例えば、触れる指。
外見で言えばけしてきれいじゃない、太くて短くてがさついてて節ばった指。
だけどそれは不思議と見る者にきれいだと思わせて、とても繊細な動きをする。
繊細で緻密で計算し尽くされた無駄のない動き。
それは訓練されたものなのだろうけど、他の人間にはけして真似出来ない動き。
なのに目の前のこいつはそれをとても無駄なことに使う。
「……ヒイロ、もう止めない?」
「……」
たくし上げられる黒衣に、デュオは居心地悪そうに身動いた。
顎の下ではヒイロの頭が僅かな隙間に顔を突っ込むように動いている。捲り上 げられた服の下で動く手は今にもアンダーシャツをズボンから引き摺りだしそ うだ。
デュオの身じろぎで離れかけた手に、ヒイロが面倒そうに舌打ちした。少なく とも聞く耳をもつ気はないらしい。
ベルトはきつめに止めてあるので少し引っ張った程度ではその下を脱がすのは 無理だ。それに少しの安堵と、だからといって解決しない状況とを感じてデュ オは眉を寄せた。
「オレ、ヒルデの傍にいなきゃ…」
「俺には関係ない」
即答で返されて、デュオは口を噤んだ。
ヒルデは自分の為に無謀な賭をしてこのピースミリオンへ担ぎ込まれた少女だ。
責任を感じるし、出来たら目が覚めるまで傍にいてやりたいと思う。
だが、それがデュオ側の事情であることももう気がついていた。
ヒイロ側の事情は全く逆で、彼女の傍に自分を置きたくない。だから唐突にこ んなところに引きずり込んだのだ…、ヒイロの部屋に。
こんな状況に至るまでデュオは全くヒイロの事情というものに気付かなかった し、その深層心理なんて考えたこともなかった。
どうやら嫌われてるのではなく好かれていたらしいとか、それがどうやらいわ ゆる恋愛感情というものにまで発展してたこととか。そしてそれが独占欲とや らを生み、感情というもの自体に慣れないヒイロは爆発寸前だったこととか。
全くの初耳だ。冗談でも想像すらしたことなかった。
正直、ヒイロのことは嫌いじゃない。
だが彼を相手に恋愛感情云々言われてもピンとこない程度には自分は普通人だ。
だから対応に困る。
とても困っている、現在進行形で。
「……えーと…」
「黙れ」
今のデュオはむきになっているらしいヒイロを止める手段を持たない。
思わず洩らした呟きにすら反応するヒイロに困ってしまって、手持ち無沙汰だ った腕をそっとその肩に回した。
ヒイロの肩がぴくりと跳ねたが、何も言わずにいたデュオを少し伺って、また アンダーシャツを捲り上げる作業に戻る。
腹筋から力を抜いたせいか、今度はするりとシャツが抜けた。
それでヒイロの気配が少し和らいだのに気付いて、デュオは見えない位置でま た眉を寄せた。
一途で、馬鹿で、どうしようもない。
そう、多分どうしようもなく…自分は好かれている。あのヒイロがまさか、と は言えないくらいに理解させられる。
痛いくらいシャツを上げられ、鎖骨にヒイロの舌の感触。
胸元を辿る指と手の平。伸しかかるように壁に抑えつけられ、痛いくらいなの に何故かやさしいヒイロの触れ方。
「ヒイロ、オレさ…ヒルデのところに行きたい」
「許さない」
一途で、馬鹿で、どうしようもないヒイロ。
眉を寄せて「嫌だ」と呟くのに、傷ついたように細められる眼差し。それでも 止まない指の動き。
「嫌だ」と呟くのに突き離そうとはしない自分の手を免罪符にしているのか。
「ヒルデのところへ行く」
「駄目だ」
呟きに答えを返してもそれが強制力をもたないことはヒイロ自身よくわかって いるだろう。止める腕にいくら力が入っていても、物理的にデュオを止めよう と、それで全て解決するわけでないことを彼が理解しないはずはない。
デュオが腕を離すだけでいい。
ヒイロが一歩引くだけでいい。
それだけで何も無かった事に自分達は出来るだろう。
そういう風に、生きてきた。
でもその一動作を拒んで、少しの間二人共動けなかった。
いつの間にか肌を辿るヒイロの指は止まっていて、デュオ肩口に顔を伏せて彼 は無言だった。
そんなヒイロにデュオも何も言わず、ただ部屋の天井を見上げた。酷く狭いは ずのそこが、今は妙に広く遠く感じた。
デュオの手がヒイロの肩からずるりと滑り落ちた。再び掴むことはしなかった。
ただ、何かを拒絶するように拳が握り締められた。
「………。行け」
「……うん」
永遠にも思える沈黙の後、ヒイロが顔を上げ、一歩引いて呟いた。
その表情を見ないままデュオもまた呟いた。
自分は拒んだ。
ヒイロの精一杯を、拒んだ。それだけが現実だ。
抵抗しないことで拒んだ。けして手に入らないのだとヒイロに突きつけた。多 分それは何よりヒイロを傷つける拒絶だっただろうに、敢えてそれを選んだ。
だから何も言う言葉はなく、デュオは無言のまま部屋を後にした。
別にヒルデが大事じゃないわけではないけれど、ヒイロより彼女を選んだとか そういう風に思われるのは嫌だな、と少し自分の言葉を後悔した。
もっと他に断りようはあったかもしれないのに。


