通い猫



「なー、宿決まってないんだ。今日泊まってっていいだろ?」
不定期に、けれど絶えることなく。
部屋には通い猫がやってくる。


「それにしてもお前さぁ、頻繁に部屋変えるよな。厭味?」
「………」
しげしげと室内の観察をして回った後、自分の居場所と決めたらしいクッションの固まりでごろごろしながらデュオが聞いた。
ヒイロが仕事の都合上利便性を求めてその時々に相応しい部屋を選んでいるだけだと言うことを知ってはいるが、こうまでしょっちゅうだと勘繰りたくなってくる。
そもそもとしてデュオが勝手に押しかけてきているだけで、彼にどうこう言う筋合いの問題でもないのだが。
さらに言えば本当にデュオ対策で部屋を変えてるのかもしれない。
とりあえず、ヒイロは無言のままだった。
デュオの方も特別答えを求めていたわけではないので、敢えて返事を求めずうつ伏せだった体勢から仰向けに転がる。
「あいかわらずさっぷーけぇい…」
そうしてもう一度ぐるっと室内を見まわしてぽつりと呟いた。
エージェントとして訓練されたことが身に染みついてるのか、それとも生来の気質か。多分後者だろうとデュオは睨んでいるのだが、ヒイロは物をほとんど持たない。
まさしく必要最低限以下。
時々、普通あるだろう!と叫びたくなるような類の物までなかったりするから、デュオとしてはヒイロの私生活というものが非常に謎に満ちている気がする。
今だって昨日越してきたばかりだというのにもう荷物が片付いている。
このスピードは確かにヒイロが作業が早いとか引越しに慣れてるとかいう要因もあるだろうが、まず間違いなく絶対的な荷物の少なさがトップに上げられるに違いない。
そう、それくらい荷物が少ない。
家具は据付のものしかないし、衣類なんかの雑品以外でヒイロが持ちこんだのは愛用のノートパソコン位なものだろう。
ああ、あとは今自分が転がっているこのクッションの群か。
いつからかヒイロの部屋に常にあるようになったこれは、引越しの度に一緒に部屋を移る。
何も言われていないが、ふらふらとやってくるデュオの為に購入されただろうことは持ち主が一切使用していないことから伺える。
ヒイロのこういうところに付け込んで、デュオは居座っているのだが。
そう言えば一体いつぐらいから『ヒイロの部屋』を訪れ始めたんだろう。もうかなり長いこと、としか覚えていない。
ここに来るまでの道のりで聞いた騒々しい呼び込みやクリスマスソング、華々しく飾り付けられた赤や緑、金の装飾もこの部屋の中には何の縁もない。
まるで別世界のように落ち着いた空間は違和感があるようでいて、奇妙な静けさに満ちた落ち付きを与えてくれるものだった。
居心地がいいから入り浸る。
それだけが、こんなにも長く続いてきた。
終戦を迎えたクリスマス、1年後の騒動。そして今日もクリスマス。
クリスマスという存在に縁があるんだろうか?神すらも信じていない自分たちなのに今日という日が妙に印象深い出来事に満ちているのは。
そういえばしばらく行方をくらましていた自分が初めてヒイロのお宅訪問をしたのもいつだったかのクリスマス。
街が華やいで、人と人とが寄り添い合って温かさに満たされるこんな日は余計に一人を寒く感じるのかもしれない。
だって居心地がいい。
寒くなると、ただそれだけを求めてここへふらりと来てしまう。
またヒイロが追い帰すでもなく黙ってドアを開けるからタチが悪いのだ。下手に薄っぺらな歓迎の言葉を受けるよりも染み渡る、安らぎがそこにある。
―――ハマり込んでるよなぁ…。
何も言わないけれど、例えばこのクッションとか。
増やされた食器類とか最初より少し広めの部屋を借りるようになってるとか、常備されてる自分の好きな飲み物とか。
無言の許容は、気持ちいい。
惜しげもなくそれを与えるヒイロの、その傍の居心地の良さにここに来る回数がだんだん増えていることは気がついてる。
1年に1回のつもりが空白は半年に縮み、やがて3ヶ月に。今ではもう1ヶ月に1度は確実に来てる。
泊まるのは一晩、何をするわけでもない、何を話すわけでもない。
ただデュオが一人で何かくだらないことをしゃべってそれをヒイロが聞いているだけ。偶には返事を返してくれたりもするけれど話し込んだりするようなことはなかった。
ゆったりとした穏やかな空間、それは部屋そのものではなくそこの住人が作り出しているものだった。
「………あれ…?」
ちらりと流した視線の先、玄関からは死角になる位置に見慣れぬものが映った。
赤い実のついた、ちょっと変な形をした枝を編み込んだような…。
クリスマスリースだろうか?でもヒイロが部屋にわざわざ据え付けたとかは考え難いし、前の住人が忘れていったものだろう。
「………」
よいしょ、と。
なんとはなしの興味を覚えて立ちあがり、それを軽く見上げる位置に立つ。
思った通りそれはイミテーションではなく本物の木だった。
コロニーでは珍しい生木は、多分高かっただろうに。忘れていった人はちょっと気の毒かもしれない。
「…宿り木だ」
ふいに真後ろから聞こえた声にゆっくりと振り向く。
キーボードを叩く特徴的で規則的な音はとうに消えていたし、近づいてくるのも気配で気付いていたから特に驚くということはない。
「お前の?」
「まさか」
からかうように聞けば、予想通りの答えが返った。
これはやはり想像通り先人の忘れ物だろう。
「クリスマスに宿り木ね。偶然にしてもなーんか出来過ぎだよな」
恋人たちなら楽しいだろう言い伝えを思い出して、デュオがくすくすと笑った。
そんなデュオの横にヒイロが並び立つ。
「…偶然には必然、という可能性もある」
「は?」
意味不明な言葉にヒイロへ顔を向けるといつの間にか間近に接近した瞳とぶつかった。
あまりにも予想外な状況に呆然として反応を返し損ねていると、傾けられた顔が口唇にやわらかく触れてくる。
「………」
「………」
長いような短い時間、互いに目蓋は閉じられることなく近過ぎてぼやけてしまいそうな相手の姿を見つめていた。
ふっ、と体が離される。
「望むものには与えられる、ということだ」
何事もなかったかのように離れていったヒイロを見つめてデュオはぱちぱちと瞬いた。
言われた言葉の意味と今の行動を推し量るように思考をめぐらせる。
でも、冷静なようでいて実はパニックに陥っているらしき頭は全く働いてくれそうもなかった。
ぐるぐるする思考の隅には関係ないわけではないが直接関係あるわけでもない雑学的知識が回っている。
―――確かに、不意打ちOKのイベントだったはずだけど……。
本当に唐突な。
一体ヒイロが何を思ってそんな行動に出たのかわからず、考えられず、無言のままただじっとヒイロの顔を見続けるデュオの姿に溜め息を吐き、ヒイロが腕を伸ばした。
こめかみの辺りから指し込まれた指の感触に無意識に目を細めるデュオの耳元に囁きかける。

