聖夜



任務を終えて戻った部屋に明かりは灯っていなかった。
だから鍵を開けようとドアの前に立った時馴染んだ気配が中から洩れてきたことに、素直にヒイロは驚いた。
「……来ているのか」
呟いて、どうやら鍵がかけられていないらしいドアを押し開ける。
無用心だが、彼を相手に強盗に入れる者はいないだろう。そして彼がてこずるような相手ならこんな安物の鍵では意味を為さない。
部屋はやはり暗く、だが気配は確かに中に存在していたので不審に思いつつもヒイロは電気をつけようとスイッチへ手を伸ばした。
「暗いままにしといて」
「……理由は」
「来ればわかるよ」
挨拶もなく、当然とでもいうように奥の方からデュオの声がした。
ここは現在のヒイロの部屋で、こんな風にデュオが侵入するのは確かに初めてではない。
だが初めてではないからといって存在を許したわけでもなかった。でも、そんなことは多分彼には関係なくて、何を言おうと来たい時に来てふらりと消える。
そんな関係にもそろそろ慣れた。
「……月か」
「そ、満月」
窓から差しこむ淡い光にデュオは照らされていた。
ワンルームのアパートメントに他の部屋はない。入口からまっすぐ奥に進めば大きな窓と、狭く殺風景な部屋があるだけだ。
剥き出しの床に無造作にあるのは元から備え付けられていたベッドと棚だけだ。
何も収められていない、使われることのないそれらの他には今ヒイロが腕に抱えたノートパソコンと、少しの荷物があるだけ。
どうせ明日には移動する。ここは数日利用しただけの仮の宿に過ぎない。
移動したヒイロの行く先に、きっとまたデュオはふらりと現れるのだろうけど。
「月明かりってさ、思ったより明るいのな。雲の隙間から光がもれる光景を天使のはしごって言うらしいけど月の光を例える言葉はないのかな」
「………」
「返事もなしかよ。まーいいじゃん、オレら夜目が利くんだしちょっと位いいだろ?ほら土産付きだし」
そう言いながらデュオはにこにこと袋を差し出した。
「……カップケーキ?」
「店のおねーさんがこんなオマケもくれたぞ」
ひょいと中から取り出されたのは小さな丸いロウソク。ケースに入って綺麗なブルーに染まったそれをデュオは面白そうに突ついた。
月明かりに、少し伏せた顔が影を深くする。
仄かな明りのつくりだす陰影に、不思議な感覚が胸に兆すのを感じた。
「……デュオ」
「ダメだよ」
深くなったヒイロの声に気付いたのか、曖昧な笑みを浮かべたデュオが一歩引いた。
シュッと音をたててマッチが擦られる。ロウソクに火が灯り、小さい筈のそれは思ったよりも明るく部屋を照らし出した。
「月の光は明るくても遠いけど、この灯りは手元にあるもんな」
同じことを感じたのかデュオが呟いた。
「……。メリークリスマス、ヒイロ」
目を伏せ、何か考えた後、そう言って笑みを深めたデュオになんとなく彼がここへ来た理由がわかった。
人恋しくなる夜がある。
―――特に、こんな寒い季節には。
「……メリークリスマス」
ここへ来る事の理由づけになったのなら、特に意味を感じない行事の価値を感じていいかもしれない。それだけの結果はある。
ツリーもシャンパンもプレゼントもなく、あるのは手元を照らすロウソクの光だけ。
明日になれば彼は消えている。
こんな関係にも、そろそろ慣れた。
「……月が見てるぜ…?」
牽制のように呟くデュオに一歩近づいた。
部屋を照らす月の光と小さなロウソクの灯り。
存在を許したわけではなく、繋がりを望んだわけでもなく、何かを得たいというわけでもない。それは互いに同じだ。
だが、少なくともデュオが後ろへ下がることはもうないだろう。
そう確信しながら、ヒイロは静かに顔を寄せていった。

満月は人を狂わせるのだと、それだけが最後に頭に浮かんだ。

                                          end.




COMMENT;

メリークリスマス!
1年が経ちましたので去年のクリスマス限定小説、本日より解禁ですー。
以下、去年のコメントです。↓

Merry X'mas♪
24日です。嘘みたいですが3回目のクリスマスが来ました。我ながらよく続いてるなとか思いますが、イイコトですー(*><*)
一昨年去年に引き続き何故かまたキスネタなのですが…なんか意味深に暗いですね(^w^;
聖なる夜は空から天使が降りてくるそうです。
いつも訪れてくださる方々に感謝を。どうか幸せなクリスマスが送れますようにv
そして来年もこんな風に、お祝い出来るといいですね。


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