デュオは窓の外を見つつ、はあ、と溜め息を吐いた。
もう何度目かもわからないそれにヒイロが鬱陶しげに目を向ける。
少し遠くを見るような視線の先には、どんよりと濁った空がある。
はあ、とまた溜め息が洩れた。
嫌そうなヒイロの気配は察していたものの、だからと言って抑えようという気持ちはカケラもわかない。
デュオはくすんと窓に懐いた。
なにも、今日に限ってこんな天気でなくともいいと思うのだ。
ほんの数日前まではあんなに太陽ががんがん照り付けていたのに。
用意したススキも、団子も、密かに用意した酒すらもがこれでは用なしだった。
「うーーー…」
「いい加減諦めろ」
さっきから同じ動作を繰り返してはうめくデュオに、ヒイロがようやく口を開く。
鬱陶しくて腹が立つのだ、という気持ちを目一杯こめて呟き出された声音はかなりのところ低かった。
「だってさ、七夕のときも雨降ったんだぜ。何もお月見まで天気悪いことないじゃんか」
情けない表情で文句を洩らしても、返ってきたのは冷たい視線だけ。
同意を得られないどころか馬鹿にされている気配を感じて、デュオはむうとふくれた。
「………お前なんか仕組んでやしないよな」
そんなわけないと知りつつも疑いたくなってくる。
ヒイロは、イベント大好きなデュオに今までかなりの量の文句を言ってきているのである。最近では諦めの境地に達してきたのか減ってきてはいるものの、未だ小言めいた発言が絶えることはない。
「まさか、だな。地球の天候が操れるわけないだろう」
「そうなんだけどさぁ。お前って所々人間離れしてるし」
「………」
あっさり否定したヒイロに対し、どう考えてもちょっと失礼な発言をさらりと返す。
もちろんわざと答え難い発言をしてみたわけで、ちょっとした意趣返しみたいな気持ちだったのだ。
でも、どうやらこれはまずかったらしい。
デュオの意図に気付いたらしく、今まで鬱陶しいと訴えつつもどこか気楽な感じだったヒイロの気配がすっと変わった。
「―――ススキを手に入れてきたのは誰だった?」
「ヒイロだろ。何を今更」
唐突な話題転換とヒイロの冴えた声にデュオは内心ちょっとうろたえた。
それに気付いているだろうヒイロが、不敵な笑みを洩らす。
「前回の七夕の手伝いの分。今回のススキ入手における手間賃。………まだ貰ってなかったな」
「ちょっと待て。前回は雨が降ったから流れた筈だし、今回は何の約束もしてないぞ」
作業の手を止めて…どころか、電源まで落として自分に近寄ってきたヒイロに、デュオが慌てて訂正を入れる。
この先の展開に、嫌〜な予感がしてきた。
墓穴を掘った、とは思うものの後悔とは絶対に後に来るもので、先にすることは出来ないのである。
「流れたのは天候のせいで不可抗力だろ。手伝いそのものは全部行ったわけだし、少なくとも前回と今回両方あわせて1回分の報酬を貰ってもバチはあたらないと思うが?」
ちがうか?と瞳で問いかけるようにして言葉を綴るヒイロに、デュオはなんと答えたものか一瞬悩んでしまった。
悩んでる間に、すぐ脇の壁に手をつかれて逃げ道を塞がれる。
「………」
「どうする?」
あまりにも早い展開に呆然と自分の横にあるヒイロの腕を見てしまったデュオは、恨めしそうな目でヒイロを見つめた。
「まさかお前でも、この状態から逃げられるとは思わないだろう?」
「………お前タチ悪いぞ」
優位にあることを知らしめるように顔を近づけて囁くヒイロに、デュオは諦めたように溜め息を吐いた。
そうしてヒイロの肩にそっと手を伸ばす。
「俺をからかうなんぞ10年早い」
「へいへい」
力を抜いたデュオに、ヒイロが壁へと突いていた手を首筋へと移動した。
ゆっくりと互いの顔が近くなる。
「………でもさぁ、ヒイロ」
「…なんだ」
「…………………まっさかオレが諦めるなんて思ってないよなあ、 ーーーーーーっとぉ!!」
「っ?!」
どん、と。先程押し当てた手に渾身の力を込めて肩を突き飛ばす。
もちろん吹っ飛ばされたりはしないものの、ヒイロがわずかにバランスを崩した瞬間デュオはするりと持ち前のすばやさでそこを抜け出した。
こちらは壁に背をつけていた分、多少の反動は流せるのだ。
「ふふーん、今回はオレの勝ちっ♪」
ヒイロの攻撃圏内から脱出して、デュオが誇らしげな笑みを洩らした。
己の迂闊さに舌打ちしつつ、ヒイロが不機嫌そうに目を細める。
「まあまあ、怒らない怒らない。ヘンな事しようとした罰にヒイロがそこの片付けな」
ぴっと指差した先には無用の長物となってしまった月見グッズ。
「望みごとは、簡単に叶わない方が燃えるだろ?」
舌を出しつつ、足取りも軽く自室へと入ってしまったデュオに、ヒイロが溜め息を吐いた。
―――挑発してるんだか、牽制してるんだか。
デュオの行動はかなり謎である。
「でも、まあ」
今ので言質はとったことになるのかもしれない。
要は、簡単でない方法を取れば反論を防げるということである。
かなりこじつけだろうと、要は相手を納得させられればいいのだからこの際問題ない。
「次のイベント毎は、いつだったか」
今度天気が崩れるようだったら晴れてる地域まで移動だな。
そんなことを真剣に考えつつ、顔を上げた先に見えたのはどんよりと曇りまくった空。
なんとなく。前途は、多難なようである。
end.
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