香りの博物館



部屋に入った瞬間、正体不明の異様な匂いがした。

自分以外にこの部屋に対して何かしでかす人物には一人しか心当たりがない。
玄関を抜け、リビングを通りノックもせずに部屋のドアを開ける。

「―――…何をした?」
「おっかえりーーーっ」

満面笑顔で出迎えられ、胡散臭気な表情を隠しもせずにヒイロは持っていたカバンでデュオの頭をはたき倒した。


「ほんっとお前ってばヒドイよなー、せっかくの人の好意をさっ」
デュオはまだぶちぶちと文句を垂れている。ぶたれた頭は結構痛かったらしい。

「他人の家に無断侵入したお前が悪い」
「だってさー、それは」
「言い訳は必要ない」

ふくれるデュオにだってわかってはいるのだけれど、本当の本当に、全く悪気なんてなくて、純粋に「喜ぶかなー」なんて思ってやったことだったからちょっとショックだ。

「だってさー…せっかく、見付けたから」
呟きながら、デスクに置かれた小さなケースを指先でつつく。中には緑や黄色、ピンク色をしたスティック状のものが入っていた。

―――桜、好きだと思ったんだけどなぁ。
ヒイロの祖先の国花だと聞いたから。

先の戦争で確かに地球には降りたけれど、時期や場所を外してしまったためにデュオは実際の花は見ていない。

コロニーで見たフィルムではとてもきれいだったし、その話をしたときのヒイロは珍しく楽しそうだったから。いつかは見たいなぁなんて思っていた矢先、知人から桜の香りのお香だと言ってこのケースを貰ったのだ。

桜の香り。

見たコトのない花の、少なくともその香りだけは知ることが出来るのだ。
そう思った時に、何故だかヒイロの顔が浮かんでしまった。思い出したら、会いたくなった。

あんなにきれいな花の香り。どうせだったら、一緒に包まれたい。

そう思ったから、ちょっと悪いとは思ったのだけれど留守中先に部屋に入らせてもらい香を焚いて、ヒイロが帰って来るのを待ってたのだ。

「連絡するくらいの知恵はないのか、お前は」
「あるけど、内緒にしたかったんだってば」
「だからお前は馬鹿なんだ」
「悪かったねッ」
そんなデュオの気持ちも知らぬ気に、ヒイロの態度はそっけない。

「だいたい、コレは桜の香りなんかじゃないだろ」
「…………え?」

むくれているデュオを扱い難いと感じたのか、ヒイロは話の矛先を逸らした。

その内容に、驚いたようにデュオがヒイロを見つめる。
その視線に気付き、ヒイロが訝しげにデュオを見た。

「知らなかったのか?確かに桜をイメージしているのかは知らないが、桜の香りはこんなじゃないぞ」
「………」
「デュオ?」

呆然と黙ってしまったデュオに、さすがにヒイロが不審げな目を向ける。デュオはといえば、それどころではなくショックを受けていた。

「え…じゃ、コレ、桜じゃないの……?」
「桜の香、ではあるが桜の香りはしないな…あれはもっと淡い香りがする。こんなに鼻が詰まるようなものじゃない」
「あ…、そ、なんだ」

ヒイロの言葉にデュオは力が抜けるのを感じた。結構本気で信じていた上に感動までしていたのだから当然である。
その上一人じゃ勿体無いからヒイロにもお裾分け、なんて考えてた自分は結構恥ずかしい。

「えーと、あの、ごめんなヒイロ…」
なんだか急に怒りも萎えて、申し訳ないような気持ちになってしまったデュオがぼんやりと謝る。

ヒイロは、そんなデュオの気落ちに気付いたのかぽんぽん、と頭を叩いた。

「もういい。それより、そんなに桜が見たいのか?」
「んー…見たいけど、いい。地球まで行く気ないし」

ちょっと残念だけど、と付け加えてデュオは黙ってしまった。

そんなデュオを置いて、ヒイロは自室へと戻ってしまう。それからがたがたという音がして、なんだろうと振り向いたら顔に何かが降ってきた。

「ぅわっ……!!」
「それを着ろ」

自分の分のコートを着込んで、取ってきたデュオのコートを頭から被せながら言ったヒイロに、デュオがきょとん、とした目を向けた。

「……1本だけ、このコロニーにもある。ちょうど花の頃だ、付いて来い」
「え、ヒイ…」
「見たいんだろ?」
にやり、と間近で微笑まれ、頬に血が上る。

「―――――…見たいよッ」
悔し紛れに怒鳴るように言えば、満足げな表情でヒイロが立ちあがった。

「―――行くぞ」
さっさと出ていこうとするヒイロに、慌てて自分のコートを羽織って後を追う。


 ―――もしかしなくても、慰めてくれてる?

「待てよヒイロ!」
飛び出して行きながら、考えた。

あの香は桜の本当の香りじゃなかったけど、もういいや。

何せ、「あの」ヒイロがこんな親切してくれるきっかけになったんだから。

「流されやすいよな、オレ」
くすりと笑う。嫌な気持ちはしなかった。

                                          end.




COMMENT;

眠い中ソッコーで書いたので雰囲気だけの話になってます。
ちなみに、桜のお香はうさぎ所持。結構好きです…(笑)


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