肩から首筋へ、そうして耳元へ。
滑る湿った感触に知らず身体が震える。
同じような身長だから肩口へと顔を埋めれば自然と顔を交差させるような形になる。
耳元に触れる吐息は熱くて、くすぐったくて首を竦めれば拒まれたように
感じたのか耳たぶに歯をたてられた。
ぞくぞくするこの感触は嫌いじゃない。
―――嫌いなのは。
「はい、そこまでな」
カチ、と軽い金属音が響く。
それが銃の撃鉄を起こす音だとは、聞いたことのあるものなら
すぐにわかることだろう。
ましてや、ガンダムのパイロットである彼なら。
「オレも人の事言えないけど、お前のしつこさも大概だな」
銃身で促して身体を離させる。
乱されたアストロスーツを片手で直しながら、寄りかかっていた壁際から立ち上がる。
迷いのないその仕種に、今まで譲歩するように追い詰められていたのかと悟った彼の瞳が燃えあがる。
そう、嫌いじゃない。
こんな憎むような瞳は。
「興味を性的欲望に直結させるってのは穏やかじゃないと思うぜ?
まあ、お前には無駄な忠告だろうけどさ」
視線を合わせ、言葉を続けながらもすたすたと出口へ向って歩き出す。
気負わない風を装いながらもけして瞳を逸らしたりなんかしない。
視線をはずすことは命取りになる、相手が野生の獣のようであるならなおのこと。
もちろん銃口を逸らすような真似もしない。
動けば、本気で撃つつもりだった。
「オレとSEXしたいなら誰かと練習でもしてきたらどうだい?そんな欲望丸だしみたいな下手くそは嫌いなんだ」
口許だけでにこりと笑んで、ロックを解除したドアに身を滑らせる。
するりと流れるように身を滑らせたその後を、三つ編みが追いかけるように翻って消えた。
「ちっ…」
完全にその姿が見えなくなり、ヒイロが悔しげに舌打ちした。
追ったところで無駄だ。
おそらく鍵ぐらいかけていっただろうから。
そんなものすぐ解除できるが、それだけの時間があればデュオがどこかへ身を隠すくらい造作もないことだ。
「馬鹿が」
誰にともつかない呟きを残し、ヒイロもその場を後にした。
ヒイロが、怪我をした。
誰が悪いというわけでもなく、戦闘中でもない、本当に些細な事故だった。
ただそれが何にも影響を与えないわけではない。
ウイングゼロのパイロットの負傷。
唯一エピオンと対抗出来る機体のパイロットが傷を負っている。
それは、下手をすれば戦局を左右するかもしれない重大な事実だったのだ。
幸いそのことを知る者は本当に極一部で、普段と変わらないヒイロの行動に
負傷を知っている者でさえふと忘れる程に隠蔽された事実だった。
けれどその日を境に大きく変わったことが二つある。
一つ目は、始終ヒイロに付いて回っていたデュオがそれを止めたこと。
二つ目は、その代わりだとでも言うように今度はヒイロがデュオを追いかけ出したことである。
何も事情を知らないクルーにとっては非常に不思議な光景。
そうして、デュオは人との接触をさけるようになっていった。それは本当にゆっくりと行われ、誰も気付かなかったのだけれど。
―――たった一人を除いては。
ロックを解除し、扉を開けた瞬間デュオは自分の迂闊さに眉を顰めた。
不機嫌さを顕にくるりと後ろを向く。
「痛……っ!!」
そのまま逃げようとしたデュオの手を背後からヒイロが掴む。
そのまま力任せに室内へ引っ張り込むと、突き飛ばすようベッドへ放り投げ、開きっぱなしだった扉へロックをかけた。
「いいかげんにしたらどうだ」
「何がだよ、不法侵入者」
声に含まれた刺に苛々としながら返す。
―――迂闊だった。
ヒイロのこんな行動は、予想のつかないものじゃなかったはずなのに。
「何故避ける?」
「お前にだけは言われたくないな、それ」
「答えろ」
カチ、と。脅すように付きつけられたものにデュオが瞳を細める。
「……人の真似かよ。芸がないな」
「答えろ」
余分なことは聞く必要もないとばかりに、銃口が先程よりも強く押し付けられる。
