『A HAPPY NEW YEAR!!』
カウントダウンが終わると同時に、人々が一斉に叫びクラッカーが打ち鳴らされる。
俄かに活気づいた広場を、ヒイロはどこか醒めた瞳で眺めていた。
新年などと言ってもそれは太陽暦の一区切りに過ぎない。太陽暦、太陽の運行に基づいて定められた暦法。
それはイコール地球の公転周期だ。
365.2422日。
新年などと言っても、単に地球が太陽の周囲を一回りしただけのことだ。わざわざ祝って浮かれ騒ぐ程のことでもない。
まして、ここはコロニーなのだ。
太陽暦などというものすら本当は関係ない。ここは季節ですらコンピューターで作り出す地球の模造品。
そんな場所で、一年の区切りなど何の意味をもつというのだろうか。
「………」
ヒイロは寄り添うようにして歩く人々に道を譲るように、通りから一歩下がった。
吐く息が白く染まる。
新年サービスとして15分程度と指定された降雪プログラムは、人々の目を楽しませた後に市民活動の妨げにならない程度で終了する。
都合上多少冷えるが、この程度なら問題ないだろうと思いつつも、何故自分はこんな騒がしい場所で無駄に時間を消費して立っていなければならないのだろうと考えた。
部屋にはやりかけの解析がある。急ぎの依頼なのだから、時間は1分1秒でも惜しむべきものだ。
―――それもこれも、あいつが。
「よぉ、待たせたな!」
その名を今まさに頭に浮かべていた人物の到着の声に、ヒイロはじろりと不機嫌さを顕にした視線を向けた。
ヒイロの腹立ちに気づいているだろうに、一向に気にする様子もない彼は…デュオ・マックスウェルは、へらりと笑った。
「いやー、予約してたシャトルに乗り遅れちまってさ。この時期だし、キャンセルもなかなか出なくて大変だったんだぜー」
自分が如何に大変だったのかを延々語り出しそうな彼の気配に、ヒイロはそのうるさい口を閉じさせる為に強引に言葉を挟ませた。
「8時間11分43秒」
「ん?」
「…8時間11分43秒。お前が俺を待たせた時間だ」
一瞬意味を量りかねたような顔をしたデュオは、理解すると同時にあんぐりと口を開けた。
「ってナニ、お前秒数までカウントしてたの?ていうかさ、まさかここにずっと立ってたとか言うんじゃ…」
「………」
無言で睨みつけられたのが、何よりも雄弁な答えとなった。
デュオは、呆れたように溜息を吐いた。
「ビンゴかよ。うっわー、遅れるって連絡入れたんだから、どっか入ってるとかもっと賢い行動とれよお前」
「…行くぞ」
言い足りないらしい元凶が喚くのを無視して、踵を返す。どうやら反省させて黙らせるよりも、文句の種を与えただけのようだった。
シャトルポート前の広場は本来待ち合わせの利便を考えて設計されたものだが、こんなお祭り騒ぎの日には大型画面があることも相まって、若者のデートスポットと化してしまう。
当然広場から出る道のりも歩きにくいことこの上ないが、とっととこんな場所は離れてしまいたい気持ちの方が勝っていた。
「年末に仕事の都合でL1に行くんだけどさ、ついでにお前のとこに寄っていいか?」
『ついで』という随分な言い草で、デュオが強請ってきたのは12月も末の頃だった。
理由は聞かなかった。
聞いても、どうせ泊まる宿がこの時期じゃ取れないとか(ならば直行便でL2に帰ればいいだけのことだ)、久しぶりに話でもしたいとか(しかし終戦記念パーティとやらに呼び出された時に同じ言葉を言われ散々付き合わされている)、底の浅い言葉を並べ立てることがわかっていたからだ。
無言で僅かに眉を顰めたヒイロに、デュオは慌てたように「迷惑はかけないから」、「シャトルが空くまでの数日だから」等々、予想範囲内の台詞を言い募った。
勿論デュオ自身も、ヒイロがそんな言葉に動かされるような優しい心根をしていない事は承知の上だ。自然焦りが生じて早口になっていく。
「…構わない」
だから、しばらく無言でその言葉の羅列を聞いていたヒイロが了承を示した時に、デュオは本当に嬉しそうな顔をした。
本人も自覚していないだろう、心の底から溢れたような小さな笑み。
それを引き出す為にヒイロが敢えてすぐに答えなかったことも、自分がどんな顔をしているのかもデュオはずっと気づかないままだ。
ヒイロの顔を見たいと…会いたいと、思うことの根源にあるものにすら気づいていないのだろうとヒイロは分析している。そして、おそらくそれは外れていないのだろう。
厄介な人間に好意を抱いてしまった。
気づいたのは最近だが、だからといってそれを相手に気づかせるつもりもない。
「……あ」
もう少しで広場を抜け出ようとする場所でのデュオの呟きに、ヒイロは物思いから意識を戻した。
立ち止まった遅刻魔は、コロニーの空を残念そうに見上げている。
「止んじまった。こんな無駄なことするコロニー珍しいから、結構楽しみにしてたんだけどな」
ちょっとしか見れなかった、と溢した彼は、大して気にした風もなく再び歩き出した。
「なんかさ」
立ち止まり改めて確認したことで、先程よりヒイロの不機嫌が軟化していることに気づいたのか、デュオは再び口の回転を早めることにしたようだ。
「新年のお祝いとか、こういうのってなんかいいよな」
首を引っ込めてくくっと笑う声が、ゆるく巻かれたマフラーに遮られくぐもってヒイロの耳に届く。
「………」
「ああ、お前こういうの嫌い?どうせココじゃ何の意味もないとか思ってんだろー」
反対から歩いてくる人を器用に避けながら肩を並べて歩くデュオは、無言のままのヒイロの言いたいことを察しているらしかった。
「まあ、モノは考えようってね。オレとしては日付なんていつでもいいんだけどさ、要は1年が始まる日って、新しいものが生まれる日ってことだろ。まだ真っ白でこれから作ってくものが生まれる日、だからオメデトウって。しかもHappyなんてつくんだぜ、幸せな一年おめでとうって、なんかいいじゃんか」
「………」
正面を向いたまま語り、特に興味もないのかそのまま別の話題に移ってしまったデュオを、ヒイロは横目で見た。共感できるかはさておき、それも一つの考え方ではあると思った。
デュオの思考はある面においてヒイロと酷似している。
そして、ある面においてはこうして、かけ離れたものであるのだ。
それがおそらく彼に対する興味を沸かせ、あるときは苛立ち、ヒイロの心を彼に近づける一因となる。
まったくもって、厄介な相手だと、そう思う。
街は新年の興奮冷めやらぬ様子で、大型ビジョンは世界各地の様々なニューイヤーを映し出している。
のんびりと歩く人々は家族や恋人と穏やかに時を過ごしていて、早々に家路を目指す二人の少年はこの空間にあって少々異質だ。
この空間で、ただ二人だけが。
「…部屋に戻るぞ」
迎えに来るというただそれだけで時間を大幅に浪費したと言いた気に、じろりとデュオを睨んだヒイロがふいに足を早めた。
相変わらずの唐突な行動にデュオがぶいぶい文句を言いながらも同様に足を早めてまた横に並ぶ。
部屋に。
ヒイロの、部屋に。
本当は、閉じ込めてしまいたいのだと、言えたら楽になれるのかもしれない。
ふいにそんな考えが浮かぶ。
何も気づかないからこそ自由気ままでいられる遅刻魔を想い、ヒイロは酷く複雑な気持ちで深く深く溜息を吐いた。
end.
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