未だ冷たい空気の中、やわらかくさしこむ日差し。
朝の空気を取り込んだ静かな室内に唯一カタカタとキーボードを叩く音だけが
響き渡る。
久しぶりの自由な時間。
手を止めてコーヒーを一口含み、息をつく。
けれどやはりと言おうか、ヒイロの平穏な時間は、突如やって来た来訪者によって
もろくもあっさりと崩れ去ったのだった。
年齢を問わず女性が大半を占める、可愛らしくも綺麗な店内。
オブジェとしておかれたフルーツの山と真っ白のテーブル。吐きそうに甘い香りの
満ちた空気。
「なんか文句がありそーだな」
目の前でその香りの元凶たる物体をつついていたデュオが、いかにも嫌そうな溜め息
を聞きつけ顔を上げてくる。
目の前に置かれたイチゴジェラートの乗ったワッフル。回りに散らばされたイチゴと
いい、かかったソースといいまさしくイチゴ尽くしという感じである。皿の印象を一
言で表すなら「赤」。まあジェラートがなかなかに素敵な色合いだから「ピンク」で
もいいがイチゴのイメージからすれば赤が妥当なとこであろう。
まあそんなことは置いといて。
イチゴのワッフルをつつくデュオが、店についた時から無表情のまま固まっていたヒ
イロのようやくの反応に嬉々として突っ込んでくる。
きっと何らかの反応が返ってくると思っていた立場としては、何も言わずに大人しく
店に入ったことがちょっと信じられなかったというのもあったわけで。
「・・・・・・・・・・・・」
またヒイロが無言になる。それにむぅっとふくれながらデュオはミントをつついてい
た手を止めた。
「文句があるならはっきり言えよ。何か気持ち悪いだろ」
「・・・・・・・・・・・どういうつもりだ」
「だって一人じゃ恥ずかしかったし」
「巻き添えか?」
「運命共同体だって」
堂々と悪びれもせずに返されてしまえば返す言葉はない。最悪の休日になったな、と心の中で溜め息をつく。
家に押しかけてきて開口一番「おごってやるから飯に付き合え」と言われた時点で何か
怪しいとは思ったのだ。めずらしいデュオのお願いに応じてしまったヒイロの負けで
ある。
「ここのコレ前から美味そうだとは思ってたんだけどさー、店がこんなだろ?男一人っ
てのはどうにも入りづらいじゃんか。でも誰かと一緒ならいいかな、と思ってさ」
だから誘ったのだと言外に匂わせる。
男二人というのもそれはそれで恥ずかしいとヒイロとしては思うのだが、感性の違い
かデュオはそうは思わないらしい。
店内では珍しい男の二人連れ。先程から感じるおもしろそうな視線にまさかこいつは
気付いていないのだろうか?
「な、ホントにコーヒーだけでいいの?」
伺うように尋ねてくる仕種からはとても気づいているようには。もしくは気にしてい
るようには見えない。
「お前結構甘いもん好きだろ。こんな機会滅多にないんだから食っとけって」
しきりに勧められても食べる気にはなれない。
そもそも甘いもの好きというならデュオのほうがよっぽどで、別に嫌いとか苦手とか
ではないというその程度でしかないのだ。
「必要ない。・・・・・・それより早く食え」
ジェラートは溶けかけている。もとから熱いワッフルの上に乗せられているので溶け
るのもだいぶ早い。
デュオはそれに慌てたようにまた食べはじめた。
器用にもフォーク一本で全てを攻略しているのはなかなか見ていておもしろい。
スプーンがあるのだからそれを使えばいいとも思うが、まあフォークでも食べられる
ならどちらでも構わないだろう。
そんなことを考えながら眺めていたら、ふいに一切れ指したフォークをつき出された。
「ほら、ひとくち」
「いらん」
「そんなこと言わないでさ、あーん」
からかうそぶりもなくそう言われて言葉につまる。悪気はなく純粋に好意だとわかる
から無下に断ることもためらわれ、そっと辺りの気配をうかがった。
すでに飽きたのか、自分たちに注目する視線は感じられない。
・・・・・・・・・・・・甘い。
口に入れた途端感じた冷たくて甘い味。たしかに、わざわざ食べに来た収穫はあった
のかもしれない。
とりあえず一口でも食べてもらえたことでほっとしたのか、デュオが先程より気軽な雰囲気で残りを食べている。もしかしたら多少は悪気を感じていたのだろうか。
静かとは言えない店内。けれどその姿を見つづけているうちに喧騒が遠のく錯覚を
覚える。
・・・・・・・・・・・・こんな休日も悪くはない、か。
ただ、二度とご免ではあるが。
まだ春の気配の遠い、何気ない一日の風景。
end.
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