誰かを好きになるのは案外難しい。
相手に自分を好きにさせるのは、もっと難しい。
だって自分ではない人の心の動きなんてわかったものじゃないから。
でも、嫌いになるのも、相手に嫌わせるのも簡単。
好みなんてある種の自己暗示、嫌いだと思えば好きなものだって嫌いになるもの。
そうして相手の好むことは結構わからないけれど、嫌がることならすぐわかるものだから。
嫌われたいと思ったら嫌がることをすればいい。
会うだけで嫌そうな顔をされるようになったらしめたもの。
じきに、こっちの存在を完全無視するだろうさ。
自分の思った通りに動く他人の感情、それはなかなか快感だ。
そのはず、だったのに。
「おい、ヒイロ…この手はなんだよ」
「さあな」
「さあなって…、あ、おいッ!」
既に半ばまで脱がされていたアストロスーツを一気に腰まで引き降ろされる。
急に外気に触れたせいか、それとも後を追うように触れてきた口唇の感触のせいか、上半身が粟立つ。
引き剥がそうと突っ張った腕は、肘を押されて呆気なく崩れた。
「……っ」
「―――残念だったな」
「…なに……」
止めようにも腕力では敵わなくて、頼みの銃はすでに手の届かない位置に弾き飛ばされている。
隙を突こうにも相手が相手だ、そんなものは見当たらない。
この先何が起こるかを悟って、絶望的な予想に呆然としたように胸元を動く黒髪を見つめたデュオに、わざわざヒイロが視線を合わせる。
「お前の考えていたことくらいすぐわかった。どうだ?目論見の外れた感想は」
口許が笑みの形につりあげられるが、瞳は笑っていない。
今行われている行為事態が嘘のようにその瞳はクリアーで、変わらない澄んだ光をたたえていた。
「思わせぶりで、押しつけがましくて、まるで俺の為であるかのように振舞った好意。心底から俺を思いやっている振りをして、俺に近づいて、笑いかけてみせた。そんな風に存在から近づかれるのを俺が一番嫌うのを知っていたんだろう?わかっていてお前は敢えてそうしたんだ……それが、何を招くのかも知らず」
「……………」
「残念だったな。俺はお前の思い通りにはならなかった」
「………ヒイロ」
「お前の思惑とは逆の感情を抱いた」
「ヒイロ」
「お前の負けだ、デュオ」
「…ヒイロッ!」
それ以上もう聞きたくなくて、何もかも信じたくなくて耳を塞ぐようにデュオは叫んだ。
その口許を指で押さえて、間近からヒイロが瞳を重ねる。
「お前ももうわかっているはずだ」
「オレ、は……」
「お前は、俺が、好きだろう?」
口唇が重ねられても、そのままデュオは動けなかった。
全てが狂ってしまったのはいつからだろう。
人の感情の動きなんてわからなくて、自分の感情は自己暗示にも似たもので。
好きは嫌いに、嫌いは好きに簡単に変わってしまう。
この想いが変わってしまったのは、狂ったのは、いつ?
end.
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