「通い猫から、家猫になる気はないのか?」

ゆっくりと落とし込まれた言葉に驚いてぱっと顔を離したデュオは、しげしげとヒイロの顔を見つめた後俯いた。
言われている言葉の意味を悟って赤くなりそうな顔を意識しつつ、考えに考えた末に小さく言葉を搾り出す。

「――――……考えとく」


ヒイロと共に部屋を移動するものがもう一つ増える日も、きっと近いのだ。

                                          end.




COMMENT;

去年のクリスマスに24日・25日限定で載せたクリスマス小説です。
限定でしたが「かわいい」となかなかご好評頂いてましたv(*><*)
1年経ったので解禁です。以下、去年の文章。↓

Merry X'mas!!(・w・)/
ついに24日です。うさ吟醸2回目のクリスマス、無理かと思いましたが無事執り行なえました♪
去年はモミの木の下でのキスネタ、今年は宿り木の下でのキスネタです。
別に意図したわけでなくキスネタで重なったクリスマス…何故…(-w-;
通い猫、というフレーズがなんとなく好きなのです。
だからか気付けばうちのデュオはよく通ってます。逆も然り。でもヒイロだと通い猫よか通い婚のが近いかも?(爆)
今日は20世紀最後のクリスマスイヴ。
100年の締めくくりの今夜、少し特別な響きがあるのにやっぱり普通のクリスマスです。
来年も、こうしてクリスマスをお祝い出来るといいなと思います。


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