っ!」
首筋に口付けられ噛まれる感触に、意志に反して身体が跳ねる。
全身あますところなくまさぐられ、感覚を鋭敏にされた身体がささいな刺激にも過敏過ぎるほどの反応を返していた。
それが強い刺激であるのだから尚の事その反応は謙著なものだった。
加減がわからないのか、噛みつく歯の硬質な痛みはとても快感なんて呼べるようなものじゃない。
所有の刻印を残すことを目的として行われる行為は先程からしつこいくらいに続けられていた。
吸いつき、歯をたてられる。
急所をさらしそこに食いつかれる感覚というのはとても言葉で表現できるものじゃなくて、デュオは恐怖感を堪えるように歯を食いしばった。
痕が残るとか、そんなことはどうでも良かった。
ただ、獣のような、この本能に根ざした行為がただひたすらに気持ち悪いだけだ。
「……はっ!がっつきやがって、このケダモノ……」
「………」
悔し紛れに呟いてみせても、返ってくるのは沈黙だけ。
そんなものは押さえつけられ抵抗を奪われた獲物の最後の悪あがきでしかないことを、双方共に理解していた。
ふいに腕を掴まれ押しこまれた倉庫。
滅多なことでは人の来ないその場所で押さえ付けられ服を裂かれた。
当然デュオは力の限り抵抗したし、ヒイロは持ち前の力技で応戦した。狭いその場所が幸いしたのはヒイロの方だった。
呆気ないくらい簡単に組み伏せられ、呆然としたデュオを征服者の表情で見下ろしたヒイロ。
微かに笑んだ彼を見たとき、デュオは逃れようのない現状を悟った。
だから、あんな憎まれ口は本当に悪あがきにしか…いや、悪あがきとすら呼べない。せいぜいが負け犬の遠吠え。
だからヒイロも言葉を返すことはない。それをデュオも理解している。
「ふっ…く…」
ヒイロの視線には気付いていた。
含みをもったそれ。何か強い、危険なものを孕んでいたそれを気付かないふりしたのはデュオの方だ。
気付かないふりでずっと傍にいて、そうしてそれが表面張力を越えてしまったことに気付かなかった。
あふれてしまったものの行き場は存在せず、そうしたヒイロがこんな強硬手段に訴えることは十分予想範囲内だったはずなのに、それすら目を背けていたから気付かなかった。
最後のミスはちょっとした油断。
まさか無理矢理こんな所に押しこまれるとは、こんな行動に出られるとは考えてもいなかった。
「ん…も、やめ…っ」
「……まさか本当に止めてもらえるとは思っていないだろう?」
歪んだ笑い、狂気の瞳。激情に狂わされた男。
耳元に囁くヒイロの吐息が熱い。
「俺の、ものだ」
「……やぁ…っ」
「誰にも渡さない…」
身体をまさぐるヒイロの手の平が熱い。
指先が熱い。口唇が、舌が熱い。
震えながら力弱くシャツを掴んだデュオの指をうるさげに払いのけて、ヒイロは組み敷いた身体へと再び身を沈めていった。
恋は狂気を呼ぶという。
想いの深い方、恋に狂った方こそが負けだ。
―――まさか、こんな強硬手段に訴えるとは思ってなかったかな。
デュオは微笑んだ。
手に入らないなら罪へと堕とせばいい。逃れようのない鎖で縛ってしまえばいい。
―――まさか、ここまで思い通りに動いてくれるとは思ってなかったかな。
デュオは微笑んだ。
それはそれは幸せそうに、狂気の色をたたえて。
「デュオ」
「………」
俯いたままの顔を上げさせようとしたヒイロの手を首を振って拒む。
ヒイロが舌打ちをして、無理矢理顔を上向けさせた。
噛みつくように口付けられながら、デュオは瞳を細めた。
―――ばぁーか。
罪を深くしていくヒイロは、これでもう逃れられない。
end.
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