気付いてる。
本当はずっと、気付いてた。
あの眼差しの意味に。
真剣な瞳の、その意味に。
向きあったままの体勢で、デュオは途惑うように視線を伏せた。
こんな状況がいつかはくるだろうと知っていてもそれで何か対策を打ち出せるわけもなく、結局はその場になって初めて答えそのものを求めている。
今まで考えていたのはどうやったらそんな状況に陥らずに済むかだけで、いざそうなった時の対応なんて考えたこともなかった。
多分、故意に考えなかったんだろう。
考えて、答えを出すことをこそ自分は恐れていたんだから。
「………むなしくなんない?」
痛いくらいにまっすぐ見つめてくる瞳が気まずくて、デュオは沈黙を破るようにわざと大きな声で言葉を紡いだ。
声を出したことで少しだけ肩の力が抜けてほっとする。
「男同士で告白もなにもないだろ。戦中のお戯れってのならご免だし、本気ならもっとご免だね。他をあたりな」
デュオの言葉は枠に嵌まったようなもので、全く想像の域を出ないその発言にヒイロが動じる気配はない。
ただデュオが蔑むように瞳を歪めたことは気にさわったのか、パッと見にはわからない程度に眉が上がった。
「不毛だろ。何の得もないし、何も生み出さない」
「本当にそう思うのか?」
「え?」
「本当にそう思うのかと聞いている」
叩きつけるように言い放った言葉に今度は即座に返事が返った。
その時のヒイロの無言の迫力というか、妙な圧迫感に押されてデュオの声が詰まる。
一歩踏み出すか、引くか。そんな精神戦のような状況にあった二人の均衡はそれで崩れた。
ヒイロが一歩足を踏み出したのに気付いて、デュオがはっとして一歩退いた。
けれどそこまで足は止まる。背後に壁があるわけではないのに、状況はそれ以上引くことを許していない。
「………」
「もう一度聞く。本当に何も生み出さないと、そう思っているのか?」
ヒイロの言葉は、追い詰めるような圧迫感を持っている。
デュオは答えようがなくて口唇を噛み締めた。
「誰かを思うことは損得で決まるのか?伴侶とは子を為すためだけに得るものか?
本当にそのためだけに恋だの愛だのが存在すると思っているのか?」
「それは……」
「思っていないなら言うな」
デュオの答えを見透かすように言葉が続けられた。
「俺が聞いているのは一般論じゃない、お前の心だ。この場を逃れるための言葉は認めない」
「………悪かったよ」
確かにその『一般論』で逃げようとしていたことは確かなので、デュオは反省するよう呟いた。
実際、今まで自分が当事者というわけではなかったので不毛かどうかなんてのは知らない。
当事者になれば不毛かどうかはわかるだろうが、きっとその時点では既にそんなことどうでもよくなっているんだろうけれど。
「…でも、本当に困るんだって。わかんないよ、そんなこと言われても…今まで考えたこともないんだし」
お前が好きかどうかなんて。
その部分ははっきり声に出来なくて、デュオはぼそぼそと呟いた。
実際のところは、目を逸らしていただけで何も考えなかったわけじゃない。
でも考えたってわからないのだ。そんな、ヒイロを好きかどうかなんて。仲間として、人間としては好きだと言える。だがそれと恋人の好き、は全く別物だろう。
「……やっぱり答えられるわけないだろ。せめて、保留にさせろ」
「………わかった、いいだろう。その代わり逃げられると思うなよ」
デュオが本当にまいってるらしい様子なのに気付いたのか、ヒイロが珍しくも妥協するような意見を述べた。
まあ確かに狭い艦内でのこと、不便を感じるほど狭くはないとは言えヒイロから逃げ切れる程広くも入り組んでもいない。
何度でも追い詰められる確信があってこその妥協だったのかもしれない。
「そんな事言われても、なぁ…」
「うるさい。後はお前が素直になればいいだけのことだ」
複雑そうな顔をするデュオに、全く手間を取らせる、とばかりにヒイロがやわらかく瞳を細めた。
「………。お前さ、それって自信過剰って言うんじゃ…」
「そうでもない」
あっさりと返された返事になんだかなぁ、と思う。
全てを投げ出して逃走したい気分になってきてしまった。もしかしなくてもヤバイ相手だ。
「ああ、そういえば」
先程よりも更に複雑そうな顔で立ち竦むデュオの横を通り過ぎる際、ヒイロは思い出したように振り返った。
「さっきお前が言っていた『不毛』についてだが」
「え?」
「安心しろ、俺にとっては充分『有意義』だ」
「………………言ってろ、ばか」
もう何も言う気力もなくして、デュオは追い払うように手を振った。
ここから早急に答えを考えなくてはならないのだ。
本人に目の前にいられてはまとまる考えもまとまらない。
今まで言われた言葉を反芻するだけで、含まれた意味合いに顔に血が上ってくる。
どうしたもんかと悩んだデュオは、とりあえず気を落ち付かせるために深く息を吐いた。
気付いてる。
本当はずっと気付いていた。
無意識だろう、追いかけてくる視線の意味に。
切実な瞳の、その意味に。
ならば手を伸ばすことは、罪ではないはずだろう?
end.
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