ニューエドワーズの失敗後、全ては一時なりを潜めていた。
「自分」という閉鎖された小さな世界へと落ちた、不可思議な沈黙。
それは何かを変えるのには充分だったのかもしれないし、不充分だったの
かもしれない。
ただ、わかっているのは。
自分にはあり得るはずのない休息の時が訪れてしまったことだけ。
季節はずれの転校生二人が追いかけっこのごとく校内を歩くのはすでに
見慣れた光景となりつつあった。
明るい少年と無口な少年。よくも会話が成り立つものだと周りからすれば
不思議なのだが、それなりになんとかなっているらしい。
まあ、片方がしゃべってもう片方は何も言わないだけだとしても。
それでもそれが彼らなりの付き合い方なのだろうと、周りも注目することを
止めていた。
だから誰も知らない。
時々、その視線が意味ありげに絡むこととか。
夜になれば、二つの部屋のうち使われているのは一つしかないこととか。
もしかしたら二人の異質さにはどことなく気付いていたのかもしれないし、
本能的に近寄ることをよしとしなかったのかもしれないけれど。
誰も見たことのない二人の関係。
誰も近づかなかったから気がつかなかった、箱庭のような。
青い空が二人を見下ろす。
「あ・・・っん・・・・・・・・・・」
水の中をたうたうような感覚の中、突然感じた鋭い刺激に抑える暇もなく
声が漏れる。
それに歯噛みしたいような悔しさを感じつつ、吸血鬼のように自分の首に
噛み付いた相手の髪の毛を思いっきり引っ張ってやった。
不機嫌そうに眉をしかめつつも、ヒイロは顔をあげない。
「痕はつけるなって言っただろ」
それは最初の約束。
お互いの欲求を互いの身体で満たすことを決めたときからの、暗黙の了解。
傷はつけない。痕を残さない。任務に響くようなSEXはしない。
明日がわからない身の上だから、執着はしない。
甘く触れ合ったこの手が冷たい銃を向け、その命を奪う可能性は皆無ではない。
これだって取引みたいなものなのだ。
甘さの入り込む余地のないところに、そんな行為は必要ない。
けれど。
「そんなことを聞いた覚えはないな」
「普通わかる・・・・・・・・・っ」
再び感じた刺激に語尾が不自然に途切れる。
少し意地の悪い気持ちになりながら、続けて弱いところへと歯をたてていけば
やがて堪えきれない吐息が口唇から洩れた。
そう、快楽を教え込むのはこんなにも簡単で。なのにそれ以上を求めることは
決して許されない。
「あー・・・もお。明日の体育どうすんだよぉ・・・・・・」
意識を反らすのはその奥にあるものを見ないため。
つまり、見てはいけないものが存在するということを果たして彼は気がついて
いるのだろうか?
それとも気付いてしまったのは自分だけなのだろうか。
狂ってしまった兵士と言う名の機械。
求めることすら、罪悪なのだろうか。
印を刻み込む。
この箱庭と同じようにきっとすぐに消えてしまうそれは、幻のようで。
何も生み出さない行為、すぐに消えてしまう所有の印。
けれど、それでも事実が残るのならば、痛みを知るのならば。
誰も知らない二人だけの時間。
その身体へと身を沈ませながら、それが少しでも長く残るようにと、祈った。
残酷なほど青い空にはけして聞き届けられない願いだと知っていたけれど。
end.
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