「うぅーんん」
「…どうしました?」
カトルが休憩しようとミーティングルームに入ると、隅の方ででデュオがストローを齧りつつ何やら唸っていた。
声をかけられて初めて自分以外の人間に気付いたのか、ぱっと顔が上がる。
気配を抑えて歩くのは5人共通のくせのようなものだった。
普段ならば気付くから、今は考えに沈みこんでいたのだろう。
「何かあったんですか?眉間に皺よってますよ」
カトルが笑いながらとん、と自分の眉間を指でつつくと、つられてデュオが自分の額を押さえた。
それからまたむー…と渋い顔になる。
「ちょっと考えごと」
「聞いたほうがいいですか?」
さらりと言われた言葉に一瞬考えこむような仕種をみせたデュオは、次の瞬間大きく頷いた。
「そだな、誰かに聞いた方が早いかも。あのさ、…えーと……その」
内容に入ろうとした途端デュオが口篭もった。
それだけでなんとなくピンときたカトルだったが、そのまま何もわからないように小首を傾げてみせる。
「はい?」
「いや、あの…うん。ちょっとした疑問なんだけどさ、ほら、例えば誰かとキスするときってあるとするだろ」
「例えば、ですね?ええ」
「よく息を止めろって言うけどさ…………鼻呼吸ってしちゃダメなのかな……」
「……………………は?」
真剣な眼差しで告げられた言葉にカトルの口からマヌケな音が漏れた。
それに気付いてフォローしようというのかデュオがわたわたと言葉を繋ぐ。
「いや、ほらちょっとしたキスならともかくディープなのだとさ、息継ぎ出来ないと苦しいだろ、ほら!そういう場合酸欠にならないためにやっちゃいけないかなーとかちょっと思っただけなんだ、うん。例えばの、もしもの話だから気にしないでくれよなあははははっ」
不自然なくらい全開の笑みで腕を振りつつごまかそうとするデュオはカトルでなくとも『嘘くさい』と思ったことだろう。
「うーん……よくわからないけど口元でやられたらやっぱり気色悪いものなんじゃない…?」
「や、やっぱりそうかな……」
「うん」
そのまましばしの沈黙が流れる。
「……で、『ヒイロ』?」
「ッ?!!!」
途端にばっと真っ赤に染まったデュオの顔に、君ってわかりやすいね、とカトルは溜め息をついた。
「ごまかさなくていいよわかってるから。うーん、確かに普通じゃなく息もちそうだしねヒイロって」
うんうんと納得気に呟かれて、なんと言っていいものかわからなくなり無言になってしまう。
「ちゃんとそういうことは言わないと苦しいのデュオだよ?」
「…………そうなんだけどさぁ」
長い沈黙の後、諦めたようにデュオが認めた。
それににこっと笑って、カトルは少し大きめの声でデュオではない『誰か』に声をかけた。
「というわけで、デュオのお願いなんだからちゃんと聞くようにね」
「了解した」
入口の陰になる部分から聞こえた声に、焦ったようにデュオが振り向く。
姿は見えないながらも地面にかかる影に絶句したデュオを尻目に、カトルは当然のことのように背後に向かって声を投げかけた。
「知らなかったなぁ、そういうコトになってたなんて」
今度こそ室内に踏み込んできたヒイロに、拗ねたような声で文句をつけた。言われた当人はと言えば全くもって気にした素振りもなく、近くの席に座る。
「言っておくがわざとだ」
「タチ悪いね、君」
そりゃ苦しがらせた方がいろいろ楽しいだろうけど。
目の前で繰り広げられる会話に、口を挟む余地もなくデュオは真っ白になっていた。
思考停止状態、はっきりいって現状について行けてない。
「ね、デュオ。考えなおさない?」
「うるさい、お前には関係ない」
二人が言い合いしている声も耳に入らない。
「………」
「………デュオ?」
「……っ!!!」
あまりにも沈黙するデュオに不審に思ったカトルが覗き込んだ時、我に返ったデュオが鮮やかなほど顔を一気に赤く染めあげた。
そのまま隠すように机につっぷしてしまったデュオを、しばし残りの2人が見つめる。
「……ヒイロ」
「なんだ」
「やっぱり僕君にあげるの勿体無い気がするよ…」
「うるさい」
また改めて言い合いを始めた二人の耳に、デュオの「どっちも嫌いだ」という呟きは届くことはなかったのだった。
end.
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