―――そう、ヒイロの指は好きだったかな。
思い出しながら、デュオは彼から少し離れた位置でぼんやりと考えた。
人波の隙間から黒髪が見える。
帰還したばかりの英雄を出迎えるMO-Uの人々は興奮で沸き返ってて、少し油 断すれば英雄さんは紛れ込んだ誰かにズドンとやられそうだ。
それを気にしてかサリィさんやノインさんがガードしてるみたいだ…ああ、サ リィさんが何か叫んでる。どうやらヒイロは手をやられたらしい。
そりゃそうか、大気圏突入コース以外を突き進んだガンダムで操縦管が通常温 度の筈はない。よくもまあ燃え尽きる前に帰還出来たものだと褒めてやるべき なんだろう。
火傷くらいは安いものだ、様子を見る限り後遺症が残るほどのものでもないだ ろう。多少の痕は残るだろうがそんなことは問題ない。
そうだ、あの手は多分好きだった。触れる指の感触はそう悪いものではなかっ た。
そんな風に自分の考えに浸っていたデュオは、ふと視線を感じて顔を上げた。
問題の人物が自分を見ていた。酷くまっすぐな視線で。
「……ヒイロ」
「……」
距離はあったが、呟いた自分の口を読んだだろう彼は無言のまま踵を返した。
酷くまっすぐな視線。酷く、熱のこもった。
…諦めてない。
ヒイロはまだ、諦めてない。
なんとなくわかっていた事実を確認させられてデュオは目を伏せた。
そう、自分はあの指が好きだった。今度はどうやって拒もうか。
拒まれるとわかっていても諦めないヒイロのまっすぐな視線。指だけではなく あの眼差しも好きかもしれないと、そんなことを考えた。

                                          end.




COMMENT;

かなり前のブツになりますが、第11回捕獲企画の景品です。
「これはアップできないわーッ!なんてハズカシイものを書いてしまったのうさぎは(><)」と当初思ったはずなんですが、なんか1年ぶりくらいで読んだらそこまでハードでもなく;;
自分で結構好きだったこともあってアップしちゃうことにしました。
読んでる側からするとかなりえろっちいものも普通に読めるわけなんですが、書いてると「あ」の後に「…」をつけるか、「…ッ」とするかとかまで考えながら打つので、異常に恥ずかしさグレードアップなのですよ(-w-;
記憶から遠ざかると大したことないかもです(爆)
ヒイロの指も瞳も視線も大好きなのですvvこの間久しぶりにDVDでOP(RhythmEmotionの方)見たんですが、顔を上げたヒイロにあいかわらず心拍数が上がってしまいました。やっぱり素敵ですヒイロ(*><*)


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