それに怯むかわいい神経はしていない。ただ無理矢理自分の要求を通そうとするヒイロに嫌悪が沸いただけだ。
「………」
とりあえず、死ぬ気は、まだない。
でもヒイロと話をしようなんて殊勝な心がけも欠片もなかった。
「言う気がないか?」
銃口を胸元から身体のラインにそって上げていく。
首筋まで持っていき、それで顎を持ち上げるとそのまま深く口付けた。
「………っ…」
差し込んだ舌で口内を荒しても抵抗はない。ほんの僅かの衝撃が命を奪うであろうその体勢。
怯えるわけではない。ただ、冷静にデュオは瞳を閉じた。
「いい、覚悟だ」
瞳は酷薄な光を湛えたまま、くっとヒイロの口許がつりあがる。
そのまま空いた片手で黒衣に手をかけると、それを縦に引き裂いた。
冷たい外気に触れ、ふるりとデュオの身体が震える。
この後に続く行為を知っていながら、諦めたように瞳はけして開かない。
せめてもの抵抗なのか、横向けられた顔がヒイロを見ることはなかった。
「……お前の考えなんてわかってる」
ヒイロの呟きが耳元に落とし込まれたその時だけ、青い瞳は彼を見た。
澄んだ色に、哀しみを湛えて。
身体をまさぐられるのは嫌いじゃない。
快楽は生の証。そして痛みも同様に。
「あ…っ…」
だから声を押さえることなんてしない。
偽りたくないから。
「ふ、んぅ………」
慣れた行為に、けれど繋がるその瞬間だけは独特の嫌悪を抱く。
初めて触れた熱いヒイロの欲望は、受けとめるには熱すぎて。
オレには、無理で。
焦らすように腰を揺さぶられれば嫌でもその形を理解させられる。
意識の飛びそうなその感覚は嫌いじゃない。ひとつになるということを知るそのときは嫌いじゃない。
求められるのは心地よくて、いつのまにか傍にいることを許してくれたヒイロが嬉しくて。
ただ傍にいたかった。そんな気持ち初めてだった。
だから、忘れてたんだ。
オレたちは、きっともうすぐ死ぬことを。
触れられるのは嫌だ。
その手をいつか失うのを恐れてしまうから…自分の死が怖くなる、から。
でもそれで戦えなくなるのならむしろその方が良かった。
戦えるんだ。
必要なら、ヒイロだってこの手で殺せる。
「ああっ……!!」
貪るように求めてくるこいつを殺せる。
怖い。
自覚してしまった、誰かを好きになるということ。
殺人兵器が恋するということ。
―――殺したい。
誰よりも先にこの自分の手で。
肌を辿る指先が、放っておかれたままのデュオの中心を捕らえた。煽るように擦られて素直に身悶える。
求めて、触れて、貪って、全てを奪って。
ニ度と触れないで。
相反する感情のどちらが本当かなんて自分だって知らないのに。
―――お前の考えなんてわかっている。
「嘘吐き……」
呟きは、誰にも聞きとがめられることはなかった。
尽きたように眠りつづけるその存在の傍らで、髪に指を絡ませその眠りを見守るように佇む。
「お前を殺す、か・・・」
それは自分が今まで何度も呟いた言葉だった。
けれど言えない。もうたった一人には絶対言えない。
きっとその場で実行してしまうから。
あの時、多分二人同時に気付いた。
誰かを得るということ、失うということ。
人が死ぬのなんて戦場では日常茶飯事で、今更そんなことを言ってるんじゃない。
唯一を得て、それを失うという可能性。
今まで考えた事も、その必要性も感じたことのなかったその事実。
―――いつか失うのなら、だったら。
しっくり手に馴染んだ銃が重みを増す。
「違う、デュオ。離れれば解決するわけじゃない。むしろ逆だ」
離れてもこの衝動は消えない。
だから手に入れた。それは甘くて残酷な檻。
自分たちは似すぎていた。
多分、それがいけなかった。
「最期の時まで傍にいてやる。屍までも、俺のものになるように」
独占することで、共に生きよう。
誓いのように、ヒイロは手にした髪にそっと口付けを落とした。
end.
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